こんなにうれしいことなんだ
探るように肌を撫でてくる、大きな手の感触が好きだ。
特に今夜はお酒のせいで、いつもより熱っぽく感じられる。私が着ているのは借りたTシャツ一枚だけで、その裾から入り込んできた手が胸に触れると、ぬるま湯のような心地よさを感じた。
「あ……おっぱい好きめ」
直に両手が潜り込んできて、楽しむみたいにゆるゆると揉んでくる。私が笑うと、ハルトは口で裾をめくり上げながら応じた。
「そう言う羽菜はおっぱい触られるの好きだろ」
「触られるのも揉まれるのも好きだよ」
素直に認める。
でも前はそうでもなかった。というより、十人並みの私が服を脱いだとたんに興奮しはじめる男の人の反応のほうが気持ちいいくらいだった。その時に抱く優越感はコンプレックスの裏返しでもあっただろうけど、たしかにいい気分にはなれた。
ハルトに対しても以前はそういう気持ちがあった。だけど今は純粋に、彼が私を好きになって、大切にしてくれることのほうがうれしい。触られるだけでどきどきするし、『かわいい』と言ってもらうたびに本当にかわいくなれている気がして、身体だけじゃなく心まで満たされるようだった。
「あ、あ……っ」
柔らかい胸に指先が沈み込むたびに、身体に電流が走るような痺れを感じる。
彼の指はいたずらが好きで、痛くならないくらいに捻ってきたり、指先でころころ転がされたり、きゅっと軽く押しつぶしてきたりする。
「や、あっ」
弄ぶその動きに私が身をよじると、ハルトが喉を鳴らして笑った。
「気持ちよさそうな顔、かわいい」
「もう……自分ばっかりずるいよ」
私だってハルトの気持ちよさそうな顔が見たいのに。不満に思って手を伸ばしたら、それを遮るように彼の手が私の身体を布団の上でひっくり返す。
「わっ、なに……ひゃっ」
いきなりうつ伏せにされて戸惑う私の背中に、彼が温かい唇を這わせた。そのまま背骨に沿うように上へなぞる唇が、うなじまで辿り着くと音を立てて吸い上げてくる。
「あっ……!」
「今夜は俺に任せて」
ハルトが息を吹きかけるようにささやいた。
熱い吐息が後れ毛を揺らす、ただそれだけで身体が震える。彼が今度は背中に覆いかぶさってきて、剥き出しの肌が彼の服越しの体温を感じ取る。やっぱり熱い。
「俺が羽菜にいろいろしてあげたいんだ」
「んんっ……いつもしてもらってるのに……」
私だってハルトのためならなんでもできるのに、彼はいつも私の動きを封じるみたいにたっぷり尽くしてくれる。言ってくれれば咥えたり舐めたり挟んだりしてもかまわないのに、ハルトはそういうことをしたがらない。自分で気持ちよくするほうが好きなのかもしれない。
まだ甘えきれない私は戸惑いながらも、彼のすることを受け入れている。めちゃくちゃにされるのは、はずかしいけど気持ちいい。
「じゃあ今夜はもっとする」
ハルトはそう言って、背後から布団の間に手を差し入れてくる。私の胸を優しく掴み、既に硬くなっている先端を指の腹で捏ねる。
「あ、んっ」
「いい声。でもこの姿勢だと顔見えないな」
もう片方の手が私の顎に触れ、軽く後ろを向かせた。そのまま唇を塞がれ、舌を絡められた。
「んうっ、ん……」
お酒のせいだろうか。口の中に感じる彼の舌も熱くて、触れ合う先からどろどろに溶けだしてしまいそうだ。
息が苦しくなって唇を離すと、逃がさないとでも言いたげに追いかけてきてまた塞がれる。その間にも手は休まずに私の胸を揉みしだく。
「は、あ……」
ようやく唇が離れると、興奮に目を潤ませる彼が微笑んだ。
「かわいい……羽菜のそういう顔も、好きだ」
自分がどんな顔をしてるかなんて、鏡を見ないとわからない。
でも今は見たくない。きっとはずかしいくらいとろけた顔をしてるだろうから。
「ハルト、見すぎだから……」
「だめ? 俺は羽菜がいろんな顔するの好きで、全部見たいって思ってるよ。写真に残したいくらいだ」
「こないだ私が送った写真は喜ばなかったでしょ」
そう反論したら、彼は自分のシャツを脱ぎながら答える。
「喜ばなかったわけじゃない。大切に保存してるよ、あれも」
「ちゃんと使ってくれた?」
私が知りたいのはそこだ。あんなにがんばって撮った写真なんだから。
いつもはぼかして教えてくれないハルトが、そこで珍しくにやりとしてみせた。
「ごめん。俺、記憶で抜く派だから」
「え?」
「写真とか使わないんだ。羽菜の顔とか、声とか、仕草とか思い出すだけでめちゃくちゃ興奮するから」
服を脱いだ彼が、うつ伏せの私を見下ろし、背中を撫でる。
