Tiny garden

世界を壊しつくすひと(5)

「性質の悪い真似して、何のつもりだよ」
 俺は安井に食ってかかる。
 もちろん言ってやりたいことは山ほどあったが、それ以前にやり場のない感情をぶつけでもしないと立ち直れそうにもなかったのも事実だ。居た堪れない、実に居た堪れない。
 だが奴は奴で、
「上司と部下の気まずい仲を取り持ってやろうとしたまでだ。気が利くだろ?」
 いいことをしてやったんだと言わんばかりの口ぶりだ、どういう神経だこの野郎。
 おまけにスーツのポケットから何か出し、俺の鼻先に突きつけてくる。霧島が寄越そうとしたのが飴なら、安井は――何だ、鍵?
「何だこれ」
「ここの鍵。戻しといてくれればいいから、後は二人でごゆっくりどうぞ」
 得意げに言われた。
 いい加減むかむかしてきて、俺は安井の手から鍵をむしりとってやる。ここまでの仕打ちといいその余裕ありげな含んだ態度といい、微妙かつ絶妙な気の回し方といい何から何まで腹の立つ奴だ。感謝なんてしねーぞ金輪際。
「もっとも、小坂さんにもいろいろ吹き込んであるからな。あんまりやり過ぎるなよ」
「吹き込むってお前、また何か余計なこと言ったのか!」
 花火の件でもぺらぺらとぶっちゃけてしまった安井は、今度は何を小坂に言ったのか。身構えた俺に安井は答える。
「余計どころか、大事なことしか言ってない。例えば、セクハラの被害は人事に相談を、とかな」
 二人でごゆっくりって言っときながらそんな釘を刺すかお前は。
 いや、今日ばかりはそんな気も起きてないけどな……心臓が絶賛フル回転中だった。落ち着くまでは無理。
 俺が睨みつけようが顔しかめようがどこ吹く風の安井は、軽く手を挙げてから会議室のドアを開ける。そして廊下に踏み出した後、ふと振り返って小坂に言葉をかけた。
「小坂さん、さっきの話、内緒だよ。俺と君だけの秘密だ」
 ぎょっとするような台詞だった。
「え、あの、わ、わかりました!」
 小坂は飛び上がる勢いで答え、直後にドアがぱたんと閉まる。
 遠ざかっていく忌々しい足音。残る疑問。
「秘密って何だ、小坂」
 足音が消えるまで待てずに俺は尋ね、
「ええと……言えないです、すみません」
 俯き加減で小坂が答える。その答え方がまた恥らってると言うか何と言うか、深読みもしたくなるようなそぶりだったから、俺はうっかり気が狂いかけた。
 もう何なのあいつ。安井マジむかつく。何でちゃっかり小坂と秘密とか作っちゃってんの。そんなに俺を振り回してやきもきさせたいのかこら。しかも落ち込む小坂を慰めてたのは本当っぽいし、それは俺の仕事だろ普通に考えて。こっちはやりたくもない説教を辛い思いしてどうにかこうにかやってみたのに、美味しいとこだけ持ってくってどういう了見だ。油断も隙もねえな!
