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友達からはじめましたが

 2DKの部屋をわざわざ選んで借りた私たちだけど、寝る時はやっぱり一緒に寝る。
「ハルトと一緒に寝ないとかありえないし」
「言い切るね」
 私の言葉に彼が笑う。
 寝るのはいつも彼の部屋のほうで、ふたりで使う布団も一組だけ。もう一組、私が使ってた布団もあるにはあるんだけど、それはどっちかが風邪でも引いた時の非常用ってことにしてある。
 仕事で疲れてくたくただろうと八月の熱帯夜だろうと、私は彼の隣で眠りに就きたいのだ。
「だってせっかく同棲したんだよ? 一緒にいられる時間は片時も離れずいたいじゃん」
 そう主張したら、ハルトはちょっと照れたように目を伏せる。
「ずっとそう言ってもらえるようがんばらないとな」
「言うよ! もう、おじいちゃんおばあちゃんになったって一緒に寝るからね!」
「そうだよな、結婚するんだから当然だ」
 彼がうなづいたように、私たちはもうただの同棲カップルではない。結婚するって決めたんだから、将来のことを見据えて暮らしていく必要がある。どんな夫婦でありたいか、明確なビジョンを持つべきだ。
 だから私は思う。彼とは一生、隣に寝ていられる関係でありたい。

「明かり、消すよ」
 布団の上に座るハルトが、リモコンを手に声をかけてくる。
「いいよー」
 その時にはもう私は布団に寝そべっていて、スマホでアラームをセットしているところだった。
 私はお休みだけど彼は出勤だし、遅番とは言え寝坊をさせるわけにはいかない。明日もちゃんと起きなくては――まあ、私はともかく彼が自力で起きられなかったことなんてないんだけど。っていうかだいたい私が起こされてるんだけど。
 やがてぱっと明かりが消え、私もスマホを枕元に置いた。慣れない目で見る暗闇の中、ハルトが布団に腰を下ろすのが気配だけでわかる。
「羽菜は明日、何して過ごす予定?」
「まだ解いてない荷物あるし、それの片づけかなあ」
「無理しないでのんびりやりなよ」
「そうやって甘やかすと一生やんないよ、私の場合」
 他愛ない会話を交わしつつ、布団の上に横たわったまま抱きあう。東京の八月は寝る時でもエアコンが欠かせなくて、だからいちゃつくのにも不都合がない。
「明日で段ボールを全部片す予定なんだ」
 言いながら私は彼のTシャツの裾から手を差し入れる。
 よく鍛えた腹筋を手のひらで撫でる、その感触が好きだ。なめらかな肌と硬く引き締まった筋肉も触り慣れてきたはずなのに、毎日触れるたびに一層いとおしくなる。脇腹まで行くと、彼がくすぐったそうに身をよじるのも好き。
「こら」
 私の手が上へ伸びると、ハルトが笑いながら咎める。
 でも口だけだ。手を掴んで制したりはせず、むしろ自分もこちらへ手を伸ばしてくる。私の着ているTシャツの上から胸に触れてきた。
「俺にも触らせて」
「どうしよっかなあ」
「なんでそこで焦らすんだよ」
「あっ……そっちこそ、聞く前に揉んでるし」
 形を確かめるみたいな手つきで揉みしだいてくる。ハルトのおっぱい好きは相変わらずだし、一年も付き合ってればどこが弱いかなんて知り尽くされている。
「ここ、もう尖ってる」
「や、ちょっと……んんっ」
「いい声。かわいいよ、羽菜」
「もう……あっ、む、胸ばっかだめだってばっ」
 触りあいになったらこっちに勝ち目がないのもわかっていた。ハルトは声音こそ優しいけど愛撫は一切手加減しない。胸を鷲掴みにされ指が食い込むくらい揉まれて、おまけに尖った先端を指先でこねくり回された。
「は、あ……っ」
 たったそれだけで身体から力が抜けて、私はされるがままになる。ハルトとのセックスはいつもこうで、仕掛けるのは私でも気づけば翻弄されている。そのくらい気持ちがいい。
 それでもやられっ放しは悔しいから、翻弄されながらも手を伸ばす。彼が寝る時に履いているハーフパンツをずり下ろし、下着の上からそっと撫でてやった。もうがちがちに硬くなってて、しかも熱い。
「ハルトだって、もうこんなになってる」
「だめ?」
 悪びれずに聞き返してくる彼がなんだかかわいくてしょうがない。電気を消しているから顔は見えないけど、どんな表情をしているかは想像がつく。きっと甘えるような、ねだるような顔つきでこっちを見ているに違いない。
 私は下着の中に手を差し入れる。そうして直に掴むと、手のひらと指に脈打つ熱が伝わってきた。
「ん……」
 鼻にかかるような声を漏らしたハルトが、私の下着に手をかける。
 ここまで来たらお互い、もう聞いたり確かめたりしない。どこまでも許しあってる。
「羽菜、すごい濡れてる」
 彼の指にすうっとなぞられ、思わず腰が動いた。
「あ、あっ、ハルトだって、ほら、先のほうとか……」
 指先に焦らされながらも私は彼のをゆっくりとしごく。彼だって人のことが言えないくらいには濡れている。くちゅり、と水音がする。
 彼が荒く息をついた。
「はっ……わざと音立てるなよ」
「やだ」
「そこで意地悪する? じゃあ俺だって」
「あっ、だめっ……や、あ、ああっ」
 私の挑発に乗るみたいに、ハルトが濡れた指を這わせてくる。どこをどんなふうにしたら私がおかしくなるかも熟知してて、指先だけでめちゃくちゃにされてしまう。浅く指を潜らせて優しく掻き回しながら、もう片方の手で胸を弄る。
「あ、んっ」
「中、すごく食い締めてくるよ。びくびくしてる」
 ささやかれながら熱い舌に首筋を舐められた。
「だ、だって……く、うっ」
 そんなふうにあちこち攻められたらこうなるのも当たり前だ。私の身体は彼がくれる快感を全部素直に受け止める。きっと私自身も、そうしたいと望んでいる。
「ハルト、好き……」
 私もささやき返しつつ、握っていた彼のに自分の腰を押しつけた。硬くて熱い塊が私の脚の間をえぐるように滑り込んでくる。濡れた箇所同士がぬめりながら触れ合うと、お互いに身体がびくりと震えた。
「あっ、そ、それまずいっ」
 ハルトがあわてたような声を上げ、腰を引く。
 そして薄闇の中で私の唇を探し当てると、軽いキスの後で言った。
「ごめん、我慢できなくなりそう。入れていい?」
「うん、私も……」
 キスを返しながら答える。
 私も、早く欲しかった。

