menu

七月三十日の過ごし方(2)

 ものの五分もしないうち、おじさんはカメラ片手にうきうきと戻ってきた。
 すっかり小型化された新しめのデジカメをしかめっつらで覗き込み、
「よーし撮るぞ。確か電源ボタンは……あ、これか」
 ラーメンを作る時とはまるで違う、不器用な手つきで操作を始める。各ボタンに添えられた小さな表記が見えにくいのか、時々カメラから顔を離して眉間に皺を寄せていた。
「父さんもいよいよ老眼かな。最近ちっちゃい字が読みにくくてなあ」
「親父、いくつになったんだよ」
 大地が茶化すような口調で尋ねる。
 どう答えるんだろうと見守る私の前で、おじさんはカメラに目を留めたままにやりとした。
「こっちに来てからはたったの二十年ほどだ。まだ若くてもいいはずなんだが」
「その前が長すぎたんだろ。大幅に鯖読みやがって」
「鯖読まなきゃやってられんよ。父さんがギネスに載ってしまうぞ」
 軽く笑い飛ばすおじさんが本当はいくつなのか、大地でさえも知らないらしい。
 人間よりもずっと長生きな妖怪たちも、幽谷町で人に化けて生きれば、当たり前みたいに歳を取る。
 大地だってまだ十六歳だけど、もう少ししたら私と同じ十七歳になる。今までだって同じように歳を重ねてきたから、これからもきっとそうだろう。一緒に大人になれるのが、当たり前なのかもしれないけどとても嬉しい。
 小さな頃も繋いでた手は、今では既に大人みたいな頼もしさだけど――あ、ところでこの手っていつまで繋いでるんだろう。おじさんはこのまま写真撮るつもりで既に構えているけど、大地が背中に隠してる私の手には気づいてるのかな。これはこれで、普通に繋いでるより落ち着かない。
 カメラをこちらへ向けて構えたおじさんが、シャッターボタンに指を置く。
 大地が髪型を気にするように軽く頭を振り、私も空いてる方の手で前髪をちょっと直しておいた。
「撮るぞー。はい、ザーサイ!」
 おじさんはラーメン屋さんらしい掛け声と共にシャッターを切った。
 そういえば昔から写真撮る時はこの一声だったな。思い出して私は軽く笑ってしまったけど、大地はぴくりともしないどころか、撮り終わってから溜息をついた。
「昔っから思ってたけどこの掛け声はねえわ……」
「何か文句でもあるのか? こんなにきれいに撮れてるのに」
 おじさんがデジカメを差し出してくる。
 大地は受け取ろうとして、まるで今初めて手が塞がってることに気づいたような顔をした。私の反応を窺うようにちらっと見てから、どこか遠慮がちに繋いでいた手を離す。そしてその手でカメラを受け取る。
 それから私にも見えるように、モニターをこちらへ向けてくれた。一緒になって覗き込むと、確かに真夏の日差しの中でもきれいに撮れていた。三角巾で腕を吊ってるちょっと仏頂面の大地と、不自然に左手を大地の背中の方へ伸ばして、微妙にはにかんでる私。二人ともちょっとだけ眩しそうにも見える。いつもと違う髪型とよそ行き用のワンピースも、こうして改めて見ると気合が入ってるみたいで無性に照れる。
「親父にしちゃまあまあだな」
「すごくよく撮れてると思うよ。ありがとうございます、おじさん」
「どういたしまして。二人ともより可愛く撮れてるだろう」
 おじさんは自信に満ちた口調で言うと、カメラを返す大地を意味ありげに見やった。
「もう一枚撮ろうか。次はこそこそしないで、ちゃんと見えるところで手を繋ぎなさい」
 やっぱり、ばれてた。
 私と大地は反射的に顔を見合わせ、大地の方が先に、ぎくしゃくと目を逸らした。私もさすがに恥ずかしくなって俯き、おじさんの言葉に従うべきかどうか悩む。
 と、その時、
「……おや。もしかして、あの子かい?」
 おじさんが確かめるように尋ねてきた。
 すかさず顔を上げると、おじさんは商店街の通りの向こうを眺めやっている。まだ人気の少ないアーケード街を、一人でゆっくり歩いてくる人影を見ているようだった。
