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明日晴れたら、君を呼ぼう(3)

「俺の家ならいい、けど」
 ケーキバイキングのお店を出たところで、鷲津がふと、つぶやいた。
 外はまだいいお天気で、陽射しの強さに目を細めたばかりのタイミングだった。唐突な言葉に彼の方を向けば、なぜか呆れたような顔が逆光の中にかろうじて見えた。
「なんの話?」
「いや、なんのって……」
 まだ慣れない目は、それでも必死に鷲津の表情を追いたがる。伏し目がちにして、少し言いにくそうな彼がひとつ溜息をついた。
「ここからだとちょっと遠いけどな。金かからないし、そっちの方がいいだろ」
 続いた発言で、ようやく言わんとするところがわかった。
「鷲津の部屋でってこと?」
 ホテルじゃなくて。
 そこまでは触れずに聞き返すと、鷲津はわざと作ったしかめっつらでうなづいた。
「……ああ」
 とたんに私の口元がゆるむ。
 どうやらその気にさせることはできたみたいだ。これでだめならもっといろいろ仕掛ける必要があると思ってたけど、手間が省けるのはありがたい。
「ふうん、する気にはなったんだ?」
「本当お前ってデリカシー皆無だよな」
「鷲津が敏感すぎるんだよ」
 二重の意味で告げたけど、彼は鼻を鳴らしてそれをスルーした。
「いいなら、バス停行くぞ」
「もちろんいいよ」
 またラブホに行ってみたい気持ちもあったけど、家の方が落ち着けるというなら私はそれでも構わない。鷲津の家には何度も行ったことがあるし、私にとっても落ち着ける場所には違いなかった。
 それに変なこと言って、鷲津の気が変わっても嫌だし。
「今日は……今日も、親いないからな」
 鷲津はそう言うと、気を取り直したように促してきた。
「じゃ、バス乗るか」

 私たちは駅前からバスに乗り込み、後部の座席に並んで座った。
 先に乗った鷲津は窓側で、私は通路側だ。昼下がりの車内は空いていて、私たちの他は優先席にお年寄りが三人ほどいるだけだった。
 午後の光が窓を通過して、通路の床に四角い陽だまりをつくる。バスが走るにつれてそれが床の上を流れていく。そんなとめどない光の行く末をぼんやり眺めていると、鷲津が不意につぶやいた。
「なあ」
 エンジン音に紛れてしまいそうな、弱々しい声だった。
「なあに?」
 私が応じても、鷲津はこちらを向かない。頑なに車窓だけを見つめて、こちらからは後頭部しか見えない。
 そうして表情を見せないまま、ぽつりと言った。
「俺、お前を家に何度も呼んでるけどさ……」
「うん」
「だからって……親に紹介したりとか、たぶんできないけど――」
 その言葉が終わるより早く、私は彼にそっと身を寄せた。
 鷲津がちらりとこっちを向くから、近づいた耳元にふうっと息を吹きかける。たちまち彼がびくりとする。
「な、何すんだよっ」
「ちょっとした、いたずら?」
「お前、人が真面目な話してる時に!」
 いたずらされたばかりの耳を手で覆い、鷲津が私をにらんだ。
 でも私は構わず、隣に座る彼に肩をぶつける。痛くないように、優しく。
「真面目な話なんていいよ、全部わかってる」
「え……いや、でも……」
「いいの。私は鷲津と一緒にいられたら、それだけでいいんだから」
 ずっと思っていることを何度でも重ねて告げた。
 鷲津はまだ迷っているみたいだ。すっと目を泳がせたから、私はジーンズをはいた太腿に手を置いた。
「楽しいことだけ考えてよ、私のことだけ」
 それから手のひらで脚を撫でると、たちまち手を掴まれた。
「やめろって」
「だめ? ちょっとした前戯だよ」
「ぜんっ……そういうこと公共の場で言うなよ馬鹿」
「小声ならいいじゃない、誰にも聞こえないよ」
 他の乗客とは席が離れているし、エンジンの音だってうるさい。小声でいちゃつくくらい許されるはずだ。
「家に着いたらどんなことしようか、考えちゃうよね」
 私が笑いかけたら、鷲津は困ったように赤い顔をそむけた。
「だめだ、考えるな」
「そういうの、移動中に考えるのが楽しいんじゃない」
「お前のそういうとこ、全っ然変わってないよな……いいけどさ」
 私も、これでいいと思っている。
 鷲津がついつい考えがちな辛いこと、陥りがちな暗い考えから遠ざけて、楽しいこと、幸せなことでいっぱいにするのが私の役目だ。
 生きててよかったって、何度でも思わせたかった。
 そのために邪魔なものは要らない。どこか遠くに置いていけばいい。

