Tiny garden

唯一無二の笑顔なり(6)

 社内報の写真を撮ってから数日後、俺は石田から飲みに誘われた。
 てっきりいつものメンツかと思いきや、今回は営業課の新人春名くんと二年目の小坂さん、そして石田と言う取り合わせだという。営業課のOBとして新人及び若手によき薫陶を与える話でもしろというのかと思えば全くそんなことはなく、単に人数合わせで一番面白そうな相手を呼んでみただけとのことだ。霧島が三キロ太っちゃうくらいの新婚さんだから誘いにくかった、というのもあるのかもしれない。
 ともあれいつもとは違う面々との飲み会もそれはそれで楽しかった。新人だけあって春名くんは目に眩しいくらいの若々しさだったし、彼のハングリー精神には石田のルーキー時代を重ねたくなった。紅一点の小坂さんは相変わらずのおりこうわんこで、酒を飲んでもなお石田を見る目がきらっきらしていたのが印象的だった。普段飲み会となればフリーダムに暴言をかます石田も今夜ばかりは上司らしくしていたように見えたし、いろんな意味で面白いものが見られた飲み会だった。俺はお招きいただいたお礼に、小坂さんに焼き増しした写真を上げた。言わずもがな、俺と石田のルーキー時代の写真である。彼女は大層喜んでくれ、そんな小坂さんを見た石田も相好を崩していた。

 飲み会が午後十時で終わると、バス通の春名くんとはバス停前で別れた。
 そして残る俺と石田、小坂さんは駅を目指して歩いていたのだが、
「……何で、お前もついてくるんだよ」
 なぜか先程から石田に睨まれている。
 俺がぴったり並んでついてきたからだろう。夜の街並みを、小坂さんを真ん中にして、三人で肩を並べて歩いている。
「だって俺、石田とは帰り道一緒だし」
 営業課にいた頃は、飲み会帰りとなればよく一緒に帰っていた。いや、酔っぱらった俺を石田が送り届けてくれたという方が正しいか。酔い覚ましがてら二人でぶらぶら歩いて帰ったことも一度や二度ではなく、確かにあの頃、俺達は若かったのだと思う。
 そんな苦楽を共にしてきた僚友に対し、石田は無情な一言を放ってくる。
「普通、こういう時は気を遣うだろ?」
 俺にさりげなく睨みを利かせつつ、小坂さんを守ろうとするが如く肩を寄せている。全くわかりやすい男である。
 しかし今夜の俺は酒が入っているし、石田に気を遣ってやろうなどという心配りはできそうにない。俺はこのまま帰ったところで明かりの消えた一人ぼっちの部屋が待っているだけというのに、石田にだけ美味しい思いをさせてなるものか。
「たまには三人で話すってのも悪くないよな、小坂さん?」
 俺は小坂さんに水を向けた。
 飲み会で賄賂を渡しておいたのもあってか、小坂さんは実に素直に頷いた。
「私も、お二人がお話ししているのを聞くのは楽しいです」
「ほら」
 彼女の答えを受けた俺が勝ち誇ると、石田はますますむっとしたようだ。小坂さんの肘を掴んで引き寄せたかと思うと、ひそひそ耳打ちを始める。
「お前、写真のことであいつを邪険にできないとか思ってるなら考えすぎだぞ」
 耳打ちといってもちゃんと聞こえる声量というあたりがいかにも石田らしいやり方だ。
「邪険にしたいとも思ってないです」
 笑って応じる小坂さんは声を落としてすらいない。肩を揺らして笑っている。
「思えよ。この状況であいつは確実に邪魔だろ」
「主任こそ、そんな風に思ってるんですか?」
 真っ直ぐな目に問い返され、さしもの石田も言葉に詰まっていた。
 俺が知る石田という男は誰が相手でも口八丁でやり込めるような人間なのだが、こういう素直な子が相手だとやりづらいようだ。単に惚れた弱みなのかもしれないが。
 小坂さんは俺と石田の顔を交互に見回しながら続けた。
「私、知ってるんです。主任も安井課長も、お互いがとっても大好きなんですよね」
「ない。断じてありえない」
「気色悪いよ普通に」
