Tiny garden

単調な日々(2)

 リハーサルと言うのはつまり、四人で出かけることだったらしい。
 夏祭りに備えて、黒川と牧井が買い物に行くと聞いていた。雨の日は荷物がかさばるから、行くなら晴れの日になるだろうと。牧井がほのぼのと予定を語っていたから、久し振りに友達同士で出かけるのかな、牧井もきっとうれしいだろうな、と思っていた。
 だけどその買い物に、なぜか大和と俺まで同行する羽目になった。
 戻り梅雨もようやく一段落した日の放課後、俺たちは連れ立って学校を出ようとしている。

「男の子の意見も聞いてみたかったから」
 と、黒川はどこか恥ずかしそうに理由を述べる。
「どういうのがいいか、アドバイスを貰えたらうれしいな」
「どういうのって言われても、そもそも何を買うんだ?」
 例によって俺には事前情報が皆無だった。
 朝、登校する際に会った大和は、いきなり『放課後空けとけ』とだけ言ってきた。てっきり、久々に二人でどっか行こうって話だと思ってたのに、放課後になったら四人で出かけることになってた。
 今は生徒玄関で靴を履き替えているところ。黒川だけが別のクラスだからか、さっさと外靴に替えて戻ってきた。俺と大和と牧井は、まだ靴を履いている。
 ここに来てもまだ、俺はどこへ何を買いに行くかを全く知らない。アドバイスが必要なものって何だろう。
「言ってなかったっけ」
 しれっと言う大和。悪びれないそぶりに睨みつけてやりたくなった。
「聞いてない。お前、『放課後空けとけ』しか言ってないだろ」
「前から話してたような気がしてたんだよ。気のせいだったか」
 ぎこちない大和の言葉。それを聞いた牧井がなぜかくすくす笑う。その後で教えてくれた。
「進藤くん。今日は浴衣を買いに行くんだよ」
「――浴衣!?」
 思わず声が裏返った。
 なるほど浴衣か。そうだよな、夏祭りと言えば浴衣だ。女の子の浴衣はいい。嫌いな奴はそうそういないと思うけど、ご多分に漏れず俺も大好きだ。何たって女の子が着ると、皆お行儀のいい、おりこうさんに見えるのがいい。普段は口の悪い子でも浴衣を着るとしっとり落ち着いて見えて、いつもこうならいいのになあと思えてくるし、もちろん普段からおりこうさんな子が着てたってすごくいい。と言うか黒川も牧井も絶対浴衣が似合うと思う。きっと可愛いに違いない。
 とそこまで考えた時、黒川も笑い声を立てた。
「進藤くんは浴衣、好き?」
「もちろん!」
 全力で答える。夏祭りも黒川と牧井が浴衣で来るのかと思うと、俄然テンション上がってくる。楽しみ過ぎる。
「そっか、よかった」
 黒川は一旦胸を撫で下ろしてから、ちらと大和の方を見る。恐る恐るといった調子で水を向けた。
「あの……飯塚くんは、どうかな」
 わかりやすいくらいに聞き方が違う。
 いやいいんだけど、むしろこっちが本題なんだから、俺に寄り道しないでとっとと大和にだけ聞けばいいのに。
 聞かれた方もあからさまにうろたえてるから面白い。
「俺も、嫌いじゃない」
 ぎくしゃく答える大和の姿が新鮮で、こっそり笑ってやろうと思った。だけど器用な真似も出来ないくらいおかしくて、つい盛大に吹き出してしまった。
 そしたら睨み返された。
「笑うな」
「わ、悪い。面白くってさ」
 大和だって浴衣、大好きなくせに。嫌いじゃないって何だ。はっきり言えよなあこういう時こそ。彼女が期待してるんだから。
「よかった」
 それでも黒川はにこにこしている。頬っぺたを少し赤くして、俺たちに向かって笑いかけてきた。
「二人とも、アドバイスよろしくね」
 まあでも要するに、黒川としては愛しのダーリンの好みが聞けたらいい訳であって、俺は完全なるおまけ扱いだよな。だったら二人きりで行けばいいのにとも思うけど、きっと二人で行くのは気恥ずかしかったんだろう。
 大和だって、今日の買い物の内容は事前に知ってたらしいのに、俺にははっきり教えてくれなかった。照れてたんだろうな。ああもうこいつらってば想像するだけでくすぐったい。
「楽しみだね、美月」
 牧井が優しく声を掛けると、黒川はうん、とうれしげに頷く。
 そういえば牧井と黒川が一緒にいるところを見るのは初めてだ。そのせいか新鮮な感じもしたし、短い会話だけでも仲が良さそうだ、とも思った。顔を見合わせただけで笑っていた。

