山田はサンタと読めなくもない(2)
ログハウスみたいな三角屋根。レンガ色の外壁と明かりの灯った白い窓枠、広々としたウッドデッキには雪が積もり、庭に立つモミの木はちかちか瞬く電飾をまとっている――間違いない。おもちゃみたいにかわいいこの家は、山田の家だ。
でも前に訪ねた時は、普通に住宅街の真ん中にあった気がした。こんな雪しかないだだっ広いところに、ぽつんと佇んでいるのは妙だ。
妙というなら、私がミニスカサンタ姿でここに来ているのも妙だ。
例のクリスマスパーティ、今日だったっけ。
おぼろげな記憶をたぐりよせてみる。
昨日は二十四日、クリスマスイブだった。私は特に予定もなく学校も休みだったから、家でごろごろして過ごした。うかつに出歩いて風邪なんか引きたくなかったからだ。兄貴がケーキを買ってきてくれて、何か言いたそうにしていたけど、私はそれを無視して黙ってケーキを食べて、それから寝た。寝るためにベッドに入った覚えはある。
二十五日はパーティの約束をしていたし、その前には終業式があるはずだった。
だけど終業式に出た覚えはない。嫌な通知表も持ち帰ってない。パーティが楽しみすぎて頭から吹っ飛んだ、ということもない。と思う。
「ほんとに妙だ……」
思わずつぶやいた私の前で、山田家の玄関のドアが開く。
温かな光を背負って現れたのは、白い飾りボタンの赤い服に少しだぶついた赤いズボン、ポンポンのついた赤いナイトキャップをかぶった――サンタだ。
ひげはない。思ってたよりも細身だ。おじいさんじゃなくてすごく若い。
ってかあの顔、見たことある。
ほぼ毎日見てる純和風のしょうゆ顔。
「山田!」
私が呼ぶと、山田はぎょっとしたようだった。
「打木さん!? え、どうして?」
「ごめん、パーティって今日だったっけ? なんか私、よくわかんないうちにここに来ちゃってて……」
雪に足を取られつつ、私は玄関先に立つ山田に駆け寄る。
どうにかそこまでたどり着くと、山田は目を丸くして私を見ていた。まるで貴重なものでも見るみたいに、しげしげと。
「打木さん、その格好……」
「ああこれ、着てくるつもりなかったんだけど、気がついたら着てて」
まったく訳がわからないけど、着てるんだからしょうがない。でも寒い。
私がスカートを押さえると、山田の目もそちらに下りた。しげしげと、見られた。
「脚見んな!」
「あ、ごめん」
目をそらした山田は、その後ではにかみ笑いを浮かべる。
「でも、とてもよく似合ってる。かわいいよ」
照れながら言われるとこっちが照れた。
「似合ってねーし! 着たくて着たんじゃないから!」
「残念だな。せっかくおそろいなのに」
本当に残念そうに、山田は首をすくめた。
そういえば山田もサンタルックだ。それもコスプレ用のぺらっぺらなやつとは違い、しっかりした生地でできた本格的な衣裳に見えた。白いふわふわの縁取りも、毛羽立ちなんて一切なくて、何でできてるんだろうと思う。
「山田もサンタコス? そういうのするとは思ってなかったよ」
見れば白い大袋も担いでいるし、これで恰幅よくひげを生やしてたら本物のサンタに見えただろう。完璧なコスプレっぷりだ。意外すぎる。
ところが山田は私の問いに、少し困ったような顔をした。
「コスプレ、ではないんだ。どう言えばいいのか……」
数秒間、迷うような沈黙の後で、意を決したように明るく笑う。
「とりあえず、ここは寒いから中に入りなよ」
山田の家の、玄関から先に上がり込むのは初めてだった。
案内された部屋は庭に面した居間のようで、暖炉の火が赤々と燃えていてほんわか暖かい。部屋の片隅はクリスマスツリーがあり、その足元にはリボンを結んだプレゼントの箱が大小いくつも置かれている。白い窓枠の窓からは、果てしない雪原とそこに降り積もる細かな雪が見えていた。
「ここに座って」
山田が白いテーブルクロスがかかった丸テーブルの椅子を引いた。テーブルの上には古めかしい銀色のロウソク立てが置かれていて、白いキャンドルの火がゆらゆら揺れている。そのせいで白い壁に映る私の影もゆらゆらしていた。
「少し待ってて、すぐ戻るよ」