 石田と俺はほぼ同時に異を唱え、そしてやはり同じタイミングで顔を見合わせる羽目になった。石田は謂れなき因縁をつけられたかのようなうんざり顔をしていたが、恐らく俺も同じ顔をしていたことだろう。
 しかし小坂さんは気にしたそぶりもなく笑っている。
「いつも思ってます。男の友情って、素敵なんだなあって」
 それは男に幻想を抱きすぎというものだ。男の友情なんて、女の子が思うほど素晴らしくも美しくもない。俺も石田や霧島に対しては嫉妬もするし、奴らの幸せぶりが疎ましく感じられることもある。
 だが女の子は得てして男の友情を堅固できれいで純粋なものだと思いたがる。小坂さんだけではなく、例えば園田もそうだ。何かと言うと俺が石田を好いていると言いたげな物言いをするから少し複雑だった。俺はお前の方が好きなんだけど、と早く言えるようにならないものか。
「お二人に質問がありますっ」
 不意に小坂さんが、並んで歩く俺達から数歩先へと駆け出した。すぐに立ち止まり、くるりと振り向いてから尋ねてくる。
「あの写真、どうして同じポーズで写ってたんですか?」
 彼女の言う『あの写真』とはもちろん、今日彼女にも差し上げた、俺と石田のルーキー時代の写真のことだろう。
 どうしてと聞かれても、その場のノリとしか答えようがない。困惑する俺より早く、石田が苦笑しながら答えた。
「酔っ払ってたんだよ、あの時は」
 そう、あの時の俺達はそれなりに酔っ払っていた。カメラを構えた先輩の指示に唯々諾々と従ってしまうくらいには。
 だが後先考えない若さゆえの勢い、というのもあった。そこは認めてもいい。
「でも、お二人とも息ぴったりの写り具合だったんですよ。ちゃんと右手左手の高さが合ってて、まるで線対称みたいで」
 小坂さんが両手を上げて、写真に写っていた俺達のポーズの真似をする。ギャルとは対極にいるような優等生のお嬢さんでは、そのポーズは様にならないどころかちぐはぐで可愛いくらいだった。
「だからお二人は当時からずっと仲良しなんだなあって思ったんです。間違ってないですよね?」
 彼女が俺達と向き合ったまま後ろ歩きを始める。そうして披露された推理に、俺は混ぜ返すように答える。
「君達ほどじゃないよ。君はまだ一年と少しくらいしか石田とつるんでないのに、随分と仲がいい」
 冷やかしたつもりだったのだが、小坂さんにはぴんと来なかったようだ。怪訝そうな顔をしているから、駄目押しで言い添える。
「意外と、しっかり手綱握れてるみたいだし」
「……たづな、ですか?」
 きょとんとして聞き返す小坂さんの理解が追いつく前に、手綱を握られている石田が声を上げた。
「馬鹿言うな、将来は亭主関白に決まってんだろ」
「ないな。それこそありえない」
 俺は奴の言葉を一蹴した。
「どうせあと五年もすれば、ものの見事に小坂さんに頭上がらないようになってるよ」
 想像すらできる。小坂さんはこの通りおっとりしているから鬼嫁になる心配はないだろうが、石田はそんな優しい奥さんにでれでれと目尻を下げ、偉そうなことなんて一つも言えなくなっているに違いない。七つも下の女の子に骨抜きにされ、振り回されている石田の姿は今でも十分滑稽なのだが、この先は更に面白いものが見られそうだ。
 すると今度は小坂さんが慌てふためきだした。
「そんな、そんなことないですよ。年功序列という言葉もありますし、私は常に隆宏さんを立てていきたいと考えています。手綱を握るとか、そういうこともなくてですね――」
「『隆宏さん』?」
 初めて聞いたような気がする。小坂さんが石田を『主任』ではなく、下の名前で呼ぶところを。
 これは是非つっつかなければと、俺はにやにやしながら尋ねた。
「いつも、そう呼んでるんだ? 思ったより早かったな。君のことだからもっと掛かるんじゃないかと踏んでたのに」
 たちまち小坂さんは発熱したみたいに顔を赤らめた。その赤さと言ったら、暗い夜道でもはっきりとわかるほどだった。彼女は後ろ向きのままずずっと後ずさりをして、顔に汗を浮かべながらたどたどしく言った。
