Tiny garden

ささやかな同窓会

 C組の皆で集まれるだけ集まろう、と呼びかけた。
 大学二年の冬の終わりのことだった。

 と言っても大学二年なのはあたし含む大学生の子達だけだ。当たり前だけど。
 例えばみっちゃんは違って、もうじき美容専門学校を卒業する。卒業後の進路はもちろん就職で、ヘアサロンに勤務するらしい。なんと、東京のだ。
「だからその前に一回くらい集まっとこうと思って!」
 ざわざわうるさい居酒屋の小上がりで、今回の幹事であるあたしは切り出した。
 隣に座ったみっちゃんがなぜか肩身狭そうにする。
「何か、ごめん。別に気を遣わせるつもりなかったんだけど」
「いいっていいって。どうせならぱーっと見送りたいじゃん!」
 あたしはみっちゃんの竦めた肩をばしんと叩く。
「ってかこんな機会でもないと集まんないしね。むしろありがたいよ」
 と言ったのはノリだ。
 高校時代はつるりとした坊主頭だったけど、大学生になった現在はすっかり今風の髪型をしている。でも日に焼けてるところは相変わらず。
「にしても、ひかりちゃんも藤井さんも超可愛くなったね! 会えて嬉しいよー!」
 あと調子よくぺらぺら喋るところも変わらず。
「だよな。久々に会うから、全然変わってなかったらコメントに困るとこだった」
 ノリの隣で外崎が偉そうに頷いている。
 こっちも中身の方は全っ然変わってなくて、相変わらず腹立つほど口が悪かった。野球部員のくせに高校時代から髪伸ばしてたせいで、ノリと違って新鮮味もないし。
「笹も来たがってたんだぜ。行けなくて残念だって格好つけてた」
 その外崎が名前を出したのは、野球部トリオの残りの一人の名前だった。
「ねー。あとで写メ撮って送ってやろ」
「いいな、自慢したろ」
「笹木、どうして来られないって?」
 山口が不思議そうに尋ねると、笹と同じ大学に通ってるヒナちゃんが答えた。
「笹木くん、教職課程だから。勉強大変みたい」
 幹事なので、笹が忙しくて来られない話はあたしも聞いてた。
 だけど教職取ってるって話は初耳だ。
「嘘っ。笹、先生になる気なの?」
「そう言ってたよ。工藤先生みたいな教師になりたいって」
 野球部員で一時期はキャプテンもやってた笹は、そりゃ学校の先生も適任だろうと思う。あたしは驚くと同時にものすごく納得してしまった。優しくていい先生になれそう。
「でも藤井の出発の日には見送り行くっつってた。迷惑じゃないならな」
 外崎が伝言を口にすると、みっちゃんは居心地悪そうに苦笑する。
「別にいいのに、忙しいなら余計に悪いし」
「いいっていいって。そん時はこずえちゃん達も行くって言ってたし!」
「私も見送りに行きたいな。いいかな、藤井さん」
 ノリの言葉に由仁ちゃんが続くのを、あたしは他人事みたいに聞いていた。
 みっちゃんが東京に発つ日は三月の末だ。
 その日には今日来られなかった皆も揃うかもしれない。楽しみなような、でもあんまり来て欲しくないような――。
「ひかりちゃん、お話一段落したら飲み物注文しない?」
 と、みゆきちゃんにそっと囁かれて、慌てて我に返る。
 そうだ、今日のあたしは幹事でした。
「あっ、そうだった! とりあえず乾杯しないと!」
 皆にメニューを回して、飲み物と軽いおつまみの注文を取ることにする。
 思えばC組の皆と、居酒屋に来るのも初めてだった。
 こんな日が来るなんて、高校時代には想像もつかなかったな。

 今日集まってくれたのは総勢八人。
 みっちゃん、ノリ、外崎、山口、ヒナちゃん、みゆきちゃん、由仁ちゃん、そしてあたし。
 店員さんを呼んで、ノリと外崎と山口、それにみゆきちゃんとあたしはとりあえずのビールを注文した。みっちゃんと由仁ちゃんはカルーアミルクを頼み、ヒナちゃんは、
「ごめん。私、アルコール弱くて」
 一人だけグレープフルーツジュースを頼んで、乾杯の後で申し訳なさそうにしていた。
「ヒナちゃん、お酒駄目なの?」
 みゆきちゃんの問いに、ヒナちゃんが頷く。
「うん、もう全然駄目なの。家族全員そうだから家系だと思う」