 ゴムを着ける時、ハルトは必ず明かりをつける。
 それはミスしたくないからっていう彼らしい慎重さもあるだろうけど、単に私の顔を見たいからでもあるらしい。
「せっかくいい顔してるのに、見えないのもったいないだろ」
 ハルトはいつもそう主張する。
「そんなに見たいもん? 顔」
「見たいね。かわいいし、好きだから」
 臆面もなくそんなことを言われると、照れとうれしさとで何も言い返せなくなってしまう。私は呼吸を整えながら、額に浮かんでいた汗を拭った。
「お待たせ」
 ゴムを着け終えたハルトが、仰向けの私の傍で膝をつく。
 そのまま私の脚を開かせ、ゆっくりと身体をねじ込んできた。エアコンの風で冷えた身体に彼の手は温かく、繋がる部分はさらに熱く感じられる。硬いものが中を直接えぐってきて、気持ちいいのと圧迫感とで息が詰まった。
「あ……はあ……っ」
 たまらず声を震わせる私を、ハルトが微笑んで見下ろしている。
「やっぱり、かわいいな。気持ちよさそうな顔してる」
「もう、見すぎだから」
「見たいんだよ。目がとろんとして、頬が赤くなってて、すごくきれいなんだから」
 彼の視線がくすぐったく、その言葉にも背中がぞくぞくする。自分がどんな顔をしてるかなんて見たくもないのに、そう言われるとイメージが浮かんでしまって一層はずかしくなるから困る。
 でも、彼はそういう人だ。私をしきりに褒めてくれるし、心を込めて愛してもくれる。
「好きだよ、羽菜」
 少し切なげな顔で言うと、彼はゆっくりと動きはじめた。
「ん……私も」
「ずっと一緒にいよう。絶対離さないから……」
 息を荒げながらも愛の言葉をくれるハルトを、私もいとおしい思いで見上げる。
「うん」
 自分でもべた惚れしちゃってるってわかってる。でもそれが、すごく幸せだった。

