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積み重ねた思い出(5)

 湖畔で迎えた二日目の夜、クラリッサは初めてテラスから星を見た。

 二階部分から張り出したテラスは古い木の板張りで、一歩踏み出すと靴底の下でみしっと軋む音を立てた。
 途端にためらうクラリッサを、先に外へ出たバートラムが手を差し伸べながら促す。
「大丈夫だよ。ほら、掴まって」
「……ありがとうございます」
 不承不承、彼の手を借りながらテラスへ上がる。
 夜になると風が出てきた。湯浴みをした後だからか、バートラムは白いシャツに麻のズボンという気楽ないでたちをしている。少し開けた襟が普段の礼装とは違い、風に吹かれるままにはためくのがクラリッサには新鮮だった。
 板の軋む音を聞きながら一歩ずつ進んでいく。背の低い柵で囲まれたその空間には他に遮るものもなく、夜の空気の匂いも、涼しく感じる夜風も、草むらに潜む虫の声も、まるで身体ごと包み込まれたようにどの方向からも感じ取ることができた。
 頭上には満天の星空が広がっている。散りばめられた小さな星の輝きに夜空も明るく照らされて、藍色の空はところどころ白々として見えた。遠くの空には上弦の月がかかり、それを取り囲むように灰がかった薄い、小さな雲が浮かんでいる。クラリッサはその光景に目を凝らし、そして息を呑む。
「きれい……星をゆっくり眺めたのは久し振りです」
 レスターの屋敷が建つ片田舎もそれはそれは静かなところだった。だが小間使いのクラリッサには腰を落ち着けて星を眺める時間などそうそうない。屋敷にいた頃はこの時分になると朝食の仕込をして、朝起きてすぐに洗濯ができるよう汚れ物をまとめて、それから使用人たちの中でも一番最後に湯浴みをする。自室に戻るのは日付が変わる頃という日も少なくなく、当然部屋へ戻ればすぐに寝入ってしまうのが常だった。
 旅の間も小間使いとしての務めは果たしているつもりだったが、食事にしろ洗濯にしろ、三人分だけで済むということが大層楽だった。おかげでこうして星を眺める余裕もある――バートラムの思惑に嵌まったようで、少々気に食わなかったが。
「昨夜は星を見る間もなく寝入っていたようだったからな」
 そのバートラムが肩を竦めたので、クラリッサは今朝の会話を思い出して鼻を鳴らした。
「ですから、わたくしの部屋に無断でお入りになったのはどうかと」
「君が鍵をかけ忘れていたんだろう。私が紳士でなければ君は、靴を脱がされるだけでは済まなかった」
 どうやら昨夜のクラリッサは靴も脱がず寝台に倒れ込んで、そのまま眠りに落ちてしまったようだ。朝起きた時は履いていなかったから、記憶にはないが脱いだのだろうと安堵していたのだが――。
「今夜はこうして誘えてよかったよ。星は一人で眺めるものではないからな」
 バートラムは全く悪びれずに続けた。
 それでクラリッサも糾弾を諦め、テラスに置かれた小さな丸テーブルと椅子に歩み寄る。椅子はお誂え向きに二脚あり、そのうちの一つをすかさずバートラムが引いてくれた。
 クラリッサが礼を言って腰を下ろすと、椅子は床板と同じように微かな音を立てて軋んだ。バートラムはもう一脚をわざわざクラリッサの隣に並べて置いてから、同じように座った。
 テラスに並んだ二脚の椅子の上、二人はどちらからともなく星空を眺めやる。
「奥様もご覧になれたらよかったのですが」
 星の光に埋め尽くされた空を見ながら、クラリッサは呟いた。
 夜の森の音を楽しみにしていたメイベルだったが、今夜もまた早々に寝室へ引っ込んでしまった。久し振りの乗馬は彼女にとって素晴らしく楽しいものだったようだが、同時に酷くくたびれるものでもあったらしい。夕食を終えると途端に眠気を訴え始めて、そのまま部屋へ行ってしまった。
