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youthful days

 五月最初の日曜、春は市内にあるカラオケ店を訪れていた。
 借りたのは六人まで入れる部屋だと聞いていたが、実際に六人で入ると少々手狭だった。四人掛けのソファには春と美和、温子、静乃の四人がぎりぎり座ることができたが、もう一つ置かれた二人掛けの方には仏頂面の堂崎と気まずい様子の吉川が押し込まれている。
「何でこんな狭い部屋なんだよ」
 真っ先に不満を唱えたのは吉川だった。
 応戦したのは気の強い美和だ。
「しょうがないでしょ、今日は混んでてパーティルーム使えなかったんだから」
「堂崎さんをお招きするのに申し訳ないとか思わねえのかよ」
「別に。ここも一応六人部屋だって話だから、文句あるなら店員に言ってよね」
 文句をつけてもどうしようもないと思ったのだろう。吉川は睨みつける美和を無視して、隣に座る堂崎に頭を下げた。
「堂崎さん、すみません。こんな狭い部屋にお通しして」
「お前が謝んのはおかしいだろ」
 堂崎は鼻を鳴らし、ちらりと春の方を見た。
 吉川はそれには気づかず、ソファから立ち上がる。
「俺ここに立ってますんで、せめてソファだけでも広々とお使いください!」
「やめろ。図体でかいのに傍に立たれると鬱陶しいんだよ」
「じゃあ壁際で空気椅子しますんで!」
「それもいい。黙って座ってろ」
 堂崎の言葉に、吉川は渋々ソファへ戻った。
 それを見届けてから、春は並んで座る温子の様子を窺う。いつもは快活でよく喋る温子だったが、今日は集まるなりずっと黙っている。耳まで真っ赤になって俯いているので、静乃がはらはらして肩をさすっているほどだ。

 実は本日、堂崎や吉川と落ち合う前に女の子だけの作戦会議が開かれていたのだった。
 今回のカラオケの目的は親睦だけではない。堂崎に想いを寄せる温子に協力して、二人に仲良くしてもらおうと取り計らう場でもあった。春は言うまでもなく意気込んでいたし、静乃も『協力する』と張り切っていた。唯一、堂崎にいい感情を持っていないらしい美和だけが気乗りしない様子だったが、四人はあれこれと話し合い、二人を近づける為の作戦を立てた。
 そのうちの一つを、部屋に入ってすぐ実行する手はずだったのだが――。

「温子、そろそろ……」
 春は温子に囁いた。
 温子は小さく頷いたものの、一向に顔を上げようとしない。
 計画では部屋に入った後、温子が堂崎にデンモクを手渡してトップバッターを譲るはずだった。堂崎が快く歌ってくれたらそれでよし、歌うのを渋るようだったら普段はどんな曲を聴くのか、どんな歌だったら歌えるかを尋ね、そこから会話を弾ませていく目論見だったはずだ。
 だが温子は微動だにせず、作戦を実行しようと動く気配もない。
 困惑した春は静乃、美和と視線を交わしあう。温子が切り出してくれないことには作戦の第一段階も動かないが、せっかくのカラオケで黙ったままというのも気まずいものだ。
 と思っていたら、
「さ、堂崎さん! 一曲どうぞ!」
 事情を知らない吉川が真っ先にデンモクを手に取り、堂崎へ差し出した。
 堂崎はそれを一瞥して、かぶりを振る。
「俺はいい、お前歌え」
「えっ、俺っすか?」
「あいつら歌いそうにねえし、このまま黙ってるのも微妙だろ」
 そう言って、堂崎はまた何か言いたげに春を見た。
 この空気をどうにかしろ、とでも言いたいのかもしれない。誰も曲を入れないままなので、モニターには延々とコマーシャル動画が流れている。どこかの部屋から誰かの気持ちよさそうな歌声が聞こえてくると、その盛り上がりが遠くに感じられて何とも言えない寂寥感が漂った。
