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恋人にするみたい

 福浦の唇は柔らかかった。
 水を飲んだばかりだからか、ぷるぷるで気持ちよかった。
 最初のキスは彼のほうからで、少しためらうような間を置きながらも二度、三度と繰り返してきた。だから私も負けじとねだれば、彼は拒みもせずに受け入れてくれて、しばらくの間唇の感触を楽しむ。
「ん……」
 福浦が漏らしたかすかな吐息が、静かな部屋に響いた。

 やがて唇を離した彼は、切なげに睫毛を震わせながら私を見る。
 その目に微笑み返すと彼もぎこちなく笑って、それから頬に添えていた手をゆっくりと下ろしていく。
 手のひらで首筋を撫でる、その手つきが優しい。福浦の手は酔いのせいか熱っぽいくらいに感じられて、それで皮膚に直接触れられるとどきどきする。
 大きな手はそのまま肩まで下りていき、二の腕に触れたあたりで一度止まった。薄いブラウスの生地越しにも福浦の熱が感じられて、少しもどかしくなる。
「もっと近づいてもいい?」
 尋ねると、福浦は無言で目をしばたたかせた。
 私は身体を寄せ、彼の膝にそっと手を置く。
 それで問いかけの意味を理解したのか、福浦は私の肩を抱き寄せて膝の上に抱き上げてくれた。これでもまだ福浦のほうがわずかに背が高くて、いくらか近づいた視線の先で福浦が目を伏せる。
 彼の手は、私のブラウスのボタンにかかっていた。
「外して」
 私は彼にささやく。
 今日はオーバーサイズのブラウスにひらひらのガウチョという、夏らしいけど色気はあんまりないコーデだった。ふつうに仕事の後の飲みだったし、こうなることを予測していたわけでもないから仕方ない。予測していたらもっとかわいい、そして脱がしやすい服にしたのに。
 ともあれ福浦は言われたとおりにブラウスのボタンをひとつ、またひとつと外しはじめた。その手つきに慣れた感じはあったから、彼がずっと黙っているのは緊張のせいではなさそうだ。
 そんな福浦も、ボタンを全部外して私の胸をはだけた時には目をみはっていた。
「いいでしょ」
 私はわざと胸を強調するように、その下に自分の腕を差し入れた。軽く持ち上げてふるふる揺すってみせれば、福浦の目は正直に吸いついてくる。
「けっこう大きいほうだと思うんだけど、どう?」
 胸も含めて身体のほうは自信ある。
 あいにく顔が十人並みで、性格のほうもこんなんだから披露する機会はなかなかないけど。
「た、確かに、思ってたより……」
 答える福浦が、声を上擦らせたのがおかしかった。
「なんでキョドってるの? 童貞?」
 からかいまじりに突っ込んだら、彼も半笑いで拗ねてみせる。
「そんなことない」
「でも目泳いでるじゃん」
「そりゃ、ちょっと驚いたから」
「触ってもいいんだよ?」
 促すつもりでもう一度、軽く胸を揺らしてみる。
 その動きを逐一目で追う福浦が、まるで食らいつくように手を伸ばしてきた。下着の上から私の胸にそっと触れた。

