Tiny garden

笑顔

 一通り縁日を見て回った後、俺たちは休憩することにした。
 食べ物を買い込んで、神社の長い石段まで足を伸ばす。既にそこには人混みに疲れたらしいグループが何組かいて、格好の休憩所となっていた。

 俺と理緒も石段の途中に腰かけて、買い込んできた食料を味わい始める。俺がかき氷とたこ焼きとアメリカンドッグを買ってきたのに対し、理緒はりんご飴一つだけだった。
「それで足りる?」
 思わず俺が尋ねたら、くすくす笑われてしまった。
「足りるよ。十分なくらい」
 理緒は少食だ。もっとも理緒くらい小さくて華奢な子なら、食べても入っていくところがないだろうけど。いつもほんの少ししか食べない。ほんの少ししか食べないから小柄なのかもしれない。
「彰吾くんはいっぱい食べるんだね」
「腹減ってたんだ」
 正直に申告したら、理緒にはちょっと申し訳なさそうにされてしまった。
「そうなんだ、ごめんね。先に何か食べればよかったかな」
「いや、俺が勝手に夕飯減らしてきただけだから」
 外食メインのつもりでいた。縁日に出かけるなんてそうないことだったし、どうせならめいっぱい食べてやろうと思って。
「いつもは週五ペースでそうめんだから、味気なくて」
「そんなに? そうめん、好きなの?」
 目を丸くする理緒が可愛い。ぶつけられた質問も可愛くてしょうがなくて、今度は俺が笑う番だった。
「いいや。自分で作るとなると面倒なんだ」
「彰吾くん、ご飯、自分で作ってるんだね」
「親いることってほとんどないから。昼飯と、たまに夕飯も作ってる。作ってるって言っても夏場はそうめんばかりだけど」
 確かにそうめんも好きだけど、しょっちゅうだと飽きる。そんな時に縁日で食べるような味の濃いメニューは魅力的だった。どれも美味しそうで、正直、買う時は少し迷った。
「偉いね、彰吾くん」
 理緒がりんご飴片手に誉めてくれた。もう片方の手には巾着袋と、ピンクのヨーヨーがぶら下がっている。
「偉くはないよ。そうめん以外も作ってたら偉いだろうけどな」
「ううん、偉いよ。頑張ってると思う」
「……そうでもないって」
 あんまり誉められると照れる。誉められるに値することならともかく、俺にとっては普通にしてることだ。いや、普通というよりむしろ、必要に駆られてやむを得ずというか。
「理緒は料理、上手そうだよな」
 水を向けてみると、理緒は眉根を寄せる。
「ううん、お料理はそれほどでも……お菓子ばっかりで、それ以外のものはあんまり得意じゃないの」
「へえ」
 違うものなのか、と意外に思う。過程は全部一緒に思えるんだけど、難しいものなんだな。
「上手いと思うんだけどな。作ってくれるお菓子も、いつも美味しいし」
「ありがとう。でも、家でお料理する機会ってほとんどないから……練習しないと駄目だと思う」
「そっか」
 理緒って、家ではどんな子なんだろうな。そういえばお互いに、家族の話をしたことがなかった。俺は特に話すようなネタもない家族構成だし、そもそも顔を合わせる時間が短い。理緒も家のことはあまり話さなかったけど、何となく、お母さんが厳しい人らしいというのは匂わせていた。
 そういえば、門限はいいんだろうか。腕時計を見たら、もう既に七時を過ぎている。慌てて尋ねた。
「理緒、今日は何時までいられる?」
「あ、大丈夫だよ。今日はお祭りだって言ってあるから、九時までに帰ればいいって」
 そう言って理緒が笑ったので、ほっとした。
「じゃあ、のんびり食べようか」
「うん。ゆっくりしよう」

 俺たちは石段に腰掛けて、縁日の光景を眺めながら食事を続けた。連なる提灯と行灯はとてもきれいで、神社の辺りだけを明るく照らし出していた。人混みはずっと途切れることなく続いている。それでも次第に、石段の方が混んできた。
 理緒にたこ焼きを一つ分けてあげたら、とてもうれしそうにしてくれた。猫舌だからふうふう息を吹きかけていたのが、可愛かった。その彼女に、お礼と言ってはなんだけどと言って、りんご飴を差し出された時はどうしようかと思った。何せ食べかけだった。もちろん嫌だったわけではなくて、邪な気持ちを排除して受け取るのが難しかっただけだ。でも結局、いただいた。
 最後まで取っておいたせいで、かき氷は溶けかかっていた。だけど冷たくて美味しかった。その時には俺も開き直って、一本しかないスプーンを理緒に差し出していた。理緒は恥ずかしそうにしながらもかき氷を食べた。ブルーハワイが舌を真っ青にしてしまって、それを見せ合った後でお互いに笑ってしまった。
 浴衣姿には不似合いなくらい、子どもっぽい過ごし方をした。

 八時半を回った辺りで、ぽつぽつと露店が店じまいを始め出した。神社からも人が減り始めている。そういう時間のようだった。
「風が出てきたみたい」
 呟いた理緒が空を見上げる。横顔がふと物憂げに見えて、どきっとする。――浴衣の似合う表情を、急にするから。
「彰吾くん、見て。雲も広がってきた」
 彼女は空を指差し、夜空の奥に広がるどんよりした雲を教えてくれた。見るからに一雨来そうな雲だった。
 確かにこれは物憂い気持ちにもなる。せっかくお祭りでいい気分になっていたのに、帰り道で降られちゃ堪らない。傘なんか持ってきてない。
「天気予報では降らないって言ってたのに」
 理緒が不安そうにしている。浴衣で雨に降られるなんて、きっと最悪だろう。彼女の門限までには時間もあるけど、もう帰った方がいいのかもしれない。
「降り出す前に帰ろうか」
 促した後で、石段にいた他のグループも帰り支度を始め出しているのに気付く。祭りの後、という言葉がふと浮かんで、そういう時間なんだと強く意識した。
 帰らなくちゃいけない時間だ。理緒とも離れてしまう。今まではずっと楽しかったのに、夢から覚めたように空しくなる。
「うん。ちょっと早いけど、十分楽しかったよね」
 そう言って理緒が笑うのが、無性に寂しかった。
 浴衣姿の彼女はやっぱり、壊れ物みたいにきれいだ。
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