 鷲津の家まではほとんど無言で歩いた。
 彼が鍵を開け、ふたりで玄関に入り、私の背後でドアが閉まった瞬間に抱きついた。
 その時鷲津は私に背を向けていて、だから背中に抱きつく格好になった。後ろから彼の頬に手を伸ばして振り向かせ、むりやり唇を奪う。
「んっ……」
 鷲津はキスには応じてくれたけど、舌を入れようとしたら押し返された。
「ま、って、鍵かけてないっ」
 合わせた唇の隙間からそんな訴えがこぼれるのを、性懲りもなく舌を差し入れながら聞く。ぬめる水音が鷲津の言葉を奪い、それでも彼は懸命に腕を伸ばして鍵をかけてしまう。
 かしゃんと、冷たい金属の音が玄関に響いた。
「はあっ……」
 唇を離すと鷲津は深い息をつき、それから私の顔を捕らえて諭すように見つめてくる。
「お前、人ん家の玄関で何やってんだよ」
「だめ? 誰もいないんでしょう?」
「そうだけど――って、こら! 話の最中に撫でまわすな!」
 私の手は鷲津の腰骨を探り当て、その骨格をねだるように撫でさすっていた。硬いジーンズの生地越しにもくすぐったいのか、鷲津が少し身をよじる。
「いたずらばかりしやがって」
 そう言って、彼は私の両手を掴んだ。勢いがよすぎて私の背中がドアにぶつかったけど、その力強さにぞくぞくする。
 ドアに押しつけられて、私はうれしさに彼を見返した。
「鷲津もしていいんだよ」
「ここで? さすがに冗談だろ」
「しないなら、私がしちゃう」
 膝を彼の脚の間に割り入れて、太腿を擦りつける。
「あっ」
 鷲津がなまめかしい声を上げかけ、あわててかみつくようなキスをしてきた。それに応じつつも、私は脚を動かすのをやめない。すでに硬くなっているのがわかって一層うれしくなる。
「ちょっ、本当にやめろって……」
 腰を引いた鷲津が、絶え絶えの息で囁いてきた。唇に熱い吐息がかかるのが気持ちいい。
「あんまりされると歩けなくなる」
「どうして?」
「どうしても。ほら、部屋行くぞ」
 意地悪な質問はスルーして、鷲津は私の手を引いた。お互いおざなりに靴を脱いで、揃えもしないで階段を上がる。彼は本当に歩きにくそうだったけど、どうにか部屋までは辿り着けた。

 通い慣れた鷲津の部屋で、彼は私をベッドに座らせた。
 すぐに彼も隣に腰かけ、私は思わず尋ねる。
「いいの?」
「何がだよ」
「今まで、ベッド使わせてくれたことなかったから」
「あー……気づいてたのか」
 少し気まずげにした鷲津は、だけどこちらを見て吹っ切れたように笑った。
「今まではな。お前なら、もう嫌じゃない」
 その言葉がすごく、胸に響いた。
 私はたまらなくうれしくなって、もう待ちきれずに鷲津を押し倒す。
「うわっ、いきなりかよ」
「だって、うれしくて。ベッドに入ってもいいなんて」
「そんなことで舞い上がれんの、お前くらいだろうな」
 不思議そうな鷲津を、私は構わずどんどん脱がしていく。着ていた白いTシャツを剥ぎ取り、ベルトを外し、細身のジーンズを引きずりおろす。彼も負けじと私のブラウスのボタンをひとつひとつ外し、スカートを脱がし、以前よりも器用にブラジャーを取ってみせる。
「鷲津、ブラ外すの上手」
「嫌味かお前。こんな面倒くさいもの、よくしてるよな」
「褒めてるのに。前よりずっと上手くなったよ」
「そりゃどうも」
 合間合間にキスをしながら、他愛ないことも言いあいながら、互いに裸になっていくのを楽しんだ。