 彼は意外なほど丁寧に私を扱った。
 乱暴にするような奴だと思っていたわけじゃない。でも失恋して、ヤケ酒して、それで好きでもない同僚とホテルになだれ込んだという経緯がある。福浦のような真面目な人でさえ、今夜はありったけの鬱憤をぶつけてくるんじゃないかと思っていた。
 それでもよかったのに、福浦の手つきと来たら恋人にするみたいに優しい。
「あ……あっ」
 胸を柔らかく揉みしだかれて、私は思わず声を上げる。
 わざと焦らされているような、もどかしい力の弱さが逆に背筋をぞくぞくさせる。彼の膝の上で身をよじると、すかさずうなじにキスされた。ちゅっと音がするくらい吸い上げられて、また声が出る。
「きゃっ」
「天野、かわいい……」
 福浦がうれしそうにささやいた。
「……もう」
 甘い声でそんなこと言われると調子が狂う。
 私は仕返しのつもりで、福浦のTシャツの裾から手を差し入れた。硬く引き締まった脇腹に手が触れて、そのまま撫で上げるようにシャツをまくる。感触と同じように、程よく鍛えられたお腹が見えた。色っぽかった。
「福浦、スポーツしてる?」
「どうして?」
「お腹、いい感じだから」
「最近は筋トレしかしてない」
 そう答えた福浦が、一瞬つらそうに顔をしかめた。
 たぶん、それにまつわる何かしらの思い出があったんだろう。
 察した私は何も聞かずに福浦のTシャツを脱がせた。彼も素直に袖を抜かせてくれた後、今度は私のブラジャーを外す。特に手間取ることなくするりと外され、あらわになった胸を福浦の熱い手が覆う。
「柔らかい。それに肌きれいだ」
 そう言いながらやわやわと指を食い込ませてくる。
「ん、ありがと」
 その感触に息を乱しつつ、同時に違う意味でのくすぐったさも覚えた。福浦が私のことをいちいち褒めてくれるからだ。
「いい匂いする……」
 福浦が私の胸に顔をうずめたから、私はそんな彼の頭を軽く抱きかかえた。ゆるくパーマがかった髪をそっと撫でると、彼の舌がざらりと胸を舐めてくる。
「やっ……あ、ん……」
 尖らせた舌先が胸の先端に擦りつけられて、私はさらに身をよじった。
 するとそれを押さえ込もうとしたのか、福浦は私をぎゅっと強く抱き締めたかと思うと、そのまま体重をかけてソファーに押し倒す。
 もっともその瞬間でさえ、私の頭がぶつからないよう丁寧に、慎重に倒してくれた。
「あっ、福浦」
 押し倒されたことに不満はないけど、ソファーじゃちょっと狭い。広いベッドに誘導しようと開きかけた私の口は、だけど福浦の唇でふさがれた。同時に彼の手がガウチョを脱がそうと暗躍する。太腿を撫でながら、するりと剥がされた。
 ぬめった熱い舌が唇を割って、私の口内に滑り込んでくる。今までとは違い、舌を絡めるその動きは少し性急だった。そろそろ余裕がなくなってきたのかもしれない。
「ん、う……ね、ねえ、そろそろ……」
「……な、に?」
 唇を合わせたまま切り出したら、息の上がった声で聞き返された。
「ベッド行こ? ここだと狭いし」
「あ……ああ」
 それ以外にねだったつもりはなかったのに、福浦はひょいと私を抱き上げた。そしてお姫様抱っこでベッドまで運んでくれて、そっと静かに下ろしてもくれた。
「待ってて。服脱ぐ」
 そう言って、私の額にキスしてからベッドを離れていく。
 なんだか恋人にするみたいで、楽しいけどくすぐったくて仕方ない。

 福浦は、下着一枚になって戻ってきた。
 ベッドの上の私を見下ろす顔は冷静に見える。でも切れ長の瞳からは隠しきれない興奮の色がうかがえた。彼の目がこんなにもぎらついているのを初めて見た。
「天野も脱がすよ」
 ベッドに上がった彼はそう言うと、私がはいていた下着を指先で脱がせた。自分は最後の一枚を死守しているのに、あっさりと剥ぎ取られてしまった。
「ずるい、どうして私だけ?」
 別に本気でもない抗議をすると、福浦は黙って私の太腿に手を置いた。そして私に覆いかぶさりながら、ゆっくりと脚を開かせようとする。
 彼が何をしようとしているのかはわかったから、私も手を伸ばして彼の下着の上から撫でてみた。すでに硬くなっているあたりを手のひらでまさぐると、すかさず手首を掴まれた。
「こら、天野」
「だめ? 触られるの嫌い?」
「嫌いじゃないけど……あっ、や、少しに、してくれ。暴発したら困る」
 びくびく震わせながら、思わず目をつむってしまう福浦がかわいい。
 私も彼を困らせる気はないから、お望みどおり優しく撫でることにした。本当にがちがちに硬くて熱を持っていて、先端のほうが少し濡れている。下着をずらして見てみると、反り返る血管の浮き出た赤黒い部分が覗いていた。
 普段爽やかで真面目で、こんな時でさえ優しい福浦も、見えないところにこれほど凶悪そうな器官を隠し持っている。そして今、暴発しそうなくらいにびくびくしながら高ぶらせている。その事実に興奮してしまう私がいた。
「天野だって、こんなになってる」
 福浦は声を弾ませながらも私の脚の間に指を這わせてくる。
 あくまでも優しくなぞり、指の腹で押しつぶし、それから指をゆっくり差し入れてくる。すんなりと受け入れられるのが自分でもわかる。
「指、入ってる……」
 乱暴に掻き回されたりしなくても十分に感じられる。福浦の指がそこにある。まだもどかしいくらいの快感が、それでも私をぞくぞくさせる。
「ん……あ、あっ……」
「きゅってなってる……食い締めて、すごいな」
 その時、福浦がうれしそうに笑った。
 彼も今を楽しんでくれているようだ。そのことがわかると私までうれしくなる。
 お互いに興奮して、気持ちよくなって、そしてすごく欲しくなってる。
「福浦、ゴム持ってる?」
 指を入れられたまま、私は尋ねた。
 実は私も持っていたけど、嬉々として差し出すと興ざめだという向きもあるので一応確認することにしていた。男というやつは意外とデリケートで扱いが難しい。
 そして福浦は、私を見下ろしうなづく。
「あるよ。今つける」
 それから目の前でゴムの封を切って――たぶん、さっき服を脱いだ時に持ってきたんだろう。彼がそれを持ち歩いているということの意味を考えるとかわいそうな気もしてくるけど、それこそ興ざめだから口にはしない。
 結果としてはそのおかげで、私たちは今夜楽しく過ごせている。