 春はもう一度温子に目をやり、いくら肩を揺すられても顔さえ上げられない様子を確かめた後、口を開いた。
「吉川さん、トップバッターお願いできる?」
「……何でお前が頼むんだよ」
 春に話しかけられると、吉川は急に機嫌を損ねた。
「吉川さんっていつもどんな曲歌うの?」
 気にせず質問をぶつければ、鼻の頭に皺を寄せ唸られた。
「はあ? いいだろ別に何歌ったって」
「それもそうだね、すぐ聴けるもんね」
「誰も歌うなんて言ってねえだろ!」
 叫ぶ吉川を、隣の堂崎が薄く笑って見やる。
「歌わねえのか? 俺も頼んでんだけど」
「歌わせていただきます!」
 すぐさま吉川はデンモクを弄り始めた。操作には慣れているのか曲選びも素早く、すぐに一曲目のイントロがかかる。春は名前しか知らないような日本のロックバンドの曲だ。
 前奏の段階で吉川は立ち上がり、そして特に緊張も見せず歌い始めた。意外と上手かった。十八番なのか、ろくに歌詞も見ずすらすら歌っている。
 驚きのあまりぽかんとする春の隣では、友人達がようやく動こうとしていた。
「ほ、ほら、今のうちに」
「う……うん……」
 静乃に促され、温子が堂崎に向き直る。
「あのっ、堂崎くんはいつもどんな曲を……」
 カラオケの大音量と吉川の歌声に掻き消されそうな声だった。
 もじもじする温子に、堂崎は自分に話しかけられたことはわかったようだが、その声自体は届かなかったようだ。
「何か言ったか?」
 そう聞き返したのが唇の動きでわかった。
 たちまち温子は萎縮したように俯き、二人のやり取りに気づいた春が慌てて口を挟む。
「いつもどんな曲を聴いてるの、だって!」
 声を張り上げたからだろうか、それがおかしいというように堂崎は少し笑った。
「そもそも音楽聴かねえ」
「……だって」
 春が温子に笑いかけると、温子は恥ずかしそうに頷いた。
「そっか、うん……」
 いつも明るくてお喋りな温子はどこへ行ってしまったのだろう。今はひたすら恥じらうばかりで、堂崎の顔すらまともに見られないようだった。
 当然、その後も会話が弾むことはなかった。

 第一の作戦が不発に終わってからも、春達はあの手この手で温子を支援しようと試みた。
 一緒にフードメニューを見て好きなものを選ぶ作戦は、春がメニューを手に取り温子に渡したところで、吉川が『堂崎さんにメニューを渡さないとは何事か』と割り込んできて失敗。部屋の外にあるドリンクバーまで飲み物を取りに行こうと誘う作戦では、手持ち無沙汰なのか堂崎のグラスが空くのが早く、これも吉川が代わりに取りに行ってしまって失敗。ならばと温子にマイクを持たせてそれらしい曲でも歌わせようとしたが、照れのあまり途中で声が出なくなり、代わりに美和が歌う羽目になった。
 作戦がことごとく空振りした為、現在は女の子四人でトイレに逃げ込み、相談タイムの真っ最中である。
「ちょっと温子、やるんだったらちゃんとやりなよ」
 歌わされてむっとした様子の美和が注意すると、温子は申し訳なさそうに項垂れた。
「ごめーん……。何かもう、堂崎が目の前にいるとどぎまぎしちゃって」
「そりゃわかるけど、作戦立てた意味ないじゃん」
 美和は溜息をつきながら春に目をやる。
「せっかく春がセッティングしてくれたっていうのにさ……」
「ううん、私はいいんだよ」
 水を向けられて春は首を横に振った。
 春としては温子の恋を応援するのも一つの目的だったが、やはり堂崎に友人を増やしたい、皆で楽しく過ごしてもらいたいという気持ちの方が強かった。