そう言って部屋を出て行った山田は、本当にものの一分ほどで戻ってきた。木のトレイの上に、湯気の立つ赤いマグカップとお菓子のお皿を載せている。
「はい、よかったらどうぞ」
マグカップの中身はホットミルクで、添えられていたお菓子は風車みたいな形のパイだった。真ん中に赤紫のジャムが載っていて、雪みたいな粉糖が振りかけられている。
「おいしそう! いただきまーす!」
雪の中を歩いてきた身体に、ホットミルクは染み入るようなおいしさだった。
パイもさくさくしていて、中のジャムは甘酸っぱい。ブルーベリーとはまた違うさっぱりした酸味だ。
「口に合ってよかった」
パイを味わう私を見て、差し向かいに座った山田はほっとしたようだった。
「これって何ジャム?」
「プルーン。『ヨウルトルットゥ』っていうお菓子なんだ」
まったく聞いたことのない単語だ。
きっと、山田のおじいさんの国の食べ物なんだろう。
「うちではクリスマスになるとこの星型のパイを作る」
「星型? ああこれ、星の形なんだ……」
てっきり風車なのかと思ってた。
そうでなければ折り紙で作る手裏剣に似てる。うちの兄貴はあれを折るのが得意で、私が欲しいってねだったらたくさん作ってくれて――って、そんな話は今はどうでもいい。
「たくさんあるからどんどん食べて」
山田はパイを食べる私をうれしそうに見ている。
「ありがたいけど、あんまり食べると太っちゃうしなあ」
「大丈夫。いくら食べても太らないから」
「ほんとに!?」
朗報に声を上げると、山田は驚きに目を見開いてから声を立てて笑った。
「本当。信じられないかもしれないけどな」
そんなうまい話があるなんて。私は大喜びでお菓子をいただいた。
「なんか、私一人で食べちゃってごめん」
パイを二つも食べてしまってから、我に返って恥ずかしくなる。
ホットミルクで温まったのもあって、少し冷静に状況をとらえられそうだ。
「みんな、まだ来てないのにね。っていうか、パーティって今日で合ってる?」
終業式に出た覚えはないし、パーティの約束は放課後であって夜ではないはずだけど、私はコスプレなんかしてまで山田の家に来ている。
だから、今日がクリスマスパーティの日で間違いない、はずだ。
でも山田は、きりっとした眉を下げて答えた。
「いや、今日ではないんだ。うまく言えるかわからないけど……」
「え? 今日って二十五日、だよね?」
「厳密には、違う」
どういう意味だ。
訳がわからない私に、山田はふうっと深く息をつく。
それから、切れ長の目でまっすぐにこちらを見た。
「ここは二十四日と二十五日の間にある、夢の中の時間なんだ」
「……んん?」
ますます意味がわからない。
夢の中? ここが?
私は辺りを見回してみる。山田家の居間は暖炉があり、プレゼントの置かれたクリスマスツリーがあり、私たちが囲む丸テーブルがある。テーブルの上には火の灯ったキャンドルがある。
けど、よく見たらロウが溶けていない。
庭に面した窓から見える景色は変わっていない。でも窓辺には、いつしか小さな雪だるまが作られていて、にこにこ笑顔でこちらを見ていた。
「打木さんは――」
山田が私を呼んだので、あわててそちらに視線を戻す。
すると山田が真剣な目でこっちを見ていて、別の意味であわててしまった。
「な、なに?」
「僕がサンタクロースだって言ったら、信じる?」
それは、あまりにもぶっ飛んだ質問だった。
いや、信じるかどうかで言ったら、信じられないことはない。サンタの格好は、ひげもなければ細身で小顔の山田にもなぜか似合っていたし、この家には小さな不思議がいくつかある。溶けないロウソク、急に姿を見せた雪だるま、それに山田以外の人の気配がしないこと。
そして私は、ここに来た記憶がない。
二十四日の夜にベッドに入って、それから――どうやってここまで来たのか、自分でもわからない。
どうして、ここにいるんだろう。
「信じるよ」
私が答えると、山田は胸をなでおろしたようだ。
「よかった、ありがとう」
「え、じゃあ、山田ってサンタなの? サンタって実在したんだ」
「いるよ。僕と、僕のおじいちゃんがそうだ」
山田のお爺さん、マジでリアルサンタだったのか!
