熱情(6)
あっさりと下着姿になった私を、仰向けの鷲津がじっと見上げてくる。デニムカラーの上下セットは小さくフリルもついていて、かわいくて結構気に入っていた。着るものによっては外に響くから、主に友達とのお泊まり会用だったけど。
その下着を目にした鷲津は、言いにくそうにこう切り出した。
「全部、脱がないのかよ」
どうやらカジュアルなデザインは彼の好みではなかったらしい。私は少々がっかりしつつ、それでも中身に興味を持たれているだけましと思い直す。
「もちろん脱いであげる」
私は言って、ためらわずにブラも外した。
それから改めて鷲津に覆いかぶさると、彼は困惑気味に両手を上げた。
「下脱いでないだろ」
「鷲津だってそうじゃない」
彼は五枚いくらで売ってそうな、ペイズリー柄トランクスをはいていた。私の下着にはあれこれ言う割に、自分の下着にはこだわりがないようだ。
すでに硬くなってふくらんだ辺りを手で撫でると、びくびくしながら声を上げる。
「やめろ触るな、あっ」
「少し濡れてる。男の人もこうなるの?」
「ばか、言うな! あ、だからやめろってば……ううっ」
鷲津が手で自分の口を押さえる。
声が聴きたくてこうしてるのに。私は手首をつかんで引き剥がそうとしたけど、華奢な割に彼の方が力が強くて、どれだけがんばっても無理だった。
「もう、しょうがないなあ」
しぶしぶあきらめた私は、彼のトランクスを黙って引きずりおろした。
「うわっ!」
予告なしの行動にか悲鳴が聞こえたけどスルーして、内臓がはみ出たような部分を掴む。色白な鷲津の身体からは想像もつかない赤黒さだ。先端には涙のような雫がにじんでいて、下着が濡れていた理由がわかった。
鷲津が上体を起こし、硬い表情で私を見る。
私はその顔に微笑む。
「舐めてみていい?」
「い、嫌だっ」
意外にも、鷲津はかぶりを振って拒んだ。
それはポーズみたいな『やめろ』ではなく、もっと強い拒絶と抵抗の意思に見えた。私がまばたきをすると、鷲津は目をそらしながら続ける。
「噛まれたりしたら困る」
「私、そんなことしないよ。優しくするから」
「わかってるけど!」
びっくりするほど大きな声を出した後、彼はうつむいた。
「お前を信用してないわけじゃないけど……とにかくやめてくれ」
その言葉とは裏腹に、鷲津は少し震えていた。
おそらく、嘘なんだろう。
鷲津はまだ私をちっとも信用してはいない。それは私だからという理由ではなく、他の誰にも――なのかもしれない。
一度身体を重ねた後でさえ、全てをゆだねるには至らないということみたいだ。
意外なところで現実を突きつけられ、私は少し寂しくなった。
それでも握ったままのものはあきらめられなくて、さらに尋ねてみることにする。
「じゃあ撫でるだけならいい?」
「あっ、ま、待てって、聞きながら触るとか――ん、んっ」
鷲津はせっかく起こした上体を倒し、口元をまた押さえた。私の手の動きに合わせてびくり、びくりと身体を震わせるのがかわいくて、そして気持ちよさそうでたまらない。
ホテルのベッドは家のものよりもよく弾んで、鷲津が身体を震わせるたびに揺れ、そしてスプリングもぎしぎしと音を立てた。こういう施設だけに、わざと音が鳴るようにしているんじゃないかと思うほどだった。
「撫でるだけでいいの? もっとしてほしいことがあったら言って」
「んっ! ふ、ふぅうっ……」
「え、何? 口を押さえてたら聞き取れないよ」
「や、やめ……あっ、触られるとしゃべれなっ、手ぇ止めろっ」
それで私が手を止めると、鷲津はぜいぜいとあえぎながらも涙の浮かんだ目で私を見る。その涙を手の甲で拭った後、震える声で言った。
「俺にも触らせろ」