 果たして堂崎は楽しんでくれているのだろうか。カラオケに来てからというもの、吉川に歌わせてばかりで自分でマイクを持つ気配はなかった。その吉川ももうじきレパートリーが尽きるとのことで、今頃は二人でただ漫然と時をやり過ごしているのかもしれない。
「今回が駄目ならまた誘うよ」
 春は温子を励まそうと、あえて明るく言った。
「だからあんまり気負わないで、試しに軽く話してみたらどうかな」
「うん……」
 温子は頷いたが、自信なさそうな表情をしている。
 彼女が堂崎の前では上手く話せなくなることに、春も以前から気づいてはいた。だがここまで重症だとは思わなかった。
「仕方ないよね、ずっと好きだった人なんだもん」
 静乃が同情を寄せるように呟いた。
 だがあいにく、春にはその気持ちがわからなかった。春は『好きな人』を目の前にして恥ずかしいと思ったことも、上手く話せないと思ったこともなかったからだ。
「もういっそ、帰り際にでも告っちゃえば? その方がまどろっこしくないよ」
 呆れたように美和はそう言った。
 その途端、温子はぶんぶんと両手を振り、
「むむむ無理! 絶対無理! って言うか今だって全然話せてないくらいなのにそんなのできっこないよ!」
 激しいうろたえように、美和が溜息をつく。
「だったら春の言う通り、喋れるようにはなっときなよ。次があるっつったって、堂崎がいつまで付き合ってくれるかわかったもんじゃないでしょ」
「そうだね」
 その意見に静乃も同調した。
「堂崎くん、カラオケ好きそうじゃないしね。まだ一曲も歌ってないでしょ?」
「ってかつまんなさそうだよね。せめて『楽しかった』って思って帰ってもらわないとまずいよ」
 更に美和が釘を刺すと、温子はいよいよ追い詰められたみたいに深刻そうな面持ちになる。
「そ、そんなこと言われたって……」
 実を言えば春も美和と同じ危惧を抱いていた。堂崎がカラオケを楽しんでいるようにはちっとも見えなかったのだ。恐らく次回も春が誘えば断りはしないだろうが、『今度はお前の友達抜きで』などと言われては台無しだ。
 それを踏まえた上で部屋に残してきた兄、そして吉川のことが頭をかすめると、ここに長居もしていられない。呼んでおいてどこかへ逃げ込んだまま戻ってこないようではさしもの堂崎も気分を害すことだろう。
「じゃあそろそろ戻らない?」
 春は三人に切り出した。
 だが温子はもちろん、美和も静乃も首を傾げるばかりだった。
「わ、私、もうちょっと気を落ち着けないと……」
「このままじゃ連れて帰れないでしょ。作戦も立て直さないとだし」
「うん。堂崎くん達を待たせるのは悪いけど……」
 それなら仕方ないと、春は一足先に戻ることにした。
「私、堂崎達の様子見てくるよ。あんまり放っておくのもまずいし」
 そう告げると、三人は任せたとばかりに春を送り出した。

 案の定、戻った部屋は静かなものだった。
 堂崎はソファに座ったままぼんやりしていたし、その横では吉川が肩身が狭そうにフライドポテトをつまんでいる。春がドアを開けると二人揃って振り返り、堂崎だけが笑った。
「一人で戻ってきたのか」
「うん、皆はもう少ししたら戻るって」
 春が頷くと、堂崎は怪訝そうな顔をした。
「何してんだ、あいつら」
「えっと、化粧直し? 女の子だから時間かかるんだよ」
「なら、お前は化粧してねえから早かったのか」
 ソファに座ったままの堂崎が、春を見上げて目を細める。
 それを吉川が横目で眺め、どこか複雑そうな顔をしてみせた。
「歌わないの?」
 コマーシャル動画に戻ったモニターを見て、春は二人に尋ねた。
「俺はいい。どうせろくな曲知らねえし」
 堂崎はそう答えると吉川の肩を叩き、
「こいつももうネタが尽きたってよ。お前らが歌わねえなら、お開きにしようぜ」
