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ふたりで年越し

 今年の大晦日は、みゆの実家で過ごすことにした。
 特に予定もなく、家でのんびり過ごそうかと言っているところにみゆのお母さんからお誘いがあった。インフルの時のようにたまに連絡を取っているとはいえ、顔を合わせてのご挨拶はすっかりごぶさたになっている。せっかくだしお邪魔しようかということになった。
「大晦日はいつもお寿司なんだ、楽しみ!」
 みゆがこっそり教えてくれた。
 そういえば僕が初めてお呼ばれした日もお寿司だったな。めでたい日と思ってくださったのなら僕としても光栄だ。
 大晦日の夕方、僕らはそろって佐藤家に向かった。日没前から気温が落ちていたから、ちゃんと着込んで出かけることにした。

 久々にお会いしたみゆのお母さん、おじいさん、おばあさんはそろってとても元気だった。
「ふたりとも仲よくしてるようでよかったな! 一緒に暮らすならギスギスするのはよくないからな!」
 おじいさんの話し声が大きいのも変わりなかったし、
「篤史くんもみゆきもいい子ですもの、喧嘩なんてそうしませんよ」
 おばあさんの取り成すタイミングも変わりなかった。
「みゆきは、あれから少しはごはん作れるようになったの?」
 お母さんは未だに心配そうにもしていたけど、そこは僕が保証しておく。
「よく作ってもらってますよ。カレーやビーフシチューはおいしいですし、仕事の後に作ってくれることもあるから悪いなと思いつつ、感謝してます」
「うん、たまに作るよ」
 みゆ自身は控えめに答えていたものの、お母さんにはご納得していただけたようだ。
「そう、よかった」
 胸を撫で下ろした後、少し笑って付け足した。
「篤史くんはごはん作る人なんですもんね? みゆきがなんにもしてなかったらどうしようって思ってたの」
「もう、ちゃんとやってるよ」
 みゆが口を尖らせる。
 実家に帰ると少し若返るというのはよくあることなんだろうか。いつもより子供っぽく見える彼女がかわいい。
 かすかにお線香の匂いがする佐藤家で、いつもより賑やかな食事が始まった。

 おいしいお寿司でお腹がふくれた頃、おじいさんとおばあさんが相次いで席を立った。
「我々に構わずゆっくりしてけよ!」
「年寄りはもう休む時間ですからね、おやすみなさい」
 そう言って部屋に入られたのが午後七時前のことだ。
 佐藤家のリビングには僕とみゆ、それにみゆのお母さんが残り、こたつに入って余ったごちそうをちょびちょびつまみながら話をした。
「篤史くんのご両親は、もうお休みに入られたんですか?」
 みゆのお母さんが尋ねてきた。
 うちの両親が忙しい人たちだというのは何かの折に話したことがある。僕は苦笑気味に答えた。
「はい。どうにか仕事納まったって、昨日電話がありました」
 同じ職場に勤める両親はこの時期一緒に多忙を極める。年末進行でよれよれになりながらも連絡をくれて、『大晦日はゆっくり休むからご挨拶とかいいからね』と言ってきたのが昨夜のことだ。今頃はふたりでようやく一息ついてる頃かもしれない。
「お忙しいみたいだもんね、大変だよね」
 みゆの言葉に、僕は顎を引く。
「うん。でも、再来年あたり僕も他人事じゃなくなってるかもな」
 インターンシップを経験し、また何度か模擬面接を経験させてもらったけど、実際の勤労がどういうものかはまだわかっていない。コンビニバイトを踏まえて言うなら忙しい時はひたすら忙しいだろうし、シフトどおりに帰れないこともよくある。うちの両親の職場みたいな会社に勤め出したら、僕も忙しない年末を過ごすことになるのかもしれなかった。
 そういう部分も就活で見極めていけたらいいんだけど。
「志望の職種はもう絞り込めたんですか?」
 みゆのお母さんがさらに聞いてくる。
「まあ、漠然とは……まだ模索してる感じですけど」
「今はそれで十分だと思いますよ。始まってみないことにはわからないこともありますし」
 僕のあいまいな答えにも優しい慰めをくれてから、みゆのほうに微笑みかける。
「みゆきだって、就活始めてから事務のお仕事って決めたんだもんね?」
「そう。私はとにかく行けるとこに行こうって思ってたから」
 みゆがどこかなつかしむように答えた。
 彼女は今の僕がしている模索も、そして決断も高校時代のうちに済ませてしまったわけだ。まったく頭が上がらない。
「でもいいところに勤められてよかったじゃない、ずっと続いてるんだし」
「うん、いい職場だよ。みんないい人たちばかりだし」
 彼女はすでに社会人三年目を無事に終えようとしているところだ。
 僕もそのくらい、続けられる職場を見つけたいものだと思う。
「篤史くんも焦らず、自分に合うお仕事を探してくださいね。きっと見つかりますから」
 みゆのお母さんが励ましてくれる横で、みゆもうんうんうなづいている。
 この親子、やっぱり雰囲気似てるなあ。場違いなことを思いつつ、僕も胸を張ってみせた。
「がんばります」

