Tiny garden

高見市のロボ

 試乗を終えた私は、新宮さんの車で帰途に就いた。

「送っていただいてありがとうございます」
 既に夜の九時を過ぎている。私がお礼を言うと、新宮さんはかぶりを振る。
「気にするな。平井にはこれから頑張ってもらうんだから、大切にしないとな」
「でも、新宮さんもお疲れじゃありませんか?」
 気遣うつもりで尋ねてみた。
 すると運転席の横顔が爽やかに微笑む。
「ちっともだ。むしろこの上なくわくわくしている」
 その言葉が嘘ではないことは表情からもわかる。疲労の気配なんて一切窺えない。
「思えばこの二年間、タックスティーラーに関わることが何よりの癒しだった」
 新宮さんはしみじみと続ける。
「子供の頃から憧れだった二足歩行の巨大ロボットを、遂に現実のものにすることができたんだ。この事実だけでも何杯も飯が食える」
「そんなにお好きなんですか」

 今日の一連のやり取りで何となく察しはついていたけど、それほどとは。
 生真面目な新宮さんにも、うちの弟みたいにロボットアニメに夢中になっていた頃があったのだろうか。

「もちろん好きだ。小さな頃はよくテレビでロボットの活躍ぶりを見ていた」
 案の定、彼は頷いた。
「うちの弟も子供の頃はよく見ていたんですよ」
 そう告げたら、新宮さんの表情が一段と輝く。
「さすがは平井の弟さんだ。見る目があるな」
「そ、そうなんでしょうか」
 さすがに高校生になった今では見ていないようだけど、弟の部屋には今でもプラモデルが置いてあるのを知っていた。
 ああいうおもちゃは多分、大きくなったって簡単に捨てられるものではないんだろう。
「平井はロボットものには興味ないのか?」
 続いて新宮さんが尋ねてきた。
「そうですね、あまり見たことがないんです」
「なら円盤を貸そう。ロボットの動きの研究にもなるだろう」
「円盤……?」
 聞き慣れない単語だ。スポーツの円盤投げしか思い浮かばない。
 そんな私に新宮さんが説明を添える。
「ああ、DVDのことだ。俺はブルーレイ派だが」
 円盤――形が似ているから、だろうか。
 私自身は、弟が好むようなアニメを面白いと思ったことがない。
 でも仕事となれば話は別だ。ご当地キャラは愛される動きをしなくてはならないから、既存の作品を真似るのも必要なことだろう。
「是非、拝見してみたいです」
 だから私はそう答えた。
「なら、今度ボックスを持ってくる。楽しみにしてくれ」
 声を弾ませる新宮さんの方が楽しそうで、ちょっとおかしかった。

 とりあえず、私の激動の一日が終わろうとしている。
 そして自宅が近づくにつれ、気がかりなことが頭をもたげていた。
 タックスティーラーのことを、家族にどう話すかということだ。
 私は実家暮らしで、家には両親と弟が一緒に住んでいる。今日遅くなった理由はもちろん聞かれるだろうし、しばらくはタックスティーラーの訓練で忙しくもなるだろう。
 話しておいた方がいいのだろうか。

 夜道を走る車の窓に、妙にきまり悪そうな私の顔が映っている。
「あの、新宮さん」
 考えても答えは出ず、恐る恐る切り出した。
「どうした?」
「タックスティーラーのことですが、家族には話してもいいですか?」
 ご当地キャラのお披露目は来月の予定だった。
 その日は高見市の陸上競技場を貸し切り、地元メディアはもちろん、市民の皆さんをお招きしての発表になる。
 こういうことにはインパクトが大事だから、詳細は伏せておくようにと新宮さんたちから言われていた。
「ご家族なら、むしろ話しておくべきだろう」
 新宮さんはそう答えた。
「大切なお嬢さんがご当地キャラの中の人になる。ご両親はきっと誇りに思うはずだ」
「そうですね、びっくりもされそうですけど」
 うちの家族なら、話を聞けばきっと喜んでくれると思う。
 ただ、そのご当地キャラが巨大ロボットだと聞いたらどうだろう。
「お披露目の日には是非、ご家族も招待しよう」
 新宮さんは優しい口調で言ってくれる。
「最前列の特等席を用意する。平井の勇姿、間近で見てもらうといい」
「え、ええ……」
 そのお心遣いは嬉しいけど、少々恥ずかしいかな、という思いもなくはなかった。