 そう言われて春は慌てた。堂崎がもう帰る気だと知ったら温子は悲しむだろう。
「待って、皆が戻ってきたら歌うから」
 春が引き止めると堂崎は楽しそうに応じた。
「そう言や、お前の歌も聴いてなかったな」
 せっかくのカラオケだというのに、春も温子のことを気にかけるあまり歌を楽しむ余裕がなかった。気がつけばまだ一曲も歌っていない始末だ。
「ほら、曲入れろ」
 堂崎がデンモクを差し出してくる。
 春は少しの間、それを受け取るのをためらった。友人達が戻ってきていないのに自分がカラオケを楽しむというのもどうかと思ったからだ。
 だが堂崎は春に歌って欲しいようで、春がそれを受け取らないとわかると目を瞬かせる。
「どうした? まさかお前も歌いたくねえってクチか?」
 その横では吉川が春を睨みつけている。『堂崎さんに逆らうな』とでも言いたいのかもしれない。
「歌いたくないわけじゃないけど……」
 春はその視線に根負けしてデンモクを受け取ったが、曲を入れるのはやはりためらわれた。
 だがせっかくのカラオケで、堂崎も来てくれた。吉川も気を遣って何曲か歌ってくれた。二人を招いた春が何もしないというのも道理に合わない。
 さっき友人達とも話した通りだ。二人にはせめて楽しんで帰ってもらわなくては、次にも繋がらないだろう。
「……堂崎は、楽しんでる?」
 そう尋ねると、堂崎は肩を竦めた。
「正直に答えていいか?」
「じゃあ聞かないでおく」
「悪いな、カラオケ慣れてねえんだ」
「ううん。友達も何て言うか、緊張してたみたいで」
 春はさりげなくフォローを入れておく。
 それをどう受け取ったかはわからないが、堂崎はまた笑ってみせた。
「お前もだろ? 今日は妙におとなしいし」
「私? 私はいつも通りだよ」
「けど、あんまり楽しそうには見えねえな」
 堂崎のその言葉に、春は動揺した。
「そんなこと……」
 ない、とは言えない。カラオケを楽しむ余裕はなく、大切な友人、そして堂崎達と一緒なのに何となく盛り上がらない。堂崎や吉川が楽しそうにしていないのも当然だ。この場にいた誰もが楽しんでいなかったのだから。
 春が楽しくなさそうにしていれば、堂崎だって楽しめはしないだろう。当たり前のことだった。
「だったら、これから楽しむよ」
 春はそう言うと、早速デンモクを操作し始める。
「お、歌うのか」
「うん。せっかくカラオケに来たんだしね」
 堂崎の問いに頷き、更に一度手を止めてから顔を上げ、続けた。
「今日は来てくれてありがとう、堂崎」
「どういたしまして」
 兄からは素直な答えが返ってくる。
 春はそれに微笑むと、兄の隣で居心地悪そうにしている吉川にも声をかけた。
「それと、吉川さんも。歌、すごく上手かったよ」
 吉川は話を振られて少々迷惑そうだった。黙っているので、堂崎が肩を叩いて揺さぶる。
「おい、何とか言えよ吉川。誉めてもらってんだぞ」
「こ、光栄っす……」
 不本意そうに吉川が答えたので、春はちょっと笑ってからデンモクの操作に戻った。

 温子達が部屋へ帰ってきた時、ちょうど春がお気に入りの曲のサビを熱唱しているところだった。
 まさか歌っているとは思っていなかったのだろう。三人はきょとんとしていたが、春が手招きするとまず美和が飛んできて、一緒にマイクを握ってくれた。その後は静乃も加わり三人で歌い上げた後、今度は四人で歌おうと曲を検索し始め、もじもじしていた温子にも再度マイクを持たせることに成功した。それから立て続けに何曲か歌い、時間が来るまでたっぷりとカラオケを楽しんだ。
 その様子を見ていた堂崎も、ほんの少し楽しそうだった。
 吉川は相変わらず居心地悪そうだったが、決して中座はしなかった。