「少々はしゃぎすぎだ、あの方は。もうお若い頃とは違うのだから、ゆっくり楽しめばいいのに」
 バートラムの口調は主に対して不遜だったが、表情にはわずかながら慈しむような微笑が浮かんでいた。
 それを横目で盗み見るクラリッサに、バートラムが気づいて笑いかけてくる。
「しかし、心から楽しんでいただけているご様子だからな。まずはお気の済むまで、といったところか」
「ええ」
 クラリッサは頷き、昼間に見たメイベルの笑顔を思い浮かべた。
 馬に乗り、湖の周囲を散策している間、彼女はとても幸せそうにしていた。だがそれよりも一番表情を輝かせていたのは、他でもないレスターの思い出話をした時だった。
 新婚旅行でこの湖を訪れた時、二人はさぞかし素晴らしい思い出を作り、重ねてきたのだろう。馬に乗って湖畔を歩き、魚釣りをして、夜は虫や鳥の声に耳を傾けて――その時の出来事を何十年も経った今でも覚えていられるほどに。
 クラリッサも真似をして、森から聞こえる音に耳を澄ませてみる。どこか遠くで土笛の音のような鳥の声が響いていた。梟の声だろうか。
「旦那様と奥様も、かつてこうして森の音を聴いたのだろうな」
 バートラムもまた、クラリッサと同じことを思っていたようだ。
「つまり我々も、もう既に新婚旅行をしているようなものだな。こうして二人で過ごしている以上は」
 後に続いた言葉は同じどころか、全くもって異なる考えだったが。
「クラリッサ、今夜は私と、夫婦のように過ごしてみる気はないかな」
「お断りいたします。そもそも新婚旅行も、夫婦になってから初めてするものでしょう」
 言っても無駄だろうとわかっていても、言い返さずにはいられないクラリッサだった。
「多少順序が変わっても問題はないだろう。何なら二度でも三度でも新婚旅行をすればいい」
 バートラムは造作もなく言い放ち、クラリッサは溜息をつきながら視線を夜の森へと投げる。
 空を照らす星明かりも日の光ほどは強くない。夜の森までは届かず、辺りは一面深い闇に呑まれている。虫の声も鳥の声も聴こえてはいるのに、それらがどこへ潜んでいるのかは目に見えない。時折がさがさと草むらを揺らす音がするのに、そちらに目を凝らしても何もわからない。
 クラリッサが目を凝らすのをやめ、何気なく視線を巡らせたときだった。
 闇深い森の木々の隙間に、ふと小さな、橙がかった光が閃いた。
「あっ」
 思わず声を上げ、クラリッサは椅子から立ち上がる。柵に手をかけ軽く身を乗り出すようにして光った方を眺めたが、小さな光はすぐに消え、どこで光ったかさえ直にわからなくなった。
「クラリッサ、どうした?」
 すぐさまバートラムも追ってきて、隣に並んだ。クラリッサが見ている方向を訝しげに見やったが、彼も何も見つけられなかったようだ。
「あちらで今、何か光ったんです。何かはわかりませんが……」
「光った? いや、私には何も見えないが」
「わたくしも見えたのは一瞬だけでした。でも、見間違いでは、決して」
 二人はしばらくの間、暗い森を検めるように睨みつけていた。だが結局、そこで再び何かが光ることはなく、何の光であったのかもわからずじまいだった。
「小さな光だと言うなら、蛍かもしれない」
「いえ、それほど小さくはなかったのです。それにあの光、どちらかと言うと火のような……」
「ではこの時分、明かりを点けて広い森を歩き回っている誰かがいると?」
 バートラムが興味深げに尋ねてくる。
 だがクラリッサも一瞬目にしただけで自信はなかったし、記憶は時が経つごとに曖昧になっていく。蛍とは明らかに色合いが違ったように思えたが、それも今となっては確かめようがない。
「やはり、蛍だったのでしょうか」
 すっかり自信を失くしたクラリッサが呟くと、バートラムはなぜかにやりとする。