「そうなんだ、何か大変そう。鳴海先輩はお酒飲む人?」
 更にあたしが尋ねると、少し考えてから答えてくれた。
「飲む人、かな。一緒にお酒飲んだこともあるけど、すっかり迷惑かけちゃった」
 そう言って微笑むヒナちゃんは、髪を下ろして化粧もしてきれいになって、真面目な文学少女だった高校時代と比べると驚くほど大人っぽかった。眼鏡をかけてなかったらヒナちゃんだってわからなかったかもしれない。
 あたしも高校時代ならここで、
『えっ鳴海先輩に迷惑かけて大丈夫!? すっごい怒られたんじゃない!?』
 って心配しまくるところだけど、今となってはヒナちゃんに対して怒る鳴海先輩の方が想像できない。人間、変われば変わるもんなんだねえ。
「ヒナちゃんもすっかり大人のお姉さんって感じだよねー」
 ノリは誰にでもこの調子だ。女の子相手に誉めまくりの一手。
 さすがにヒナちゃんが相手だと、外崎が止めに入るけど。
「お前マジで柄沢だけはやめろマジで」
「えー? いいじゃん別に、ここに先輩いないしー」
「馬鹿かお前! あとで耳に入ったりしたらリアルで血ぃ見るぞ!」
 男子達には未だにビビられてるようだ。
 実際、同窓会で元クラスメイトに口説かれました、なんて先輩の耳に入ったら超やばいでしょう。ここはご威光にありがたく縋っとこう。
「あと、佐藤さん! 何かすっごい変わったよね!」
 空気は読まないノリが矛先をみゆきちゃんに向ける。
「私、変わった……かな?」
 みゆきちゃんは瞬きした後、隣の席をちゃっかりキープしてる山口に小首を傾げてみせる。
 山口はまるで自分のことみたいに自慢げな顔で答えた。
「佐藤さんは変わったと思うよ」
 あたしも本当にそう思う。みゆきちゃんは高校時代と比べても、着る服からして全然違う。フェミニン系のきれいめワンピを着てるし、髪だって昔みたいな一つ結びじゃなく、ピンクのリボンで可愛く結い上げている。
 聞くところによればこれらは全て、お隣の山口氏プロデュースだそうで――高校時代から割とセンスはよかった山口だから、付き合ってる彼女の服もうきうきと見立てたんだろうな。何か想像ついちゃう。
「すっげー可愛いよ! 他の連中も見たらびっくりするって!」
 ノリがテンション高く誉めると、みゆきちゃんは恥ずかしそうにはにかんだ。その顔を山口が嬉しそうに見つめている。
 みゆきちゃんも変わったけど、そういえば山口もちょっと変わったかな。高校時代よりも落ち着いてるって言うか、みゆきちゃんに対する態度が余裕ありげに見える。まあ比較対象の男子がノリと外崎じゃ、際立って大人に見えるのもやむなしか。
「山口お前、まだ『佐藤さん』って呼んでんの?」
 外崎が意地悪くからかい出すと、山口の顔から大人びた余裕の色はあっという間に消えたけど。
「何だよ。どう呼ぼうと僕の勝手だろ」
「相変わらず佐藤の前じゃ拗らせ全開なんだろ、って察しはつくぜ」
「うるさいな。小林さんにチクるぞ」
 山口が外崎の彼女の名前を出しても、外崎は眉一つ動かさない。
「やってみろよ、怖くも何ともねえよ」
「えー? 匠こそ今でも小林ちゃんに頭上がんないじゃん!」
「おまっ、何言ってんだノリ少し黙ってろ!」
 ノリのツッコミにはものっすごいうろたえてたけど。ナイスタレコミ。
 ともあれ男子三人の泥仕合がぐだぐだと始まったから、幹事としてどっかで割って入ろうと思ってたら、それより早く由仁ちゃんが言った。
「……何か、皆、変わってないね」
 すごく、安心したように。
 あたし含む七人分の視線が由仁ちゃんに向けられると、彼女はくすくす笑い出す。
「よかった。皆と久々に会うから、全然違っちゃってたらどうしようかと思ってたの」
 由仁ちゃんこそ、高校時代とはいい意味で変わっていない。当時と同じように落ち着いていて、同い年のはずのクラスメイトとはどこか違う雰囲気があった。
 二十歳になった由仁ちゃんは昔よりも背筋が伸びていた。大学では外国語を学んでいると聞いたけど、姿勢がいいのはそのせい、かな?