「あの写真は大切にするよ。でも、俺は羽菜が映ってるだけの写真でいい。羽菜がふつうに笑ってるを見ながら、かわいいなって思ったり、傍にいたいなって募らせたり、一緒に過ごした時間を思い出したり、時々えろいこと考えてひとりで発散してたりするから」
「何それ、はずかしいじゃん……」
私の写真で抜きましたって言われるより数百倍くすぐったい。それだけ想われてるのがうれしいけど、会えない時に彼がどうしてるか、送りあう写真だけじゃわからないこともある。
「ああいう写真送ってくるくせに、こんなことではずかしがるのか」
ハルトがおかしそうにしながら、また私の背中に身体を重ねてくる。直に触れる火照った身体に、何もされてないのに吐息が漏れた。
「あ……ほんとに温かい……」
「酔っ払ってるな、俺。さっきからぺらぺらしゃべってる」
「大丈夫? 飲みすぎると立たないっていうけど」
私が案じたからか、彼は片手で私の腰をぎゅっと引き寄せる。
「ご心配なく。ほら、もう準備できてる」
がちがちに硬くなったものがお尻にあたる。そこも、心なしかいつもより熱いように感じられた。
「確かめてみる? 羽菜、脚開いて」
言うが早いか、ハルトの手が私の脚を開かせる。
それから私のお尻を掴んで軽く持ち上げると、脚の間に硬くなったそれをぐいっとねじ込んできた。敏感なところを先端でなぞられると、指で触られるのとは違う快感が走る。
「あっ、やだ、ほんとに硬い……」
太腿の間で挟むと、どくどく脈打っているようにさえ感じた。熱の塊みたいに熱くなっているそれを、彼はゆっくりと私に擦りつけてくる。後ろから腰を押しつけながら、ぞろりと割れ目をなぞってくる。
「あっ、ああっ」
うつ伏せのまま腰を抱えられた私は、思わずシーツを握り締めた。
「こういうのも好き?」
ささやく彼が、挿入する時みたいに腰を動かす。襞をかき分けるように何度もなぞられ、そのたびに気持ちよさで身体が震えた。
「んっ、好き、だけど……っ、あっ、だ、だめっ」
「どうしてだめ? すごく濡れてきたけど」
にちにちと水音がする。熱くぬるぬるした感触が舐めるように、執拗にこすりつけてくる。そんなの気持ちいいに決まっている。
「あっ、あ……っ!」
「は……すごいな、もうこんなに……」
ハルトも息を弾ませている。その吐息がうなじをかすめ、それだけで意識が飛びそうになった。
「んんっ……あ、あっ……!」
「音聞こえる? 溢れてきてるよ」
「だ、だって、こんなのされたら……あ、あっ」
「腰砕けになってる、かわいい……」
ちゅっと音を立てて、背中にキスされた。
それから片手で胸を掴むと、やわやわと揉みながら先端を転がしてくる。後ろから攻められながら腰も押しつけられ、濡れた音と共にこすりつけられ、あとはあっけなかった。
「あっ、ん……あ、ああ……っ!」
声を上げてシーツに崩れ落ちそうになる私を、ハルトが後ろから抱き留めてくれる。
「……気持ちよかった?」
息を乱して余韻に浸る耳元に問いかけられ、私はただうなづいた。
気持ちいい。ただ翻弄されるだけなのに、主導権を完全に奪われちゃってるのに、本当にすごく気持ちがいい。
ぐったりする私の身体を、ハルトがそっとひっくり返して仰向けにする。
汗ばんだ胸元を見下ろす顔が、困ったように微笑んだ。
「もう、入れてもいい?」
まだ呼吸が整わない私が黙っていると、彼は返事を待たずにゴムを着けはじめる。袋を破って先端にかぶせてゆっくり丁寧にゴムを下ろす、その作業を終えるまでに十秒もかからなかった。
「喜んでもらえるからがんばったけど、俺も実は限界近くてさ……入れてすぐいっちゃったらごめん」
詫びる彼の頬はすっかり上気していて、乾いた唇から漏れる吐息も荒くなっている。顎まで伝い落ちる汗を手の甲で拭い、額に張りついた前髪をかき上げれば、興奮にぎらつく切れ長の瞳と目が合った。
「いいよ、それでも」
私は絶え絶えの息で答える。
すでに十分満足させてもらっている。そんな日があったっていいと私は思うけど、自分で聞いておきながらハルトは複雑そうな面持ちだった。
「なるべくがんばる」
「かわいい目標だね」
「羽菜の顔、さっきは見られなかったから。今度は正面からしっかり見たい」
そう言うと、ハルトは弛緩した私の脚を再び開かせる。そうして今度は正面から腰を押しつけてきて、ゆっくりと、だけどためらわずに沈めてきた。
「あ……!」
「う……いつにも増して、とろとろだ……」
奥まで入ったと思ったとたん、ハルトがぎゅっと目をつむる。笑いながらふうっと息をつく、その表情がすごく色っぽい。
私も自然と詰めていた息を吐く。硬くて大きなものに内側からぎちぎちと押し広げられる感覚は、まだ余韻が残る身体の奥に響いた。