 その人は大きな紙切れを持っていた。そこに書かれた何かを見て、時々辺りを見回しては町並みを確認しているようだった。その人が何をしているのかはわからないけど、その人自身についてはよく知っていた。夏なのにまだ色白で、つやのある少し長めの黒髪が目立つ、端正な顔立ちの男の人。
 辰巳さん、だった。
「そうだよ」
 大地が、おじさんに対して答える。
「昨日から八百屋に住み込みだって。川繋がりで? とかって聞いた」
「思ってたより早くに直彦くんの家を出たんだな。しっかりした、見込みのある若者だ」
「若者って言うけど、親父の方が年下かもしれねえぞ、もしかしたら」
 二人が言葉を交わす間にも、辰巳さんは商店街をのんびりと進んでいる。ポロシャツにジーンズという服装がもうすっかり馴染んでしまって、その姿は古びた町並みの中でも違和感なく溶け込んでいる。ただこんな、観光客も来ない町中で、まるで道に迷ったようにきょろきょろしながら歩いている人はちょっと珍しいかもしれない。
「辰巳さーん!」
 大地は声を張り上げ、ついでに右手を大きく振った。
 はっとしたように足を止めた辰巳さんも、すぐにこちらを見つけたみたいだ。口元に微かな笑みが浮かんだかと思うと、早足になって近づいてくる。途中、初対面であろうおじさんの姿に気づいた時だけおやっという顔にもなったけど、そのままためわらずに歩いてきた。
「大地さん、それに萩子さんも……」
 私たちの傍までやってくると、辰巳さんはどこか懐かしむような顔つきをした。
 私も、辰巳さんとは昨日も会ったばかりなんだけど、不思議と久しぶりに顔を合わせたような気がしている。
 きっと懐かしいのはお互いの表情なんだろう。辰巳さんも、大地も、今日は昨日よりもずっと穏やかな顔をしている。多分、私だってそうだ。一昨日と昨日に起きた嵐のような時間は、もうとっくに過ぎて、どこかへ消えてしまった。
「お怪我の具合は、その後いかがですか」
 軽い挨拶を交わした後、辰巳さんが尋ねる。
 大地は朗らかに笑った。
「今朝も病院行ってきた。経過は順調って話だし、夏休みのうちに治るよ」
「……そうですか。よかった」
 胸を撫で下ろす辰巳さんが、その後でベンチの前に立つ大地のおじさんに目をやった。大地もそういう気配には鋭いから、素早く口を開いて続ける。
「あ、これ、うちの親父。俺とはちっとも似てねえけど」
「嘘をつくな、似てるってお客さんからもしょっちゅう言われるだろう。なあ、萩子ちゃん?」
 おじさんは私に同意を求めてくる。
 大地は大地で、『似てねえよな?』と目で確かめてくる。私はどちらの肩も持ちにくいので曖昧に笑うだけにしておいたけど、顔はともかく立ち姿は最近とみに似てきたように思ってる。
 ただ、その事実は辰巳さんにショックを与えたみたいだ。びくっと背を震わせたかと思うと、次の瞬間おじさんに深々と頭を下げた。
「大地さんのお父様! ああすみません、私が不届きな真似をしたばかりに、ご子息にお怪我をさせて……!」
「いやいや、別にそこまで気にしなくても」
 対照的におじさんは明るく応じた。
「ここではまあよくあることだし、それでなくてもうちの息子なんてやんちゃ坊主で、ちっちゃい頃から生傷絶えなかったからな。こんな怪我なんて珍しくも何ともない。どうか気にせんでください」
 そう言ってからベンチに座る大地を温かい眼差しで見下ろす。大地も今ばかりは反論も反抗もせず、黙って小さく顎を引いた。
 顔はそれほど似ていないかもしれないけど、おじさんと大地はこういうところがとてもよく似ている。
「それより、うちの店、すぐそこなんですよ。雷光軒って名前なんですがね」
 おじさんは辰巳さんにもわかるように町並みを指差して教える。数軒先にある雷光軒はまだのれんが出ていないけど、目が覚めるような色合いの看板は二十四時間いつでも見られるし、古い商店街の中ではひときわ目立っている。