 昔は、セックスなんて相性と上手い下手の問題くらいだと思ってた。
 誰とするかなんてどうでもよかった。非日常的な興奮で性欲を満たせたらそれで十分で、特定の相手を作って入れ込むなんて無駄なことだと思ってた。セックスが日常になったらいつか必ず飽きが来るだろうって。

 でもそんなことはなかった。
 今は思う。大好きな人とするセックスは格別だ。
「ふ、う……っ」
 腰を動かし快感を貪るハルトの、とろけきった顔を見るのが好きだ。
 見上げている私に気づいて、照れ隠しみたいに笑うのも。
「羽菜だって……ん、俺の顔見てるじゃないか……!」
「だって、すごくいい顔……あ、あっ」
 話の間に不意を突き、彼が私の片脚を持ち上げる。するとより深く刺さって、奥をずんと突かれて、思わず腰が浮いてしまう。
「あ、んんっ」
 もちろん純粋に気持ちいいのもある。でもそれだって、彼が独りよがりのセックスをしないからだ。いつだって私も一緒に気持ちよくしてくれる。
 それと同時に随所で愛も感じる。今みたいに脚を持って支えてくれるところや、布団に背や腰が擦れないよう時々持ち上げたり、枕を挟んでくれるところ。合間合間に身体中、いろんな箇所に痕がつくほどキスしてくれるところ。
「羽菜、ほんとに、かわいい……っ」
 激しく突かれて喘ぐばかりの私を見て、そうやって言ってくれるところも。
 セックスで幸せを感じる日が来るなんて、かつては考えもしなかった。それが過去のどんな行為より気持ちいいってことも知らなかった。何もかも知った気でいた私に、ハルトはたくさんのことを教えてくれた。
「あっ、あ、あ……ハルトっ」
 シーツを握り締める私は、それでも押し寄せる快感に堪えきれず目をぎゅっとつむる。
「羽菜……っ」
 彼も私の名前を呼びながら、びくびくと身体を震わせ、きつく抱き締めてくる。
 汗にまみれた肌が吸いつくように触れる、その感覚さえ気持ちよかった。ぱたぱたと彼の汗が落ちてきても、嫌じゃないどころかうれしかった。濡れた額をくっつけあって、荒い息を吐く唇を性急に重ねると、なぜかお互い笑いがこぼれた。
「なんか……がっついちゃった……」
「いいよ、すごく気持ちよかった」

 布団の上に並んで寝転びながら、しみじみと余韻に浸る。
 明かりのついた天井は今更ながら少し眩しい。さっきまではハルトが遮っていてくれたから、気にならなかったのに。
「なんか、日常だなあ」
 ふとつぶやいた私に、上体を起こした彼が怪訝そうにする。
「日常?」
「うん。ハルトと一緒にいる日常、いいなって」
 一緒の家に帰ってくる。ごはんを食べる。たまに一緒にお風呂に入る。セックスする。並んで寝る――そういう日常が当たり前のようにやってくる今が、幸福すぎてたまらない。
 傍から見れば平凡すぎるのかもしれない。このくらい誰もが手に入れてて、私は気づくのも手にするのも遅かった、ってだけの話なのかもしれない。
 でも噛み締めてしまう。
 私にハルトがいてくれて、日常の幸せをくれる人に会えて、本当によかったなって。
「俺も、羽菜と一緒にいられて幸せだよ」
 くしくもハルトが、私の髪を撫でながらそんなことを言う。
「だよね。運命の人と出会っちゃったな、私」
 私が笑うと、彼もうれしそうに口元をゆるめて優しいキスをくれる。
 始まりは、人に話せるようなものではないけど。
 でも終わりよければすべてよしって言うもんね。大丈夫。言わなきゃばれない、私とハルトだけの秘密だ。
「明日の朝、何食べよっか」
「何にしようかな……たまにホットケーキとかどうだろ」
「あ、いいね! いっぱい焼いてタワー作ろうよ」
「じゃあ小さいめのにするかな。果物も添えよう」
 まだ汗ばんだ身体で、髪もお互い乱れたままで、明日の朝食の相談をする。
 そういう日常が幸せだから、この先もずっと、彼と一緒にいたいと思う。

 私たち、友達からはじめましたが、こんなに幸せになれました。

2020/11/19 完結

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