Tiny garden

まだ見ぬ君を、(2)

 今年の六月は湿度もそうだが、気温も高い日が続いていた。
 外は鬱陶しいしとしと降り。お蔭でむわっとした重くて湿っぽくて温い空気が社内のあちらこちらに澱んでいる。それでも空調があればどうにか快適には過ごせるが、そういった設備のない場所では湿度、温度、篭る臭いのトリプルブロックで造作もなく打ちのめされてしまう。
 梅雨時の備品倉庫なんて特に、空気の悪い天然サウナって感じで本当に容赦ない。ドアを開けた瞬間から中のむわむわが流れ出てきて、シャツが肌にまとわりついてくるこの感覚。来たばっかで足も踏み入れてないが、一刻も早く出たい。
「うっわ、蒸すなあ」
 舌打ちしながらドアを押さえる俺に、しかし期待のルーキーはさらりと慰めをくれる。
「今年の梅雨明けは早いって話ですよ。こっちも早いといいですね」
 なんていい奴。普段、安井とか霧島みたいなのとばかり話している俺にとって、同性からこういう優しい言葉をかけられるのは何とも新鮮な驚きがある。あいつらもこのくらい素直であればいいのに。
「それが事実なら朗報だな。明けるのがまったく待ち遠しい」
「本当ですね、雨続きだと通勤も大変ですよ」
 憂鬱そうな言葉の後、春名はここまで一人で運んできたOHPを所定の位置へと片付けていく。
 パワポという名の黒船が大挙して押し寄せてきた後も、扱うだけなら扱いやすいOHPの出番はそこそこあり、その度に倉庫から運び出したり、使い終わった後はまたここまで運んできたりしている。それが結構めんどい上にしんどい。無駄にでかい図体からは新参が現れたことへの動揺も焦りも窺えず、それどころかこの倉庫の主だとでも言いたげに傲慢不遜だ。もうちょっと遠慮して、小さく運びやすくなってくれればいいものを。
 春名みたいな男ならまだしも、小坂だと本当に大変そうだからこっちがはらはらした。OHPの運搬を初めて頼んだ時はつい自分と同じ感覚で気軽に『持ってきて』と言ってしまったが、やたらちっちゃく見える小坂がうんうん言いながらそれを押してきたのを見た瞬間、重かったんじゃないかな、女の子だもんな、なんて少し気の毒になってしまった。それでも彼女は重たかったなんて一言も口にしなかったし、そういうところは彼女らしくていいよな、と当時から思っていた。
「で、台帳に記入するんですよね」
 春名が持ち出し台帳を手に取り、そこにボールペンで記入を始める。
「押印も忘れずにな」
「はい」
 事前に説明しといたせいか、春名の作業は実に手早い。途中で止まったり迷ったりすることもなく、日付を確認することもなく、すらすら記載を済ませていく。OHPもさほど重たそうでも難儀そうでもなく運んできたから、男だというのを差し引いても頼もしい。

 だがこういう新人も、それはそれで苦労したりするんだよな。
 例えば小坂みたいに、女の子だからという理由で気を配ってもらえる子や、あるいは本当に仕事ができなくてあっぷあっぷになってる子もそれぞれ大変だったりするだろう。でもそういう奴には大抵誰かがついててくれて、面倒を見てくれたりじっくり教えてくれたりするからいい。初っ端からできるように見えるタイプの新人にはそれがない。見えるだけじゃなくて実際に本当にできたらいいんだろうが、そもそも右も左も知らない新人が仕事のイロハを知り尽くしているはずもない。物わかりのよさと精神的なタフさから『できる奴』と判別された途端、身体で覚えろとばかりに未開の地たる仕事場へとろくなフォローもなしで放り出されてしまう。そしてとにかくもう必死になって自力で仕事覚えて、どうにかいくつかこなして、そうこうするうちに初めての大失敗をやらかした時、ようやく気づいてもらえるわけだ。――『君、こんなこともできなかったの?』って。
