いいようにされてるみたい
福浦について私が知っていることは、まだそんなに多くない。まず、おっぱいが好き。
でも絶対に乱暴にしない。すごく優しく、痛くならないように触ってくれる。
爪を短く切り揃えているから強くしたって刺さったりしないのに、それでも無理に力を込めたりしない。彼の触り方は焦らされているように思えるほどで、だけどそこに舌や唇の刺激が加わると声が漏れる。
「あっ、はあっ」
私が思わず腰をくねらせると、福浦がちらっと見上げてくる。
人の胸を咥えておいてうれしそうに笑ってて、それでいて前髪越しの上目遣いが色っぽい。おっぱい吸っててもいい男はいい男なのか。
黙って見返せば、彼は笑顔のままで言う。
「天野、かわいいなと思って」
そうやってすぐ褒めてくれるところも福浦らしい。
言葉にして褒める、という精神を徹底しているんだろうか。ちょっとしたことでも気がついて言ってくれる。
「天野の気持ちよさそうな顔、すごくかわいい」
「本っ当、顔見るよね……」
今日はずっと顔ばかり見られてる気がする。前からそうだったっけ。
「目に焼きつけとこうと思って」
福浦はそう言って、熱い手で私の胸を持ち上げた。やっぱり笑いながら唇を這わせてくる。
「もっと喘いでいいよ」
「あっ……ん、んんっ」
強めに吸われると目をつむってしまう。もうすでに身体の奥が熱い。
もどかしさとやられっぱなしでなるものかという対抗意識から、私は福浦の首に腕を巻きつけた。そしてパーマがかった髪の中にある耳の縁をちろっと舐める。
舌先にも彼の耳が熱を持っているのがわかった。それと、いい匂いがした。
「ひゃっ」
福浦が笑いまじりの声を上げ、身をよじる。
「耳弱いんだ」
息を吹きかけながらささやく私を、彼が避けるようにそっと押しやった。
「ここ弱くない人いないだろ。天野は?」
「教えなーい」
「じゃ確かめるからいい」
「わあ、だめだめ! きゃっ」
あわてて逃げようとしたって身長差では福浦が勝る。長い腕にあっさり捕まった私はソファーの上で押し倒されて、そのまま耳を噛まれた。
「や……っ」
彼の言うとおりだ、耳が弱くない人なんていない。軽く歯を立てられただけで背筋がしびれるようで、私は上げかけた声を喉の奥で飲み込んだ。
押し倒した私を見下ろす福浦が、ちょっと得意そうにする。
「天野も弱いんだな」
「弱いよ……ちょっ、舐めるのもだめ!」
「さっき天野がやったことだろ」
「だめ、だってば……や、あっ」
耳への刺激は胸ほどは強くない。むしろくすぐったさのほうが勝るはずなのに、吐息まじりのささやきで簡単に力が抜けてしまう。
唇は耳たぶを丹念になぶった後、首筋を辿るように下りていく。跡がつかないくらいの強さで何度か吸いつかれながら、福浦の手は私の太腿を撫ではじめた。湯上がりの冷えかけた身体に火照った彼の手は気持ちがよく、だけどもっと激しくされるのを望んでいる私がいる。
誰かのされるがまま、というのがあまり好きじゃない。お互い気持ちよくなるほうが公平だと思うし、どちらかが怠けたら楽しいセックスにはならないからだ。でも今夜の福浦は私に主導権を渡したくないようだ。
観念して、私は笑った。
「今夜は、福浦にいいようにされてるみたい」
「うん」
福浦も笑い返してくる。
ラブホにいるとは思えないくらい眩しい笑顔だ。
「よかったらもうちょっと、俺の好きにさせて」
「痛くしないならいいよ」
「するわけない」
彼はきっぱり言い切った。
私に覆いかぶさる福浦は、それでも体重がかからないようにしてくれる。こういう行動の端々に気配りを感じて、優しい人だとつくづく思う。
福浦はせっかく着替えてきたサマーニットを脱ぎ捨てた。
細い腰からは想像もつかなかった割れた腹筋が眩しくて、私の手は自然とそこに伸びてしまう。脇腹を少し撫でたら、その手を掴まれてしまった。
「こら、いたずらしない」