「ほら。あのオレンジ色の看板」
「オレンジ……はい。わかります」
 辰巳さんはややつり上がった目で遠くにある看板を見つめる。色の名前を繰り返し、ゆっくり頷いた。
「ラーメン屋なんです。よかったら今度いらしてください。ご近所さんのよしみと、門出祝いってことで一杯奢りますよ」
「ありがとうございます」
 愛想よく語るおじさんに、辰巳さんも控えめな微笑で応じる。ただ途中で疑問点でもあったのか、首を傾げながら呟いた。
「ラーメン……聞いたことはあります。もしかして、以前同好会の皆さんが召し上がっていたものですか?」
「まあ、近いな。あん時のは冷たいのだったけど、温かいのもある」
 大地が答えると、辰巳さんはやはりというように納得の表情になる。
 そうそう、終業式の日に上渡さんの家で冷やししびれ麺を食べたんだよね。あの時、辰巳さんは皆と一緒にご飯を食べなかった。今の辰巳さんはちゃんとご飯を食べなきゃいけないから、そのうち雷光軒にも訪ねていくのかもしれない。
 だけど辰巳さん、辛いの平気かな。甘いのが好きそうだからちょっと心配になった。いつぞやの栄永さんみたいに、あるいは昔の私みたいになっちゃうかもだ。
「ところで、辰巳さんは何してるの? お散歩?」
 私が聞いてみたら、大地も辰巳さんの手元――ずっと手にしていた紙切れに視線を留める。
「それ、この辺の地図か?」
 言われてみればその紙切れは手描きの地図のようで、ここの商店街にあるお店の名前が、延々とひらがなで記されていた。
 辰巳さんが口元を綻ばせる。
「そうです。まずはこの辺りの地理から覚えようと思い、地図を描いてもらったんです」
「八百屋のおばちゃんに?」
「はい。幽谷町を歩くにも、道を覚えなければどうしようもありませんから……」
 話しながら、何か恥ずかしい過去でも思い出したみたいだ。辰巳さんは不意に頬を赤らめた。
 もちろん私もしっかり思い出していたけど、からかっちゃ悪いかなと思ったから黙っておく。この次は栄永さんの家まで、迷わずに行けるといいな。あ、でも栄永さんならちゃんと迎えに来てくれそうだから平気かな。
 その次に私は、おじさんがついさっき口にした『門出』という言葉を思い出す。
 辰巳さんは本当に自分の道を歩き出しているんだ。
「……どれ、じゃあ今度は三人で、記念の写真を撮ろうか。どうかな」
 不意におじさんがそう言った。
「いいな。昨日は写真撮る暇なかったし、引っ越し記念ってことで一枚残しとこうぜ」
 大地がそれに賛同する。
 私も、辰巳さんの門出を形にして残しておけるのは、すごくいいなと思った。昨日のお引越しはばたばたしていたし、私もそうだけど皆にも写真を撮るなんて精神的な余裕はなかったから。
「写真、ですか」
 辰巳さんはその単語を慎重に繰り返す。知らない言葉ではないようだけど、どうなんだろう。
「うん、写真。撮ったことある?」
 私が問うと、辰巳さんはすぐさま胸を張った。
「ええ、あります。以前、栄永さんに撮ってもらいましたが、とても不思議なものでした」
 見た目は年上の人なのに、目をきらきら輝かせて語る姿は、まるで子供みたいな無邪気さに映る。
「鏡のように何でも正しく映るのに、鏡とは違って、私が動いても一緒に動いてはくれないのです。なぜなのかと栄永さんに尋ねてみましたが、栄永さんにもよくわからないとのことでした」
 そう話した後で辰巳さんはあっと声を上げ、
「その時、栄永さんからは『そういうことは会長に聞いて』と言われていたのですが、そういえば会長さんに尋ねるのをすっかり忘れていました」
 うん、その質問は栄永さんも困っちゃうよね。答えに窮するやり取りが目に浮かぶようでちょっとおかしい。まして現代は、辰巳さんの知らない技術やら電化製品やらで溢れているんだから、きっと毎日が不思議なんだろう。