 降り続いていた雨もようやく止み、今日は朝からからっと晴れていた。
 空にはぽつぽつと雲が浮かんでいたけど、雨の降る心配はないらしい。代わりに気温がむちゃくちゃ上がっている。道に残った水たまりもそのうちに干からびて、消えてしまうだろう。
 俺は久々にハーレーを出したし、大和も自転車で来ていた。女の子たちは二人揃って徒歩で来たのだそうだ。俺たちが愛車を駐輪場から出す間、のんびり待っていてくれた。
「買い物ってどこですんの?」
 ハーレーに跨りつつ尋ねると、黒川が答えてくれた。
「駅前のデパートで。今ね、浴衣フェアやってるんだって」
「ふうん」
 そういう時期だもんな。夏祭りの為に準備をするのは、何も黒川たちに限ったことじゃない。
「進藤くんと飯塚くんは先に行ってて。私たちもなるべく早く行くから」
 黒川がそう言ったからか、大和も自分の自転車に乗った。俺の方をじろっと見て、短く促す。
「じゃあ行くぞ、颯太」
「おう。――後でな、二人とも」
 それで俺は黒川と牧井に手を振って、二人も一緒になって振り返してくれた。大和は愛想すら見せずにさっさと漕ぎ出してしまったけど、間違いなく照れていたんだろう。しょうがない奴だ。
 俺の黒いハーレーと、大和の銀フレームの自転車とは、校門を抜けた辺りでぐんぐんと加速を始める。ここからは下り坂で楽に行ける。大して漕がなくてもものすごいスピードが出る。真正面から風が吹き始めた。温くて、微かに雨の匂いがする風。
 二人で帰る時はいつも、大和が先頭で俺がしんがりだった。リーチが違うから漕ぐ速さだって違うのは当たり前で、上りはともかく下り坂だとその差がより顕著に表れる。
 先を行く大和の短い髪が、風にふわふわ浮いている。俺はその頭に向かって、ふと声を掛けてみた。
「大和ってさあ!」
「何だよ!」
 振り向かずに返ってくる大和の声。妙な懐かしさを覚えて、にやっとしたくなる。ついでにその懐かしさの原因を突き止めたくなる。
「黒川の、どこが好きで付き合うことにしたのか、教えて!」
 尋ねた後、ハーレーのハンドルを握り直す。もしもの時は急ブレーキを掛けられるように。前方、大和の両肩が目に見えて動揺したのに気付いたから。
「馬鹿颯太!」
 大和は、だけどブレーキを掛けなかった。振り向きもしなかった。
 坂道を直滑降の速度で下りながら、俺を見ずに、俺に返事を寄越してきた。
「そんなこと大声で聞くな!」
 そう怒鳴った幼馴染みがどんな顔をしていたのか、見てみたかった。でも並走するのは難儀だから、代わりに後ろを振り向いておく。すっかり遠くなってしまった坂道のてっぺん、黒川と牧井の姿はまだない。校舎も既に見えなくなっていた。
「でもさあ、気になるんだよな」
 真正面に視線を戻して、今度は普通の声で言ってみた。
「牧井から聞いたんだけど、黒川は牧井に、大和の話をしてるんだって」
 背を向けている大和は無言だ。でも肩が動いた。明らかに動揺してる。
「でも大和は俺に、黒川の話とかしないよな。何で?」
 気になる。聞いてみたい。
 俺たちは付き合いの長い幼馴染みだけど、恋愛の話をしたことはなかった。せいぜいクラスでどの子が可愛いとか、テレビに出てるアイドルのどの子が好みかなんて話くらいで、明確に好きな子がいるかどうかの話をしたことは一度もなかった。大和のあの性格と、俺が初恋もまだしてないって事実を踏まえれば、それも当然だったのかもしれない。
 今も大和は答えない。外だから、黒川に聞かれると困るから、だけじゃないと思う。
 だったら質問を変えてみよう。
「大和の初恋って、いつ?」
 もうじき下り坂が終わる。そこからはなだらかな道になって、駅前の商店街へと続いていく。本日の目的地であるデパートは駅前通りに面したところに建っている。
 俺の質問に大和が答えたのは、坂をすっかり下りきってからのことだった。
「保育園の時!」
「――早っ!」
 思わず突っ込んでしまう。
 初恋が保育園児の頃なんておませさんにも程がある。相手は誰だ、保育士さんかそれとも園児か。気になるなあ。俺は幼稚園行ってたから、大和の初恋の相手を察することは出来そうにない。ああ悔しい。
「馬鹿、颯太が遅いんだよ!」
 ようやく振り向いた大和は、してやったりという顔をして笑っていた。こっちまでつられて笑いたくなる。悔しいのに、おかしなもんだ。
「颯太にも彼女が出来たら、同じようにからかってやるからな」
 なだらかな道の途中、横断歩道の前で二台が並ぶと、大和が強気に言い放った。
 十センチ以上も高い位置にある見慣れた顔、見慣れない表情。照れと幸せと自信に満ち溢れている。
「やれるもんならやってみろ」
 俺も精一杯胸を張って、その顔を見上げた。
 だけど、からかってもらう機会があるかな、とも思う。ずっとなかったらそれはそれで寂しい。年齢一桁の頃には好きな子がいたらしい大和と、未だに好きな子なんていたことのない俺。
 幼馴染みなのにどうしてこうも違うんだろうな。
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