Tiny garden

年の終わりが見える頃

 買い物に出たスーパーで、『本日は冬至です』というPOPを見かけた。
 それで気づく。
「今日、冬至か。忘れてたよ」
「今朝のニュースで言ってたじゃない」
 一緒に来ていた真琴につつかれ、俺は言い訳がましく応じた。
「何か忘れちゃうんだよな。クリスマスが近いし」
「確かに。クリスマスの方がプッシュされてるもんね」
 それには真琴も同意を示す。
 俺たちの頭上では、今まさに有線放送がインストのクリスマスソングを流している。
 スーパーの品揃えもカボチャと柚子、それに小豆が多少アピールされている程度で、それよりもクリスマス向け商品の方が多い。製菓材料にシャンパンやワイン、パーティ用のクラッカーや紙皿などなど。

 俺自身、ここ数日は来たるクリスマスのことで頭がいっぱいになっていた。
 何せ結婚してから初めて迎えるクリスマスだ。こっそりプレゼントをしようと画策していたところで、明日にでも真琴の隙を突いて材料を買い揃えに行くつもりでいた。
 ただ今日は店の定休日だから、せっかくなら二人で過ごしたくてこうして買い物にやってきた。

「この時期になると、誰もがクリスマスの話で持ちきりだもんな」
 俺は青果コーナーに詰まれたカボチャの山を見ながらぼやく。
 我が街でも十二月となればイルミネーションで彩られるし、ベイエリアでは大きなツリーも立てられる。クリスマス期間は毎晩点灯式を行うそうで、冬の観光名所にもなっているらしい。
 店の近くの温泉街にもそれ目当ての客が増えるから、結果的にうちの店も潤う。クリスマスってのはそういう時期だ。
「でもせっかくだから食べたくない? カボチャ」
 真琴は目をきらきらさせて、切り分けられたカボチャを指差す。
「うちは冬至っていったらカボチャのお汁粉なんだ。播上は?」
「うちもだよ。白玉でお汁粉にする」
 冬至に食べるカボチャのお汁粉はうちの地方の習わしだ。
 なんでお汁粉なのかはわからないけど、身体が温まるからこの時期にもぴったりだった。
「あ、白玉いいね! それにしようよ!」
 真琴が食べたそうにしていたので、俺は押していたカートにカボチャを載せた。
 ついでに袋の小豆と、白玉粉、それに豆腐も購入する。
「播上、柚子はいいの? 柚子湯しない?」
 そう聞きながら、真琴の手はいち早く黄色い柚子を掴もうとしていた。
「買いたいなら買ってもいいよ」
 俺が笑うと、彼女はちょっと恥ずかしそうに笑う。
「柚子湯好きなんだ。毎年絶対入るの」
「そうなのか。俺はあんまりやらないな」
 去年は実家暮らしだったから、風呂場に入って蓋を開けたら予告なしに柚子が浮かんでいた。あれは結構びっくりした。
 その前は――会社勤めをしていた一人暮らしの頃は、それこそ冬至なんて二の次、三の次だった。

 慌ただしい年の瀬はクリスマスさえ気にかけている暇もなかった。
 チキンもケーキも、何年も食べてなかったと思う。
 そんなんだから、冬至を意識する余裕なんてあるはずがない。スーパーで柚子が売り出されていたことにさえ気づいていなかったはずだ。