「安井の奴、意味深な言い方しやがって。何が『俺と君だけの秘密』だよ」
 心の中で罵るだけでは飽き足らず、俺は声に出してぼやいた。
 小坂は黙っている。どことなく困った顔でいるのはどういうことだ、まさか余程重大な秘密を作っちゃった後だとでも言うのか――ってのはさすがに考えすぎだよな。うん。今まで小坂が困った顔するのはどんな時だったか、考えればおのずと見当もつくだろ。
 俺もそろそろ気分切り替えないと駄目だ。前向きにいこう、前向きに。
 小坂の座っていた椅子の隣、俺も椅子を引いた。ひとまず座る。それからぼんやり突っ立っている彼女にも勧める。
「お前も座れ、とりあえず」
「はい、そ、そうします」
 呼ばれた犬みたいに素早く、小坂も腰を下ろした。肩を並べたが早いか待ち構えていたみたいに切り出された。
「あの、主任、すみません。飛んできていただく結果になってしまいまして」
「言うな」
 こいつはこいつで不意打ちが得意と言うか、弱ってるところに的確に攻め入ってくるから性質が悪い。そうですよ飛んできたんですよお前の為に。でもすっ飛ばしてきたところで全く的外れで意味がなかったわけだし、おまけに小坂は状況の判断ができるほどには立ち直ってると来ている。空振りにも程がある。
「今の俺、ものすごく格好悪いな。安井にしてやられた」
 俺は再びぼやいた。気持ちを切り替えたとしても前向きになれたとしても、その事実だけはどうも覆しがたい。
 小坂はどう思っているのか、また黙ってしまった。
 一瞬だけ横目で見たらやたら真剣な顔をしていたから、後で改めて謝ろう、なんて考えているのかもしれない。本当に真面目で、しょうがない奴だ。

 手のひらの上には鍵がある。
 細かな傷の浮く金属色に、手書きで『第三会議室』と書かれたシールがついている。ご丁寧に上からセロハンテープで固定済み。見栄えはよくなかった。
 実際第一、第二辺りと比べるとこの第三会議室は備品もいまひとつだし、いかんせん殺風景だった。ちょっと身じろぎしただけでぎしっと言うようなパイプ椅子だし、ホワイトボードも車のついたちっちゃいやつだし、テーブルだってちょっと押しただけですーっと流れていっちゃうようなおざなりさ。ごゆっくりって言われても、こんな部屋がデートに向いているはずもない。
 俺もまだそういう気分にはなれてなかった。いくら小坂と二人っきりでも、いざとなれば鍵のかかる部屋にいたとしても、お互い終業後であとはもう帰るだけって状況だとしてもだ。ここに来るまでごちゃごちゃしたこと考えすぎてたせいで、一向に気持ちが切り替えられない。
 柄にもなく真面目な気分でいる。向き合わなくちゃいけないよな、って。

「すみません、主任」
 しばらくしてから小坂が、改めて謝ってきた。予想通りだった。
 でも詫びられるようなことは何もない。例の失敗の件を言いたいなら、何度も教えたはずだ。相手が違う。
「どうして謝る?」
 俺が聞き返すと彼女は申し訳なさそうにしながら、
「だってあの、私のことを心配して、走ってきてくださったんですよね。話を大げさにしてしまって、すみません。主任に心配していただくほどでもなかったのに」
 そう言ってぺこりと頭を下げた。
 いつもは鈍感なくせにこんな時だけはぴったり読んでくる。ずるい。そんなに俺の格好悪さを掘り起こさなくたっていいだろ。『主任、どうして走ってこられたんですか?』ってボケてくれたらこっちも誤魔化しようがあったのに。
 でも、不思議と笑えた。
「お前でもそのくらいはわかるんだな」
「え? そのくらいって……」
「俺が心配したってこと、わかってるのか。てっきりボケられるんじゃないかと思った」
 軽口を叩けば小坂は声を張り上げる。
「そ、それはもちろんです!」
 もちろん、か。小坂がどうしてそう言い切るのか気になるところではある。本当にたまたま、めったにない確率で推測が当たっちゃっただけなのか、それとも小坂の持ってる常識と照らし合わせて『こんな時自分なら飛んでくる、だから主任も飛んできたに違いない』って思ってるだけなら、ちょっと不満がある。
