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佐藤さんと山口くん

 まるで水を得た魚だ。
 バスケやってる時の山口は結構決まってる。パスカットからドリブルに持ち込んで、包囲網を掻い潜り、一気にゴールを目指す。こうして見るとカッコいい。
 ボールを叩きつけるようにして、シュート。姿勢のいいその動作に女子の誰かが歓声を上げた。ボールの落下する音の後で、ホイッスルが響く。
 男子の体育はバスケ。女子は冴えないマット運動だから、当然皆の視線は男子の方へ向いてしまう。注目の的になるのはもちろん、元バスケ部の山口だ。他の男子とゴールを喜び合う笑顔は、あたしの目から見てもまあまあ悪くない。

 きっとあの子も見てるんだろうな、と視線を動かせば――やっぱりね。佐藤さんは、山口の方を見ていた。ぼんやりと見とれるように。
 あたしは思わずにやっとして、それから佐藤さんに歩み寄る。隣に立つなり、声を掛けてみた。
「さすが、元バスケ部は違うね。シュートの姿勢が決まってるもん」
 さて、どんな反応が返ってくるかな。佐藤さんの顔を覗き込んでみる。
「ね、カッコいいよね山口くんって」
 同意を求めると、佐藤さんはびっくりした顔になって、まん丸な目で聞き返してきた。
「山口くんって、バスケ部だったの?」
 これは意外。今度はあたしの方がびっくりしてしまった。佐藤さん、すっごーく仲良しなのに、そんなことも知らないの?
「そうだよ、中学の頃はね。知らなかったの?」
 あたしは山口と同じ中学出身。特別仲がいいって訳でもないけど、まあ話し易いタイプだし、いろいろ知ってはいる。でもまさか、佐藤さんが山口のことをあんまり知らないなんてねえ。
「だって私、山口くんとは同じ中学じゃないから」
 佐藤さんが怪訝そうに言うから、
「いや、そういうことじゃなくて」
 思わず笑いながら、あたしは揶揄してみる。
「佐藤さん、山口くんと仲いいから、当然知ってると思ってた」
「……知らなかったなあ」
 何だかぼんやりと答えて、佐藤さんの視線が体育館の向こう、男子の方へと戻る。山口の方を見てるのかと思ったら、その後すぐ、残念そうに目を伏せてしまったので――あたしの中にはもやもやした疑問が残った。
 それで結局、どうなの。この二人。

 昼休みにも、隣の席同士で話している二人を見かけた。
「佐藤さんはマット運動も苦手なんだね」
「え、み、見てたの?」
「見えたんだ。偶然だけどね。だって体育館の中でやってたんだから、目に入って当然だろ」
 言い訳がましいなあ、山口。見てたなら素直にそういえばいいのに。
 あたしは笑いを噛み殺しながら、さりげなく教室の隅、二人の席が並んでいる方向を見遣る。
 佐藤さんと山口は、二回連続隣の席だ。席替えしてもまた隣同士だなんて、運命と言わずして何と言おう。きっとあの二人の小指は赤い糸でがっちり結ばれちゃってるんだよ。傍から見ても仲良いしね。
 ただ、はっきりしないところもある。佐藤さんは山口のこと、どう思ってるんだろう。よく話してるし、仲良いなー、好きなのかなーと思ってたら、案外と山口のこと知らなかったりするし、普段からそれほどラブって態度でもないし。いつもぼんやりしてる子だから、好きって気持ちがあったとしても、見え難かったりもする。いや、単なるクラスメイトのあたしがこんなこと考えてるのも余計なお世話だろうけど、気になるもんは気になるんだからしょうがない。
 一度、聞いてみたこともあったっけ。少し前、佐藤さんに『山口くんって好きな子いるのかな』って、かまを掛けるつもりで。その時の答えはにべもなく、『聞いたことないなあ……』だったけど。
 とりあえず、山口の方はわかり易すぎだと思う。だってバレバレだし、態度からして。もうクラスの皆が知ってるよ。――ああ、佐藤さんと本人だけは、バレバレだっていうのわかってないかもね。