 俺は特別『できる』新人ではなかったが、物覚えはいい方だったし、打たれ強いと言い換えの利く無神経さも持ち合わせてる。そういうわけで何度か理不尽にも思える失敗もしたが、それで落ち込んだり潰れたりすることがまるでなかったのは、同期に安井がいたからだと思う。自分と同レベルの人間を見ると安心する、というつまらない連帯感が俺たちを支え、奮い立たせた。上司から『何でできないの?』などというわかりきった質問をぶつけられることもたびたびあったが、そういう時も『そもそもそんなこと一っ言でも説明したかてめえ』などと噛みつき返さず唯々諾々と受け入れて、あとで安井と二人、酒飲みながら愚痴り合いながら心の安定を図ることができた。本人に面と向かって告げるのは断じてごめんだが、安井がいたから頑張れたってのも事実ではあるのかもしれない。下ネタ好きなとことか、女の子の話題なんかでは妙に気が合ったし。
 ただ、俺と安井が連携して得た打たれ強さが正しいものだったかどうかはよくわからない。何せそんな調子で仕事を頑張り続けてきた結果、俺は主任になってしまって今まで通りの仕事ができなくなったし、あいつは人事なんていう全く畑違いの部署に引き抜かれてしまった。俺は今でも新人指導が自分に向いてるとは思ってない。安井は安井で時々、営業に戻りたい、みたいなことを酔った勢いで零したりする。これも理不尽だよなとも思うけど、でもお互いに昇進して得たものだって今更捨てられないほど一杯あるし、何をどうすれば一番よかったかなんてこの歳になってもわからん。俺個人の話をするなら、小坂の存在だけで理不尽さとかどうでもよくなっちゃうレベルではある。
 だから今年度のルーキーにも、手がかからないように見えてももうしばらくは、懇切丁寧に教えてやるつもりだ。俺と春名が似てるとか言ったらありとあらゆる方面からものを投げつけられそうだが、目が二つあるとことか、鼻と口は一個ずつだってとこ以外にも通ずる部分はあるはずなので、できるように見えたら見えたでそこそこ大変なんだってこともそれとなく教えてやりたい。ぶっちゃけ俺だって、陰で愚痴言われるような上司にゃなりたくないです。

「……終わりました」
 台帳をそっと戻した春名が、蒸し暑い倉庫の中でも爽やかに笑いかけてくる。
 むしろこいつが誰かについて愚痴る姿が想像できんな、と思いつつ、俺は次の指示を出す。
「じゃあ次。コピー用紙持ってくから、そっちの台帳にも記入しといて」
「はい」
「あ、用紙はこっちな。手前から三列目の棚」
 春名の目がうろうろと泳いだので、俺は慌てて説明を付け足す。それで奴も素早く三列目の棚に向かい、積まれたコピー用紙の前に立つ。先に台帳を手に取り、記入を始めた。
 俺のすることは何もなさそうだったが、とりあえず記入し終えるまでは傍にいることにする。春名の字はいかにも筆圧強そうながっちりした字で、安定していて読みやすい。
「そういえば、社内報拝見しました」
 ペンを動かしながらふと、春名が言った。
 俺の注意はその瞬間、台帳の紙面から楽しそうな横顔のルーキーへと移った。ここ最近会う人会う人に言われている内容ではあったが、まさかこいつまでその話題を振ってくるとは思わなかった。
「見て、笑っただろお前」
 責める気はなかったがそう切り返すと、春名は誤魔化すような笑い方をする。
「あの中では一番輝いてましたよ、主任」
「輝いてるとか、男に言われてもあんまりなあ……」
「女の子も言ってましたよ。俺の同期の子なんですけど」
「そういう話はむしろ聞きたい。どんどん言って」
 俺の催促に奴は、声を立てて笑った。真面目なだけじゃなくてこういう話もできるところは付き合いやすい。そして社内報に載った昔の俺の、髪型とポーズに触れてこない辺りもなかなかできた奴だと思う。