「あ、あの……駅まであとちょっとなので……」
 彼女の言葉通り、道の先には駅舎の明かりが見えていた。あと二百メートルあるかないかというところだ。
 それだけあれば今の話もより突っ込んで聞けるだろう。俺は笑顔で言った。
「どうせなら最後まで送るよ。今の話も詳しく聞きたいし」
「いえ、全然結構です! 大丈夫です! 失礼します!」
 だが小坂さんは大慌てで頭を下げると、くるっと身を翻し、あたかもリードを解かれた犬のようなスピードで駅舎めがけて駆け出した。高い位置で結わえた髪が本物の犬の尻尾みたいに揺れている。
 その背中に、石田がすかさず声をかける。
「帰ったらメール!」
 すると彼女は走りながら振り返り、叫んだ。
「わかりました! おやすみなさーい!」
 元気な返事を残し、あっという間に小坂さんの背中が遠ざかる。酒が入っているというのにあんなに走れるのもやはり、若さゆえだろうか。
 そして彼女がいなくなった途端、石田はいつも以上に目を吊り上げて俺を睨んだ。
「あんまりあいつをいじめんな。仕返しするぞ」
「だって小坂さん可愛いんだもん」
 俺が弁解すると、石田はまるで我が事のように鼻高々で応じる。
「当たり前だ。でも可愛がっていいのは俺だけ」
 恥ずかしげもなく惚気る石田が羨ましく思えた。
 小坂さんは確かに可愛い。でも俺にとって一番可愛いと思えるのはやはり園田で、俺もこんなふうに彼女のことを語れたらな、などと考えてしまう。
 とは言え俺が石田のように開き直って堂々と惚気たり、人前でだらしなくでれでれした顔を晒せるかどうか。さすがに石田ほどひどくはならないと思うのだが、見栄が邪魔をして案外惚気られないかもしれない。園田に幻滅されても嫌だしな。
「大体、今日だってお前がいなけりゃ連れて帰ったとこなのに」
 石田は小坂さんがいなくなった途端に本性を現し、恨みがましく俺に文句を言う。
 お前独り身の俺の前で何言ってんだこの野郎。むしろこっちが恨み節だよと俺は石田を睨み返した。
「一日くらい我慢しろよ。しょっちゅう連れ込んでるんだろ」
「ちっともだよ! もうかれこれ三週間は来てもらってない」
 知らんがな。連れ込むどころじゃないこっちの身にもなれ、可能性があるだけまだましじゃないか。
 もっとも、悔しがる石田を見ていたら溜飲が下がったのも事実だ。空しくも寂しい男二人の帰り道、少しくらい優しくしてやってもいいかと思えてきた。
 男の友情は互いが不幸な時にこそ深まる、これが真理である。小坂さんや園田が知ったらさぞかし驚くことだろう。

 今晩は雨こそ降っていなかったが、じっとりと湿度の高い夜だった。
 空は雲に覆われていて星一つ見えない。だが雲を透かしてぼんやりとした光が見え、月の位置だけは確認できた。
 俺と石田は人気の少ない帰り道をぶらぶらと歩いた。お互い酔っ払うほど飲んではいなかったが、急ぐ道でもないとゆっくりした足取りで帰った。
 そして歩きながら、とりとめもない話をした。
「最近、思うんだよな」
 俺は溜息をつき、曇り空を仰いだ。
「もし人事に行ったのが俺じゃなくて、お前だったらどうなってたのかって」
 たらればの話をすればきりがない。だが思う。もしあの時、異動にあったのが俺ではなく石田だったらどうなっていただろう。
 石田の社交性、明るい性格ならどんな部署へ行ってもすぐに馴染めるだろうし、こいつの適応力があれば仕事にもあっさり慣れて、数ヶ月もしないうちに人事課の古巣みたいな顔をしていたかもしれない。
 そして俺があのまま営業課にいられたら、あの時ほど仕事に追われてくたびれきってはいなかっただろうし、もう少しプライベートに時間を割く余裕だってあっただろう。園田を構ってやることだってできたに違いない。まして彼女の手を離す必要なんてなかったはずだ。