「いや、我々には一つだけ心当たりがある。もしかするとあの二人かもしれない」
「農場主の……お子様方ですか?」
「ああ。今日、森の中で会っただろう。随分と不審な態度を取っていたあのきょうだいだよ」

 湖の散策を終えた後、三人はホリスのところへ馬と乗馬服を帰しに行った。
 ところがその時、シェリルとサイラスの二人はまだ農場へ戻っていなかった。二人が去ったのと同じ道を辿り、なおかつ二人に追い着かないようゆっくり帰ったのだが、それでも農場にシェリルたちの姿はなかった。
 ホリスによればあの二人が森をうろつき回っているのはよくあることらしい。幼い頃からこの森で育ったきょうだいにとって、ここは格好の遊び場であり、果てのない冒険の舞台でもあるらしい。危険なことをしているわけでもないなら好きなようにさせておく、とホリスは朴訥そうな顔で笑っていた。
 だからクラリッサはもちろん、メイベルもバートラムも余計なことは言わず、二人と行き会い挨拶をしたことだけ話しておいたのだった。

 しかしいくら森に慣れているとは言え、こんな夜分遅くに明かり一つで歩き回るのはあまりにも無謀だろう。
 先程の光の正体が彼らだと決まったわけではないが、クラリッサはほんの少し心配になった。
「私の推理を聞く気があるかな、クラリッサ」
 不意にバートラムが声を潜めた。
 クラリッサは急な問いかけに戸惑いながらも頷く。
「伺いましょう」
「ありがとう。あの二人は、宝探しをしているのかもしれない」
 バートラムは森に背を向け、テラスを囲む柵に寄りかかる。白いシャツが夜風を受けて微かに膨らみ、彼の黒髪も風に梳かれるように揺れていた。
「この森のどこかに眠っている宝を、たった二人だけで探し出そうとしている。私にはそう見えるのだが、どうだろう」
「こんなところに宝なんてあるでしょうか」
 即座にクラリッサは反論した。とは言っても根拠あってのことではなく、彼の意見が突拍子もなく聞こえたからというだけのことだった。
 まあまあ、と宥めるようにバートラムは手を振り、
「あくまでも推理だよ。しかし、君も少しは不思議に思っただろう。あのホリスという男、年の割に広い土地と財産を持っている。うちの旦那様でもあるまいし、彼が一代でこれだけのものを手に入れたとは到底思えん」
 それにはクラリッサも同意せざるを得ない。ホリスがもう少し如才ない人物だったならまだ納得できたかもしれないが、彼はとても善良で、朴訥そうな人柄に見える。
「恐らく彼は彼の父親の遺産を継いだのだろう。それもごく近年の話だ」
 バートラムはどこか得意そうに続ける。
「そして彼の父親――つまりあのお嬢さん方の祖父が、あり余った財産を使い子供たちに宝探し遊びを仕掛けた。誰にも秘密で、二人だけで探し当てるように、とでも言われたのかもしれない」
「随分、途方もないご意見です」
「そうかな。それなら親に隠れてこそこそと探り回っている理由もわかるし、我々を遠ざけようとする不審な態度も腑に落ちる」
 首を傾げるクラリッサに、バートラムは酔っ払いの戯言のような口調で続けた。
「何より夢があっていいじゃないか。子供には子供のうちに夢を与えておくべきだよ」
「そういうものでしょうか」
 夢のない少女時代を過ごしてきたクラリッサにとって、それは雲を掴むような論説だった。
 だが突拍子もない彼の推理を否定したいわけでも、反発したいわけでもない。むしろあの二人のしていることが彼の言う通りの宝探しであった方が、何となく、楽しそうに思える。クラリッサに他の可能性が思い浮かぶはずもなく、やがてその気になって応じた。
「宝、見つかるといいですね。わたくしたちがここにいるうちに」
「おや、君のように欲のないご婦人が、宝に興味があるとは意外だ」
「拝見してみたいだけです。宝が欲しいとは申しません」
 物珍しげにされて、クラリッサは唇を尖らせる。