 社内報が更新されたのはほんの数日前で、俺と安井の若気の至りの一端もまたイントラに載ってしまった。あの時代遅れの酔っ払い二人は良くも悪くも一番注目を集めてしまったらしく、以来皆が挙って挨拶代わりにその話をしてくる。俺としては小坂が『格好いい』って言ってくれた時点で誰に何を言われてもさして気にならなくなっていたから、逆に美味しいとばかり話の種にしていたが、ギャグ要員ばかりが注目を集めるのもどうかなとは密かに思っている。本来あれはもうちょっと、寒いけど寒いなりにまともでお堅い企画だったんじゃないんだろうか。
「でも、驚きましたよ。まさか主任が三十だとは思ってませんでしたから」
 春名の話は続く。印鑑を慎重に押しながら、
「勤続九年目って社内報で見た時は、思わず目を疑いました」
「いくつだと思ってた?」
「大体二十六、七くらいかなーと」
「またまた。ゴマすろうったってそうは行かないぞ春名」
 さすがに霧島より年下はないだろ。俺がにやつくと、春名は少し慌てたように本当ですって! と声を上げてから更に、言った。
「小坂さんも二十四には見えないですし、やっぱりそういうのってあるんですかね」
「ん? そういうのって?」
「あー……ええと、恋してると若返っちゃうみたいな感じとか」
 春名の口ぶりはどうにも照れを含んでいて、でも俺はその微妙に気障ったらしい表現よりも、春名がそのことを――つまり俺と、小坂のことを、知ってるという点に気を取られた。
 俺はまだ話してなかった。
「聞いてたのか」
 すぐに尋ねた。
「はい。課の皆さんから」
 春名の答えも間髪入れずにあった。しかも皆かよ。
「何かろくでもないこととか言ってなかったか」
「ろくでもなくはないですけど、『小坂さんには手を出すな、殴られるだけじゃ済まないぞ』って言われるんです」
 物騒極まりないその台詞に、さしもの俺もぎょっとする。
 春名も気まずげにしながら、
「別に手を出すつもりだったわけではないですよ。ただ、そういうのって周りの人から言われるとは思ってなかったんで、公認なんだなーって納得しました。社内恋愛ってあんまりオープンにするもんじゃないって思い込んでましたし、カルチャーショックでしたね」
 急き込んでまくし立ててくる。
 実際、公認扱いで悪い気はしないしデメリットもない。それで小坂に手を出そうとする奴を排除できるんだったら、噂でも何でもたっぷり流して欲しいもんだ。どうしたって、あいつに名前は書いておけないから。
 ただ、それを何にも知らない新人に言ったら、そりゃびっくりするだろ。本当に手を出されたらもちろん許さないが、手を出す気もない奴にそれを言うのは何か違わないか。小坂が春名と話してるところも何度か見かけたことがあるが、俺は別にそんなんでやきもちとか焼いたりしないし。いやマジで。一緒に仕事してる同僚まで疑うようになっちゃったらさすがに重症だもんな。
 釘刺しといてくれた誰かに、こっそり感謝はしてしまったが。
「うちは真面目なお付き合いだったらそれほどうるさく言われない。割とオープンな方かもな」
 別れた時もつれた時は大変だけどな、という言葉はあえて足さなかった。そういう修羅場も今までになくはなかったらしいです。俺は全くもって経験ないが――この先も絶対ないって言い切れる。一筋ですから。
 春名は目を丸くしつつも、どことなくほっとしたようだ。
「いい社風ですね。厳しいよりはそういうのが居心地よさそうです」
「まあ、噂はうるさいくらいされるけどな」
「そ、そうですね……」
 否定しなかった点から見ても、この新人は俺に話した以上の事柄を、他の連中から聞いているに違いない。あんまり恥ずかしい話とかは広めないで欲しいよなあ。特に霧島。
「腑に落ちたところもありました」