諭すようにそう言った後、大きな手が私の脚を開かせる。もうずっと裸だったから隠すも何もないけど、それでもちょっとは恥じらいがあったほうがいいんだろうか。そう思って顔を背けてみたら、頭上から声がした。
「天野、こっち見て」
「え、……あ、んっ」
視線を戻したとたん、福浦の指が一番敏感なところをつついた。思わず声を震わせた私を、彼がうれしそうに見下ろしている。
「そういう顔、もっと見たい」
「なんでそんな顔見たがっ……や、あああっ」
ぬるぬるとした指が円を描くように撫でてきた。
彼の長い指が優しく、穏やかに快感を与えてくる。強弱をつけた愛撫が時々かすかな水音を立て、濡れているのが彼の指だけじゃないことを自覚する。ソファーのきしむ音もする。
「なんでって、理由なんてひとつしかないだろ」
そう言って、福浦が指を入れてくる。最初はほんの少しだけ潜り込ませて、入り口を広げるみたいに掻き回す。もどかしい快感が背中を駆け上ってくる。
「あっ! はあ、あ……」
すごくいい。
もっと欲しい。
込み上げてくる欲求を素直に認め、私はねだった。
「お願い……もっと、指……」
「いいよ」
ねだられると福浦はますますうれしそうにして、静かに指を突き入れる。なんの抵抗もなく入ってくる指が、あの福浦のしなやかな手だと思うと胸が高鳴る。商品を畳むのがめちゃくちゃ早いあの手が、今は私をいいように蹂躙している。
指が根元まで沈むと、彼はゆっくりと動かし始めた。乱暴さも性急さもなく、でも濡れた音を立てながら優しく掻き回してくる。
「あ、ああっ」
「どこがいい? ここ?」
何かを探し当てるように指が中で動く。でもどこが、なんてわからないくらい全部いい。湧き上がる快感が私の腰を自然と揺らす。ソファーのきしむ音が激しくなる。
「い、いいの……あっ、は、そのまま……」
「そのまま、何?」
「指……んっ、めちゃくちゃにして……」
息が乱れて、上手く答えられない。そう告げるのが精いっぱいだった。
でも福浦はそれに応えて、より激しく指を動かしてくれる。突くように何度も何度も押し上げてくる。たった指一本なのに、抜き差しを繰り返されると意識が焼き切れそうになる。気持ちよくて。
「あっ、ん……んうっ」
「すごいな、腰が動いてる。自分でわかる?」
答える余裕なんてなかった。
「あっ、あ……、あああっ!」
目の前に福浦の手が差し伸べられて、私は無我夢中でそれを掴み、握り締めた。何かにしがみついていないとどうにかなりそうだった。
身体がひとりでに跳ね、硬直し、やがてゆっくりと力が抜けていく。
絶え絶えの息の中、私はいつの間にか固く閉じていた目を開けた。
すると照明の光を背負った福浦が、いい笑顔で私の顔を覗き込んでいた。
「天野、最高にかわいかった」
「は……あ、もう……見すぎだってば……」
咎める声にも力が入らない。そのせいか福浦は一切気にした様子もなく、しばらく私の顔を眺めていた。
私も何かしたいとねだってみたけど、それはやんわり断られた。
「今夜は俺の好きにさせてほしいんだけど」
「でも、つまらなくない?」
たっぷり気持ちよくしてもらった後だ。今度は私が何かしてあげたいのに、福浦は苦笑しながら自らベルトを外してチノパンを脱ぐ。
「つまらなくないよ」
「そうかなあ……」
「っていうか、俺もそろそろ限界」
そう言って、福浦は下着まで脱いでしまった。彼の言うとおりすでに張りつめて反り返っていて、準備はできているようだ。
「今何かされたら出るからだめ」
「別にいいんだよ、出しても」
私の言葉に、福浦がすねたような顔をする。
「そんな意地悪言わない」
「人のこといいようにしといてそれ言う?」
「俺は意地悪はしてないよ。優しくしただろ」
福浦は私を抱き上げ、今夜もベッドまで難なく運んでくれた。
そして持参したゴムを取り出し、封を切って手早く装着してみせる。その後で私に向かって小首をかしげながら微笑む。
「頼むから、天野の中に入れさせて」
そんなかわいくねだられたら仕方ない。