 カラオケが済むと店の前で解散し、その後女子だけの反省会を近くのカフェで開いた。
「何だかんだで結構楽しかったね」
 静乃がおっとり笑って言うと、美和は冷やかすような笑みを温子に向ける。
「まあね。本来の目的の方はさっぱりだったけどね」
「そんなに言わないでよ……一緒の部屋にいただけでどきどきだったんだから!」
 温子は拗ねていたが、それでも肩の荷が下りたのだろう。カラオケにいる時よりも明るい表情をしていた。
「まあまあ、堂崎も楽しんでくれたんだからいいじゃない」
 春は温子を慰めにかかる。
 実際、別れ際の堂崎はこの時間に満足した様子で『楽しかった』とさえ言ってくれた。解散後に春がお礼とまた誘いたい旨のメールを送ったところ、すぐさま返事があった。
 ――次はカラオケ以外がいい。
「……だって。また来てくれるみたいだよ、堂崎」
 メールのことを伝えると、目を輝かせた温子が抱きついてきた。
「ありがとう春! 次は頑張る! 次こそ頑張るから!」
「うん、頑張ってね温子」
「本当にやりなよ。こんだけ世話になっといて、何にもしないの駄目だからね」
 美和が釘を刺すと、温子は神妙に頷いていた。
「わかってる。絶対に堂崎と仲良くなってみせるから!」
 本当に、そんな日が来ればいいと春は思う。堂崎が次にどんな恋をするのか、温子と上手くいくのかどうかなんてわからない。でも仲良くなりたいと言ってくれる人がいるのは嬉しい。堂崎のことを好きになってくれる人が、もっともっと増えたらいい。
 好きな人に対して、春はそんなことを思っている。
 自分が叶えられなかった恋を、いつか誰かに、幸せに叶えて欲しい。
「……あ、またメール」
 水色の携帯電話が震えて、新たなメールの受信を知らせた。また堂崎からかと思いきや、相手は吉川だった。春は解散後、吉川にもお礼のメールを送っていたのだった。
 それに対する吉川の返事はいつも通りだった。
 ――堂崎さんをお招きするんならもうちょい盛り上げるなりしろよ! あとまた誘うとか俺聞いてねーんだけど!
「また堂崎から?」
 温子の問いに、春は笑いながらかぶりを振った。
「ううん、吉川さんから。『盛り上げが足りない』だって」
「何それ、駄目出し?」
 途端に美和が顔を顰める。
「あいつ口悪いよね。春だって結構酷いこと言われてたでしょ」
「ああ、あれいつものことだよ」
「何であいつ、腰巾着のくせにあんな偉そうなの?」
「うーん……わからないけど」
 吉川は堂崎と春の本当の関係を知らない。友人達と同様に。
 だから吉川から見れば、春の方こそが堂崎と気安く接する、偉そうな人間に見えているのかもしれない。
「吉川さんもいい人なんだよ。堂崎のこと本当に心配してるのわかるし、今日だって率先して歌ってくれたし。多分気を遣ってくれたんだと思うな。それに吉川さんって堂崎のことが大切だから、他の人には当たりがきつくなっちゃうだけで――」
 春が懸命に庇おうとするのを、友人達はぽかんとして見つめている。皆の様子に気づいて春が言葉を止めれば、四人が座るカフェのテーブルには奇妙な沈黙が落ちた。
 そして数秒後、美和が意を決したように口を開く。
「春、あんた、まさか……」
「え? 何?」
「……いや、やっぱ何でもない。まさか、ないと思うし」
 美和は言いかけた続きを話そうとはせず、温子と静乃も『まさかね』という顔で曖昧に笑っている。
 ただ一人、春だけは流れが読めずに目を瞬かせていた。だがふと吉川に返信していなかったことを思い出し、慌ててメールを送った。
 ――次も絶対来てね。吉川さんが来ないと始まらないよ。
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