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春が似合う人

 三月の末、所属する文芸サークルでお花見をすることになった。
 場所は市内にある大きめの公園で、この辺りでは花見の名所として名高い場所だ。その分、桜の開花時期には市の内外から花見客が訪れ、とても混雑するのが難点だった。
 多分どこのサークルでもそんなものだろうと思うけど、うちのサークルにおいてもお花見の場所取りは下級生の任務なのだそうだ。そしてうちのサークルで一年生は私しかいない。
「じゃあ場所取りは柄沢さん、頼むね」
 サークル長の言葉に、私は表向きこそ澄まして頷いた。
「わかりました」
 ただ当然ながら、内心では気が重いと思っていた。
「あ、結構早く行かないとすぐ場所なくなっちゃうからね」
「では、何時くらいに行くべきでしょうか?」
「時間? いい場所取りたいなら朝の六時には着いてないと駄目かも」
 いくらサークルの為と言え、夜も明けたばかりの早朝六時に一人寂しく公園で場所取りはさすがに憂鬱だった。だからといって慣例を改革するだけの度胸もない私は、胸中の不平不満を面に出さないよう気をつけながら了承した。
「わかりました、行ってきます」

 この経緯を鳴海先輩に話したのは、助言が欲しかったからだ。
 二歳年上の先輩は高校でも大学でも私の『先輩』だけど、そんな鳴海先輩にも一年生だった頃がある。きっと私と同じように場所取りをしたに違いない、そう思って相談を持ちかけた。三月末の早朝の気温はどんなものか、持っていくべき品物はあるか、時間潰しの為の読書はできる環境か――そういった話を聞ければいいと思っていた。
 だけど、私の質問には答えず先輩は言った。
「なら、俺が同行しよう」
「だ、駄目ですよ先輩!」
 私は大慌てで止めにかかった。
 正直に言えば鳴海先輩が一緒にいてくれるのはとても心強い。朝の六時なら公園内はまだ暗いだろうし、少し怖いと思っていたからだ。寒くて本のページをめくれないような気温の中でも、鳴海先輩と話をしていれば時間は飛ぶように過ぎてしまう。むしろその方がメインのお花見よりも楽しいかもしれない……。
 何より先輩ならそう言ってくれるかもしれないという予感が、実は少しだけあった。
 ただ、素直に甘えるのは抵抗もあった。これが八時くらいからというのであれば即座にお願いしていたところだけど、六時ではさすがに。仮に先輩が申し出てくれても断って、その代わり皆より少し早めに来てくださいと頼むつもりでいたのに。
「朝六時ですよ? 起きるのはもっと早いんですよ?」
「そんなことは言われずともわかる。大した早起きではない」
 鳴海先輩は平然としている。迷いもためらいもなかった。
 対して私の方は及び腰だった。
「先輩まで苦行に巻き込むわけにはいかないです」
「朝六時と言えば夜が明けてすぐだ。そんな時分に女一人で公園へ行くのは感心しないな」
 そして私に言い聞かせる口調で続ける。
「お前も俺がいる方が心強いんじゃないのか」
「それは……確かにそうなんですけど、でも」
 表向きは遠慮がちな私の本心を、鳴海先輩はとっくに看破していたようだ。
「では決まりだ」
 鋭い目を眇めて言い切った。
「本当にいいんですか?」
「無論だ」
「ありがとうございます。というよりすみません、先輩」
 私は先輩に頭を下げた。今は申し訳なさの方が勝っていた。
 でも鳴海先輩が私の謝罪を意に介さず、粛々と続ける。
「朝食は現地で食べよう、俺が用意をする」
「ええっ!? あ、あの先輩、そこまでしてもらわなくても……」
「日が出る前は冷え込むからな、温かい紅茶でも持っていこうか」
「あ……ええと、私は何を持っていけば……」
「防寒対策を怠るな。あとは敷物だけあればいい」