 それを見たバートラムは朗らかに笑った。
「そういえば以前、君に欲しいものがないかと尋ねたことがあったな」
「……ええ」
 逃避行の最中に、薄汚れて貧相な巡礼宿へ逃げ込んだ。その日の晩に彼から問われた。
「あれから大分経ったが、欲しいものは浮かんだかい? クラリッサ」
 バートラムが改めて問いかける。
 しかしクラリッサの考えは変わっていない。欲しいものと言われてもとっさに何も浮かばない。
 それでかぶりを振ると、バートラムは残念そうにした。
「何も? 一つくらいはあるだろう。この間奥様に買っていただいたドレス、ああいうものをもっと欲しいとは思わないか?」
「一着で十分でございます。何着もあっても、着る機会がありませんもの」
 あの夢のように美しいドレスは、旅行鞄の中にしまい込んである。こんなところでは取り出す必要もないだろう。
「そうか。では仕方ない、もうしばらく考えてみてくれ」
 肩を竦めたバートラムは、その後でクラリッサの方を向き、甘やかすような笑みを浮かべた。
「いつか……そうだな。この旅が終わったら、私が君にそれを贈ろう」
 クラリッサはきょとんとして、彼のその表情を見つめた。予想だにしなかった言葉が飛び出したからかもしれない。
 旅の終わり。
 それはまだクラリッサにとって、星空よりも遠いところにあるものだった。
「恩人のあなたから、これ以上何かいただくわけには参りません」
 ひとまずは生真面目に答えたが、それに対し、バートラムは一層笑みを深めた。
「わかってないな、クラリッサ。私がそうしたいのだよ」
「なぜです」
「旦那様が奥様にしたように、と言えば君にもわかるかな。私も君を幸せにしたい」
 物を贈るという行為が、必ずしも人を幸せにするものではないだろうとクラリッサは思う。彼がそこまで自分の欲しいものを聞き出したがる理由がよくわからない。
 ただ、一つだけ思い出した。以前聞かれた時にもたった一つだけ、欲しいものとして浮かんだ存在があったのだ。もちろんそれはバートラムであろうと、恐らく神であろうと叶えようのない願いだ。
「旦那様と、もう一度お話をしてみたかったです」
 夜風に吹き飛ばされそうな声で、ぽつりと口にした。
 にもかかわらずバートラムは的確にそれを拾い上げ、柔らかい表情で聞き返してくる。
「それが君の願いか?」
「ええ。叶えようのないことは存じております。わたくし一人だけの願いではないということも」
 クラリッサは小間使いとして、主にメイベルの傍らにいた。夫人の服選びを手伝い、茶菓子作りを手伝い、食事の献立を相談し合い、時には外出にも同行するのが務めだった。
 一方で屋敷の主人であるレスターとはそれほど多くの接点はなかった。心優しい彼はクラリッサにも気遣う言葉をかけてくれたが、彼の身の回りのことは夫人がほとんどやっていたし、彼だけと話をする機会はあまりなかった。何度か執務室へ夜食を運んでいったことはあるが、そういう時でも雑談をする暇があるはずもなかった。積み重ねた思い出は多くを日々の雑多なやり取りが占めており、思い返そうとすると折々の感情だけが滲み出てきて胸を満たしてしまう。
 旦那様は優しい方だった、それは確かに覚えている。
 けれど、その方とどれだけ話をしてきただろう。振り返ってみると具体的な記憶は思いのほか乏しく、そのことに気づくと愕然としてしまう。せめてもう少し話をしておけばよかったと、今になって思う。
「旦那様からも、新婚旅行のお話を伺っておきたかったのです」
 クラリッサは罪を告白するように、後ろめたい気分で続けた。こういうことは、たとえ願望であっても口にしてはいけないよう気がしていた。
「奥様から伺うお話も、いつも、とても素敵です。でもお二人からお話を聞けたら、もっと素敵だろうと思うのです」