 台帳への記入を終えた春名が、コピー用紙を三冊持ち上げようとする。持つかと聞いても奴はかぶりを振り、よいしょ、と二十二歳らしからぬ掛け声の後で抱え上げた。それから、俺の方を見てまた笑った。
「主任って、結構顔に出ちゃうタイプじゃないですか?」
「い、いやいや、それほどでもないだろ?」
 さっき以上にぎょっとした。確かに出してるつもりもないのに、にやにやしてるとかでれでれしてるとか指摘を受けることはありますが、営業課に来たばかりのルーキーにさえ看破されるとは、まさか。
「気づいたのは主任がお付き合いしてるって聞いた後ですけど、そういえば小坂さんと話してる時は、表情が違うなーって思えたんですよね」
「嘘だろ。そんなに違うか?」
「微妙に違いますね。すごく若く見えますよ、マイナス十五歳くらい」
 その時の春名はいつもの爽やかな風ではなく、例えるならクラス替え直後に初めて話す同級生に、試しにいたずらを仕掛けてみた悪ガキみたいな顔つきをしていた。まだ打ち解けていない上司の弱みをとりあえず掴んでみて、恐る恐るながらも突っついてみたのか。そうやって打ち解けてこようとするだけのハングリー精神と如才なさはあるってことか。
 それで俺も割かし大人げなく、この野郎、と思った。
 できるルーキーへの心配なんて、やっぱり余計なのかもしれない。
「その話題なら時間ある時にしとけよ。俺はいざとなったら二十四時間ぶっ通しで惚気続けられる男だぞ」
 開き直って切り返すと、春名はまた新人らしい表情を取り戻し、ついでにいたく驚いてみせる。
「そんなにですか? 噂通り、めちゃくちゃ惚れ込んでるんですね」
 だから誰だよ、そんな噂流してる奴は。
 ちなみに、実際はもっといける。彼女の可愛さ魅力天使ぶりなんて一日くらいじゃ到底語り尽くせない。実際には、本人以外に言っても面白くないから、しないけど。

「じゃあ今度、語っちゃってくれませんか。主任のそういう話、是非聞きたいです」
 倉庫を出て、いくらか空気のいい廊下へ戻ってからも、春名はその話題に食いついてくる。
 今の言葉のどこまで本気なのかはわからないが、そんなに聞きたい話なんだろうか。それとも上司とそういう話でもしないと、この先やってけない、みたいな危機意識があったりするのか。
「俺は構わないけど、そういうのは素面じゃちょっとな」
 コピー用紙を三冊抱える春名の隣を、俺はゆっくりペースで歩いていく。
 奴の目が俺の動きを追うように動いて、
「それなら飲みに連れてってください」
 と言われたから、思わず苦笑した。
 何だかんだでこの新人のペースに持ち込まれてる気がする。本当、ぐいぐい来るよなーこいつ。俺も安井もここまでがっついてるルーキーではなかったのに。
 まあでも、春名と飲んだのは新人歓迎会の時だけだし、あれだけでは落ち着いて話もできなかったし、仕事教える立場と教わる立場っていうんだからそういう付き合いもあってもいいかもな。少なくともこいつと話すのは楽しそうだ。小坂とはまた違うタイプの犬っぷり。
「俺と二人でもいいなら」
 冗談めかして答えたら答えたで、びっくりした顔をされるし。
「小坂さんはご一緒じゃないんですか?」
「え? いや、俺はいいけど……本当にいいのか? 辛くないかそれ」
「全然ですよ。せっかくですからお二人の馴れ初めとか聞きたいです」
 嘘でもない調子で春名は頷く。
 俺も、いいっていうのは嘘でもないけど、ないけどだ。いいのか? とはやっぱり聞きたくなる。カップルにプラス一人って組み合わせはどうにも、居心地悪そうな場だと思うんだけどな。小坂は気を遣う方だから、春名にもあれこれ話しかけようとするだろうが、それをやっても尚、楽しそうな飲み会には見えない。
 どう答えようか迷ったタイミングで、ちょうど営業課まで戻ってきた。