 やがて車は私の自宅近くまで辿り着いた。
「あっ、ここです。この辺りで」
 私が告げると新宮さんは車を路肩に停め、ご自身も一旦降りた。
「平井、今日はお疲れ様」
 門灯がオレンジ色に照らす路上で、新宮さんが微笑む。
 その表情に温かい気持ちを覚えつつ、私もお辞儀を返した。
「ありがとうございます。あの、明日からもよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。タックスティーラーを頼むな」
「はい」
 今日からは私が、あのロボットのパイロットだ。
 皆から託された夢を、私が立派に全うしなくてはならない。
「平井が引き受けてくれて本当によかった。感謝してる、ありがとう」
 新宮さんの言葉はどこまでも真っ直ぐだった。
 だからか私は、少し照れてしまう。
「そんな……公僕として、果たすべき役割をするまでです」
「平井の晴れ姿、俺も楽しみにしている。来月が待ち遠しいくらいだ」
 彼がそう言い添えたから、私はますます気恥ずかしくて俯いた。

 ちょうどその時、背後でドアの開く音がした。
「姉ちゃん? 随分遅かったな」
 弟の声が聞こえて、私は慌てて振り返る。
 玄関からは弟の武志が顔を覗かせていた。目が合うとぎょっとしたような顔をされた。
「姉ちゃん彼氏連れ!? 遅かったのってもしかして……」
「ち、違う! 誤解だから!」
 弁解する私をよそに、新宮さんは至って冷静に挨拶をする。
「高見市地域振興課の新宮と申します。本日は夜分遅くまでお姉さんを業務に付き合わせてしまい、申し訳ありません」
「え……あ、はい。仕事、だったん?」
 武志は曖昧に頷き、後半の言葉は私に向かって尋ねた。
「そう。ちょっと、来月発表の企画について……」
 答えつつも、何となく濁しがちになってしまう。
 そんな私に新宮さんは少し笑い、
「じゃあ、平井。ご家族にもよろしくな」
 そう言い残して車に乗り込み、そのまま帰っていった。

 家に入ると、私は家族に事情を説明する運びとなった。
 男の人に車で家まで送ってもらったと知ると、両親までもが武志のように色めきたった。でもそこはきっぱりと否定しておかなくてはならない。
 それに、もっと大事なことを打ち明けなくてはならない――。

「……私、ご当地キャラの中の人に決まったの」
 そう告げた時の武志と両親の顔といったら。
 きっと『彼氏ができた』と告げても、ここまで驚かれなかっただろう。
「ご当地キャラ!?」
 武志はすっとんきょうな声を上げ、両親は顔を見合わせた。
「ご当地キャラってあれだろ、熊本の熊とか千葉の梨とか」
「彦根の猫なんてのもいたわね、可愛いの」
「そういうの、なんだけど」
 私が肯定すると、三人はいよいよ大はしゃぎを始める。
「姉ちゃんがご当地キャラとか、友達に自慢できるな!」
「茉莉は昔、人形劇もやってたしな。まさに適任じゃないか」
「着ぐるみと人形劇じゃ違うでしょう、お父さん」
 家族がきゃっきゃと楽しそうにしているのを、どこか蚊帳の外の思いで見つめる私がいる。

 私自身がそうだったように、家族もまたご当地キャラと聞いたら着ぐるみを思い浮かべたようだ。
 誰だってそうだろう。
 例に上がった全国各地のキャラクターたちのように、まるまるとして可愛らしい着ぐるみがぴょこぴょこ動くのを想像するはずだ。
 だけど、高見市のはそうじゃない。