「はい……」
 鳴海先輩は実に計画的で頼もしい人だ。この人に助言を求めたのはある意味で正解で、ある意味では誤りだった。
 私は先輩に早起きをさせた挙句、お弁当まで作らせるという私以上の苦行を負わせてしまうことになる。
「せめて、私がお弁当を作ってきましょうか?」
 そう切り出したら、先輩はどこか呆れたように眉を顰める。
「間に合うよう支度ができるというなら、お前に任せてもいいが」
「で……できなくは、ないですけど」
「なら気に病むな。お前の役目は場所取りだ、それだけこなせばいい」
 鳴海先輩がそこでふっと笑んだ。最近は自然と浮かぶようになった、優しさに溢れた笑顔だった。
 素直なその表情に私は言葉を詰まらせ、結果、それ以上の反論ができなかった。

 お花見当日、私達は公園の最寄駅で待ち合わせた。
 早朝にもかかわらず鳴海先輩は実に隙がなく、姿勢がいい。黒のブルゾンにグレーのシャツ、カーキ色のパンツといういつもながらの色合いで改札前に立っていた。髪に寝癖はもちろんないし、背負ったリュックには恐らく美味しいお弁当が入っているのだろう。
「おはよう、雛子」
「おはようございます、先輩」
 私もあくびをしているわけにはいかず、背筋を伸ばして挨拶を返した。寒いからと引っ張り出して着てきた冬用のダッフルが肩に少し重い。荷物はそう多くはないものの、敷物のビニールシートは丸めてもなお大きく、鞄にも入らないので杖のように携えてここまで来た。始発は程よく空いていて、ずっと座っていられたのが幸いだった。
「本日はお付き合いくださり、ありがとうございます」
 真っ先にお礼を述べると、鳴海先輩は薄い唇だけで笑った。
「どういたしまして。よかったな、よく晴れた」
 そして手のひらで私を促す。
「外は寒いが、ぼちぼち行こう。寒かったら言え」
「はい」
 私達は連れ立って駅を後にする。外の空気は身震いしたくなるほど冷たく、明けたばかりの空は一面うすぼんやりした紅色をしていた。目を凝らせばまだ星の光が見つけられそうな空の下、私達は黙々と歩いて目当ての公園へ向かった。
 公園に到着したのは午前六時十五分過ぎだった。公園の並木道をなぞるように立つ桜の木々は、ようやく五分咲きといった様子だった。ごく薄いピンクの花びらが私達の頭上を覆い、道の向こうまでずうっと、まるで春霞のように続いているのを見ると溜息が出た。
「きれいですね……」
「ああ」
 私の呟きに先輩も頷く。
「夜明け頃に見る桜というのも風情があるものだな」
「全くです。空まで桜の色に染まったように見えます」
 日本人は皆、桜の花に心惹かれると言われている。その辺りの精神性は正直よくわからないけれど、咲き誇る桜を見る度になぜか懐かしいような、切ないような気持ちで胸が締めつけられる。美しいのに、見とれてしまうほどなのに、どうして胸が痛くなるのだろう。
「しかし、お蔭でこの辺りは混み合っているな」
 先輩が頭上の桜から、並木の足元へ視線を落とした。
 並木道の両側にはいち早く到着していた先客が各々ビニールシートを広げていた。見たところ大口の花見客が多いようで、どのビニールシートも十人、二十人はたやすく座れそうなほど広い。そこに座っているのはせいぜい一人二人で、誰もが手持ち無沙汰なのか携帯電話を弄っている。
 我がサークルのビニールシートもそれなりの大きさがあった為、まずは広げられるだけのスペースを見つけなくてはならなかった。
 そこで私達は桜並木をひた歩き、大分端の方でようやく適当な場所を見つけることができた。のびのびと細い枝を広げる桜の木の下、まずはビニールシートを広げて敷く。四隅に重し代わりの荷物を置き、足りない分は私と先輩が並んで座ることで解決した。人目があるので、少し距離を置いて座ることになるのは残念だった。
