Tiny garden

心尽くしの贈り物

 お帰りなさい、あなた。鞄をお持ちしますわね。
 お疲れのところごめんなさい、ちょっと見ていただきたいものがあるんです。ええ、実は少し、悩んでしまうようなことがあったから……それほど大事でもないのですけど、私がしでかしてしまったことですから、どうしたらいいものかしらって。
 私、ひたすら考えましたの。でも考えても考えても皆目見当がつかなくて、あなたに尋ねてみようと思って、お帰りをお待ちしてたんです。

 今日のお昼過ぎのことです。あなたのお母様がいらっしゃって、お蜜柑を置いていってくださいましたの。箱にたくさん、です。それはもうさっぱりとして、美味しいお蜜柑でした。お義母様も太鼓判を押していらっしゃいましたから、きっとあなたのお口にも合うと思います。
 いえ、私が悩んでいるのは、お蜜柑のことではないのです。お義母様はお蜜柑と一緒に、いくつかの品物を置いていってくださいました。その品々が、私にはどうにもわからないものだったのです。一体これは何かしらって。奇妙にも何に使うものなのかちっともわからないんですもの。お義母様は特別なことはおっしゃらなかったから、きっとあなたのお家では常日頃からお使いのものなのだろうと思いましたの。だからあなたに尋ねてみるのが一番いいだろうと思って――。
 え、ええ、そうね、おっしゃるとおりです。お義母様に直接、これは一体何なのですかと尋ねていたらよかったのかもしれません。でも私、見栄を張りたくなってしまったのです。あなたの妻として、世間知らずで無教養な女でいるのは恥ずかしくて、つい知ったかぶりをしてしまったのです。お義母様に、あなたをお任せいただけるような妻だと思っていただきたかったのです。それで後でこっそりあなたに聞いてみようと思って……いやだ、お笑いにならないで。私、こう見えても教養のないのを少し気にしているんですから。あなたがお気になさらなくても、他の方はそうではないかもしれないでしょう? 無教養なのと見栄を張るのと、どちらが正しいのかは、もう身に染みてわかりましたけど。
 あなたが優しい方だから、私、救われる思いがします。ええ、ごめんなさい、ありがとうございます。では早速、お夕飯の前に見ていただけますかしら。

 ――それで、お義母様が置いていってくださったのが、こちらなんです。
 大きな布と、長い紐と、半纏です。何に使うものか、おわかりになります?
 この大きな布は、私、初めは膝掛けだと思いましたの。お義母様の手編みのようですけど、厚手の毛糸地で、ぽかぽかと暖かそうですものね。けれど膝の上に掛けるにしては少し小さいようでしょう。椅子に座る時に使うなら、もうちょっと長さがあった方がいいはずです。それにこの布、風呂敷みたいに真四角です。膝掛けとか、ショールとして使うものではないんじゃないかって……。
 あら、あなたもご存じないんですのね。じゃあお義母様は、これをどういうおつもりで置いていかれたのかしら。やっぱり素直に尋ねておくべきでした。変に見栄なんて張るものではないですね。

 こちらの長い紐は、襷のようにも見えますわねえ。しっかりとしていて、重い物でも吊るして歩けそうです。私、夏に西瓜を買う時に使うのかしらって思いましたの。
 あるいは本当に、着物の方の為の襷なのかしらって。でも、私もあなたも着物なんて着ないでしょう。和装の方なんて近頃めっきり見なくなりましたもの。うちの母は今でも着物を愛用しておりますけど、うちの母にというなら、お義母様だってそのようにおっしゃるでしょうしね。
 これもおわかりにならないんですのね。あなたでもご存じないことが、私にわかるはずありませんもの。本当に、ちゃんと尋ねておくべきでしたわ。私ったらつくづく気の利かない妻です。

 それと、半纏です。これもお義母様の手作りなんですって。和裁をなさるだけあって、実に見事な出来栄えです。
 でもあなた、この半纏、少し妙なんです。ほら、ご覧になって。私やあなたが着るにしてはいささか小さ過ぎるのです。
 まるで子どもか、むしろもっと小さな……そうですわね、お人形さんの着る服のように小さいとお思いになりません? ああそう、あなたはご存知でしたかしら、うちの実家には母の集めたフランス人形があるんです。くるくるした髪と青い目の、とても可愛らしいお人形です。あのお人形に着せたらきっとちょうどよろしいんじゃないかって思いましたの。
 でも、お義母様にまでフランス人形の話をした覚えはありませんし、どうにかしてそのことがお義母様の耳に入ったとして、お人形の為に半纏を作ってくださったのなら、やはりお義母様はそのようにおっしゃるんじゃないかって思います。だから、何か違う使い道があるのではと、私なりに考えてはみたのですけど……。

