Tiny garden

みんなの夢を乗せて

 新宮さんは約束通り、私に新しいパイロットスーツを用意してくれた。
 彼が見立てたスーツは、当然ながら以前着たものと同じ革ツナギだ。ただサイズは私にぴったり合っていたし、デザインはタックスティーラーの塗装に合わせている。赤地に黒のラインが入った、遠目にも目立つカラーリングだった。

 着てみたらみたで、別の問題が生じたものの。
「着慣れないので、ちょっと恥ずかしいです……」
 サイズが合うということは、身体のラインが出るということでもある。
 本番に向けてダイエットを決意する私に、だけど新宮さんは言う。
「堂々としていい。よく似合うぞ、平井!」
「そうでしょうか……」
「ああ! このまま深夜アニメの主役を張っても問題ないほどだ!」
 それって名誉なことなのだろうか。
 判断に迷う私をよそに、居合わせた中川原さんがわざとらしい溜息をつく。
「新宮さんは女パイロット好きですもんねー」
「何が悪い? 身体を張って戦うのに男も女もないだろう」
 新宮さんが片眉を上げると、中川原さんはやれやれと肩を竦めた。
「いや、俺的にはないですね。戦いは男の仕事!」
 そして私を指差し、さも不満げに続ける。
「戦場に女子供がのこのこ出てくのは敗北フラグです。どうせ噛ませポジなんだから引っ込んでればいいのに」
「若いのに古臭い考え方するんだな、中川原」
 それを新宮さんが笑い飛ばした。
 いろいろ言われているけど――言われていることの半分くらいも理解できてはいないけど、とりあえずパイロットとしてこれだけは主張しておくことにする。
「タックスティーラーは戦場には行きませんし、私が乗ってもいいじゃないですか」
 そもそも戦えない。腕もないし。
 私の言葉に新宮さんはすかさず破顔した。
「ああ、その通りだ平井!」
 そして中川原さんは明らかにむっとしたようだけど、やがて肩を落とした。
「そうですけどね。俺、嫌な予感してるんですよ」
「何ですか、それ」
 本番前に縁起でもないこと言う人だ。
 困惑していれば、彼は憂鬱そうに続けた。
「平井さん、下手すると主役ロボより目立ちそうじゃないですか」
 何だ、それ。
 私がそこまで出しゃばりだとでも思っているのだろうか。今度はこちらがむっとしたけど、新宮さんは宥めるように声を落とした。
「平井の可愛さは、中川原も認めるところだという意味だ」
 当の中川原さんはぷいと横を向いている。
 本当にそういう意味なんだろうか……。

 もっとも私だって、主役が私ではないことは十分理解している。
 主役はあくまでロボット、タックスティーラーだ。
 私はそれに命を吹き込む仕事をするだけ。

 本番まであと数日、着替えを終えた私は新宮さんたちと共に倉庫に入る。
 中では梶谷鉄工所の皆さんがタックスティーラーの調整をしている。皆さん熱心に作業をされていたけど、梶谷さんは私に気づくとすかさず声をかける。
「パイロットさん入ったぞ!」
 すると皆さんが手を止めて、こちらに向かって挨拶をする。
「おはようございまーす!」
「おはようございます、皆さん!」
 私もお辞儀と挨拶を返した。

 練習で何度か通っているけど、鉄工所の皆さんはいつもすごく礼儀正しい。
 そしてタックスティーラーに対しては、一つの作品として情熱を傾け、自信を持っているようだった。

「それが新しい……あの、何とかってやつかい?」
 歩み寄ってきた梶谷さんが、私のいでたちを見て尋ねた。
「パイスーです」
 新宮さんが最速で答え、梶谷さんは曖昧に頷く。
「ああそうそう、ぱいふー? とにかく、茉莉ちゃんによく似合うじゃないか」
 言い間違いは新宮さんも、中川原さんですら指摘せず、私もお礼だけを述べた。
「ありがとうございます。これで本番の準備は万全です」
「そりゃよかった。こっちの調整も全く問題なしだ」
 そう言って、梶谷さんはタックスティーラーを見上げる。

 三メートル近い二本足の機体は、今は真っ赤に塗装されていた。
 私の着ているスーツと同じ色で、二本のがっしりした足の側面に入っている黒のラインまでそっくり同じだ。
 そしてコクピットの底部、ガラス窓のちょうど真下に、筆で刷いたようなフォントで"Taxtealer"と記されている。
 この姿でタックスティーラーは、本番当日、陸上競技場の舞台に立つ。