 失くしたくないって思ったんだよ、俺は。
「心配した」
 格好悪いのなんてもう取り戻しようもないし、素直に教えてやった。
「今日、お前を叱ったのは俺だからな。それでお前が落ち込んでるって聞けば、さすがに心配になる」
 たちまち小坂が姿勢を正す。ぶんぶんかぶりを振っている。
「私は、叱られたのは当然だと思っていますから、そのことで落ち込んだりはしません。主任のせいでは決してないです!」
 喋り方ははきはきしていて、もう落ち込んでるそぶりすらなかった。俺のフォローさえしようとしてる。感服。
「でも、後からいろいろ考えるんだよ。他にもっと言いようがあったんじゃないかとか、初日のミスを責め立てるのもどうか、とかな」
 何回やっても叱るのは慣れない。誉めるのは大好きなのにな。
 小坂のことだって誉めてやりたかった。営業初日だから、デビューしたてだから、思いきり誉めてやってそれが自信に繋がればいいって思った。失敗する可能性なんて考えたくなかった。逃げるように遠くへ追いやって、考えないようにと言い聞かせてた。
「お得意先に迷惑を掛けたのは事実ですから、そのことはお叱りを受けても仕方が――」
 必死になって言い返してくる小坂。放っておけばいつまでも謝ってそうだから、
「小坂がそういう奴だからだよ」
 遮る為だけに頬っぺたをつついてみる。
 柔らかくへこませた瞬間、小坂はあっさり息を呑んできれいな色の唇を閉ざした。目を丸くしてるのが可愛い。たちまち頬が紅潮するのも可愛い。指先には感触が残り、それを俺はいつもとは違う心境で受け止める。
 それから、らしくもなく丁寧に話し出してみる。
「お前が反省してるのはわかってたし、俺の注意も、先方に迷惑を掛けたことも、ちゃんと理解してるだろうと思った」
 小坂は瞬きを繰り返しながら、俺の話を聞いてくれている。
「だから余計に悩んだ。お前がこれ以上ないくらいに反省して、へこんでるのに、俺が追い討ちを掛けるのも気が引けた。そうかと言って黙ってる訳にもいかないし、初日から甘やかしたら公私混同と言われそうだしな」
 当の、忘れ物してきた取引先も、営業課の連中も、口を揃えて言うんだよ。叱るなって。俺も――俺だって本当はそうしたかったけど、でも俺が何も言わなかったら小坂を叱ってやれる奴は誰もいなくなる。それは俺の仕事だった。誰が何と言おうとだ。
 だからよくなかったのはむしろアフターフォローの方なんだろうな。せめて今日のうちにって思えてたらよかった。そうしたら小坂だってもっと早くに立ち直ってただろうし、
「それと正直、目論見が外れたってのもある」
 安井に先を越されることだってなかった。
 油揚げ泥棒はどこにでもいるな。用心せねば。
「まさか安井に、美味しいところを全部持っていかれるとは思わなかった。――あいつには一応、慰めてもらってたんだろ?」
「は、はい。一応と言いますか、とても親切にしていただきました」
 小坂は安井を随分と高く買ってるらしい。急にいい表情になんて頷くもんだから、こっちはめらめらと何かが燃え上がっちゃったりもする。
 あいつが親切って、お前は全然わかってない。あいつこそ下心抜きで他人に優しくするタイプじゃないんだから。
「こずるい奴だよな。自分だけ点数稼いで」
「点数……?」
「大体、俺が叱ったんだから慰めるのも俺の仕事のはずだ。どうしてあいつが口挟んでくるんだよ」
 皆がやりたがらないことを渋々と俺一人でやったのに、いいこともなく、辛い目に遭い、美味しいところは持ってかれ。人生なんて所詮こんなもんですよね。
「小坂も、安井の言うことなんか鵜呑みにするな」
「えっ、で、でも」
「あいつに何を言われたかが知らないがな、昔からいい加減なことばかり言う奴なんだ。話半分くらいに聞いとけ」