今夜の福浦は、私に騎乗位を頼んだ。
「俺が動くから心配しないで」
そういう心配はしてなかったけど、だったらどうして――いや、ふつうに考えればわかるか。
私は彼の根元を掴んで、ゆっくりと自分の中に導く。先端を咥えるように差し入れたら、後は腰を下ろしていくだけだ。
「あ……、ん」
「天野、掴まって」
福浦が両手を差し出してきて、私がそれを握る。恋人繋ぎみたいに指を絡める。
ちゃんと奥まで入った。自分の体重がかかるせいか、すごく、深く感じる。
「ん……んんっ」
少しの身じろぎでも身体に響いて声が出る。
それでもどうにか目を開ければ、さっきとは逆に福浦が私を見上げていた。気持ちよさにか少しだけ眉根を寄せていた彼は、でも視線がぶつかると笑ってくれる。
「……いい眺め」
その視線は実に正直に、私の顔と胸を行き来している。
「おっぱいが揺れるとこ見たかったんだね……」
「見たかった。でもそれだけじゃない」
「他にも何かあるの?」
「顔も見たかったんだ。天野、すごくいい顔するから」
たぶん福浦は、女の子が感じてる顔を見て興奮するタイプなんだろう。けっこう攻めるほうが好きだったりするのかな。覚えておこう。
「動いていい?」
福浦の問いに、私はうなづく。
すると彼は細かく腰を動かし始めた。私の身体ごと揺さぶるように突き上げられて、私は繋いだ手をぎゅっと握る。
「あっ、は……あ」
手だけで身体を支えるのは難しく、どうしても腰に力が入ってしまう。そうするとどうしても打ちつけられるのを意識せざるを得ず、他のことを考えられなくなる。
「天野、腰揺れてる」
福浦が大きく息をつきながらそう言った。
「だって、動いちゃう……んんっ」
会話の合間にも下から突き上げられる。私もそれに合わせるように腰をくねらせてしまう。
「気持ちいい?」
「すごく、あっ、すごくいい……福浦、は?」
「俺も……く、……っ」
お互い、息が弾んで言葉にならない。でもわかる。
今、すごく気持ちいい。同じ快感を共有して、ただひたすらに貪りあってる。どっちかが冷めたり飽きたり演技したりせず、本当に今のこの時を楽しんでる。
「あ、ああ……っ!」
突き上げはどんどん激しくなって、まるで腰を叩きつけてくるみたいだ。お尻が福浦の上で弾んでいるのがわかる。胸も重さが痛むくらい揺れてる。
だけどそれ以上に込み上げてくる快感が、私をめちゃくちゃに駆り立てていた。
「は、あ……あっ、あ、ふくうら、も、もう……!」
もうそろそろ、を伝えたくても言葉にならない。
なのに福浦は心得たように片手だけ解いて、その手で腰を支えてくれる。
「いいよ、いつでも……っ」
彼の声も乱れ、張りつめていて、限界が近いことがわかった。ホテルの部屋にはベッドのスプリングがぎしぎしいう音と皮膚がぶつかる音、それにお互いの荒い呼吸と喘ぎ声が響いている。
本当は目を開けていたかった。福浦がどれだけ気持ちよさそうにしてるのか見たくてしょうがなかったのに、それすら許されないほどの快感に上り詰めて、私は彼の手をきつく握った。
「ああっ、あ、あ……っ!」
二回目の絶頂に身体ががくがく震えた。それを支える福浦の手にもぎゅっと力が入る。
「あ、まの……っ」
福浦が私を、ひどく切なげに呼ぶのが聞こえ、その後で彼の身体がびくりと跳ねた。
そうしてお互いの動きがだんだんとゆるみ、止まって――私が福浦の上に倒れ込むと、彼はそれを腕でしっかり抱き留めてくれた。
汗ばんだ肌をくっつけあって、荒い呼吸が収まるまで待つ。
上下する硬い胸に耳元を押し当てたら福浦の心臓の音がする。どきどきと忙しない音が、今の余韻を一層掻き立ててくれた。
福浦は私の背中を撫でる。そこだって汗ばんでぺたぺたするはずなのに、構わず背骨に沿って手を這わせた後、満足げにつぶやいた。
「天野、ほんとにかわいかった……」
それを聞いた私は、ずるい、と思う。
私だって福浦をもっと見ていたかったのに、できなかった。