「あとは市民の皆様の反応だけだな」
 タックスティーラーに目を向けたまま、梶谷さんが呟いた。
 本当に、気がかりなのはそれだけだ。ご当地キャラとして気に入ってもらえるだろうか。
「精一杯、務めを果たす所存です」
 私は心からそう答えた。
 ――つもりだったけど、梶谷さんは何か言いたそうに苦笑した後、なぜか新宮さんを肘でつつく。
「茉莉ちゃん、かなり気負ってんぞ。解してやるのは『先輩』の仕事だろうに」
「わ、わかってます」
 新宮さんが慌てたように応じた。
 そして私に向き直り、一つ咳払いをしてから告げてくる。
「平井、お前の心構えは大変立派だが、一人で背負い込むことはないからな」
 私はその言葉にも、梶谷さんの指摘にも驚いていた。
 もちろん重圧はあったけど、気負っているつもりはなかったのに。
「俺や梶谷鉄工所の皆さん、あるいは中川原たちにとっては、タックスティーラーは長い付き合いで思い入れも存分にある。だがお前にとってはつい先日会ったばかりの、まだ新しい相棒だろう?」
 それは事実だ。
 さすがに新宮さんたちほどに愛着を持っているとは言えなかった。
「市民の皆様にとっても同じだ」
 新宮さんはいつもの生真面目な口調で続ける。
「タックスティーラーはもうじき初めて世に出るような存在だ。最初の失敗で全てが決まるわけでもなければ、最初の成功だけで広く知れ渡るわけでもない。じっくりと時間をかけて、ご当地キャラとして認めてもらう必要がある」
 お披露目の日は、もう数日後に迫っていた。
 だけどその日が終わっても、タックスティーラーの役目が終わるわけじゃない。
 ご当地キャラとしての活動は、むしろそのお披露目の日がスタートなんだ。
「だから気負わなくていい。お前も時間をかけて、じっくりとこの機体に慣れてくれればいい」
 新宮さんはそこまで語ると、励ますような笑顔をくれた。
「それに、お前には俺たちがついてる」
「……はい」
 私は万感込めて顎を引く。

 タックスティーラーのコクピットは一人用だけど、私は一人じゃない。
 陳腐な表現かもしれないけど、皆の夢を乗せている。
 だから一度の失敗を恐れる必要はない。新宮さんはそう言いたいんだろう。

「失敗を恐れず、頑張ります」
 改めて宣言すると、新宮さんはほっとしたようだった。
「その意気だ、平井」
「まあ失敗しないに越したことないですけどね」
 中川原さんが素っ気なく言って、新宮さんと梶谷さんに呆れた目を向けられる。
 でもそれも事実ではあるだろう。失敗してもいいけど、しないで済むならその方がいい。
 私がちょっと笑って、中川原さんが不本意そうに眉を顰めた時だった。

 にわかに倉庫の外が騒がしくなる。
 十代の男の子たちと思しき声がこちらに近づいてくるのが聞こえた。

「ああ、うちのサークルの連中が来たかな」
 中川原さんが外に目を向ける。
「例の照明装置だったか?」
 梶谷さんの問いに彼は頷き、私に対してこう説明した。
「本番用にライティングなどの演出を強化する装置を作ったんです。足元から光を当てつつスモークを焚けば、多少動きが地味でも迫力が出るでしょうし」
「そうなんですか」
 相変わらず一言多いこの子の物言いに、ちょっと慣れてきた私がいる。
 新宮さんは何か言いたげだったけど、口を開くより先に中川原さんは外へ向かう。
「ちょっと迎えに行ってきます」
 そうして一旦倉庫から出た後、すぐに大勢を連れて戻ってきた。
 高見工業大学ロボットサークルの皆さんは、当然ながら中川原さんと同い年の男の子ばかりだった。服装はシャツにジーンズかチノパン、一様に人懐っこい笑顔を浮かべつつ、私を見ると好奇心に瞳を輝かせた。
「うわ、本物のパイロットだ!」
「マジでこの人が乗るんですか? すげー!」
 男の子たちが色めき立ったので、中川原さんが顔を顰める。
「騒がない。高見市地域振興課の平井さんだって」
「……平井です、よろしくお願いします」
 おざなりな紹介に私が一応頭を下げれば、彼らはどっとこちらに駆け寄ってきた。
 そうして戸惑う私を取り囲むと、
「平井さんっておいくつなんですか?」
「ぶっちゃけ彼氏いますか?」
「スーツ姿、写真に撮らせてください!」
「俺も俺も! コクピットに座ったところも是非!」
 次々と質問を浴びせかけてくる。
 どれからどのように答えればいいのかと困惑する。というか写真って、それはちょっと。
「こら、アイドルの扱いじゃないんだぞ。パイロットを困らせないでくれ!」
 新宮さんが彼らを叱りつつ、中川原さんを軽く睨んだ。
「中川原も! 部長だろ、ちゃんと止めろ」
 一方、名指しされた中川原さんはやれやれと呟く。
「……ほら、嫌な予感するでしょ?」