 現に、俺が真相を語ってるのに、小坂は疑いのないきらきらした眼差しで反論してくる。
「安井課長は、すごく優しい方だと思います」
 残念、藍子ちゃん不正解。優しいが聞いて呆れます。
「優しい? あいつが?」
「はい。とっても」
「そりゃ小坂の買い被り過ぎだ。安井はそんな善人じゃない、油断してると取って食われるぞ」
 優しい人が俺を騙して会議室まで全力疾走みたいな真似させるか? そりゃまあ全力疾走は俺の意思でやっちゃったことで直接は関係ないですがね。それだって安井があんな言い方しなければやらずに済んだのに。俺なんて本気で心配したんだぞ。小坂を引き止める為ならってものすごい恥ずかしいことまで言おうとしてたし。
「私は、すごく優しい方だと思いました」
 俺が何と言おうと小坂は自分の印象を曲げるつもりもないらしい。やっぱりそう言い切ってから、急にはにかんだ。晴れやかな口調で付け加える。
「それに主任も、同じくらい優しい方だと思います」
 言われた直後は素直に嬉しかった。
 優しいと言ってもらえて嬉しくないはずがない。他でもないお前には、特に、そう思っていて欲しかった。それがたとえ本物の優しさじゃなくてもだ。
 ただ、――安井と同じくらいってのがなあ。
「あいつと一緒の扱いか。そこは『主任の方がもっと優しいです』って言うべきだろ」
 その点だけは思い直してもらえないもんか。指摘してやれば、小坂はちょっと困ったように考え込んだ。でも結局は頑なに繰り返すだけだった。
「主任も、すごく優しいです」
 何だよ。
 安井は一体、小坂にどんな話をしたんだろう。俺と同じくらい優しいと評されてるってことは、ここにすっ飛んできた俺と同じようなことを小坂にしたってことじゃないのか。気になる、超気になる。しかも二人の秘密とかっていかにも意味深な台詞をあいつが言い残してったりするから、あーもやもやする!
 わかってもいるんだけどな。小坂ならそういう比較も、贔屓もできないだろうってこと。
「……融通の利かない奴め」
 俺が拗ねても、小坂は神妙にこっちを見上げている。そんなこと言われたって、と戸惑っていもいるらしい顔。その頭にぱたぱたしてる耳が見えたような気がして、敵わない気がしてうっかり、笑ってしまった。
 そしたら小坂までつられたらしく、綻ぶように笑んだ。久しぶりに。
 やっと笑ってくれた。
 朝からずっとこういう顔を見てなかったから、目の当たりにできたら何かもう堪らなくほっとする。そして堪らなく、可愛い。ささくれだってた心が猛烈なスピードで和んでいく。
 つくづく俺は、小坂に救われてると思う。
 笑って気が楽になったか、小坂はすとんと軽快に立ち上がった。そして追うように立ち上がった俺に、もう一度頭を下げてくる。
「今日は、本当にご迷惑をお掛けしました」
「俺に謝ることじゃないって言っただろ」
 そう告げればぱっと顔を上げ、いたって真摯に宣言された。
「じゃあ、約束します。同じミスはもう二度としません」
 駄目な大人からすれば眩暈がするような真摯さだった。お前は本当に、どんだけ真っ直ぐなんだ。そういうところも悪くないけど、無防備すぎるから、俺以外の人間の『優しさ』はもうちょい疑ってかかるべきだ。
 その代わり、俺の優しさはいっそ盲目的に信じていればいい。俺は下心も主任としての立場も全部込みでお前を可愛い存在だと思ってる。でもそこは立場上、今日みたいに叱らなきゃいけない機会がこの先もいっぱいあるだろう。そして俺は叱るのが苦手だから、適切な言葉で言えなかったり、つい感情的になって言い過ぎたり、叱った後で自己嫌悪に駆られて一人ぐだぐだしてるかもしれない。そういう時でもお前が、俺の優しさとやらを真っ直ぐに、疑いもせずに信じて、叱ったしばらく後くらいに『でも私、わかってますから』みたいにちょっと笑いかけてくれたら――後で小坂に笑ってもらえるってわかってたら、俺も苦手なことや厄介なことや辛い日なんかを、それなりに乗り切っていける気がする。