「んっ……好きだよ、ハルト……」
見上げながら告げると、目を開けたハルトが小さく顎を引く。
「俺も好きだ、羽菜」
それから私の膝を抱えるようにして、ゆるゆると腰を動かしはじめた。
「あ、あ……」
どこが弱いかはもうばれていて、そこをぐいぐいと揺さぶるようにこすりつけられる。時々息が詰まるほど奥まで突き入れられ、そうかと思うと焦らすようにゆっくりと引き抜かれたりする。
「あ……は、ああ……っ」
抜かれると切ないほどの渇望感が込み上げてきて、すぐに入れてほしくなる。私が上げた声だけでそれを察したか、ハルトが弾む息の下で笑う。
「かわい……すごく、いい顔してる……」
私の顔を見るのが好きな彼だから、きっと私がどうされたいか、どのくらい感じているのかも把握しているんだろう。
「あ、あ、あっ」
再び強く突き入れられて、鼻にかかったような声が漏れる。自分のものじゃないみたいに甘ったるいその声に、ハルトがうれしそうに笑う。
「いい声、もっと聴かせて……っ」
「ん、んっ、あ、あ……!」
彼の手が私の脚の付け根へ伸びる。繋がった部分の上、ぬるりとしたあたりに指を走らせる。そうして突き入れながら指先を震わせるように刺激する。ぬめる指の細かな動きに、すぐ訳がわからなくなった。
「やっ、あ、ああっ」
「は……っ、ここ弄ると、ぎゅっと締まるな……」
うめくハルトの声まで奥に響くようだった。
指先でこね回されながら、何度も何度も突き入れられ、内側から揺さぶられて、もはや私は声を上げるしかなかった。
「あっ、あ……ハルト、おねが……あ、あ、ああっ、あ……!」
縋りつくように手を伸ばすと、彼はそれに応えて私を抱き締める。
「羽菜……っ!」
私の名前を呼びながら荒々しく唇を塞いできて、きつく抱きあいながら身体を震わせた。しがみつく私が上げた声すら飲み込むように、最後までずっと熱い体温で包み込んでくれた。
気持ちよくて、幸せすぎて、このまま全部溶けてしまうんじゃないかと思った。
翌朝、ハルトは私より先に起きて、例によって止められたアラームの代わりに私を起こしてくれた。
その上朝ごはんまで作ってくれた。今朝もまた、驚くほど美しいオムレツだった。
「昨夜ずいぶん飲んでたけど、二日酔いしてない?」
食卓を囲みながら尋ねると、彼は平然とかぶりを振る。
「全然。いつもより調子いいくらいだ」
「すごいね、けっこう強いんだ」
「でも酔っ払ってはいたよな。自分でもはしゃいでたと思う」
ハルトはちょっと反省した様子で苦笑する。
「昨夜の俺、うるさくなかった?」
「いや全然。けっこうはずかしいことは言ってたけどね」
写真じゃなくて記憶で抜く派。覚えました。
ってことは昨夜のことも、あとで思い出してくれたりするのかな。
「そうだっけ? 本当のことしか言ってないはずだけどな」
首をひねるハルトは、はずかしいことを言ったという自覚もないみたいだ。
私だけなんだろうか。めちゃくちゃはずかしいって思ってるのは。
「俺は昼前には出るけど、羽菜はゆっくりしてっていいから」
本日、彼は出勤だった。遅番だから十二時前には店に着いてなくちゃいけない。
お休みの私は、だけど笑って手を振った。
「私も一緒に出るよ。すぐ準備できるし」
「いいよ、遅くまで付き合わせたし疲れてるだろ」
「平気だって。それに鍵かけないといけないでしょ?」
私がハルトより後に出たら、開けっぱなしで放置することになる。そう思って答えたら、ハルトがふいに箸を置き、私の手を取った。
「じゃあこれ、渡しておく」
そうして金属製の硬い何かを私の手の中へ押し込む。
開くと手のひらの上には、鈍く光る銀色の鍵があった。
「合鍵……?」
わかりきったことを尋ねる私に、彼はうなづく。
「あったほうが便利だと思って。店から近いし、俺いない時でも来ていいから」
「あ……ありがとう」
「念のため言っておくけど、掃除と洗濯とか、そういうことをやってほしくて渡すんじゃないからな」
じゃあ、どうして渡したのか。
そんなことは、聞かなくたってわかってる。
「これ、大切にするね。絶対かっこいいキーホルダーつけるから!」
ぴかぴかの合鍵に思わず見入る私を、彼がはにかんで眺めてくる。
「大したものじゃないけど、喜んでくれるとうれしいな」
「大したものだよ、何言ってんの」
合鍵をくれるくらい、ハルトは私のことを信用してくれてるんだ。そうして私に、もっと傍にいてほしい、もっと会いたいって思ってくれてる。
そういうの実感して、なんだかじわじわ幸せな気持ちになる。
今まで、あんまり深く考えてこなかったけど。
好きな人に信じてもらえるって、こんなにうれしいことなんだ。