「私に『奉仕』させたいんじゃなかったの?」
聞き返す私を、鷲津はきつく睨んだ。
「お前にやられっぱなしなんて嫌だ、ずるいだろ」
ずるいという言い分が私にはちょっと理解できない。気持ちよくさせるより、気持ちよくされる方がいいはずなのに。
でも彼がそうしたいと言うなら拒む理由もなかった。
「じゃあ、鷲津の好きにしていいよ」
私はそう言って、彼の唇にキスをしに行く。
短いキスが舌を絡めるキスに移行した頃、鷲津の両手が私の胸を掴んだ。ゆるゆると優しく揉んでから、何かを探し当てるように胸の先端に指を這わせてくる。
「あっ、ん」
キスの合間に声がこぼれた。
もっと舌を絡めていたいのに、たちまち息が上がって続かなくなる。それで私が口を離すと、鷲津はすかさず私の胸にむしゃぶりついてきた。左の胸を舌先で転がしながら、右胸は手でめちゃくちゃに揉む。
「やだ、赤ちゃんみたい……」
与えられる快感とその光景のかわいらしさがミスマッチで、一層そそられる。私が思わず鷲津の髪を撫でると、彼は胸先をくわえたままで上目遣いに私を見た。
その眼差しに背筋がぞくっとした。
「馬鹿にするな」
抗議の声は直接胸をくすぐる。
「してないよ、かわいいなと思って」
「それがすでに馬鹿にしてる」
「難しいなあ……あ、やっ、激しすぎるよ……!」
鷲津の舌が生き物みたいに動き出して、私は彼の頭を抱えるようにしてしがみつく。それでも気持ちよくなるだけでは嫌で、下半身に手を伸ばしてみたけどぎりぎり届かなくて、腰骨のあたりを撫でてみる。ついでに膝で硬いところを探ってみたら、それは手で止められた。
「蹴るなよ」
「だって手、届かないから」
「触らなくていい」
「やだ、私だって触りたい」
私は身体の高さを合わせるために鷲津にキスをすると、ようやく手を伸ばして目的のものを握る。
お返しとばかりに鷲津の手が一枚だけ残っていた下着の中に入ってきて、ホテルの部屋の中、私たちはしばらく夢中で喘ぎあった。
コンドームをつけてみたいと言ったら、鷲津には白い目で見られた。
「なんでだよ」
「練習してきたから」
「は? な、なんで、どうやって?」
彼があからさまに動揺したので、私はこらえきれずに笑ってしまった。
「ペンでだよ、実地練習のわけないでしょう」
「ああそう……」
ほっとしたというより、呆れた顔で鷲津が肩をすくめる。
「やりたいなら好きにしろよ、お前が買ったものなんだし」
「わかった、そうするね」
それで私は財布からそれを取り出し、封を切って中身を引っ張り出した。先端にかぶせて、鷲津が痛くないようにゆっくりと、慎重に下ろしていく。
「お前……別にいいけど、練習とかしてて親に見られたらどうするんだよ」
脚を開いてされるがままの鷲津が、私の手つきを見て溜息をついた。『練習』の成果がちゃんと出せているようだ。
「見られないように注意したよ。恥ずかしすぎるもんね」
「いや恥ずかしいっていうか、怒られるだろ? ゴミとか、ちゃんと隠して捨てたか?」
「当たり前じゃない。見られるところには捨てないよ」
さすがにわざわざ火種をばら撒くような真似はしない。私だってそのくらいは考えて行動している。
それから昨日、鷲津が部屋のごみ箱に諸々を捨てたことを思い出し、逆に尋ねてみた。
「まさか鷲津、親に見つかっちゃったの?」
一瞬間があって、
「いや」
鷲津は短く答えた。
その後に何か続くのかと思いきや、続いたのは沈黙だった。コンドームをつけ終えた私が面を上げれば、無感情の顔をした鷲津がそこにいた。
それでも目が合うと、作ったように嘲りの表情を浮かべる。
「そんなヘマ、するわけないだろ」
「ふうん」