 責任転嫁と言ってしまえばそれまでだが、そういうことを考えなくもない。
「あんまり想像できねーなあ」
 石田はしっくり来ないのか、しきりに首を捻っている。
 今は人事にいる人間として、俺もよくわかっている。石田には営業が一番合っているし、新人指導を任されているのもまさに適任と言える。小坂さんも春名くんもこいつを慕っているのがよくわかったし、いつの間にやら上司の顔が似合うようにもなっていた。あの写真の頃の石田はもうどこにもいないのかもしれない。
「俺があのまま営業にいたら、主任になれてたかな、とかさ」
 冗談交じりに本音を呟いてみる。
 人事に異動が決まった時点で、俺には営業よりも向いている部署があると判断されたようなものだ。俺があのまま営業にいたとして、石田と同じ成果を挙げられたかどうかはわからない。その時点でこんな『たられば』は口にするだけ無意味だろう。
「なれてたんじゃないか。俺だってなってんだし」
 石田の口調は軽かった。ろくに考えもせずにそう言ったのがわかる。
 そういう気楽さが奴らしいと言えばらしいのだが、こっちは多少の劣等感を持って言っているのだ。こうもあっさり言われると、何だかむかつくではないか。
 むかついたので少し弄ってやることにする。
「まあ、なれてなくても新人指導を任せてもらえればいいんだけどな」
「そんなにやりたいもんかね。楽じゃないんだぞ、あれで」
 眉を顰め、石田は考え込むような顔つきをした。久々に見る仕事中の真面目な顔だった。
 だが俺が、
「小坂さんを指導できるならやりたい」
 からかうつもりでそう口走ると、その表情がたちまち引きつる。ぎろりと俺を睨んでくる。
「駄目に決まってんだろふざけんな」
「たらればの話だよ」
 俺はそんな石田を宥めるふりをして、更に弄りを続行した。
「もしも俺が営業課主任で、小坂さんを指導できてたら……」
「できてたら?」
「小坂さんは俺を好きになってくれてたかもしれない」
「絶対ない!」
 意外にもたやすく、石田はむきになって言い切った。
「あいつは俺が人事にいたって、俺を好きになってくれたはずだ!」
 こんな台詞を小坂さんが聞いたら、今頃赤面どころか大噴火だろうな。聞かせてやりたかった。
 同じ言葉を俺は、園田に対してまだ言えそうにないが。
「何でそう言い切れる? 根拠は?」
 俺が突っ込むと、石田は少し考え込み、
「そりゃあ、えっと……あ、愛の力だよ!」
「そんな無理やりな解決法があるか」
「知るか。たらればの話なんてする奴が悪い!」
 力ずくで捻じ伏せるように俺を非難した後、ふんと鼻を鳴らして歩く。
 俺はそんな石田の横顔を眺めながらついていく。来月には三十一になるはずで、すっかり主任が板についたはずの石田も、小坂さんのこととなるとまるで若返ったみたいに必死になる。こういうところは変わらないな。三十になっても石田は二十代の頃と同じような恋愛をしている。
 だが俺は今の石田を笑えない。なぜなら俺は今頃になってようやく、好きな子に対して必死になっているからだ。二十代の頃は鼻で笑っていたような必死さが、三十になった俺の唯一とも言える武器になっている。石田に後れを取るのも当然だ。
「あいつが言ってたんだけど」
 ふと、いつの間にやら怒りを引っ込めていた石田が切り出した。
「小坂さん?」
「ああ。あいつ、未来の話ができる奴が好きなんだって」
 照れながらも誇らしげに、石田は続けた。
「だから俺がどこの人間でも、やっぱあいつには俺しかいないんじゃねーのって思うんですが」
 小坂さんが石田に惹かれた理由は想像に難くない。この明るさ、ポジティブさは社会に出たばかりの女の子にとってまさに理想的に映るだろう。だから今の言葉を否定するつもりはない。
 だがそれ以上に俺が感銘を受けたのは、そう言い切る石田の、未来への眼差しそのものだった。
