鍍金細工の女の子(1)

 私と庸介は、密かに計画を立てた。

 まず、朝のうちに、運転手の行田さんに嘘をついた。
「クラスの子と、行事で使う品物を買いに行くんです」
 そう言って、帰りがほんのちょっとだけ遅くなることを伝えた。
 ここで正直に『欲しいものがあって、買い物に』なんて言ってしまうと、なぜか両親の耳にも入って何を買ってきたかをあれこれ探られてしまう。だから私の買い物だってことは伏せておかなくてはならない。
 学校行事だと言えば、誰も深くは追及してこないはずだ。ちょうど近々、体育祭もあるそうだし。
「だから駅前の方まで迎えに来てくれると助かります」
 嘘の内容は前の晩、庸介からみっちり叩き込まれている。お蔭でぺらぺらと嘘がつけた。
 運転席の行田さんは、難しい顔をしつつも頷いた。
「かしこまりました、お嬢様」
 よかった、上手く騙せたみたいだ。
 私がほっとしてマイクロバスの座席に座り直すと、
「それで、本日は庸介も一緒ですか?」
 行田さんが運転席から尋ねてきた。
「そうです。庸介も、同じクラスですから」
 即座に答えると、行田さんはどうしてか、意味ありげに咳払いをする。
 それから言った。
「では、ご指定通りの時刻にお迎えに上がります」
「お願いします」
 私はルームミラーに向かって頭を下げ、それから隣に座る庸介に軽く目配せを送る。
 計画通り、私は見事に嘘をつき通した。この手際のよさを誉めて欲しかったのに、庸介は何か言いたそうな顔をしたまま、にこりともしなかった。
 一体、何だっていうんだろう。

 ともかくも、事前の準備は整った。
 今日の放課後、私と庸介は街に買い物へ出る。
 行田さんには言っておいたけど、時間に余裕があるわけじゃない。あんまりじっくり見ている暇はないだろう。とは言え欲しいものは決まっているんだから、迷うことだってないはずだ。
 お目当てはもちろん香水だ。庸介が買って、私にプレゼントしてくれるという。
 彼にお金を出してもらうのは悪い気がしつつ、プレゼントはやっぱり嬉しい。それがずっと欲しかった香水なら尚更だ。
 それに一応、『彼氏』からのプレゼント、だから。

 授業が全て無事に済み、帰りのSHRが終わると、庸介が私の席まですっ飛んできた。
「じゃあ行こうか、六花」
 いつもながら完璧に幼なじみのふりをして、私を急かし立ててくる。
 私も荷物をまとめ、慌てて席を立ったところで、
「あれ、お二人さん。随分急いでんね」
 渡邉さんが不思議そうに呼び止めてきた。
「ああ、渡邉さん。今日はちょっと用があるんだ」
「用? もしかして、デートとか?」
 冷やかすみたいに尋ねられて、どきっとする。
 だけど私の動揺をよそに、庸介は平然と答えた。
「そのつもり。俺のバイト代が入ったから、六花に何か買ってあげようと思って」
「え、徒野ってバイトなんてしてんの?」
 長い睫毛を瞬かせた渡邉さんは、庸介ではなく、私にそう聞いてきた。
「う、うん」
 バイト、と言っていいのかはわからないけど――でも正式に就職しているわけではないから、やっぱりバイト、なのかな。
 とにかく、庸介は働いている。
 でも、どんな仕事をしているかは、渡邉さんには話せない。
「ほんの短時間だけど。家庭教師と言うか、小学生に勉強を教えているんだ」
 庸介も、渡邉さんにはそんなふうに答えた。
「それでプレゼントねえ……マメだね、徒野」
 どうやら納得したらしい渡邉さんが、にこにこしながら私達に手を振る。
「じゃ、楽しんできてね二人とも」
「ありがとう、渡邉さん。――行こう、六花」
 会話が一段落したと見るや、庸介はまた私を急き立てた。
 私もようやく鞄を抱えて、渡邉さんに手を振り返す。
「また明日ね、渡邉さん」
「うん、ばいばい。明日、報告よろしくね!」
「えっ!?」
 報告って何の。
 聞き返すほどの暇はなく、私は庸介に半ば引きずられるようにして教室を出た。それを見送る渡邉さんは、何だかすごく楽しそうだった。

