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たこさんウインナーを作る日

「播上、たこさんウインナーって作れるか?」
 ある晩にお弁当のことで電話を掛けた折、僕はついでにそう尋ねた。
『え? た、たこさん?』
 返ってきたのは気が抜けたような戸惑いの声だ。
 それも仕方のないことではある。僕も播上も既に二十六歳、大の男がいきなり『たこさんウインナー』なんて言い出したら反応に困るのも当然だろう。
「まさか知らないってことないよな? ウインナーを八本足になるように切って焼くメニューだけど」
『知ってるよ。メニューって言うほどのものでもないけど……』
 播上はまだ困惑した様子で続ける。
『渋澤が、たこさんなんて言い出したことにびっくりしただけだ』
「おかしいか?」
『清水に話したら、すごく笑ってくれるだろうな』
 なんで話すこと前提なんだよ。別にいいけど。

 もちろん僕だって、いい大人が『たこさんウインナー』について尋ねる突飛さは承知の上だ。
 それでも質問したのには理由がある。
 以前、播上の勧めで加工食品を常備しておくようになった僕は、ある日こんがり焼いたウインナーをお弁当に入れて持っていった。例によって生じた余白を埋める隙間おかずの一品としてだ。
 それを見かけたのが総務課の後輩、芹生さんだ。彼女はとても褒め上手な人で、未だ若葉マークの取れない僕のお弁当もよく褒めてくれる。その日もお弁当の出来映えに一言、二言くれた後、思い出したようにこう言った。
「私が小さかった頃は、よくお弁当にたこさんウインナーを入れてもらいました。普通のも美味しいんですけど、たこさんにするとより美味しく感じるんですよね」
 彼女の言葉に、僕の脳裏にもにわかに蘇る記憶があった。
 言われてみればうちの母も、お弁当にウインナーを入れる時はたこさん型にしてくれた。キャラ弁とかデコレーションといったことにはあまり関心のない人だったが、ウインナーだけはたこさんの形に切って入れるという謎のこだわりがあったようだ。
 そして実際、たこさん型のウインナーはそのまま焼いただけのウインナーよりも妙に美味しく感じられた。
「確かにあれ、美味しかったな。どうしてだろう?」
「不思議ですよね。形のかわいらしさが味に影響しているんでしょうか?」
 職場の貴重な昼休み、僕と彼女はその話題で大いに盛り上がった。芹生さんがにこにこ笑ってくれるのがとにかく嬉しかったし、普段生真面目な彼女の口から『たこさん』という単語が出てくるのもなんだかかわいくて、よかった。

 そんな経緯があったので、次にウインナーを持っていく時にはたこさんにしようと思っている。
 ただ、自分で作るとなると意外と難しかった。しつこいようだが僕は料理初心者、包丁で材料をざっくり切るのはできても、細かく飾り切りなんてけっこう難しい。たこさんウインナーなんて飾り切りの初歩中の初歩なんだろうけど、気がつけば足が取れたかわいそうなたこさんたちを量産してしまっていた。一応みんな焼いて食べたものの、本当に申し訳ないことをした。
 そこで播上にアドバイスをもらおうと思ったわけだ。
「なんとか、上手く作れるようになれないかな」
 僕の要望に対し、奴もちゃんと考えてくれているようだった。しばらく唸った後、こう答える。
『基本は慣れしかないな。足を八本作るならどうしても細かい作業になるし、包丁をキッチンバサミに変えたところで手間はさほど変わらないだろうし……』
「そうか……練習あるのみってとこかな」
『強いて言うなら、ウインナーを半分に切って平らな断面で足を作ると多少楽かもな。断面に十字に切り込みを入れたらわかりやすいし、均等な足にできる』
 そこまで言ってから、播上はちょっと笑った。
『口頭で説明するの難しいな。あとで画像で送るよ』
「いいのか? ありがとう。播上の実演が見たいと思ってたんだ」
 こういう時、近くに住んでたらいくらでも見に行けるのに。そこは全く残念に思うが、播上の親切には甘えておこう。
「ついでだし、お前も明日のお弁当に入れてけば?」
『俺が? さすがに柄じゃないだろ……』
「僕も入れていくから大丈夫。清水さんの受けも取れるぞ、絶対」
『そりゃ清水は笑ってくれるだろうけど』
 僕の提案にも播上はあまり乗り気ではないようだ。
 何か考え込むような沈黙の後で、やがてぼそりと続ける。
『渋澤は子供の頃、よくたこさんウインナーを入れてもらってたのか?』
「ああ。遠足とか運動会の定番メニューだったよ」
『俺はそういうのなくてさ。いつも父さんが作ってくれたんだけど、あんまり子供向けメニューではなかったから、自分で作るにしてもちょっと気恥ずかしく思うのかもな』
 播上のお父さんといえば、函館で小料理屋を経営されているという方だ。そんな人が我が子のために作るお弁当というのはどんなものなんだろう。
「播上の家のお弁当ってなんかすごそうだな」
 僕が思ったままのことを素直に告げると、電話の向こうで微妙な笑いか溜息かが聞こえてきた。
『運動会とか、重箱だったよ。仕出し弁当みたいなやつ』
「えっ、本当にすごいな!」
『美味しいんだけど、すごく恥ずかしかった。クラスの友達がみんな見に来てさ……』
 それは僕だって見に行ったに決まっている。おーい播上ん家の弁当すごいぞ、って大騒ぎしながら覗きに行ったに違いない。
 しかしそんなお弁当に困惑する播上少年の姿もたやすく想像がついて、微笑ましい気持ちにもなったのだった。播上って昔から照れ屋というか、こんな感じだったんだろうな。

 ともあれ僕は播上から画像つきレクチャーを受け、たこさんウインナーの研鑽を重ねた。
 画像には半分に切られたウインナーに切り込みを入れていく過程が全て写っていて、その丁寧な指導ぶりのお蔭で僕も八本足のたこさんを生み出すことに成功した。早速次の日のお弁当に持っていったら、芹生さんは予想通り大喜びしてくれた。
「あっ、たこさんウインナーですね!」
「この間話したから、練習して作ってみたんだ。よかったら一つ食べる?」
「いいんですか? ではいただきます」
 芹生さんに一つお裾分けした後、僕も努力の結晶であるたこさんウインナーを食べる。
 確かに普通に焼いたウインナーよりも美味しい気がした。作るのにとても頑張ったから、というだけではなく――細く切った足の部分が油でカリカリに焼き上がっていて、それでいて頭の部分はパリッとしたウインナーの食感が残っていて、そういう合わせ技みたいなところがいいのかもしれない。
「美味しいです! やっぱりお弁当にはたこさんウインナーですよね」
 芹生さんも満足そうに笑っている。
 その笑顔を見ながらふと、僕は遠い北海道にいる友人たちのことを考えた。
 播上も今日あたり、たこさんウインナーをお弁当に持っていっただろうか。それを見た清水さんも、やっぱりこんなふうに笑ったんだろうか。僕には確かめる術がないので、播上に画像で送ってもらおうか――いや、照れ屋のあいつがそんなことしてくれるわけないか。
 でも、二人とも笑ってくれてたらいいな、と思う。
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