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ふたりでクリスマス

 クリスマスイブ当日、僕は駅前でみゆの帰りを待っていた。
 あいにくの平日にもかかわらず、イルミネーションに彩られた街中は人出が多い。俗に言われているほどカップルばかりに見えないのはここが都会じゃないからか、それとも僕自身の精神的余裕によるものだろうか。ただふたりにせよ数人のグループにせよ、街行く人たちの表情はみんな幸せそうだ。
 十二月も下旬とあってそこそこの冷え込みだった。僕は巻いてきたマフラーに顔をうずめ、これから向かう店の鍋料理に思いを馳せる。先月の誕生日には行けなかった店だ、僕も彼女もとても楽しみにしていた。
 もちろん、ふたりで過ごすクリスマスイブだって楽しみだ。

 高校時代にクリスマスデートをした時のことを今でも覚えている。
 みゆが持ってきたクリスマスプレゼント、その量に度肝を抜かれた。それらは僕のためを思って用意してくれた品々ではあったし、彼女の心がこもった贈り物で、とてもうれしかった。彼女と別れて辿る帰り道、紙袋の持ち手がかじかんだ手に食い込んできたことだっていい思い出だ。
 今年もみゆは僕にプレゼントをくれるらしい。
 それも先月は用意できなかった誕プレも一緒にということらしく、仕事帰りに買ってくると言っていた。こちらとしては楽しみな気持ちが大半ながら、多少の覚悟も決めてはいる。帰りは大変かもしれない。
 僕の方もクリスマスプレゼントを用意している。みゆが寒さに負けないように、風邪を引かないようにと考えて買ってきたセーターだ。包装してリボンをかけたものをショルダーバッグにしまってある。
 それにしても今夜は寒い。
 鼻先までつんと冷えていて、僕は再びマフラーに顔をうずめる。
「篤史くーん!」
 すると遠くで声がした。
 面を上げると、ちょうど駅舎から出てくるみゆと――彼女が提げた紙袋が見えて、ほっとしてしまった。
 よかった。今年のはそんなに大きくない。

 一ヶ月越しの悲願が叶い、僕らは評判のダイニングバーにやってきた。
 さすがにイブの夜は混み合っているようで、個室に入ってもがやがやと賑やかな声が筒抜けだ。もっともこういう店でムードを気にする僕らでもなく、掘りごたつに入って鍋をつつけばそれだけで満足だった。
「やっぱりクリスマスにはチキンだよね」
 みゆはそう言いながら水炊きの手羽先にかじりついている。
「水炊きもチキンのうちかな」
「そうじゃない? だって鶏だもん」
 僕の疑問に、彼女はきっぱり言い切った。
 真顔の断定が妙にツボに入って、笑いをかみ殺すのに一苦労だ。
「まあ、そうなのかな……」
「そうだってば!」
「じゃあ誰かにクリスマスのこと聞かれたら、『彼女とチキン食べた』って答えるよ」
 よく煮込まれた手羽先は肉がほろほろとやわらかく、ほんのり香る生姜のおかげもあって身体がぽかぽかしてくる。明日も平日だからビールは乾杯の一杯だけ、それでもなんだか酔いが回ってきて、なんでも楽しい気持ちになっていた。
「クリスマスって言うとさ、みゆから大きな紙袋もらったこと思い出すよ」
 僕の言葉に彼女の記憶もよみがえったようだ。とたんに吹き出された。
「あの時の篤史くん、すごくびっくりしてたよね。目がまんまるだった」
「そりゃそうだよ、プレゼントの大盤振る舞いだもんな」

 中身は今でも覚えてる。
 合格祈願のお守りを皮切りに、目薬、絆創膏、カイロ、栄養ドリンクなど実用的な品が次々出てきた。最後に『おいしかったからお裾分け』とみかんを見せられた時、親戚のおばさんみたいなことを言うなとこっそり思った。本人には言ってない。
 でも、それらのプレゼントには当時受験生だった僕を気づかったというれっきとした理由があって、彼女の気持ちがうれしくないわけでもなかった。
 特にお守りは冬の寒い中、わざわざ神社で買ってきてくれたとのことだったし――。