 何にせよ、場所は取った。
「ようやく落ち着きましたね」
「そうだな」
 駅からずっと歩き通しだったので、さすがに少しくたびれていた。でも思ったよりは眠くない。寒さのせいかもしれないけど。
 吐く息は冬のように白くはないものの、剥き出しの耳はすっかり冷たくなっていた。私が自分の手に息を吹きかけたところで、先輩が持参したリュックから大ぶりの水筒を取り出す。
「まずは一息つくことにしよう」
 プラスチックのマグに湯気を上げて注がれているのは、いい香りがする紅茶だった。先輩にマグを差し出され、私は恐縮しながらそれを受け取る。
「ありがとうございます、私の為に」
「この気温なら温かい飲み物も必要だからな」
 何気なく答えつつ、先輩も自分のマグに紅茶を注いだ。それもまた恐縮したくなる点の一つだった。
「先輩、こういう時はコーヒーでも構いません。私も飲めないわけじゃないですから」
 私は気遣ってそう言ったつもりだった。
 だけど先輩は、それを静かに笑い飛ばした。
「俺も紅茶が飲めないわけではない」
「でも、先輩が美味しいと思うのはコーヒーの方ですよね?」
「寒い時に外で飲む温かいものは、何であろうと美味い」
 湯気の立つマグに二度、三度と息を吹きかけた後、先輩は紅茶を一口飲んだ。それから私に視線を戻し、いつもは鋭い眼光を春らしく和らげてみせる。
「何より、俺とお前はとうに気遣いの要らぬ間柄だろう」
 その発言に深い意味はあるのか、ないのか。どちらにせよ事実には違いなく、だからこそ私はうろたえた。
「えっ、あ、あの――そうです、ね」
 たどたどしく答えた後、私もマグに口をつける。
 先輩が入れてくれる紅茶はいつでも香り高く美味しい。今朝はこと格別の味わいだった。冷え込む朝には染み入るような温かさだ。
「花見ではピザの宅配を頼むと聞いた」
 鳴海先輩が再びリュックを開ける。見覚えのある重箱が現れる。
「だから俺なりに被らない献立を選んだつもりだ」
 蓋を開けると一段目には厚焼き卵とアスパラのベーコン巻、蓮根のはさみ揚げ、詰め物をしたミニトマトなどが詰まっていた。二段目は三角に握ったおにぎりで、こちらはどうやらたけのこの炊き込みご飯を握ったものらしい。相変わらず鳴海先輩の料理は彩りがよく、仕上がりも素晴らしい。そしてお料理が上手であると存じているにもかかわらず、私は見る度に驚かされてしまう。
「これ、何時に起きて作ったんですか……?」
 思わず尋ねた私に、鳴海先輩はほんの少しはにかんだように見えた。そういう表情はわかりにくい人だけど、私には確かにわかる。もう四年以上も見つめてきた顔だからだ。
「前にも聞いたな。お前は弁当を見る度にそう尋ねなければ気が済まないのか」
 はにかみながら聞き返され、私はかつてのやり取りを胸裏に蘇らせた。
 その日の記憶は私にとって――あるいは私達にとって、一年以上が過ぎた今となっても面映い思い出だった。
 迂闊な問いだったと俯く私をよそに、先輩がおしぼりを差し出してくる。
「今のうちに食べてしまうといい。花見の時間に腹が空いていなければ困るだろう」
「で、では……いただきます」
 私はよく拭いた手を合わせてから、先輩のお弁当をいただくことにした。
「どうぞ」
 先輩は厳かにも聞こえる口調で応じた。

 美しい桜を仰ぎ見ながら味わうお弁当は、とても美味しかった。
 じりじりと昇っていく太陽は公園内を明るく照らし始め、そうなると桜の花はピンクから白へ、雪のような白へと変わっていく。時折春らしい風が吹いて木々を揺らすと、花びらがひとひら舞い降りてきて、マグの中の紅茶や甘い卵焼きの上、あるいは先輩の頭などに落ちた。普段は黒一色に見える先輩の髪は、朝の光の中では明るく茶色がかって見えるのが新鮮だった。食事中の私を見る先輩の表情も朝日のように柔らかい。