 あたしがこっそり聞き耳を立てていることにも気付かずに、佐藤さんと山口は会話を続けている。
「そうだ、山口くんって、中学校の頃はバスケ部だったんだよね?」
「え? 話してたっけ」
「ううん、あのね、湯川さんに聞いたの。山口くんが中学の頃はバスケやってたんだよ、って話」
「ああ、そういうことか。そうだよ」
 やっぱ知らなかったのかあ。そういうことは真っ先に話すべきだと思うんだけどな。女の子に対する、一番のアピールポイントじゃない。
「さっき、体育の時間にもシュート決めてたんでしょ?」
「まあね、あのくらいは普通に出来るよ」
 平然と答えた山口が、その後で少し笑った。はにかむような笑い方は、あたしたち他のクラスメイトには絶対見せないもの。あれは佐藤さん限定の笑顔だ。
「何だ。佐藤さんもこっち見てたんじゃないか」
「違うの。見てなかったんだ。私ね、山口くんがシュートするところだけ見逃しちゃって」
 あ……そ、そうだったの、佐藤さん。見てなかったのかあ。あたしでも見てたのに。
 いや、でもね、そういうことを素直に言っちゃうのもどうかなー。山口、凍り付いちゃってるよ。
「見てなかったの?」
「うん」
「しかも僕の時だけ?」
 そりゃ聞くよね。バスケは山口にとって、一番の見せ場だもん。カッコいいとこ見せとかないとって、普通は思うよね。
「あ、うん、そうなんだけど。でもね、その後は見てたんだけど、あの、次に山口くんがボール持つ前に、私のマット運動の順番が回ってきちゃったの、それで」
 今度は佐藤さんが言い訳をする。さすがに悪いと思ったみたい。
 だけど、
「ああ、そう……」
 あーあ、山口拗ねちゃった。そっぽ向いてるよ。わかり易い奴。
「ごめんね」
 佐藤さんが慌ててフォローを始める。わかってるのかどうかは不明だけど。
「あの、次はちゃんと見てるようにするから、山口くんのシュート」
「別にいいよ」
「ううん、次はちゃんと見てる。男子の体育、次もバスケでしょ?」
「そうだけど」
 溜息をつく山口。まだ拗ねてる。
「だけど、女子だってバスケなんだろ? 佐藤さん、こっちの方なんて見てる余裕ある?」
 違う! そこは、『じゃあ次はちゃんと見ててね』とかなんとか、好意的に返すところでしょ! ああもう、何で素直にならないかなあ、山口は。いっつもこうなんだから。
 あたしがぎりぎりと歯軋りをしていれば、必死な佐藤さんの声が聞こえてくる。
「あ、じゃあ、こうしようよ。私にバスケのやり方、教えてくれないかな」
 お、佐藤さんナイスフォロー。これにはさしもの山口も素直に答えるんじゃない?
「僕が?」
 聞き返すな! 他に誰がいるって言うの!
「うん。ほら、次の授業までに、少しでも出来るようになりたいなって思って」
「いいけど」
 そこも、『けど』は余計!
「教えるって言うけど、佐藤さんの場合、どの程度教える必要があるの?」
「……まず、ドリブルのやり方から、教えて欲しいんだけど」
「そうだろうね」
 しかも何かと辛口だし。もっと素直になれないものかなあ。
 佐藤さんに対して『だけ』素直じゃないから、あたしたちにはかえってバレバレだっていうのに……。
 あたしの心中を知ってか知らずか、やがて山口は観念したようにこう答えた。
「わかった、いいよ。僕でよければ教えてあげる」
「ありがとう」
 柔らかく、佐藤さんが笑う。その後でふと思いついたように続けた。
「それとね、その時は、山口くんのシュートも見たいな」
「それはいいよ」
 ええー。心にもないことを。
 ってかまだ拗ねてんの? さっきのこと。いい加減素直になりなってば。
「え、でも私、見てみたいのに」
「そこで見て欲しいって言ったらさ、まるで僕が駄々こねたみたいじゃないか」
 捏ねてるじゃん。実際。
「私は、そんな風には思わないけど」
 佐藤さんは優しいなあ。
 あたしならはっきり言っちゃうのに。て言うかツッコミ入れたくてさっきからうずうずしてるのに。本人に直接言ってやりたい。『素直になりなよ』って言ってやりたい!
「ドリブルの次は、シュートも教えてくれないかな」
 頼み込む佐藤さんに、山口はちょっと考えてから、
「わかった、いいよ。いいよ、って言うほど大したことでもないけど」
「本当? ありがとう!」
 うれしそうに佐藤さんが手を叩く。
 その様子を見て、山口が苦笑いを浮かべた。
「全く、佐藤さんには敵わないな」
 それはつまり、愛の告白と見てよろしいか。
 まあ、傍から見ててもろバレですけどね。――佐藤さんのこと、好きだよね。ラブだよね。ああもう、とっとと素直になっちゃえばいいのに。
 佐藤さんの方も、今のやり取りを聞く限りじゃまんざらでもないっぽい……? いいフォロー入れてるし、山口の宥め方を心得てるし。さすが、クラスで噂になってるだけあります。もしかして、後は言質を取るだけってとこ?
 さてと。付き合っちゃいました宣言はいつ頃になるのかな。二人とも、隠そうとしても無駄だからね。ツッコミ入れたくてうずうずしてる子は、絶対あたしだけじゃないんだから。

「……湯川さん? さっきからこっちをちらちら見てるけど、僕らに何か用だった?」
「すっごくにこにこしてるね。いいことでもあったの?」
「ううん、べっつにー」
 クラス公認カップルの君たちを、見てるだけでにやけてくるんです――とは、まだ教えてあげない。
 せいぜいバレバレの態度で愛を語り合ってなさい。
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