Tiny garden

単調な日々(3)

 黒川たちとの待ち合わせ場所はデパートの、ちょっと古びたエントランス。
 最近見なくなった、緑色の公衆電話の前に突っ立っていたら、やがて白いセーラーの二人組が駆け込んできた。俺たちより十五分遅れだ。徒歩ならまあこんなもんだろう。
「ごめんねー、待たせちゃって!」
 駆け寄ってくる黒川に、牧井が控えめな笑顔でついてくる。
「いいよいいよ、全然待ってないし」
 出迎える俺が愛想よくしてても、大和は一人で照れているから台無しだ。いかにもらしいけど。
「おい、大和も何か言えよ」
 肘で突いてやったら、ようやく、何事かもごもご口にしていた。俺にはちっとも聞こえなかったけど、黒川にはちゃんと伝わったみたいだ。
「進藤くんも、飯塚くんもありがとう」
 そう言って、たちまち笑顔になっていた。

 合流してからはすぐに浴衣売り場を目指した。
 二階、婦人服売り場のサマーセール特設会場では、透明ビニールに包まれた浴衣がずらっとハンガーに掛けられて、さあ選べとばかりに陳列されていた。四角く畳んである浴衣は、浴衣って言うよりむしろ、のれん売り場って感じに見える。柄もそれっぽいし。
 冷房の効いた売り場はしんと静かで、学校帰りの高校生四人は場違いな感じもしていた。デパートって制服だと浮く気がする。いわゆるセレブな奥様ばかりの客層で、照明とか床とかもちょっと上等な感じがしていて。仮に俺たちが大騒ぎしたら、即座に黒服のガードマンがやってきて、ひょいとつまみ出されそうなイメージ。さすがにそれは大げさか。
 でもやっぱり落ち着かない。婦人服売り場だから、かもしれない。
「どういうのがいいかなあ」
 早速、黒川が浴衣を選び始めた。真っ先に手に取ったのは、フラミンゴみたいなピンクのやつだ。朝顔っぽい花の模様が描かれている。
 黒川はそれを、模様がよく見えるように持ち上げて、それから牧井に水を向けた。
「八重ちゃん、ピンクってどう?」
「うーん」
 名前で呼ばれた牧井は、黒川の手にした浴衣に見入った。顎に手を当てて、真剣な顔で考え込む。
 聞かれてないけど俺も考えてみる。ピンクの浴衣ってあんまり見たことない気がするな、気のせいか。黒川みたいな可愛い子なら、女の子らしい色も似合いそうだよな。ただ、祭りがあるのは夕方からで、鮮やかな色だと人目を引くんじゃないだろうか。迷子にはなんないだろうけどさ、デートだとほら、いろいろとな。
 しばらくしてから牧井も答えた。
「夜に着るにはちょっと目立つかもしれないね」
「目立つ? そっか、派手かな」
 残念そうにする黒川。それでもピンクの浴衣に未練があるのか、ちらちらと裏返して眺めたりしている。
 そこで牧井が、意味深に笑った。短い前髪の下、視線がすっと移動する。
「美月があんまり人目を引いちゃうと、飯塚くんが気が気じゃないかも」
「え? 俺が?」
 さして鋭い物言いではなかったけど、大和は目に見えて動揺していた。自分に飛び火するとは思ってなかったんだろう。油断大敵とはこのことだ。
 うろたえる大和に、黒川ははにかみながら尋ねる。
「飯塚くんは……どう? ピンクの浴衣って好き?」
「嫌いじゃない、けど……」
「うん」
「俺はもうちょい、地味な色の方がいいな」
 どうやら気が気じゃないらしい。大和は照れ全開で答えていた。
 その回答を聞いた黒川はくすぐったそうに首を竦め、
「飯塚くんがそう言うなら違うのにしようかな」
 なんて、聞いてる方が身悶えしたくなるようなことを言っている。可愛い彼女だよなちくしょう。
 すかさず俺は、思いっきりにやにやしてやる。
「何、にやついてんだよ」
 大和がこっちを見咎めて、軽く睨んできた。でも面白いんだからしょうがない。嫌いじゃないけどとか、そう言いつつ自分の好みを訴えてるところとか、我が幼馴染みながらぶきっちょだよなと思う訳で。そんな不器用さ加減を笑うなって言うのが無理な話。
「べっつにー。俺がにやにやしてるのは自由だろ」
「颯太め……。とにかく、むかつくから止めろよな」
「はいはい」
 幼馴染みの噛みつきにはわざといい加減に答えた。いいだろ、そっちは彼女もいて幸せ一杯なんだからさ。弄られるのも運命ってもんだ。
 俺たちがそんな会話を交わしている間にも、女の子たちはひとまずの結論を導き出したようだ。
「じゃあ、もっと地味なの探そっか?」
 牧井が水を向け、黒川が元気よく頷く。
「うんっ」
 かくして例の、ピンクの浴衣は売り場に戻されて、黒川たちは他の浴衣を検分し始める。幸いにしてこの特設会場はめちゃくちゃ品揃えが豊富だった。いかにも大和の好きそうな、地味な色味の浴衣もいっぱいあった。
「藍色って無難過ぎるかな? この模様、好きなんだけど」
「きれいでいいと思うよ。でも、こっちのも涼しげでいいかも」
「わあ、水色もいいね。いい色が多くて目移りしちゃうな」
「あとは彼氏の意見も聞いてみないとね、美月」
 牧井の言葉に、黒川はぱっと頬っぺたを赤くする。そして牧井の肩を軽く叩いた。
「も、もう、八重ちゃんったら! からかわないで!」
 女の子たちのやり取りは見ていても何だか和む。いいよなあ、とほのぼのする。黒川と牧井は、背丈だけなら黒川の方が上なのに、話しているのを聞けば牧井の方がお姉さんみたいに聞こえた。そういうのも何かいいよなと思う。
 中学の頃からの付き合いって言ったっけ。この二人は気も合ってるし、きっと出会ってすぐに意気投合しちゃったんだろうな。目に浮かぶようだ。