 上渡さんなら難しい疑問にも丁寧に答えてくれそうな気もするけど、でも正確に説明されたらされたで、辰巳さんはまだわからない仕組みばかりなんじゃないかなあ……。
「大地さんと萩子さんは、なぜ写真が鏡のように動かないのか、ご存知ですか」
「……俺も、会長さんに聞いた方がいいと思う」
 そういう物言いで、大地は説明を上渡さんに丸投げした。
 私としても全く異議はなかった。どう頑張ったって私の頭じゃ、辰巳さんに納得してもらえるように説明できる気がしないもの。

 三人で写真を撮った後、まだ辺りを散策するという辰巳さんと別れ、おじさんもそろそろお店を開けなければいけないからとカメラを手に戻っていった。写真は後でプリントして、辰巳さんのところにも届けられるそうだ。
 私と大地は先程話していた通り、商店街のケーキ屋さんに立ち寄って、誕生日用のケーキを買った。ホールの中でも一番小さな五号のシフォンケーキだ。それを意気揚々と抱えて、大地の家にお邪魔した。

 実を言えば、大地の家に上げてもらうのは本当に久しぶりだった。
 お店にはちょくちょく行っていたし、最近でも玄関先まではお邪魔したことがあったけど、靴を脱いで上がるのは数字にしたらそれこそ七年ぶりくらいになると思う。だからか私は少しばかり緊張したし、大地も急に口数少なめになって、ちょっとは緊張していたようだった。
 でも、居間で待っていたおばさんは、私をごく自然な笑顔で出迎えてくれた。
「あらいらっしゃい、萩子ちゃん。くつろいでってね」
 七年も来ていなければ、よそのおうちの居間が記憶と違うふうに変化していてもおかしなことではない。家具のいくつかが新しくなっていたり、カーペットの柄が変わっていたり、テレビがモデルチェンジしていたり、なんていうのはよくあることだ。
 ただ、匂いはあまり変わってなかった。私が小さな頃、まるで自分の家みたいに通いつめていた時の記憶と、ちっとも違いはなかった。
「お邪魔します、おばさん」
 私が頭を下げると、そんなに畏まらないでとでも言いたげに両手を振られた。そして言うには、
「お父さんから聞いたわよ。久々に二人で、写真撮ってもらったんですって?」
 どうやらおばさんは、おじさんから福益商店前での話を既に聞いていたらしい。
「それでせっかく萩子ちゃんのお誕生日だし、思い出振り返る必要もあるかなって、アルバム出しといたの。よかったら仲良く見てってちょうだい」
 居間に置かれたローテーブルの上には、年季の入った分厚いアルバムが何冊も何冊も積み上げられていた。その一つ一つに手製のラベルが貼られていて、『大地誕生』『大地一歳』『大地二歳』……と順番に続いており、どうやら年齢ごとに一冊ずつアルバムを作成しているようだった。
「親父、写真撮るのも好きだからな。何かって言うとカメラ持ち出しやがる」
 大地がぼやくと、間髪入れずにおばさんが笑った。
「しょうがないでしょう。お父さんは、子供の頃の写真を持ってない人なんだもの。自分の子供の写真はいっぱい撮りたいのよ」
 それを聞いた途端、大地は神妙な面持ちになって積まれたアルバムの表紙に目を落とす。その中から『三歳』のラベルが貼られたアルバムを、片手でずいっと引っ張り出した。
「そう、大地が萩子ちゃんと遊べるようになったの、三歳の頃だったわね」
 しみじみと話すおばさんは、その後で私に笑いかける。
「そこからはもう、どっちがうちの子かわからないくらい、萩子ちゃんの写真もいっぱい載ってるから。どうぞじっくり見てって」
 そう言ってもらったから私も、いち早く床に座った大地の隣に腰を下ろして、重そうなアルバムを覗き込む。大地はあぐらを掻いた膝の上にアルバムを置き、片手で器用にページをめくっていく。三歳の頃は大地も、私も、それほど今の面影がないように思う。何だか知らない子供でも見ているようだった。
