続々 山口くんと佐藤さん
文化祭でネズミの役をやることに決まってから、山口がへこんでいる。「くじで決まったんだから、しゃーないじゃん」
俺が慰めてやったらめちゃくちゃ睨まれた。
「うるさいな。新嶋、役替われ」
「やだよ、俺『当たり』だもん」
C組男子一同によるくじ引きバトルを勝ち抜いて、俺は大道具係を手に入れた。
これだって別に楽な仕事じゃないけど、舞台に立ってお芝居するよりよっぽどマシだ。
「ネズミじゃなくて、城の兵隊とかならまだよかったのに……!」
山口はネズミ役が相当嫌みたいで、ついに頭を抱えてしまった。
俺だったらどっちも嫌だけど、とりあえず聞いておく。
「なんで? 舞台に立つならどっちも変わんなくない?」
「全身タイツだからだよ!」
がばっと顔を上げた山口が叫んだ。
「誰がこの歳になって人前で全身タイツ姿晒したいって思うんだよ! 馬鹿か!」
「えー俺いくつでも全身タイツやだけどなー」
「うるさい! 他人事だと思って!」
まー実際他人事ですし。
正直、ネズミ役引かなくてセーフって思ってる。俺も全身タイツはやだわー。女子が着るならアリだけど。
「ああもう、文化祭中止になればいいのに……」
着る前から思い詰めちゃってる山口に、俺はさらなる慰めの言葉をかける。
「そだ! 台風来たらワンチャンあるかも」
そしたらぶっ刺す勢いで睨まれた。
「新嶋お前さっきから何だよ、慰める気あるなら係譲れ!」
「やだよ、俺だって舞台立ちたくないしー」
「いいから寄越せ!」
山口が掴みかかろうとしてきたので、俺は慌てて逃げ出した。
誰かを慰めるのって難しいね! 参った参った。
今年の文化祭は俺たちにとって、高校生活最後の文化祭だ。
東高校の文化祭は学年ごとに出し物が違う決まりで、三年生は各クラスごとにステージ発表をさせられる。受験シーズンに備えて体力温存の為らしいけど、そこで高コストの演劇やろうぜって言い出すあたりC組はお調子者の集まりかもしれない。
演目はシンデレラ。でもって山口はシンデレラを城まで運ぶ馬車馬、及びハツカネズミの役だ。ぶっちゃけかわいそうだなと思うけど、俺だってやりたかないので替わる気はゼロだ。
でも一週間ほどたって、稽古が本格的になり始めた頃には山口も吹っ切れたらしい。
その後は特に文句も言わず、むしろ真面目にハツカネズミを演じていた。
自棄になったのかもしんないけど、どんな理由であれ投げ出さないのはすごい。俺なら絶対逃げてるわ。
そうこうするうちに月日は過ぎ――。
文化祭を数日後に控えた今日は、ステージに立ってのリハーサルだ。
山口のハツカネズミは本日も絶好調で、舞台の上を這いまわってはちゅうちゅう言っていた。
そこに魔法使いが現れ魔法をかけると、ハツカネズミは馬になる。舞台袖に控える裏方が馬のマスクを手渡すと、山口はそれを被って舞台へ戻る段取りだ。
今日はたまたま手が空いてたから、俺が手渡してやった。
「今日も絶好調じゃん」
ついでにそう声を掛けたら、山口は暗がりでもわかるくらいじろっと俺を見た。
それでも言い返してきたりはせず、黙ってマスクを被って舞台に帰っていく。見事に馬車馬となった山口を、同じように変身を遂げたシンデレラが城に連れてけと待っている。山口は馬車に繋がれ、ぶるると本物みたいにいなないた。
舞台袖からは俺らクラスメイトの笑い声が漏れた。
ちょうどその時、舞台袖に佐藤さんがやってきたのがわかった。
佐藤さんの役目は舞踏会に参加する貴婦人の一人だ。もうじき出番だから来たんだろうけど、心配そうに舞台を覗く理由はそれじゃないと思う。
山口と佐藤さんが仲良くなって、付き合ってんじゃないのって関係になってから結構たつ。どっちもはっきり『付き合ってる』とは言わないけど、そういう時期が一番楽しいのは言うまでもない。実際、一緒にいる時の二人は何だかんだ楽しそうで羨ましい。
俺は佐藤さんにそっと話しかけてみた。
「山口の演技、キレッキレだね」
佐藤さんがこっちを見る。
一瞬笑いかけたけど、すぐに複雑そうに眉を寄せた。