 そんな風に、三十分ほど浴衣売り場を回って歩いた。
 黒川と牧井が選び、大和が意見を言い、俺が大和を冷やかして牧井は黒川を冷やかす――なんていうパターンを何度か続けてから、遂に目当ての浴衣が見つかったようだ。
「これにする!」
 嬉々として手に取ったのは、藍色の生地に色とりどりの鞠があちこち跳んでいる模様の浴衣。大和が赤い顔でゴーサインを出したので、黒川としても迷いが吹っ切れたみたいだ。早速、牧井のセーラーの袖を引いていた。
「お会計するから、八重ちゃん、ついてきて」
 それで牧井はにこっと笑って、
「私じゃなくて、飯塚くんと行ったら?」
 と言い出したから、あれっと思う。
 俺と同じく黒川だって戸惑ったみたいだ。慌てたように言い返していた。
「そんな、八重ちゃん……意地悪言わないでよ」
「意地悪じゃないよ。せっかく飯塚くんに来てもらったんだから、少しくらい二人でいてもいいんじゃない?」
 牧井は満面の笑みで言うと、俺の方をちらと見た。
 真っ直ぐに目が合って、聞かれた。
「ね、進藤くんもそう思うよね?」
 いきなり話を振られてびっくりしたのも事実だ。でも、今の発言自体には全くもって異論はなかった。ってな訳で、俺も上機嫌で答えておく。
「思う思う。二人っきりで行ってこいよ、レジまで」
「それだと四人で来た意味がないだろ」
 大和は大和でそんな馬鹿みたいなことを言い出したものの、あえて強く反論はせず、目配せ一つで応じておく。それで大和も結局は諦めたようだ。黒川に向き直って、こう言った。
「美月、行こう」
「う、うん……」
 まだ戸惑う様子の黒川。それでも、藍色の浴衣を大和の手に渡した後は、恥ずかしそうに念を押す。
「すぐ戻るから待っててね。先に帰っちゃったりしないでよ?」
「わかってる」
 牧井が頷く。もう一度、俺の方を見て続ける。
「進藤くんも一緒だから大丈夫だよ。どこかその辺で待ってるから、探しに来て」
 隙のない物言いだと、何となく思った。
 黒川はそれで納得したらしい。頷いてから、おずおずと大和を促した。
「じゃあ、行こうか、飯塚くん」
「ああ。……変なこと考えるなよ、颯太」
 どういう意味だか知らないが、大和も俺に釘を刺してきた。
 そして二人は売り場の奥へと歩き出す。並ぶと背の高さがちょうど十五センチくらい、後ろ姿だけでもお似合いだとわかる。一緒に歩く時の距離は程好く置かれていて、俺たちの視線を意識してか手を繋いだりはしていない。
 キャッシャーの位置は天井からぶら下がった看板に描いてある。きっと迷うことはないだろう。

 初々しいカップルの姿が大分離れてから、ぽつりと牧井が言った。
「本当は、隠れてようかと思ったんだけどな」
 一緒に残った俺に、こっそり囁きかけてくる。
「置いて帰ってもいいかなって。だけど釘を刺されちゃったからね」
「あ、俺も思った!」
 即座に同意する俺。って言うかむしろそういう意味での念押しかと思っちゃったよ。やるなって言われると是が非でもやりたくなるのは人の性ってな奴で。
 同意されたことに気をよくしてか、牧井はほっとしたような顔をする。
「それじゃあ、帰ったと言われない程度に移動してようか」
 その言葉にも、俺は即刻同意した。
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