「わからなくはない。君がそう願うのも当然だ」
 短く、バートラムが相槌を打つ。彼はクラリッサを咎めることなく、優しく受け止めようとしているようだった。
 だからクラリッサも少し嬉しくなり、
「それに、あなたのことも」
 と語を継ぐと、バートラムが数度瞬きをした。
「私のことを、旦那様に聞きたかったというのか」
「はい。あなたが私を孤児院から連れ出してくれた頃のことを、できれば聞いておきたかったと思います」
 あの頃はまだ何も知らなかった。誰が自分を救い上げてくれたのか。誰が自分に、あの幸せな日々をくれたのか。
 クラリッサは屋敷に来て早々に、軽薄そうなバートラムを忌み嫌うようになっていた。だからあの頃の彼をちゃんと見てこなかった。いつも大げさに顔を背けて辛く当たってきた。
 しかし今なら、あの頃の自分と彼にも、ようやく向き合えそうな気がするのだ。
「あの頃のあなたを、もっとちゃんと見ておけばよかったと思っております。そうしたら――」
「そうしたら?」
 クラリッサの言葉を拾い上げ、バートラムが聞き返す。
 その時、彼は珍しく笑っていなかった。何かを見極めようとするように、青い瞳でじっくりとこちらを見つめてきた。
 真摯な眼差しを向けられると、たちどころにクラリッサは言いかけた言葉を忘れてしまった。急にどぎまぎしながら目を逸らし、続けた。
「そうしたら……わたくしたちはもっと、つまり、平和的な間柄でいられたかもしれません」
「平和か。君とはもう少し、情熱的な関係でありたいものだが」
 溜息混じりの笑い声が聞こえ、クラリッサは恐る恐る視線を戻す。
 既に笑みを取り戻したバートラムが、それでもやはりこちらを見ていた。
「残念だが、クラリッサ。君のその願いを私は叶えてやることができない」
「存じております」
「だが我々には未来がある。いくらでも新しい思い出を積み重ねていくことができる」
 途中で少しだけ苦笑を浮かべて、
「たとえ過去にすれ違いがあったとしても、仲違いをしてきたとしても。こうして共にある以上、いくらでもやり直しが利くはずだ」
 それからすぐにまた、包み込むように優しい笑みを見せる。
 彼の端整な顔立ちはたとえ笑っていなくても十分に美しい。しかし彼はいつでも気前よく笑いかけてくれる。何かを与えようとするみたいに心から笑ってくれるから、クラリッサはその笑顔をすっかり見慣れていたつもりでいた。
 だが――。
「旦那様の思い出話は、奥様に尋ねるしかない。だが我々の思い出は、これから作っていくものだ」
 バートラムは柵から身を離すと、クラリッサに一歩近づいた。容易に抱き締められるほど距離を縮めてから、こう言った。
「だからちゃんと見ていてくれ。私を」
 惜しげもなく目元を微笑ませ、唇を緩める彼の表情に、クラリッサは星を見るのも忘れて見入ってしまう。
 だが目を凝らして見つめるべきは、それこそすぐ近くにあるものだったのかもしれない。
 クラリッサが黙っていると、バートラムは短く笑い声を漏らす。
「こういう時は何であれ、返事をするものだよ、クラリッサ」
 それでクラリッサは呆然としたまま、
「は、はい……」
 気の抜けた声で答えたところ、彼には一層笑われた。
「いいのかな、その返事で。私としては問題のない言葉だが」
「……構いません。これまであなたを誤解してきたことは事実ですから」
 クラリッサは自分でも訳のわからぬまま答え、それから今日の出来事を思い出し、言い添えた。
「それと、あなたをちゃんと見ていないと、いつまた不意を打って馬に乗せられてしまうか……」
「あれはあれで楽しかっただろう?」
 彼はそう尋ねてきたせいで、クラリッサは積み重ねたばかりの思い出に、様々な意味で赤面した。
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