 俺も同じことを言えるようになりたいと思った。園田が、俺がどこの人間だろうとも、彼女には俺しかいないと言えるようになりたい。石田にその確信を与えているのが奴が言うところの愛の力なのだとしたら、俺もそれを身につけなくてはならない。
「……かも、しれないな」
 いたく納得した俺は、思わず頷きつつ言った。
「そう言われるとわかる気がする、愛の力だな」
 ところが石田は自分で言った言葉にもかかわらず、今更気恥ずかしくなったようだ。即座に噛みついてきた。
「そこはわかんなくていいよ、明らかに苦し紛れだろ」
「いや、気に入ったからしばらくは言う。愛の力は偉大だな、石田」
「やめろってマジで!」
 やめるものか。今夜はこんなにもいい気分なんだ、いっそとことん石田をからかってやろう。
 俺は石田が羨ましくて仕方がない。可愛い彼女がいることに嫉妬もするし、幸せそうな姿を見ていると疎ましく思うこともある。
 だが俺は奴が振られて深く落ち込んでいた時のことをよく知っている。あんなにへこんでいる石田は石田らしくないと思うし、もう二度と見たくない。むかつくくらい幸せでいてくれるのがちょうどいい。
 こちらとしても張り合いがある。いつか追いついてやろう、惚気返してやろうという気持ちにだってなる。
「じゃあ家に着くまで、お前に未来の話でもしてもらおうか」
 俺は尚もからかってやろうとそう言った。
 石田はいい加減にしろと言わんばかりに顔を顰めたが、構わずに聞いてやる。
「ずばり、結婚はいつ頃?」
「あ? 近いうちがいいけど……いつとまでは決めてない」
「彼女にはドレスと内掛け、どっち着てもらう?」
「決めかねるんでできれば両方」
「じゃあ、子供は何人欲しい?」
「何人だろうな。三人くらいいてもいいかもな」
 嫌そうな顔をした割には随分とノリノリで答えている。さすがは小坂さん曰く、未来の話ができる男である。
 俺が感心していると、石田は急に目尻を下げ、でれでれと口元を緩めた。小坂さんや春名くんが尊敬している『石田主任』とはかけ離れた、見るからに幸せそうなだらしない顔つきになって言う。
「できれば、藍子似の女の子がいい」
 聞いておいて何だがこの顔にはさすがに引いた。七つも年下の女の子に骨抜きにされた男の顔がこれだ。こんな石田を見ることになるなんて、あの失恋騒動の頃には思いもしなかった。
 俺も園田と上手くいったら、こんな顔をして、でれでれと惚気るようになるのだろうか――さすがに願い下げだ。こうはなるまいと戒めを込めて、俺は石田にこう言った。
「三人とも男になる呪いをかけてやる」
「はあ? 勘弁しろよ、女の子がいいって言ってんだろ」
「三人揃ってお前似の男ばっかり生まれてくる呪いをかけてやる!」
「だからやめろって。俺みたいなの他に三人いたら藍子が困るだろ!」
「エンゲル係数が半端ないことになるぞ! 覚悟しろ石田!」
「訳わかんねー呪いかけんな!」
 我が安井家のエンゲル係数は一時期ものすごいことになっていたと母親から聞いている。同じ目に遭うがいい。
 どうせどんな家庭を築こうが、お前は小坂さんとだったら幸せそうにしているんだろう。何も問題ないじゃないか。

 俺達は三十になってもくだらないことで言い合い、大騒ぎをしている。もしかしたら今の俺達は、ルーキー時代の俺達と同じ顔をしているのかもしれない。
 そして俺達は三十になっても、ままならない恋に振り回されてはへこんだり、にやにやしたりと忙しい。
 俺にからかわれる石田はむっとしながらも幸せそうだ。間違いなく小坂さんのことを考えているのだろう。帰り際に彼女が見せた笑顔でも思い浮かべているに違いない。
 同じように俺も園田の笑顔を思い浮かべながら、羨む気持ちで石田をつっついている。
 あの唯一無二の笑顔をいつか、堂々と自慢してやりたいと思っている。
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