 ゴムをつけ終えると、福浦はベッドに仰向けになっていた私の身体を起こした。
 そして自らはベッドの上に胡坐をかくように座ると、私を軽く持ち上げて、その上に座らせようとする。もちろん、身体が繋がるように。
「入れるよ」
 そう言うと彼は自ら根元を掴んで、先端を私に押し当ててきた。わずかに探るような動きとぬめった感覚があり、やがてゆっくりと入ってくる。
 私は彼の首にしがみつきながら腰を沈めた。
「ふ……あ、ああっ」
 硬いもので中から押し広げられるような感覚。それが気持ちいいのはわかっている。
 でも同時に、対面座位の距離の近さに胸が高鳴った。福浦の顔がすぐ近くにある。長めのミディアムマッシュは汗に濡れ、無造作にかき上げられて額があらわになっている。こうしてみると目だけじゃなく、眉の形も理想的にきれいだ。引き締まった唇は乾いていて、そこから漏れる息は乱れ、かすれている。鍛えられた腕は私の身体を支え、抱きかかえてくれている。
 福浦が対面座位を選んだのは、たぶん胸の感触を楽しみたかったからだろう。繋がったままきつく抱き合うと、私の胸はつぶれて福浦の硬い胸に押しつけられる。私が腰をくねらせれば、福浦は少し笑いながら息をつく。
「は、……やばい、気持ちいい……」
 満足げな声を聞くと、私まで気持ちよくなってくる。
 福浦の顔が好みだ。恋をしてたわけじゃないけど、いつも『いいな』って思いながら見てた。きびきび真面目に働く姿ばかり見てきたから、酔っ払った姿は新鮮で、眼福だった。
 そして今は、酔った時以上になまめかしい福浦を目の当たりにしている。
「く……はっ……」
 快感に眉をひそめる福浦の、切なそうな顔がいい。
 その顔が見たくて腰を揺する私を一旦は軽く睨むけど、すぐに堪えられなくなって目をつむる。思いのほか喘いでくれる。
「あ、まの……ほんとに、ちょっとやば……!」
「んっ……福浦も、気持ちいい……?」
「ああ、すごく……っ!」
 それだけ答えると、彼は私を抱き締めて、ひたむきに突き上げてくる。それは私への仕返しというより、今ある快感をさらに貪りつくすような激しい動きだった。たちまち私も気持ちよさに飲まれて、訳がわからなくなる。どうでもよくなる。
 目の前に福浦がいる。獣じみた息を吐きながら、欲望のままに腰を打ちつけてくる。時々胸にむしゃぶりついてくる。整った顔が気持ちよさそうに歪み、喘ぎ、それでも動きは止まらない。そうさせているのが私だと思うと、たまらない興奮を覚えた。
「ふくうら、あ、ああっ、わたしっ」
 限界を感じて私が福浦にしがみつくと、福浦の背もびくびくと震えた。
「あ、あ……っ!」
 そして長い痙攣の後、反らされた彼の喉仏がゆっくりと上下するのが見え――それからはお互い、弛緩した身体を支えあうように抱き合うしかできなかった。

 しばらくの間、ホテルの部屋にはお互いの荒い呼吸だけが響いていた。
 先にベッドに倒れ込んだのは私のほうで、でも福浦もすぐに隣に倒れ込んできた。
 ふたりとも仰向けになって呼吸を整えながら、意味もなく天井を見上げてぼんやりしていた。ちらりと隣をうかがうと、福浦は余韻に浸るように目をつむっている。
「気持ちよかった……?」
 絶え絶えの息で尋ねてみたら、数秒かけて彼は、ぽつりと答えた。
「最高だった」

 本当にめちゃくちゃ褒めてくれるな、福浦。
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