 俺は春名の為にドアを開けてやり、奴は会釈をしてからコピー用紙を抱え直して、中へ入っていく。昼時とあってか課内には他に誰もおらず、そろそろ春名も休憩に上げてやらなければな、と思う。去年はよく、小坂に腹ぺこな思いをさせてしまったから。食いしん坊の彼女には耐えがたい苦痛だったんじゃないだろうか。
「……あいつ、今、酒控えてんだよ」
 二人きりだったから、俺はこっそり打ち明けた。
 用紙を戸棚にしまっていた春名が、そこできょとんとする。
「小坂さんですか?」
「ああ。だからあんまり飲まないかもしれないが、それでもいいなら誘っとく」
「構いませんよ。主任に飲んでいただけるならそれで」
 春名は意味ありげな笑みを浮かべてから、ふと聞き返してきた。
「もしかして小坂さん、元々あんまり飲まない方だったりします?」
「そうでもないけど、今は控えてるんだと」
 ついこの間、お酒を飲んで大失敗をやらかしたから――と本人は言っているが、俺としては全く、ちっとも失敗だなんて思ってない。
 でも彼女はものすごく気にしていて、しかもその時の記憶がしっかりばっちり残っちゃってるらしくて、俺が彼女の家にご挨拶に行った日の翌朝、慌てふためいた様子で電話をかけてきた。『昨日は本当に本当にお見苦しいところをお見せしまして!』と泣きそうな声で語る彼女を俺は宥め、むしろ酔った勢いでされた数々の告白が素晴らしくいいものであったことを伝えると、恥じらいと動揺とでぐにゃぐにゃになった声が聞こえてきた。――『私、しばらくお酒は控えます』と。
 俺はもっと酔わせたいって思ったくらいなのにな。彼女があんなに大胆に、かつストレートに気持ちを伝えてきたり、甘えてきたりするとは思わなかった。いい収穫でした。次の機会は是非、二人きりの時にお願いいたします。
 しかしよそでああいうのをやられると、彼氏としても上司としてもいろんな意味で心配になるので、外で控えるというのは正しい。外ではあんなに酔っ払ったりしないんだろうけどさ、念の為に。
「じゃ、あいつにも声かけとくよ」
「お願いします」
 俺の言葉に春名は頷いたが、俺自身がまだちょっと決めかねていたりする。
 小坂も入れて、三人での飲み会。別に嫌ではないけど、やっぱ三人ってのはネックだよな。小坂とだけ話してるわけにもいかないし、彼女を放っておくのもかわいそうだし。かと言って、彼女が春名とばかり話し出しても若干、複雑だし。いや、やきもちとかじゃないですけど!
 せめてもう一人くらい呼んでもいいんじゃないか。――もう一人、って言うと、誰だ?
 こういう時に営業課内で真っ先に頭に浮かぶのは霧島だが、あいつは今、新婚さんだ。おまけに来月からは恐怖のお盆進行がやってくる。そんな時にあいつを飲みに誘って、奥さんに寂しい思いをさせるのも悪い。ということで却下。
 となると、他に浮かぶのは。
「あー、っと。もう一人誘ってみてもいいか?」
 思いついて尋ねると、春名はちょっと表情を明るくして、
「女の子ですか?」
「いや、悪い。そういう期待には応えられん」
 男です。三十のおっさんです。でも全く知らない相手ではないはずだ、何よりお前はあの写真をもう見たって話だから。
「人事課長を呼んでやる」
 そう告げると、春名はどういうことかわからないって顔をしたが、
「社内報に載ってただろ、俺の隣の間抜け面」
 と説明を添えたら、一瞬の沈黙の後、実に正直に思い出し笑いをしてみせた。
 吹き出してすぐ、大慌てで弁解していたが。
「ああすみません! 別にお二人の顔がおかしくて笑ったとかじゃなくて!」
「いいよいいよ笑えよ。俺はしばらくあの写真を持ちネタにしようって決めてんだ」
 多分、安井もそうしてる頃だと思うから、春名があいつの顔見た瞬間にまた思い出し吹き出ししたところで問題にもなるまい。
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