 放課後で混み合う廊下を早足で抜け、生徒玄関では急いで靴を履き替える。
 そして二人で校門をくぐり、ようやく外へ飛び出した。
 五月の終わりの、天気のいい午後だった。すっかり気温が高くなっていて、ぽかぽかと暖かい。
「バイトしてるって、あっさり言うからびっくりしたよ」
 駅前へ続く道を歩き出しながら、私は庸介に切り出した。
 まだ幼なじみの顔をする庸介が、静かな表情で答える。
「問題あるかな」
「ないけど……ばれちゃわないか、どきどきした」
「俺はそんなドジは踏まない」
 随分と自信たっぷりに言ってのけた後、庸介は控えめに微笑んだ。
「それに、嘘をつく時は少しだけ真実を混ぜ込む方がいいんだよ」
「そうなの? どうして?」
「全てを嘘にしようとすると、どうしても作り物めいてしまうからな」
 私の疑問に、彼は平然と答えてくれた。
 何だかちょっと、手慣れているふうにも聞こえた。
 慣れてはいるのかな。私も庸介も、学校では日常的に嘘をついている。今日は行田さんにも嘘をついた。香水を買ってもらった後は、父や母にも嘘をつくことになるのかもしれない。
 そう考えると、庸介を嘘に慣れさせているのは、他でもない私だ。
「だから、答えても問題のない部分は、真実を言った方がより欺きやすい」
 それでも、当たり前のように続けた庸介には、何だか不安に駆られてしまったけど。
 この間からずっと思っている。
 私に対しては、庸介は、嘘をついていないだろうか。
「……何だか、詐欺師のやり方みたい」
 不安から、私の言葉は何だか皮肉っぽく響く。
 すると庸介は、悪びれもせずに肩を竦めた。
「そうかもな」
 それから隣を歩く私を、からかうような目つきで見下ろす。
「とにかく。俺はデートのつもりなんだけど、六花はそうじゃない?」
 いきなりの問いかけに、声が詰まった。
 デート、なのかな。一応『彼氏』である庸介に、プレゼントしてもらう為に買い物に行くんだから、それはやっぱりデートに値するのかもしれない。
 となると、これが私の人生初デートということになる。
 しかも漫画でよくある制服デート、でもある。私も庸介も今の高校のブレザー姿で、堂々と寄り道をしようとしている。いつもみたいに学校を出たら車に乗り込んで真っ直ぐ帰る、だけじゃない。
 そう思うと、今更だけど恥ずかしくなってきた。
「私、男の子とデートなんて初めてだよ」
 照れながら、ようやくそう言ってみた。
「知ってるよ」
 庸介の答えは、短かった。
 こっちは恥ずかしいなと思いつつ、大事なことだから打ち明けたのに。もっと他に何か言うことあるんじゃないの、そう思って私が睨むと、庸介は幼なじみの顔で笑う。
「初めてじゃないって言われたら困るな」
「何で、庸介が困るの?」
「俺も初めてだから」
 私は、それは知らなかった。
 むしろ、今まで、気にしたこともなかった。

 庸介は、私が物心ついた時にはもう、徒野さんと一緒にうちに住み込んでいた。
 うちには離れ家がいくつか建っていて、その中の一軒が徒野さんご一家が暮らす家だ。私もお邪魔したことはないけど、どこにあるかくらいは知っている。
 そういう身の上だから、庸介がこれまで女の子と付き合ったことがあるなんて、考えもしなかった。デートする暇なんてなかっただろうし、彼女やお友達を家に連れてくることだって、できないんじゃないかと思う。
 でも、庸介だって男の子だ。
 デートはしたことなくたって、これまで、好きな子くらいはいたのかもしれない。

「前の学校では、彼女とかいなかったの?」
 今の高校に通う前、私と庸介は違う学校に通っていた。だから向こうで彼がどんなふうに過ごしていたか、どんな生徒だったのかは何も知らない。
 私が知っているのは、家にいる時の使用人然としている庸介と、今の学校で幼なじみのふりをしてくれる庸介だけだった。
「そんなもの、作る暇もなかったよ」
 庸介は素っ気なく答える。
「家では仕事があるし、学校の勉強だけでは足りなかったしな」
「そんなに勉強してどうするの?」
 私は笑ったけど、庸介は笑うどころか心配そうにこちらを見た。
「六花こそ、進学するんだろ。今のうちに勉強しなくてどうするんだ」
「う……それは、まあ、置いといて」
 話の矛先を逸らそうと、私は急いで話を続ける。
「彼女はいなくても、好きな子くらいはいたんじゃない?」
「六花は?」
 庸介は、質問に質問で返してきた。
「私はいなかったよ」
 前の学校では、皆がうちの両親の仕事を知っていた。
 だからだと思う。クラスでも何となく特別扱いで、よそよそしさすら感じていた。
 そんな空気の中では誰かを好きになることも、誰かに好きになってもらえることもなかった。
「今日が初めてのデートだって言ったじゃない」
 駄目押しみたいに告げると、庸介は無表情に首を竦める。
「俺もそう言ったけど」
「けど庸介だって、好きな人がはいたことくらいはあるんじゃない?」
「……さあ、どうだろうな」
 多分、庸介は答えたくないんだろう。濁すように言ってから、私に向かって苦笑した。
「ただ俺は、そういう話を彼女にする男なんて、正直どうかと思うよ」
「どうして?」
「わからないかな。過去の話って、気になるけど聞くのは怖いだろ」
「怖い、かなあ……?」
 私は首を捻った。
 怖いどころか、庸介のそういう話は聞いてみたくてたまらないけどな。想像つかないから。
 でもそれは、本当の意味での『彼氏』ではないから、かもしれない。
「とにかく。今日は慌ただしいけど、ちゃんとデートだから」
 庸介は気を取り直したように、大人びた静かな笑みを浮かべた。
「六花が行きたいって言ってたお店に行くよ。ドラッグストア」
「わあ、本当に?」
 渡邉さんがお父さんと買い物に行くと言っていた、あのお店だ。
 私もどんなお店かは何となく知っていたけど、中に入るのは初めてだった。
「もちろん。時間の許す限り、見て歩こう」
「うん!」
 本当の彼氏ではなくても、庸介は優しいし、一緒にいてすごく楽しい。
 これから始まる初めてのデートに、私はすっかり浮かれていた。

 ドラッグストアとひとくちに言っても、いろんなチェーン店があるものらしい。
 私達が向かった駅前通りにも三軒ほど、違うチェーンのドラッグストアが建っているそうだ。庸介はそのうちの一軒に、迷わず私を連れて行ってくれた。
 お店の前は思ったより雑然としていた。いろんな商品が建物をはみ出して、歩行者天国の道路ぎりぎりにまで並べられている。洗濯用洗剤、お菓子、コスメ用品など多種多様な商品が野ざらしになっていて、そこに手書きのPOPがぺたぺたつけられていた。
「香水は店内だよ、六花」
 私はお店の外も見てみたかったけど、庸介が手を引いてきたので、仕方なくお店に入ることにした。
 庸介は私の手を離さず、店内をきょろきょろしながら進んでいく。

 あ。
 いつの間にか、私達、手を繋いでる。