「うん……頑張ってるよね」
それがあまりポジティブな言い方じゃないことは、俺にもわかった。
まあ、本人が乗り気じゃなかったのもわかってる。吹っ切れたと見せかけて、裏では佐藤さんに愚痴零してたりしたのかもしれない。
「気になる?」
そう聞いてしまってから、これ愚問ってやつだよなーって思った。
聞くまでもないことだ。実際、佐藤さんは即答した。
「少しだけ。山口くん、辛くないかな、楽しめてるのかなって……」
少し、とは思えなかったけど、とにかく心配してるのはひしひし伝わってくる。
高校生活最後の文化祭。シンデレラの劇に総員一致で納得して、楽しくやってるわけじゃない。でも最後の最後で微妙な思い出ばかりが残るのもかわいそうな気はする。
だからってなー。俺にできることって全然ないしなー。
――とそこで、ひらめいた。
「佐藤さん、ちょっといい?」
リハーサル後の撤収タイム、山口がいないタイミングを見計らい、俺は佐藤さんに声を掛ける。
「なあに、新嶋くん」
不思議そうな顔の佐藤さんに持ちかけてみた。
「実は本番の時、頼みたいことあってさ」
「私に? どんなこと?」
「山口の馬のマスクあんじゃん。魔法使いの出番の時にかぶるやつ」
ハツカネズミの山口が、馬車馬に変身するのに必要なマスク。
あれを手渡すのは本来なら、舞台袖に控えた手の空いてる裏方――主に俺みたいな大道具係の担当だ。
「あれ渡すの、佐藤さんに頼めないかな」
だからそう頼んだ時、佐藤さんは目を瞬かせた。
「えっと、構わないけど……」
ちょっと戸惑ってるようだった。そりゃそうだ、いきなり仕事が一つ増えて喜ぶ奴はいない。
でも、好きな子に渡されて嬉しい奴はいる。
これは『当たり』を引いちゃった俺なりに、『はずれ』を引いた山口への粋な計らいってとこだ。
「佐藤さん、出番待ちでちょうどその時に上手袖来るじゃん? だから山口に渡すの、佐藤さんに頼みたいんだよねー」
俺がそれっぽい理由をまくし立てると、佐藤さんは少しの間考え込むそぶりを見せた。
しばらくしてから頷いた。
「わかった、いいよ。私がやるね」
「マジで! さんきゅー!」
上手くいった。
これで山口もちょっとは浮かばれるんじゃね? 舞台袖で待ち構えてる佐藤さんに気付いたら、きっと驚いて、でも頑張ろうって気になれるはずだ。こっそり喜びもするだろう。
本番中の舞台袖は暗いから、その時の山口の顔が見られないことだけが残念だけど。
いや、俺、マジでいいことっぽい!
「じゃ、本番頼むね佐藤さん!」
俺が手を合わせると、佐藤さんはまた瞬きをした。
それから、おずおずと口を開く。
「あ、あの、新嶋くん。聞きたいんだけど」
「ん? なに?」
「今の、私に頼んだ理由って、つまり――」
そこまで言ってはみたものの、最後までは言い切れなかったみたいだ。めちゃくちゃもじもじしている。
だから俺は親指立てて答えた。
「山口のことは、佐藤さんに頼むしかないでしょ!」
本番で、佐藤さんは見事に役目を果たした。
山口が馬のマスクを渡された、その瞬間の表情はやっぱり暗くて見えなかった。
でも上手袖に残った佐藤さんがもじもじと俯いたから、首尾は上々みたいだ。
ここで終わっとくのがきれいな幕引きってやつなんだろう。
だけど俺はどうしても黙っていられなくて、後夜祭で山口を見かけた時、つい聞いてしまった。
「馬のマスク渡してもらったの、どうだった?」
すると山口は思いっきり眉を顰めて俺を見た。
「お前かよ……」
「えっ何その反応。もっと感激なり感謝なりしてくれてもよくね?」
「新嶋のしわざだって思うとすごく微妙」
「ひどっ。いいじゃん、『彼女』に魔法かけてもらうのとかさあ」
俺がそう言うと、山口は否定もせず一度肩を竦める。
それから俺を睨みつつ、唸った。
「確かに、それがよかったのは認める」
口ではそう言いながらも、俺を睨もうとしながらも、その顔めっちゃ緩んでた。
同じクラスに好きな子いるっていいよなあ。
俺は今、山口がとっても羨ましい。