「そりゃそうだろ、卒業から二年しか経ってねえんだぞ」
 外崎の言葉に、ノリも勢いよく頷く。
「そうそう、俺らもまだこんなんだし、あと笹も変わってないし!」
「相変わらず気障で格好つけだからな、あいつ。特に彼女の前じゃ」
 笹と彼女のお付き合いはどうやら順調なようです。次に集まる時には、どっちにも会えるかな。
 来ないと笹の暴露話ばかり出てきそうだから、来た方がいいと思うなあ。格好いい分ネタの塊だもんね、あの人。
「相原さんこそ、二年経ってもあんま変わんないね。超落ち着いてる」
 ノリはそう言ってからにやりとして、
「もしかして、川瀬ともあれから変わってない感じ?」
 皆が聞きたくてうずうずしてることをいともたやすく突っ込んだ。
 由仁ちゃんはすぐに赤くなって俯く。
「ど……どうかな。そういうの、自分だとよくわからないから……」
「まだ結婚の話とか出てないの?」
「ど、どうかな……」
 不自然に目を逸らしたので、どうやら出てるらしいです。昔は押しが弱いことで有名だった川瀬も、もしかしたら成長したのかもしれない。
「こん中だと誰が一番に結婚するだろうな」
 外崎がからかうように話を振ると、
「えー、誰だろ! 結構あり得そうな人達ばっかだよね!」
 ノリは目を輝かせて周囲を見回し、
「誰だろうね。クラスメイトの式、出てみたいな」
 ヒナちゃんは笑ってさらりと受け流し、
「誰、かなあ……」
 みゆきちゃんは隣の山口と視線を交わしあっている。山口は表情が緩んでる。
 由仁ちゃんは赤い顔のまま困った様子で縮こまっているし、あたしの隣に座るみっちゃんは、
「緒方くんと堤さんじゃない? あの二人、今でも仲いいって聞くし」
 まるで逃げを打つかのように、この場にいない人の名前を挙げた。
 あたしはどう答えようか、密かに考え込んでいたら、
「あ、そういや斉木も彼氏いるとか言ってたよな。まだ付き合ってんのか?」
 外崎が思い出したって顔で水を向けてきた。
「付き合ってますけど。卒業したら結婚すると思うよ」
「マジかよ。斉木が真っ先に所帯持ちとか、イメージじゃねえな」
「どういう意味!?」
 彼氏はいる。もうかれこれ四年は付き合ってる、素敵な人がいる。
 でもあたしはその人のことを、どんな人でどんな名前でどんな出会い方をしたかを、誰にも話したことはなかった。
 隣にいる、みっちゃん以外には。
「ひかりちゃんの彼氏さんって年上なんだよね。写真とかないの?」
「ないよ。そういうの、持ち歩かない主義だから」
 ノリの問いにあたしは首を振ったところで、みっちゃんがカルーアを一気に呷った。
 そして、
「ひかり。そろそろグラス空きそうなんだけど、注文いい?」
 話を逸らしてくれたので、ちょっと嬉しかった。

 少人数の飲み会は三時間ほどで終わり、居酒屋前で解散した。
 次に会う時にはもっと大人数で、ちゃんと同窓会やりたいねって約束して――その時はみっちゃんも帰省してくることになってる。今からもう楽しみだ。
「じゃあ、またね。俺ら自主的に二次会行くから!」
「送ってったら藪蛇になりそうなメンツだもんな。気をつけて帰れよ」
 ノリと外崎は飲み直すと言って、さっさと別の店に入っていった。これだから男子は、なんて言える歳でももうないけど。
「僕は佐藤さん送ってくけど、道同じ子がいたら……」
