運命なんて、知らない/後編

 ――そして、それから。
 山間にある小さな国は、いつまでも平和で、平穏であり続けた。
 王族の血筋は連綿と受け継がれた。その歴史は書物に、貴いものとして刻まれた。後世の人々にも確かに伝えられていった。お家騒動にも他国との争乱にも悩まされることはなく、ただ淡々と小さな国であり続けた。

 王族が暮らす城の書庫に、とある一冊の本がある。
 それは長い間、大切にしまい込むように書庫の奥の奥に隠されていた。日の目を見るまでに何年も、何十年も待たなければならなかった。けれど本を開いてみれば、隠されていた理由がすぐにわかるはずだ。
 保存状態がよいせいで文字が、内容がはっきりと読み取れるその本は――。
 歴史書だった。
 いや、歴史書と名乗ってはいるものの、実のところは真偽も疑わしい、お伽話のような本だった。記述されているのは歴史とは縁遠い、ごく平易な逸話ばかりだ。恐らくは作り話だろうと後世の人間にさえ思われていた。
 数頁でも繰ってみればすぐにわかる。その本に綴られている内容の、何を信じられるだろう。
 ある代の国王が、王族でも貴族でもない、身分の低い女を愛したなどと、誰が信じられるだろう。
 その王がかつて少年だった頃、城付きの家庭教師に逆らって大目玉を食らったなどと、誰が信じるだろう。勉強よりも剣を振るう方がよいと近衛兵たちに真剣で相手をさせたこともあったとは、さすがに考えられないだろう。湯浴みが嫌いで耳の後ろをよく洗い忘れたり、芝居を見に行く為に城を抜け出したり、クルミ入りのケーキが大好きで、夕食が入らなくなるほど食べたこともあったなどと、そんな王子の存在を、どうすれば信じられるだろう。
 貴い身分の人間が、どこにでもいるような少年の姿をしていたなどと思えるはずがない。
 王子が少年期の終わりを迎えた頃、溜息ばかりをつくような懸想をして、その女にお菓子を分け与えたり、手巾を落としたり、花を摘んだり、客人を蔑ろにするほど庇いたててみせたり、逢い引きの真似事に連れ出したり――傍目には滑稽なほど舞い上がっていたなどと、誰にそんな想像ができるだろう。
 だからその本は歴史書ではない。
 お伽話に過ぎない。
 本を綴ったのはとある名家の令嬢だという。貴族の家の子女として生まれながら、花や宝石やドレスよりも黴臭い歴史書が好きだった令嬢は、その趣味が高じてこんな本を作らせたと伝わっている。
 しかし歴史書に見せかけたお伽話をしたためた彼女の真意までは、後世には決して伝わらなかった。

 歴史と事実とは、必ずしも合致しない。
 かつてこの小さな国で流行った芝居が、『架空の出来事』でありながら、事実のように噂されたことも然り。
 白金色の髪を持つ王が、その功績を称えられる時、幼い頃から勇猛さと勤勉さを身につけていたと評されるのも、然り。
 歴史と事実とは、ぴたりと重なるわけではない。
 では、お伽話はどうだろう。お伽話と事実との距離を測ろうとする者はいるだろうか。もしも、仮に、お伽話の方が歴史よりもずっと事実に近かったとしても、後世の人々に確かめる術は残されない。
 お伽話と呼ばれる本はいつだって、夢見がちで甘ったるくて優しさに溢れている。用意されている幸せな結末の真偽など、読む者にとってはどうでもよいはずだ。ただ、幸せであったと一文添えられていたなら、そういう物語だと信じられる。幸せな結末のその先までもを知りたいとは、多分、誰も思わないはずだ。幸せに幕の下りた物語が、その先で壊されてしまうことなど、誰もが望まないはずだ。
 お伽話は、永遠にお伽話のままだ。
 真偽を確かめ、暴き立てたいと思うような話ではない。知りたがる者がいたとしても、広く人々に伝えたいと思うほどの熱意は持てないだろう。誰もがそっとしておきたくなるような、しまい込んでおきたくなるような、幸いに満ち満ちたお話であればそれでよいのだろう。きっと。

 令嬢が綴ったお伽話に戻るなら、白金色の髪を持つ王子は、近侍の娘を愛した。一心に愛し続けた。
 そうして王子が国王に即位する頃、娘は近侍の任を解かれて、すぐに城から姿を消した。どこへ消えてしまったのかはお伽話の中にすらはっきりと記されていない。ただ、国王が一月に一度きり、ごく少数の近衛兵を伴って外出することがあり、帰ってきた時には白金色の髪に木の葉が絡まっているのだという。この目で見たと、著者はおかしげに書き残している。
 それとは別に、同時期、近衛隊長の地位にいた男も、その任を解かれて城から行方をくらましたという。しかしこの男に関しては、お伽話の中でも記述が少ない。何の為に近衛隊長の座を辞したのか、その後どこへ行ったのかは謎のままで終わっている。著者にとって気にも留めぬ存在だったのか、あるいはその逆だったのだろうと推測される。
 お伽話は、幸せな結末を迎えている。国王となった白金色の髪の王子も、王子が愛した近侍の娘も、共に幸せであると確かに書き残されている。娘の所在がわからなくとも、二人のその先の運命が記されていなくても、幸せな結末なのだと、著者である令嬢は断言している。
 ちなみに当の令嬢は晩年までかけてお伽話を綴りきり、生涯を独身のままで終えた。自らも幸いであったと今際の時に呟いたというが、真偽の程は定かではない。

 歴史の話に戻るなら――。
 カレルは二十代半ばで王位を継いだ。先代の国王はカレルの勧めで隠居をすることとなり、身の回りの世話をする者一人だけを置き、城から少し離れたところに邸宅を構えた。そして穏やかな余生を送ったと歴史書には記されている。
 一方、国王に即位したカレルにはやがて子が生まれた。兄弟となる王子が二人、その下に妹姫が一人。カレルとは違い、三人の子らの髪は揃って黒い色をしていた。
 幸いなことに、カレルの三人の子らは互いに助け合い、力を合わせて父を支えていったという。やがて一番上の王子が次代の王に即位してからも、三人の絆は保ち続けられ――この小さな国は長きにわたり、平和で、平穏であったと伝えられている。
 カレルの子を産んだ女については、歴史の上ではひた隠しにされた。城の書庫を探ればあるいは、その事実を記した書物が見つかるかもしれない。だが知識は書庫にしまわれて、臣民の大多数が事実の全てを知らぬままだった。

 知られているわずかな事実のみを語るなら、臣民はその女の存在をおぼろげに感づいていた。
 国王が二代続けて王妃を迎えぬまま、王家の血筋が途絶えずに続いていくことを、不思議に思わぬはずがない。
 やがて臣民は、姿も見えず、名も知らぬ女を愛するようになった。歴史の表舞台には立てぬままのその女を国母と呼び、国王とその子らと同じように敬い、愛し続けた。
 その女がいつ生涯を終えたのかは当然、明らかになってはいない。歴史上はいない者とされたまま、カレルの在任中も、崩御後も、公に姿を見せることはなかった。

 そして二十一歳の、まだ近侍の身分であるマリエは、この先に待ち受ける運命など知る由もない。
 ただ、信じている。この先どんなことがあっても、どんな運命を迎えても、幸いであったと胸を張っていられるだろう――やはり運命を知らぬ十八のカレルの、最も幸せそうな笑顔を傍らで見ているからこそ、心から信じていた。
 お伽話の結末は、この頃から既に決まっていた。