「今思うと、あんまり色気のないプレゼントだったね」
 二十一歳のみゆがそんなことを言いだしたので、僕は肯定すべきか否定すべきか、一瞬悩んだ。
「――いや、うれしかったよ。実際役に立ったし」
「それならいいんだけど……私、当時はプレゼント選びに自信なくて」
 彼女は苦笑と共に肩をすくめる。
「篤史くんは高校時代から服のセンスもよかったし、身に着けるものをあげても困らせるだけじゃないかって思ったんだ」
「そんなこと思ってたのか……」
「うん。私はセンス、全然ないし」
 気にしなくてもいいのに、と言っても彼女は納得しないだろう。
 でも実際、あの頃のみゆは私服も中学生みたいだった。それはそれで当時の彼女に似合ってもいたんだけど、もっと似合う服があるんじゃないかって思っていたのも事実だ。
 今は違うけど。すっかり大人になって、服選びもうまくなった。
「今は、ちょっとはよくなったと思うんだけど」
 くしくも僕が思ったことを自ら口にした彼女は、おしぼりで一度手を拭いた後、傍らの紙袋から何かを取り出す。
 クリスマス仕様の赤い袋に、金色のリボンがかけられた包みだ。
「はい、これ。まずはクリスマスプレゼント」
「ありがとう」
 僕が受け取ると、みゆはどことなく緊張した笑みを浮かべる。
「開けてみて」
 それで僕は包みを開け――ニットだ、とまず思った。
 取り出してみると、カーキよりも薄い、くすんだグレーグリーンが目に入る。
 くしくもと言うべきか。彼女からのプレゼントも、セーターだった。
「へえ、いい色だね」
 これは心からそう思った。
 自分では手に取らないかわいいめの色味ではあるけど、カーキ系統と思えば僕でも着こなすのは難しくないだろう。暗く重くなりがちな冬コーデに合わせるのもよさそうだ。
 僕が褒めたからか、たちまち彼女の顔が輝く。
「そう言ってもらえてよかった! 篤史くんが持ってない色を探したの」
「うれしいよ、探してくれてありがとう」
「うんっ! 衣替えの時に見てたしね」
 みゆは少し得意げに胸を張った。
 それから急にはにかんで続ける。
「あと……これも衣替えの時に言ったよね、服を見るたびに思い出せるねって。私のあげた服もそんなふうになれたらいいなって、そう思って選んだんだ」
 言ったな。最近のことだから、特によく覚えてる。
 だけどそう言われると、こちらのプレゼントが出しにくい。
「実はさ……」
 僕が買ってきたセーターを手渡せば、中身を確かめたみゆがまた吹き出した。
「プレゼントかぶっちゃったね」
「しかも色もね」
 みゆのために選んだセーターは、かわいいめでかつ暗く重くなりがちな冬コーデに合わせやすいくすみグリーンだった。彼女と言えばピンクのイメージだけど、毎回そればっかりなのもどうかと思い、まずは秋冬カラー定番のグリーンを選んだ。
 自分ではまず手に取らないけど、女の子なら絶対かわいい色だと思ったからだった。
 まさかこの色を贈られるとは思いもしなかった。
「これ着て歩いたらペアルックだね!」
 みゆは笑っているけど、僕としてはそこに踏み出そうかどうか真剣に悩むところだ。
 そんなことしたら忘れられない強烈な思い出になりそうだし、何よりバカップルみたいじゃないか。
 でも上着や小物使いで個性を出せば、主張しないさりげないペアルックとしてならいけるかも――って、乗り気なのか僕は。
「この流れで切り出しにくいんだけど……」
 考え込む僕に、さらにみゆが畳みかけてくる。
「これは、誕生日プレゼント。何にしようか迷っちゃって、結局これにしたの」
 彼女がさっきと全く同じ包みを差し出してきて、僕も笑いをこらえつつそちらも開く。
 中身もさっきと全く同じ型のセーターだ。ただし色違いで、これも自分では手に取らないこっくりした深みのある赤だ。
「これも篤史くん持ってない色でしょ? でも似合うだろうから着てみてほしくて」
「ありがとう」
 セーターが行き交うクリスマスに、僕も笑いが止まらなくなる。
 付き合ってて一緒に住んでるからって、プレゼントまでかぶらなくてもいいのにな。それだけ気が合うってことだろう。
「まだしばらく寒そうだし、これ着てたくさん思い出作ろう」
「賛成! とりあえず今夜はチキン堪能しよう!」
 みゆがそう言って、またふたりでそろって笑う。
 今夜贈りあったセーターには、着る前からいい思い出ができてしまったようだ。
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