 わかってます。
 主役は私じゃなくて、タックスティーラーですから。

 ともかくも日々は騒がしく、慌ただしく行き過ぎて――。

 私たちは遂に本番当日を迎えていた。
 高見市のご当地キャラ、タックスティーラーのお披露目の日だ。

 本日の天候は見事なまでの快晴で、風も穏やかな暖かい午後だった。
 会場の高見市陸上競技場には五百人を超える市民の皆様が集い、地元テレビや新聞各社も取材に訪れている。
 新宮さんが言うには最前列に『特別席』を設けたそうで、そこには市長や市会議員、地域振興課の課長の他、うちの両親と弟も座っているらしい。残念ながら会場入りしてからは顔を合わせていないけど、いいところを見せられたらと思う。

 私は既に、タックスティーラーのコクピットの中にいる。
 赤いパイロットスーツを着込み、ヘルメットも被ってシートに座っている。
 お披露目前の機体には青いビニールシートがかけられていて、コクピットの窓から会場の景色を見ることはできない。でも既にエンジンがかかっているお蔭で、モニターから足元で忙しく立ち働く新宮さんや梶谷さんたちの姿を見ることはできた。
 式典が始まったらシートが払われ、タックスティーラーは皆様の前に姿を見せる段取りだ。
 もっともこの大きさだ、既に観客席からは驚きや戸惑いの声が上がっているらしい。

『今のところはいいインパクトを与えてるぞ』
 インカムから新宮さんの弾んだ声が聞こえてくる。
『皆、ご当地キャラと聞いて来てるからな。まさかロボットが出てくるとは思うまい』
「なら、姿を見せても驚いてもらえそうですね」
 私は安心して少し笑った。
 本番直前で笑えるなんて不思議なことだけど、思ったよりも緊張していない。
『平井も調子がよさそうだな、よかった……』
 新宮さんが安堵の息をつくのが聞こえる。
 ちょっと変わった趣味はあるけど、いつでも私を気にかけてくれる、とても頼もしい先輩だ。
「頑張ります、私」
 新宮さんが諦めざるを得なかった夢の為にも。
 そう思いながら告げると、新宮さんも少しだけ笑った。
『ああ、お前ならやれる。お前はいいパイロットだ』
 そうなんだろうか。その点についてはまだ実感がない。

 今日の為に練習は積んできた。
 新宮さんから借りたアニメで予習もした。
 そこまでしても、パイロットと名乗れるほどの腕になれたかはわからない。

 でも、泣いても笑っても今日が本番だ。
 そして今日が最後じゃない。
 タックスティーラーは、今日こそがスタートだ。

『……時間だ』
 新宮さんが私に囁く。
『頼んだぞ、平井』
「了解です!」
 私は、声を張り上げて応じた。

 陸上競技場にアナウンスが響く。
『ただいまより高見市地域振興課企画、ご当地キャラクターの発表会を行います』
 そこから私の出番まではほんの少し時間を要した。企画概要の説明や市長の挨拶などを経て、除幕式までしばらく座っていなければならなかった。
 ちなみに除幕式では抽選に当たった小中学生がボタンを押し、それでビニールシートが払われる仕組みだ。
『それではご紹介いたします――』
 司会者のアナウンスが、その時を知らせる。
『高見市が誇る製鉄技術によって生み出されたご当地キャラクター、その名もタックスティーラーです!』

 コクピットを覆う青いシートが一瞬にして取り払われる。
 開けた視界の向こうに、競技場の観客席が見える。
 モニターにはビニールシートを回収する新宮さんたちの姿が見える。彼らが足元を離れ、モニターから消えると、インカムマイク越しに声がした。
『平井、タックスティーラー出撃だ!』
「はい!」
 私は震えるレバーを握り、最初の一歩を踏み出した。
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