 え? 他に、お義母様がおっしゃってたこと、ですか?
 ええと……別段、変わったことはおっしゃっていませんでした。お義母様はいつものようににこにこ、優しく笑っていらして、お蜜柑と荷物を運んでくるのにも疲れた様子も見せず、大層お元気なご様子でした。二人でお茶を飲んで、お喋りもしましたの。お義母様はあなたと同じく気配り上手で、その上聡明な方なんですもの。私がつまらない見栄を張ってしまったこと以外は、とても楽しい午後となりました。幸いお義母様もご機嫌よろしいご様子で、あなたによろしくとお言付けなさって、夕方お帰りになりました。
 あ、でも、そういえば。ちょっと気になることをおっしゃってましたの。あなた、お義母様にお布団を作るよう、お願いしていらしたの?
 ええ、そうです。お義母様がそのようにおっしゃっていました。私たちの為にお布団を作って持ってくるから、楽しみにしているようにって。だけどうちにはもうお布団がありますでしょう。私たちの分の他に、お義母様たちがいらした時の為のお布団まで揃えてありましたでしょう。だからお布団を作るなんてこと、あなたがお願いしていたなら、どうしてかしらと思いましたの。それにいくらお義母様が和裁がお上手でも、お布団なんて大きくて嵩張るものを作るのは大変なことじゃないかしら。
 そう、あなたは頼んでいらっしゃらなかったのね。じゃあお義母様はどうして……?
 いやだ、どうして笑っていらっしゃるの? やっぱり何かご存じですのね。そんなに笑っていらっしゃらないで、私にも教えてくださいませ。

 え? この大きな布はおくるみじゃないか、ですって?
 おくるみって、赤ん坊を包む為のもの……ですわね? どうしてそんなものを、私たちのところへ? 私たちにはまだ子どもがありませんのに。
 それからこの紐はおんぶ紐だとおっしゃるのね。言われてみると、こんな紐で赤ん坊を負っていらっしゃる方を見かけたことがあります。それにこの半纏は、赤ん坊が着るならちょうどいい丈ですわね。確かにあなたのおっしゃる通りかもしれません。お義母様がくださった品々は、全て、赤ん坊の為のものばかりのようですけど。
 じゃあ、お義母様が作るとおっしゃった、お布団と言うのは。

 ……お義母様ったら、いささか気が早いんじゃないかしら。
 あなたも笑い事ではありませんでしょう? お義母様はあなたと一緒で、とても優しくて気配り上手で聡明でいらっしゃいますけど、気を回し過ぎることもあるって思いましてよ。今から赤ん坊のお布団を作って貰ったって、使うのはいつになることやら、わかりませんもの。大体、こういうことは神様がお決めになることです。気配もないうちからそんな手間を掛けていただかなくてもって、ちゃんとお話しておかないと申し訳ないです。
 それに、私はまだ子どもを持つなんて、早いようにも思うんです。あなたはそう思いませんこと? 私はこの通り無教養で、その上見栄を張りたがるような娘ですもの。子どもを持つには幼過ぎるって、この度のことでもつくづく思いました。次からはちゃんと正直に、わからないことはわからないと申し上げるようにします。
 ええ、あなたがそう言ってくださるのはありがたいです。でもね、あなた。私が子どもを持つのはまだ早いって思うのには、もう一つ理由があるんです。決心したからには……正直にお話しますわね。
 あの、私たち、まだ新婚でしょう。夫婦になってからそんなに経っていないのですから、もう少し二人でいる時間があったっていいんじゃないかって、そう思うのです。それって、さほどおかしな考えではないでしょう?
 恋愛結婚をなさった方々とは違って、お見合いで一緒になった私たちは、恋人同士でいたことがまるでないんですもの。それでも、あなたと夫婦になった私は、きっとどんな結婚をなさった方よりも幸せではないかと思います。だからこそもっと多くの思い出が欲しいのです。まるでわがままな娘の言うことですけど、でも本当にそう思うのです。
 もう少しの間は二人きりで、お互いのことを思いながら、のんびり過ごしていたいのです。お義母様のお心遣いはとてもうれしいですし、うちの両親も孫の顔を見たがっているでしょうけど、少しの間のんびりしていたって、ばちは当たらないでしょう? だから、今しばらくは二人きりのままで――。
 いやだ、どうしてそんなにおかしそうな顔をなさるの? 私は正直に申し上げただけですのに……もう、お笑いにならないで!
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