 山口は野球部員と違って一応の気遣いを見せてくれたけど、そう言われて『じゃああたしも』なんて申し出る子がどれほどいるだろう。いるはずがない。
「みゆきちゃん眠そうだし、早く連れてってあげてよ」
 あたしは白々しく急かしてあげた。
 みゆきちゃんはお酒が回ったのか瞼が重そうで、ちょっとふらふらしていた。山口は当たり前のように手を繋いで、あたしは二人が仲良く帰途に着くのを見送った。
 ヒナちゃんと由仁ちゃんはそれぞれ迎えの当てがあるらしく、解散するなりどこかへ電話をかけ始めた。
「はい、先輩。今はまだお店の前です。ついさっき解散したところで――」
「川瀬くん、遅いのに本当に大丈夫? 私ならタクシーで帰るけど――」
 何か大丈夫そうなので、あたしはみっちゃんと二人きりで帰ることにした。

 あたしとみっちゃんの家は本当に、すぐ近所に建っている。
 どこへ出かけても、帰り道はぎりぎりまで同じ。そのくらいのご近所さんだ。
 それも今のうちだけの話だけど。もうじき、みっちゃんは東京に行っちゃうけど。
「今日はありがとね。湿っぽくならなくて、楽しい同窓会だった」
 並んで歩く帰り道、みっちゃんはあたしにそんなことを言う。
 改まった感謝の言葉がちょっとくすぐったかった。
「別にいいよ。できればもっと大人数で集まりたかったけどね」
「それは次の機会にね。私も帰れたら帰ってくるから」
「やった。絶対だよ、みっちゃん!」
「『帰れたら』って言ったばかりなんだけど……話聞いてた?」
 聞いてたけど、聞こえないふりをしたかった。
 正直に言うとあたしは、みっちゃんのいない日々が一切イメージできずにいた。目と鼻の距離にいて、何かあったらすぐに駆け込める幼なじみの家。そこにみっちゃんがいなくなってしまうなんて、一体どんな感じなんだろう。
「あんたの彼氏にもよろしくね」
 みっちゃんは歩きながら静かに続けた。
「意外といい人そうで、安心してるの」
「そうでしょ。会ってくれてありがと、みっちゃん」
「結婚するつもりなの? あの人と」
「うん」
 する、と思う。気持ちの上では、絶対したい。そういう話も実際出てる。
 もしかしたらC組で一番乗りなのはあたしかもしれない。
「結婚する時は連絡してよね」
「当たり前だよ! も、一番に報告しちゃうからね!」
「お願い。できれば、私がひかりの髪を結いたいから」
 みっちゃんが、あたしの髪をそっと撫でる。
 美容師さんの手。これからたくさんの人達をきれいに、美しくしていく手。あたしはその手の感触を、何だかすごく頼もしく思った。
 今は、なのかもしれない。あと少しして、東京へ行くみっちゃんをC組の皆と見送った後で、あたしはこの感触を切なく思い出すようになるのかもしれない。
 でも今は、みっちゃんを見送れることが誇らしい。
「東京、遊びに行っていい?」
「もちろん。待ってるから、何なら二人で来たら?」
「そうしよっかな……あ、でも温海さん、東京好きかな」
「それは聞いてみないとわかんないかもね」
 歩き慣れた家までの道、頭上には月が浮かんでいる。小さな頃に願いを託した、紙で作ったのと同じ形の月だ。
 あの頃の願い事を、あたしはまだ覚えている。
 今はまだ寂しくないのは、そのせいなのかもしれなかった。
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