 今日の鷲津はやっぱりボクサーブリーフだった。ふくらんだ部分を撫でながら、私はずっとしてみたかったことを頼んでみる。
「舐めてもいい?」
「え……いや、いいけど……」
 鷲津は若干引き気味に答えてから、はっとしたように続けた。
「あ、違うからな。お前を信用してないとかじゃなくて――もう違うんだ。けど、嫌じゃないか? きれいなものでもないし、というか楽しいか? それやって」
 早口気味の弁解に、私は笑ってうなづく。
「楽しいと思うよ」
「お前がいいならいいけどさ。あ、もう脱がしてるし……」
 許可をもらったので、私は鷲津から最後の一枚をずり下ろした。
 そして現れたものを両手でそっと包むように掴んで、まず先端にキスをする。硬くなって立ち上がってはいるけど、まだ濡れてはいなかった。
「どうするのが気持ちいいか教えてね」
「あ、ああ……」
 私が舌を出すのを、鷲津はじっと見下ろしてくる。期待と緊張が入り混じった視線が心地いい。
 視線を感じながら、舌で根元からゆっくりと舐め上げた。意外と毛深い辺りを手でかき分けつつ、全体を味わうように下から上へ。上まで行ったらまた下へ、アイスを食べるよりも丁寧に。
「う……」
 舌先が先端に触れると、鷲津は眉根を寄せてうめく。何度目かで思わずといった様子で目をつむったから、気持ちいいみたいだ。
「やっぱり、ここがいいの?」
 先端を念入りに舐めてみる。少ししょっぱい。
 鷲津は顔をゆがめながら、うっすら潤んだ目を開けた。
「いい……すごくいい」
「どうして欲しいとか、ある?」
「あ、じゃあ……咥えてみてくれ。苦しくない程度に」
 リクエストにお応えして、私は口を開けてそれを咥えた。
 舌で先の方を攻めつつ、口でも搾り取ってみる。ちょうど私の中に入っている時みたいに上下させて、出し入れして、めちゃくちゃに舐めまわしながら味わってみる。
「あっ、それ、やば……うああっ」
 鷲津が声を出し始める。身体をぴくぴくさせながら、私の頭を撫でてくる。
「はあ、ほんとに上手いよ。まさか、練習したのか?」
「ひょっとらけね」
「あっ、馬鹿、咥えたまましゃべるなっ」
 彼の背筋がぴんと伸びて、のけぞりそうになるのをぎりぎりのところで踏みとどまる。それがかわいくて、気持ちよくなってくれるのがうれしくて、私もいよいよ熱が入る。
 正直、私の口に鷲津のは大きすぎた。続けていると顎が疲れてくる。でも鷲津が喜んでくれるならもっとしたい、してあげたいって思う。
「も、もういいから……」
 なのに鷲津は半ば力づくで私の口から引き抜くと、荒い呼吸を整えながら続けた。
「ありがとう、すごくよかった」
「もうおしまいでいいの? まだできるのに」
「いや、もうだめだ。十分だ」
「いっちゃいそうだった?」
 やっぱり私の質問をスルーして、鷲津は私の下着も脱がす。
 それから唇にそっと、ずいぶん優しいキスをしてくれた。
「今日はちゃんとつながりたい……今日はってのも変か。いつもやってるよな。でも今日は、せっかくだから……」
 そんな言い方で訴えてくるから、私も鷲津が欲しくてたまらなくなる。お返しにキスを返す。
「さっきまで咥えてた口なのに、嫌がらないんだね」
「なんでだろうな、別に嫌じゃない」
 少し不思議そうな鷲津が私の濡れた唇をなぞり、それから笑った。
「でもお前、やっぱデリカシーなさすぎ。それ言うか? このタイミングで」

 ちゃんとコンドームをつけて、それから鷲津はベッドに横たわる。
 今日は私が上になりたい。そう言ったら、怪訝そうにしながらも譲ってくれた。
「こういうのってちゃんと気持ちいいのか? 俺がじゃなくてお前が」
「試してみないとわからないよ」
 私は根元を掴んで、慎重に腰を下ろしていく。すんなりととまではいかなかったけど、時間をかけてゆっくりと、ちゃんと奥まで入った。そのまま鷲津の上に腰を下ろすと、彼が私の両手を指を絡めるようにして繋いでくれた。
「あ……すごい。深く入ってるよ」
 私がその感覚をかみしめるように目をつむれば、鷲津も深い息をつく。
「ああ、俺もすごくいい」
「動いていい?」
 尋ねてから返事を待たずに腰を動かしてみた。最初は慣れない感じだったけど、次第に気持ちいいやり方がわかってくる。同時に、見下ろす位置にいる鷲津の反応を見ることもできる。
「は……すごいな、腰動いてる……」
 鷲津はうっとりと私を見上げていた。気持ちいいんだろうか、時々眉をひそめる顔が切羽詰まって見えて、好きだと思う。
「胸も揺れてるし、えろいなこの角度……」
「好きになった?」
「たまにはな。なんか、いいようにされてるみたいで……あ、あっ」
 私が腰を動かすと鷲津は気持ちよさそうで、声を出してくれて、繋いだ手にもぎゅうっと力がこもる。
 そうされる度に私も気持ちよくて、知らず知らず声が出る。繋がっている部分と同じくらい、手のひらが熱い。繋がっているのがうれしい。
「鷲津、好き……大好きっ」
 もっと気持ちよくしてあげたい。
 私も一緒に気持ちよくなりたい。
 その一心で腰を揺すった。
「あっ、くがはら……っ、俺、もう……!」
 鷲津が声を上げながら上体を起こし、私の身体を抱き締める。
 汗ばんだ皮膚同士がくっついて、その感触さえ気持ちよくて、私も思わず彼を抱き締め返した。襲い来る快感を共有したくて、味わいたくて、どちらの身体が震えているのかわからないくらい強くしがみついた。
 最高に、幸せだった。
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