「ずっと、年末って忙しかったからな……」
 あの頃を思い出してしみじみ呟けば、真琴も思い当たる節があったようだ。
「私も。毎年、必死で乗り切ってたな」
 きつい栄養ドリンクを飲み干して、彼女は小さな身体で頑張っていた。
 恋愛する余裕がないって言い切るほどだ。その大変さは、いやでもわかる。
「でもね、どんなに忙しくても柚子湯は欠かさなかったよ」
「へえ。そんなに好きなのか」
 香りがいいから、とかかな。
 内心首を傾げていれば、真琴は急に眉を逆立てる。
「だって子供の頃ね、ちゃんとした柚子湯に縁がなくて」
「ちゃんとした、って?」
「うちのお兄ちゃんたち、いつも柚子を潰しちゃうんだ」
 彼女は四人きょうだいの、一番下の妹だ。
 一人っ子の俺にはわからない苦労もいくらかあるようだった。
「三人揃って、お湯の中で柚子を全部揉んじゃうの。お蔭で私が入る頃には、潰れてぐずぐずになった柚子だったものしか浮いてなくて……」
 真琴は顔を顰めて嘆くと、柚子をぽんぽんカートに入れる。
「だから大人になったら、冬至の日には思う存分柚子湯を楽しむんだって決めてたの。どんなに忙しくても柚子湯だけは欠かしたことないよ!」
 なるほど。
 そういうことなら、俺も彼女の願望を叶えてやらなくてはなるまい。

 買い物を終えて帰宅した後、まずは小豆を煮るところから始めた。
 たっぷりの水から小豆をことこと煮て、ふっくら仕上げたら真琴にバトンタッチだ。
「お汁粉は私が作るね、播上は白玉をお願い」
「ああ、わかった」
 ここからは分担作業だ。彼女がカボチャを包丁で切る横で、俺は白玉を作る。
 ボウルに白玉粉を空け、豆腐を混ぜる。白玉は水よりも豆腐で作る方がもちもちと柔らかく仕上がるし、栄養価も高い。
 もっとも水分量の調節には手間がかかる。耳たぶくらいの硬さにするのに何度も豆腐を混ぜながら、力を込めてとにかく捏ねる。
「さすが播上、手慣れてるね」
 耐熱容器に入れたカボチャを電子レンジにかけながら、真琴がそう言った。
 我ながら単純なもので、誉められるとやる気が出る。
 俺はどうにか生地をまとめ上げ、鍋にぐらぐら沸かした湯へ丸めた白玉を投入した。豆腐を混ぜると茹で上がるのにこころもち時間がかかるが、それでもちゃんと浮かんでくる。浮いてきたやつを掬って水に取る。
 その頃にはカボチャ入りのお汁粉も仕上がっていて、茹で上がった白玉が来るのを今か今かと待っていた。

 真琴が作るカボチャのお汁粉は、カボチャの形がしっかり残っているぜんざい風だ。
 カボチャを煮溶けるまで小豆の中に煮込むご家庭もあるようだが、こちらは上品かつあっさりした仕上がりになっている。
 砂糖を控えているのか甘みも抑えられていて、その分カボチャの自然な甘さが堪能できた。
「本当だ、豆腐白玉もっちもちだね」
 真琴は真琴で、俺が作った白玉の出来に感心してくれた。
「冷めても柔らかいから、冷やでもいけるよ」
「そうなんだ。夏になったらこれで白玉あずき氷とかいいかも!」
「もう夏の話してるのか。気が早いな」
 十二月も終わりが見えてきた冬至の夜、冷え込みも一段と厳しさを増していた。
 そんな夜に食べるお汁粉は、冷えた身体に染み渡るように美味しい。箸休めに添えた白菜の浅漬けと共に、俺たちは冬至ならではの味覚を心ゆくまで堪能した。

 夕食の後はやはり冬至らしく、風呂を沸かした。
 俺は真琴の願望を叶えるべく、一番風呂の権利を譲ってあげた。
「ほら、全部持ってっていいから。好きなだけ揉んでくるといい」
「揉まないよ! お兄ちゃんじゃあるまいし!」
 そう言って真琴は笑ったが、彼女の後で風呂に入ると、浴槽の湯には多少くたくたに柔らかくなった柚子が三つ浮かんでいた。
 お蔭でお湯どころか、浴室自体が柚子のいい香りで満ちていた。
 まあこれも、冬至の醍醐味ってやつかもしれない。