「先輩は本当にお料理が上手ですね」
 私が誉めると、先輩は深く頷いてみせた。
「お前の口に合ったならよかった」
「はい。しかも美味しいだけじゃなくて、見た目にも鮮やかです」
 ピックが刺さったミニトマトを一つ取り、私はそれを改めて眺める。中身をくり抜いたその中にポテトサラダが詰められていて、とても美味しかった。
「こういう可愛いメニューも作るんですね。驚きましたけど、美味しかったです」
 先輩は『可愛い』と言われたことに戸惑ったのだろうか、そこで複雑そうに眉根を寄せた。
「最近読んだ本に載っていたものだ。彩りが欲しかったので作ってみた」
 鳴海先輩が読書家であることは周知の事実だけど、料理の本もその趣味の範囲に含まれているとは驚きだった。そういえば以前、先輩の部屋でお菓子作りの本を見つけたことはあった。もしかしたら料理に関しても学習を怠らず日々勉強に励んでいるのかもしれない。
 もしくは、今日の為に改めて勉強をしてくれた、という可能性だってあるだろう。先輩の性格を踏まえて考えるならそちらの方があり得そうだ。
「ありがとうございます、先輩」
 私は恐縮しながら頭を下げた後、隣に座る先輩をしばし眺めた。
 先程は教えてもらえなかったけど、今朝は何時に起きたのだろう。これだけのお弁当を用意した後だというのに、その表情に眠そうな様子は窺えなかった。それどころか桜を見上げる横顔は晴れやかで、楽しげであるようにさえ見えた。
「気にするな。お前が喜んでくれたのならそれでいい」
 桜に目をやったまま、先輩はそう言った。
「俺はお前と花見がしたかったから、同行を申し出たまでだ」
 更に、そういうふうに言い添えた。
 私が目を瞬かせたのに気がついたのだろう、やがてこちらを向いて苦笑する。
「どうした、俺が花見をしたいと言うのは意外か」
「いえ、そうではなくて……」
 私が花見の場所取りを苦行であると思ったように、鳴海先輩もまた同じように感じているだろうと思い込んでいた。先輩はあくまでも私の為に付き合ってくれているのであって、まさかこの時間を楽しいとさえ思ってくれているとは――。
 だけど確かに、私は今のこの時を楽しんでいる。一面の桜と、夜が明けていく公園と、美味しいお弁当と、そして鳴海先輩。そこに当初の気の重さ、憂鬱は存在せず、朝の空気の冷たささえ今では心地よいほどだ。
「私は、場所取りのことを話したら先輩が同行したがるってわかっていたんです」
「当然のことだ」
「でも、てっきり私を気遣って、無理をして付き合ってくれたのだと思っていました」
 早起きも、お弁当作りも、場所取りに同行することそのものも、付き合わせて申し訳ないと思っていた。
「そんなはずはない」
 先輩は私の考えを一笑に付した。
「お前と一緒に、一足早く花見ができるいい機会だ。むしろ楽しく支度ができた」
 先輩にとっては早起きも、お弁当作りも、私と共にここにいる時間そのものも全てが楽しかったという事実に今、ようやく気づかされた。
「それにさっきも言ったな」
 鳴海先輩が私を見る。温かく柔らかい、春の日のような眼差しだった。
「俺とお前の間に気遣いは無用だ。それは逆も然りだ」
「逆、ですか」
「ああ。俺はお前に気など遣わん、したいことをするだけだ」
 先輩の『したいこと』はことごとく私に優しく、私を喜ばせるものばかりだ。せめて私にも、先輩に優しく、先輩を喜ばせるようなことがあればいいのだけど――。
 大したことは思いつかないものの、一つだけありそうだった。
「そうだ、先輩。私、膝掛けを持ってきたんです」
 ベージュとブラウンのチェック柄をした、フランネルの膝掛けだ。私が鞄から取り出すと、鳴海先輩が目を瞬かせた。
「見覚えのある柄だな」
「先輩がくださったんですよ」
