Tiny garden

隣の席に、佐藤さん

 僕はくじ運がよくないらしい。
 冬休み明け直後の席替えの日、席を決めるのは厳正なるくじ引きだった。僕が引いたのははずれくじ。口の悪いクラスメイトがあからさまに、ざまあ見ろ、と言ってきた。癪に障った。だけど憂鬱な気持ちは、なるべく顔に出さないようにしていた。
 何せ、すぐ隣にいるんだ。
 当の本人。くじで言うところの、はずれの子が。

「隣の席だね、山口くん」
 左隣の席には、佐藤さんがいる。にこにこ笑って話しかけてくる。
「ああ、そうだね」
 僕も仕方なしに笑って、答える。答えない訳にはいかない。こう見えても女子の間じゃ『誰にでも優しい山口くん』で通ってるんだ。佐藤さんだけに冷たくしてみろ、そういうのに敏感な女子たちからはたちまち袋叩きにされてしまうだろう。
 内心、気が重かったけど。これから年度末まではずっと佐藤さんの隣だ。うちのクラスにはもっと可愛い子も、きれいな子だっているのに、どうして佐藤さんが隣なんだろう。いやでも目に入ってしまう。
 佐藤さんは美人じゃない。その上、制服姿からして野暮ったい。スカートの丈は膝下。靴下は紺色で足首までの長さ。色気のないひとつ結びの髪は真っ黒で、ぱっと見た感じ真面目そうな印象がある。実際、真面目ではあるのかもしれない。
「そういえば山口くんとは、あんまりお話したことなかったよね」
 愛想よく、彼女は続ける。
「もしよかったら、仲良くしてね。せっかく隣同士になれたんだし」
 隣の席という縁だけで僕と仲良くしようとしてくる、その態度はある意味真面目だ。こっちは仲良くするつもりもないのに。
「そうだね、よろしく」
 当たり障りなく応じて、すぐに僕は目を逸らした。
 全く、最悪のくじ運だ。

 誰にでも優しいというのは、佐藤さんにも当てはまる言葉かもしれない。
 佐藤さんは誰に対してでも親切ぶる。お節介と言った方が合ってるだろうか。そしてクラスメイトなら誰でも分け隔てなく親しげに接する。そこまではいい。
 問題は、佐藤さんが親切さ以外の長所を持っていない、というところだ。
 真面目そうに見えるのに成績はクラスでも下位の方。体育の時間は足を引っ張る運動音痴。おまけに手先が不器用で、動きがとろくて、気も利かない。そういう相手に親切にされたって、何の得にもなりゃしない。お蔭で一部のクラスメイトからは煙たがられてるありさまだ――僕も、その一人。
 大体、自分のことも自分で出来ないような奴が、他人に親切にするだなんておかしな話だ。よせばいいのにと思いつつ、今日までは佐藤さんの見当はずれなお節介ぶりを遠目に見ていた。だけど今日からは、運悪く隣の席だ。つまり。
 今後彼女に親切ぶられるのは、僕の役割となりそうだった。

「ねえ、山口くん」
 会話を打ち切ったつもりでいたのに、佐藤さんはまだ話しかけてくる。
 席替え直後の休み時間、皆は新しい人間関係を構築するのに必死で、僕の方なんて見向きもしない。逃げ場は見つかりそうになく、僕は渋々佐藤さんへと向き直る。
「どうかした?」
「うん、あのね、山口くんって成績いいでしょう?」
 やぶからぼうに、何を言うかと思えば。僕は顔を顰めたくなるのを堪えた。
「そうかな。普通だと思うけど」
「そんなことないよ、いつも授業で当てられても、ちゃんと答えてるもん。偉いよね」
 偉くない。それが普通なんだ。佐藤さんみたいに教科書とにらめっこをしたまま答えに詰まって、いちいち授業を止めたりはしない。
「だから、授業でわからないことがあったら、教えてくれないかな」
 佐藤さんが小首を傾げる。
 他の女子なら二つ返事で引き受けるけど、相手は佐藤さんだ。役得もないし全く気乗りがしない。おまけに佐藤さんのわからないことなんて、授業の内容全てに及びそうじゃないか。面倒だ。
「余裕があったらね」
 僕は、笑顔を作るのに苦労した。
「誰だって授業ではわからないこととかあるよ。僕はそういう時は先生に直接聞くようにしてるんだ。佐藤さんもそうしたら?」
「あ、そっか! そうだよね」
 音を立てて、手を打ち合わせる佐藤さん。
「さすが山口くん、しっかり考えてるんだね」
「いや……そうでもないって」
 こんなこと普通に思いつくだろ、という言葉が喉まで出かかった。当たり前のことすらわからないんだな、彼女は。
「やっぱり山口くんはすごいね。勉強も出来るし、体育でも、他のことでも得意なんでしょう? 見習いたいな」
「まあ、運動は割と得意だけど」
 誉められても居心地の悪い思いしかせず、僕は首を竦めた。
 その後でふと気付いて、問い返す。
「だけど佐藤さん、よく僕のことなんて知ってたね。今まで話す機会もあまりなかったのに」
 意外に思った。佐藤さんは僕のことをある程度知っているような口ぶりだった。
 まさかと思うけど、僕に興味があるんだろうか。そうだとしてもいい気分にはなれそうにない。こっちは佐藤さんに興味なんかないし。
 それでも一応尋ねてみれば、彼女はきょとんと怪訝そうにした。
「え? だって、クラスメイトだもん」
 さも当然とでも言いたげに、笑って続ける。
「そのくらいは知ってるよ。山口くんのことだって」
 今度は、僕が怪訝に思う番だった。
「クラスメイトだからって、あれこれ知っとかなきゃならない訳でもないだろ。じゃあ、他の皆のことも知ってるって言うのか?」
「全部知ってる訳じゃないけど、いいところは知っておきたいなって思うよ」
 やっぱり、当然だと言いたげに、佐藤さんは言う。
「だって、せっかく同じクラスになれたんだから。皆と仲良くなりたいの」

 ほら、そういうところがお節介だ。
 煙たくてしょうがない。誰にでも親切ぶって、今時小学生でも言わないようないい子の台詞を口にして。そのくせ他には何の長所もなくて、地味で、とろくて、気が利かなくて――僕は佐藤さんが苦手だ。この瞬間、強く思った。

 僕はとっさに顔を背けて、佐藤さんを見ないようにした。
 くだらない会話は打ち切りたかった。どうせ話すならもっと可愛くて、楽しい子がいい。こんな子が年度末まで隣の席なんて、運が悪いにしても大概だ。
 そりゃあ僕だって、佐藤さんのことはよく知ってる。だけどそれは佐藤さんが悪い意味で目立っているからであって、苦手だから遠ざけられるように把握してるんであって、それと――そうだ、クラスメイトだから。その程度でしかない。
 こっちは別に、仲良くしようなんて気持ちは微塵もないんだ。
「山口くんもこれから、仲良くしてね」
 追い討ちを掛けるような言葉に、気のないそぶりで答えつつ、僕は内心舌打ちをする。
 そういう調子だから、はずれだって言われるんだよ。わからないのかな。わからないだろうな、佐藤さんなら。

 これから三月まで、いらいらさせられる日が続きそうだった。
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