「サンタクロースは夜の間にプレゼントを配るだろ? でも普通に配り歩いていたら時間が足りなくて、朝になってしまう。だからこうして夢の時間のうちに準備をして、寝ているみんなのところへ配りに行くんだ」
プレゼントのための夢の時間。
まさに夢みたいな話だけど、山田の言うことだと不思議と信じられるから困る。
「なら、リアル私は今、家で寝てるってこと?」
「そういうことになる。ここにいるのは、君の心だけなんだ」
あ、それで『いくら食べても太らない』のか。
ホットミルクもパイもおいしかったけど、目が覚めたらこの味、忘れちゃってるのかもしれないな。
「そっか、夢の時間か……」
納得したところで、私はもう一つの疑問をぶつけてみる。
「だったら、私はどうしてここにいるの? こんな格好してるけど、私はサンタじゃないよね?」
まさかミニスカサンタ服を着ちゃったからサンタに任命されました、なんてわけじゃないだろうし。
というか望んで着た覚えもないんだけども。
「それは……」
山田が言いにくそうに目を伏せる。
と、その時、居間の戸口にサンタクロースが現れた。こちらは白髭に体格もいいおじいさんの――前に一度お会いした、山田のおじいさんだ。山田と同じ格好をしたおじいさんは、こちらを覗いて声をかけてきた。
「ハヤテとムサシの準備ができたぞ。そろそろ出るかい?」
とたんに山田がびくっとして、あたふた振り返る。
「は、はい。そうします」
それからおじいさんは私に気づいたようで、青い目をふっと細めた。
「おや、前に来てくれた子だね」
「お邪魔してます」
私が頭を下げると、優しい笑い声が聞こえた。
「こんなところに招かれて驚いただろう。孫には責任もって送らせるから、安心しなさい」
「はい」
うなづく私の目の前で、山田がぴしっと背筋を伸ばす。
おじいさんはいっそう笑いながら、戸口を離れてどこかへ去っていった。
「……ハヤテとムサシって?」
「うちのトナカイの名前だ」
トナカイの名前まで純和風。思わず吹き出しかけると、山田は少し恥ずかしそうにした。
「だってうちの子はどっちも赤鼻じゃないし、『ルドルフ』だと柄じゃない気が……」
「いいんじゃない。なんかすごく山田っぽいし」
本当にしっくりくる。私はしばらく笑いをこらえるのに必死だった。
それを見ていた山田は居心地悪そうにしていたけど、やがてつられたように笑った。
「打木さんがそう言ってくれるなら、いいか。じゃあそろそろ家まで送るよ」
そして椅子から立ち上がり、赤いナイトキャップをかぶり直した後で、
「さっきの話だけど……打木さんがここに来た理由」
おずおずと言いにくそうに切り出した。
「ああ、うん。『招かれた』って言ってたよね」
「そう。たぶん僕が呼んだ」
「たぶん? あいまいだね」
私の追及に、山田はますます言いにくくなったようだ。少しの間目を泳がせてから、なぜか頬を赤らめた。
「招いたといっても、意図してやったことじゃないんだ。たぶん……どうしても、見てみたかったからだと思う」
「何を?」
「その、打木さんの――ミニスカサンタを」
なんだと!
ってことはこの格好、山田の願望の現れですか!
「山田は野間と違って大人だなって思ってたとこなのにー」
「う……ごめん。こんな寒い格好させて」
「こういうの興味ないタイプだと思ってたなー」
「本当にごめん。興味ありました……」
山田は一度うなだれたものの、はっとしたように弁明した。
「でも僕は、打木さんだから見てみたいと思ったんだ。そこは誤解しないでくれ!」
誤解は、しませんけども。
それ言われて平然としていられる女子はいない。私も、そうだった。