「わかっている。贈り物を使ってもらっているのを見るのが気恥ずかしいだけだ」
「寒くなったら一緒に入りませんか、きっと暖かいです」
 私の優しさは、先輩がしてくれたことと比べたらあまりにもささやかだろう。でも先輩なら喜んでくれると思っていた。私達の間には、人目を気にして作った少しばかりの距離がある。でも一つの膝掛けを使うなら肩を並べ寄り添って座らなければならない。
「ありがたいが、それは一人用ではないのか」
 贈り主だけあって、鳴海先輩は膝掛けのサイズを把握している。訝しそうに尋ねてきた。
 だけど私はかぶりを振る。
「くっついて座れば二人でも使えると思います。その方が、暖かいですし」
「……そういうことなら、ご相伴にあずかろう」
 鳴海先輩はいやに真面目くさってそう言った。

 お弁当の後、私達は一つの膝掛けを共有して桜を観賞した。
 肩が触れ合うほど近くに座り、膝掛けの下では手を繋いだ。その方が確かに暖かく、桜もより楽しく眺めることができた。
「先輩は、いつの桜が一番お好きですか」
 五分咲きの桜を見上げながら、私は先輩に尋ねた。
「どれも美しいが、好みで言うなら散り際だな」
 返ってきた答えは少々意外に思えた。花見に最適なのは七分咲きの頃と言われているし、一般的に一番美しいのは満開の頃だろう。私は今のような五分咲きも、それよりも早い桜も慎ましくて好きだった。
 だけど散り際は花期を終え、あとは消えゆくのみの頃合いだ。私にとっては物寂しい光景に思える。何であっても、物事の終わりというものは寂寥感に満ちていた。
「滅びの美学というものですか?」
 私が質問を重ねると、先輩は丁寧に答えてくれた。
「いや、違う。桜の花の散り際は、季節の移り変わりを思わせる」
 桜が散れば春もいよいよ終わりが近い。夏の気配が満ちてくる。
「美しい花の終わりを惜しむ気持ちもあるだろうが、花は咲いては枯れていくものだ。季節が巡るごとに花は咲き、その花が終わる頃にはまた別の花が咲く。季節の移り変わりは、花の移ろいと同じことだ。そしてそれは命が巡ることとも同じだろう」
 鳴海先輩は桜を見つめている。真っ直ぐな眼差しを白い花々へ向けている。
「だから俺は、桜が散るのを惜しむ気にはなれない」
 穏やかで険しさのない、端正な横顔。昔からこの人は、美しいものを見る時こんな表情をする。
「新たに咲く花と、次の春にまためぐり会う桜を楽しみにしている」
 鳴海先輩がそう語った時、ふと私は、先輩が四月の終わりの生まれであることに思い至った。
 桜が全て散り、跡形もなく消えてしまう頃。また別の花が新たに咲く、春の終わりの始まりの頃。先輩はその日に生を受け、毎年一つずつ年を取る。
「先輩には、春がとても似合いますよ」
 私が告げると、鳴海先輩は軽く目を瞠った。
「どういう意味だ」
「思えば先輩は春のような人です。温かくて、優しくて、和やかで……」
「どれも俺にはふさわしくない誉め言葉だな」
 先輩は自嘲するでもなく、当然のように言い切った。
 でも知っている。先輩は私にとても優しい。春の日みたいに私を暖め、照らし、時に励まし支えてくれる人だ。先輩には春が似合うし、春のようだと思う。
「私も、春が好きです。大好きな人が生まれた季節ですから」
 思い切って、私は先輩にそう言ってみた。
 鳴海先輩は睨むように私を見る。からかわれたのではないかと思っているのかもしれない。だけど私が本気だとわかると、ふっと笑ってこう応じた。
「なら、俺は秋が好きだ」
 その言葉は、春にしてはあまりにも暖かすぎた。
 自分から仕掛けたにもかかわらず、私は頬が上気するのを覚え、しばらく顔を上げられなかった。
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