 風呂から上がり、髪を拭きながら居間へ戻ると、真琴はベランダのガラス戸に張りついていた。
「寒くないのか? 風邪引くなよ」
 冬のパジャマ姿に半渇きの髪の彼女に声をかける。
 すると真琴は振り向いて、寒さなんて気にしてないそぶりで笑った。
「播上、見て見て。雪が降ってきたよ」
「だったら余計寒いだろ」
 雪を見てはしゃぐなんて子供みたいだ。俺は苦笑しつつ、洗面所からドライヤーを取ってきた。
 そしてベランダから動かず外を見ている真琴の髪を、丁寧に乾かしてやった。
「わーい、播上優しい」
 真琴は甘えるみたいに目をつむる。
 女の子の髪を乾かすなんて、結婚するまではしたこともなかった。さすがに自分の髪を扱うようにはいかず、いつも慎重に、優しく乾かしてやった。
 彼女の髪は湯上がりには毛筆みたいに真っ直ぐで、なのに乾き始めるといつものように毛先がくるんとしてくる。そういう変化がまた面白い。
「雪、積もりそうだね」
 髪を乾かされながら彼女が言う。
「そうだな。タイヤ替えといて正解だった」
「本当。クリスマスに間に合って、サンタさんはほっとしてるだろうけど」
 比較的雪の少ない我が街も、なぜかクリスマスシーズンになると雪が積もる。
 いつも二十四日にぎりぎり間に合わせてくるから、子供の頃は本気でサンタが降らせてると思っていた。
「今年ももう終わりだね」
 クリスマスに思いを馳せる俺とは対照的に、気の早い真琴がそんなことを言い出す。
「まだ九日もあるだろ」
「たったの九日だよ。残りわずかじゃない」
 それから彼女は目を開けて、ちらりと俺を振り返る。
「今年一年、すごく楽しかったよ。ありがとう」
 はにかみながら、そう言ってくれた。

 その言葉はもちろん嬉しい。
 だが、今年はまだ終わりじゃない。
 少なくとも二日後のクリスマスイブ、俺は密かに計画していることがある。

 画策を胸に秘めつつ俺は言う。
「まだ早いって。クリスマスがあるだろ」
「あるけど、締めくくっちゃ駄目?」
「大晦日だってある。楽しいことはまだこれからだ」
「うん。だからその分も今のうちに言っとこうと思って」
 彼女は相変わらず屈託がない。
 これから迎えるイベントごとを、楽しいものだと信じて疑わないようだ。
「大掃除だってあるけどな」
 俺が脅かすように言い添えれば、たちまち声を上げて笑ってみせる。
「それだって播上となら楽しいよ。だから結婚したんだよ!」
 それは、確かに。
 俺もそうだ。春からこの十二月まで、一日として楽しくなかった日も、幸せじゃなかった日もなかった。
 真琴がいればいつだって、何だって楽しかった。
 今日だってそうだ。久し振りに冬至という日を楽しむことができた。

 ドライヤーを止めて、彼女の髪を手ぐしで梳いてみる。
 そうしたら真琴が気持ちよさそうに目を細めたから、思わず背後から抱き締めた。
「わっ……ど、どうかした?」
 途端に彼女はうろたえて、俺にこわごわ尋ねてくる。
「いい一年だったな、と思って」
 俺は呟くように答えた。
 抱き締めた彼女の小さな身体は、柚子湯のおかげかほんのり温かい。
「そ……そうだね。すごくいい一年だったよ、私も」
「まだ九日もあるけどな」
「それだって絶対、全部いい日になるよ」
 真琴がかすれる声で言って、俺の手を握ってくれる。
「播上と一緒だもん。……そうでしょ?」
 それも全くその通り。
 残りわずかな今年も、もちろん来年だって、二人一緒なら全部いい日になる。

 雪が降りしきる、やけに静かな夜だった。
 俺は彼女を抱き締めながら、密かに決意を新たにしていた。
 柄にもないかもしれないが、今年のクリスマスは俺がサンタになってやろう。
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