「よし。今の言葉、忘れるなよ」
 約束を受けて立てば、小坂は元気に返事をした。
「はい!」
 いい返事だ。相変わらず柔らかそうでぎゅうっとめいっぱい抱き潰したくなるくらい可愛くて。
 だから俺もそろそろ真面目なのはやめて、通常営業に戻ろうと思う。予定も調子もすっかり狂っちゃったが、他に言っておきたいことがあった。

 二人分の椅子をテーブルに納めながら切り出す。
「ところで小坂。お前、あの袋の中身は見てないだろ?」
「袋ですか?」
 小坂は子供みたいにきょとんとしてから、
「……あっ、あのポチ袋でしょうか」
 思い出してくれたらしい。
「そう、あれ。見てみろ、念を押す必要もある」
 促すと彼女は早速ポケットを探り始める。朝はカバンにしまってたはずだがどういうわけかスーツのポケットに、しかも霧島が持ってた飴と一緒になって入ってた。
 また一緒扱いか、俺のは内ポケットに入れといてくれればいいのに。
 ともあれ小坂は見つけたポチ袋を膨らませるようにして覗き込み、それから怪訝な顔で俺を見た。いいから出せとばかりににやっとしてやる。するとなぜか恐る恐るといった手つきで中身を引っ張り出し、見たようだ。
 中身は名刺だ。俺の。
 気づいたか、小坂は傍目にもわかるくらいどぎまぎし始めた。わあ、と言いたげに口を開け、瞬きすら止めて目を瞠り、発した声は裏返りながらも勢い込んで、
「こ、これは……いただいてもよろしいんですかっ」
 振ってる尻尾が見えそうなその喜びように、俺はげらげら笑ってしまった。何ていい反応をするんだ小坂。それがまだ本命じゃないって知ったら、今度はどんな顔するんだろうな。
「そのつもりでやったんだ。まあ、表はおまけみたいなもんだけどな」
「おまけ、ですか?」
「引っ繰り返せばわかる」
 小坂は唯々諾々と名刺をめくり、裏側に書かれた――俺が書き留めておいた文字列をようやく見つける。
 携帯電話の番号とメールアドレス。もちろん俺のだ。
 何を思ったか、小坂はそれを見つけてしばらく静止した後、また名刺を引っ繰り返した。表と裏を何度か見比べて確かめてから、裏面のそれが手書きであるということにも、なぜ手書きなのかということにも気づけたらしい。持つ手が震えている。
「受け取ったからには連絡しろよ」
 駄目押しで言っておく。
「メールだけでも今日中に。帰ってから、何時でもいいからとりあえず一通送れ。お前のアドレスは今は聞かない。それやるとお前は連絡して来なさそうだからな」
「……りょ、了解です!」
 小坂はにまにまととろける顔で頷き、その後はすぐに何事か考え始めた。十中八九、どんな文面にしようかななんて頭を捻っているんだろうな。俺も楽しみだ、小坂が送ってくるメールってどんなのだろう。やっぱ可愛く顔文字とか使ったりするのか。
「ご褒美と言ったら、さすがに調子に乗り過ぎか」
 俺はぼんやり続行中の小坂の肩を叩く。
 本来は、ご褒美のつもりだったんだ。小坂を骨抜きにしてやるつもりで、プライベートでも電話とかメールとかいっぱいしちゃうぞって思ってた。でもいろいろあって、ふと立ち止まって考えてみれば、電話とかメールが欲しかったのは俺の方なのかもなと思えてくる。
 例えばこういう日とかに。主任としての俺が小坂を叱ったり注意したりしなきゃいけなかった日も、退勤後は多少ぎこちなくでもメールや電話でやり取りし合って、お互い大変だよななんて言い合えたらいい。他人事みたいに『上司』の悪口とかも言ったりして。
「それでも喜んでもらえてよかったよ。営業デビュー初日、お疲れ」
 声をかけると小坂はとびきりの表情を見せた。美味しいもの食べてる時みたいな幸せそうな笑顔。
「はいっ。お疲れ様です、主任!」
 しみじみする。
 この顔、失くさずに済んでよかった。
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