 その事実を、私はどう家族に打ち明けようか迷った。
 でも口を開くより早く、一番はしゃいでいる武志が質問をぶつけてきた。
「あ、けどさ! ああいう中の人って普通非公開じゃん。姉ちゃんのことも秘密にしとかなきゃ駄目?」
 それはなかなか的を射た質問だった。
「ううん。顔出しするから、秘密にする必要はないと思う」
 というより、意味もなくなると思う。
「顔出しだって?」
 今度は父が怪訝な顔をした。
「着ぐるみを着るのに顔を出すって、ちょっと想像がつかないな」
 それもなかなか鋭い指摘だ。
「何て言うか、そもそも着ぐるみじゃないの、私」
 私はもごもごと答える。
 すると三人はますます不可解そうな表情になり、母が首を傾げた。
「着ぐるみじゃないご当地キャラ? そんなのいるの?」
「うん……高見市のご当地キャラはね……」
 頷いて、一呼吸置く。
 そして意を決してから、私は言った。
「ロボットなの」
「……え?」
「それで私、そのロボットのパイロットなの」
「……ええ!?」
 家族全員が、驚きに目を見開いた。

 そこからはもう質問攻めだ。
 ロボットって具体的にはどんなロボットなのか、なぜ普通の着ぐるみじゃなくてロボットにしたのか、見た目はどんな感じか、普通免許しかない私に乗りこなせるのか――私が今日、タックスティーラーと出会って抱いた数々の疑問を、そのまま家族も感じたようだった。
 そして私は家族の疑問に丁寧に答えていった。
「ええと、高さは三メートルくらいかな……。二本足で歩く大きなロボットなの。高見市は製鉄の街だから、その技術を活かしたご当地キャラにしたかったんだって聞いた。見た目は人型っていうよりダチョウに似てるかも。免許は確かにないんだけど、公道を走らないから平気だし、試しに乗ってみたけどそこまで難しくなかったし」
「ってか姉ちゃん乗ったの!?」
 弟の驚きは、そのまま新宮さんが乗ったと聞いた時の私の驚きと同じだった。

 そして一通りの説明が済む頃には、家族は狐にでもつままれたような顔になっていた。
「ロボット……なあ」
「危なくないの? 何も茉莉みたいな女の子が乗らなくたって」
 両親はすっかり及び腰になってしまっている。
 どうして私が選ばれたかという理由は聞いていたけど、それを家族に話すのは恥ずかしかった。
 なので差し支えない部分だけを告げた。
「男の人が乗ると、実戦兵器みたいでよくないって話になったんだって。あくまでもご当地キャラとして可愛い感じに動かすつもりだから、そんなに危ないこともないと思う」
 それにしたってなぜロボットを、という疑問は消えないだろうけど。
 もっともその答えは、弟の武志こそが証明してくれたように思う。
「すげー! 姉ちゃんがパイロット!」
 不安げな両親をよそに、武志は瞳をきらきら輝かせている。
「それこそ友達に自慢できるよ! つかめちゃくちゃ格好いいじゃん! 俺もお披露目、見に行っていい?」
「いいけど……」
 食いつきのよさに戸惑いつつも頷けば、弟は嬉しそうに飛びついてきた。
「やったー! ってかさ、設定とかあんの?」
「設定?」
「ロボットの所属とか、敵キャラとか、スーツの名称とか!」
「所属は高見市地域振興課、かな。敵はいないし、スーツはバイク用の革ツナギだった」
 知っていることだけを答えると、武志は途端に目を瞬かせる。
「敵いないの? じゃあなんでロボなんて作ったの?」
 それもロボットアニメが好きな人にとっては、当然の疑問なのかもしれない。
「高見市は、製鉄の街だから……」
 私は、そう繰り返すのがやっとだった。

 どうしてロボなんて作ったのか。
 その答えを私はもう知っているけど、家族にだってさすがに言えない。

 でも現実にタックスティーラーは完成し、高見市のご当地キャラプロジェクトは動き始めている。
 家族を含む市民の皆さんにも、実物を見せたら納得してもらえるはず――いや、納得してもらえるものを披露しなくてはなるまい。
 税金泥棒という名が事実になってしまわないように。  
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