 佐藤家にはすっかり長居をしてしまい、おいとまをしたのは午後十一時を回った頃だった。
「お邪魔しました、よいお年を」
「また来るね、お母さん」
 僕とみゆが挨拶をすると、みゆのお母さんもうれしそうに微笑む。
「ええ、よいお年を。また遊びに来てちょうだいね」
 お母さんは寒いのにわざわざ外まで見送りに出てくれた上、お土産と言って僕らにお菓子やみかんを持たせてくれた。
 そしてにっこりしながらこう続けた。
「ふたりとも仲よくてよかった。おじいちゃんも言ってたけど、喧嘩なんかしないのが一番いいもんね」
「全然しないよ、仲いいよ」
 みゆがすかさず応じれば、くすっと笑い声がこぼれる。
「見たらわかります。ふたりでおそろいのセーター着てるくらいなんですもの」
「あ……」
 指摘されたみゆが恥ずかしそうに僕を見たから、僕も照れ笑いを返しておいた。
 今日は日没前から冷え込んでいたから、冬物のニットを着ていくことにした。せっかくだから新品のを、お呼ばれだからほどほどに落ち着いた、でも重くなりすぎない色味を――と思ったら、みゆからもらったくすみグリーンのセーターに決まった。
 そして僕が着たのを見て、みゆも僕からのプレゼントを着た。なんら抵抗ない様子で、でも多少は照れながら。

「ペアルックってばれちゃったね」
 帰り道を並んで歩きながら、みゆが声を弾ませる。
「まあ、普通にわかるだろうね……」
 お互い別々に選んだとは思えないくらいそっくりな色だ。みゆのお母さんもおじいさんおばあさんも何も言わないから、てっきりあえてスルーしてくださっているのかと思っていた。
 でも着てきてよかった。寒い夜だけどぽかぽかと暖かい。
「お母さん、安心してくれたみたいでよかったな」
 みゆのつぶやく声が、白い息と共に冷え切った空気に溶ける。
 僕は黙って微笑み、ふたりで静かに住宅街を進む。
 もう遅い時間だというのに、今夜はどの家も明かりがつきっぱなしだ。みんなこのまま年明けの瞬間を迎えるつもりなのかもしれない。腕時計で時刻を確かめる――来年まであと三十分。
「もうすぐ年が明けるよ」
「あ、そんな時間? 家でカウントダウンできるかなあ」
「間に合わなかったら外ですればいいよ」
 どうしたって時は進むし年は明ける。僕らが一緒に暮らし始めた年が終わり、新しい年が新しい思い出と共にやってくる。
 今年一年を振り返ってみれば、いい一年だったと心から言える。
「じゃあいっそ、このまま初詣行っちゃおうか?」
 もうすぐ日付と年が変わるのに、みゆはまだまだ元気いっぱいだ。隣でそんなことを言い出したから、僕もつられて笑った。
「いいけど、一旦帰りたいかな。いただいたお土産があるし」
「わかった。帰ってからすぐ出ようよ」
「ああ」
 大晦日は不思議と眠くならない。僕も初詣に行く気は満々で、ひとまず家路をたどりながら新年の願い事を考えている。片手においしいものがいっぱいの紙袋を提げ、もう片方の手ではみゆの手をしっかりと握り締めながら。

 今年はとてもいい年でした。
 来年もいい年でありますように。
 そして、引き続きみゆの隣にいられますように。
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