 私たちがアルバムに見入り始めたのを確かめて、おばさんが代わりに立ち上がる。
「じゃあ、お母さんもお店行くけど……大地、ケーキ食べるんだったらちゃんとお茶くらい入れたげなさいよ」
「わかってるよ」
 アルバムから顔も上げずに大地が答える。写真に夢中なのか、どこか上の空に聞こえた。
 それでおばさんはにまっと笑い、念を押すように続ける。
「あ、それと。お母さんたちがいないからって、萩子ちゃんに変なことしちゃ駄目だからね」
 たちまち、今度は恐ろしい勢いで大地は顔を上げた。おばさんをきつく睨みつけ、
「な、何言ってんだ馬鹿! 俺は怪我人だぞ! ってかそもそもそんなことあるわけねえだろ!」
 雷を落とさんばかりに怒鳴る。
 それでも不思議と窓の外は夏らしい快晴だったし、怒鳴られたところでおばさんは微動だにせず、冷やかすような笑顔と共に居間を出て行った。
 やがて、居間は静かになる。
 無音ではなく、遠くで蝉の鳴く声が聞こえるような静けさだったけど、それでもこの瞬間の私たちには少し重たかった。それでなくても今日は、何だかいつもと違う。よく人から言われるような普通のからかい文句が、今日ばかりは奇妙なくらい恥ずかしい。
 黙ってるのも気まずいからと、とりあえず大地の方を見たら、大地もちょうど私を見た。目が合うと一瞬驚いたように身を引いたけど、すぐに逸らされた。耳まで赤くなってるのは、多分、お互い様のような気がする。
「……あいつの言ったこと、気にしなくていいからな」
 大地はやがて、低い声でそう言った。
「う……うん。別に、気にしてないって言うか……」
 昔みたいに、そういうからかいに対して嫌悪とか、不快感を持つことも少なくなった。そういうふうに言われるくらい、一緒にいるんだなって実感している。逆に、私と大地が一緒にいる証拠みたいになっているのかもしれない。
 私の反応をどう受け取ったんだろう。カーペットの上に並んで座る大地が、ちょっとだけ距離を詰めてきた。にじり寄るように、肩がぶつかる距離まで。
 そうして右手で私の左手を取る。軽く、握る。大きな手の熱い温度に私がびくっとすれば、弁解でもするみたいに言う。
「だ、だから、そういう意味じゃなくて。あくまでもプレゼントとして……」
 そこで一呼吸置き、更に続けた。
「俺は、……今年は、お前と一緒にいられるだけで、いい」
 言葉の終わり頃には私の方を見て、真っ直ぐに見て、そう言った。
 一昨日、大地からは、去年の七月三十日をどんな風に過ごしたか、教えてもらっていた。だから私にもその言葉の意味、重さは十分わかった。十分だった。
「私も……」
 何と答えるかは少し、迷った。最初は『私も同じだよ』と言おうと思ったけど、去年のことを考えたら、その答え方は適当ではないようにも感じられた。大地の気持ちを考えたら、同じであるはずがないんだ。
 代わりに告げたくなったのは、これから先の未来の話だった。
「来年も、一緒に写真、撮りたいね」
 アルバムに全部目を通さなくても、私は知っている。まるで同じ家の子供みたいに私の写真もたくさん載っていたアルバムは、ある時期――小学四年生の秋辺りから、ふっつり途切れたように私の姿がなくなっているはずだった。
 でも今年は、また一緒に写真を撮った。今日の写真は私の新しい宝物になる予定だし、きっと大地の家のアルバムにも収まることだろう。今年からはまた、二人一緒の写真と、二人一緒の思い出がいっぱい、いっぱい増えていくんだ。断言したっていい。
「そうだな。これからは毎年撮んないとな」
 大地もそう、約束してくれた。

 それから私たちは肩を並べて、古いアルバムの写真を何枚も何枚も、時間をかけて眺めた。
 両手が塞がっている大地の代わりに私がページをめくって、蝉の声がよく聞こえる静かな居間で、形に残った思い出をゆっくり、一緒に辿っていった。
top