なんとなく腑に落ちない私の肩を、鷲津がぽんと押してきた。
それで私はベッドに倒れ込み、スプリングがひときわ大きく音を立てる。彼は私の両脚を掴んだ。
「この間と同じでいいの?」
「何がだよ」
「えっと、挿れ方? いろいろ試したくない?」
「……お前、この間まで処女だったんだよな?」
そうだけど。私が頷くと、鷲津は理解が及ばないとでも言うように眉をひそめる。
もっとも、こんな時に考え事なんて時間と体力の無駄だ。鷲津もそのことに気づいたんだろう、やがて私の身体をひっくり返した。
「膝立てろ、後ろから挿れる」
「うん」
私はそれに従った。犬みたいにベッドの上に手をつき、膝を立てる。
鷲津の手がお尻をつかんで、あ、と思った時、その手がふと撫でる手つきに変わった。
「意外といい尻」
彼がそうつぶやくのを私は聞き逃さなかった。
「意外とってどういう意味?」
聞き返せば背後で溜息が響いて、
「あんまりじっくり見たことなかった。制服だとわからないだろ」
「もっとちゃんと見てよ、私の全部は鷲津のものなんだから」
「お前って、本当に変な奴……」
そう言いながら、鷲津が改めてお尻をつかむ。
すぐに先端が埋まり、ゆっくりと侵入してくるのがわかった。
昨日と比べれば、痛みはずっとましだった。それでも全く痛くないというわけではなく、だけどそれ以上に気持ちよかった。胸を触られたりするのとはまた違う、直接的ではないけれど、とても満たされている快感。それがじわじわと深く、奥までやってくる。
「あ……やっぱり、やばいな……これ」
全部入ると、鷲津が大きく息をつくのが聞こえた。
この体勢だと彼の顔が見られないと今になって気づく。昨日はあの顔を見られてすごくうれしかったのに――でもその代わり、今日は彼の息遣いに集中することができそうだった。
それから、中で動かれる気持ちよさにも。
「はは……動物みたいだ、は……っ」
鷲津が腰を打ちつけるたびに、皮膚がぶつかる音と感触がする。誰かとこんなにも近くにいたことがこれまでにあっただろうか。皮膚と皮膚が触れ合うだけでは飽き足らず、もっと深いところで繋がっている。
「あっ、あっ」
私の口からも甲高い声が出る。自分のいつもの声とは違う、鼻にかかった甘い声。それを止めることができない。
引き抜かれた瞬間の物足りなさは、次に押し込まれた時の快感を何倍にもふくれ上がらせる。内臓を内側から押し上げられるような感覚。自分では到底触れられない箇所に当たると、頭の奥までしびれるようだった。
「く、がはら……」
鷲津が絶え絶えの息で私を呼ぶ。
どうして呼んでくれたのかわからない。でもうれしい。それが名字でも。
「鷲津、好きっ、大好きっ」
私の言葉に、彼はちょっと笑ったようだ。いや、単に息をついただけかもしれない。それでも、ちゃんと届いたことだけはわかった。
彼の言うように獣みたいな私たちは、ベッドをぎしぎし鳴らしながら身体を揺らす。背筋にぱたぱたと彼の汗が落ちる、その生温ささえ気持ちいい。もっといっぱい繋がっていたい。もっと――。
「あっ、う……あっ!」
低いうめき声の後、鷲津が震えながら動きを止めて、私を背後からぎゅっと抱き留める。
気持ちのいい動きが止まってしまった落胆よりも、彼が気持ちよさそうに身体を震わせている幸せの方が強かった。耳元で聞く呼吸の荒々しさが、余韻になって奥まで響くようだった。
「ふふ……鷲津、大好き……」
ベッドに突っ伏しながら私がつぶやくと、一緒に倒れ込んできた鷲津が黙って唇を寄せてきた。
汗だくの額をくっつけるように、短いキスをする。
「……早いな、俺」
唇を離した後で彼がぼやいたから、私は笑って言った。
「そんなの気にしないよ」
「俺が気にする」