嘘をつけない私の異世界転移
スケッチブックを開いて、思い出の景色を描いてみた。月夜に色彩豊かな花々が、人の背丈より大きく伸びて咲き誇っている。
その中でもひときわ美しい水色の花のかげ、茎にもたれるようにして彼はこちらを見つめている。
薄紅色の髪の合間から二本の触覚が覗き、背中には青く輝く蝶の羽が生えている。それ以外は私の知る人間とあまり変わらず、均整のとれた身体に手足が二本ずつ、黒々とした双眸もあれば、石膏細工みたいに美しい鼻もあれば、色素の薄い唇もある。
記憶の中の彼はその唇を優しく微笑ませているけど、それは私に合わせてのこと。
『気持ちが目に見えないと不安だって? カヤはかわいいな』
頭に響く愉快そうな彼の声を、三十年が過ぎた今でも覚えている。
彼の名前はフォル。
私とは違う世界の人だった。
「ふう……」
スケッチを終えた私は、少し疲れた目を伏せる。
思い出は今も色あせず、私の心に残っていた。忘れようにも忘れられず、記憶のとおりに描き出すことだってできる。
だけど、絵の中の彼に会うことはもう二度と叶わない。
彼のいる世界に行く術はない。
「――佳也子叔母さーん!」
どこからか呼ぶ声が聞こえ、私は再び目を開く。
立ち上がって目を凝らせば、アトリエの窓の網戸越しに二つの人影が見えた。夏の庭に現れた、麦わら帽子をかぶった大小の影――姪の月子が、まだ二歳になったばかりの大姪を連れている。
私は窓辺から返事をする。
「月子ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは! ほら、かなでもご・あ・い・さ・つ!」
月子にひょいと抱き上げられ、かなではもみじのような手を振ってくれた。誰に似たのか愛嬌たっぷりで、今も人見知りせずにこにこ笑っている。
それがあまりにもかわいくて、私はつられて微笑み返した。
「今日も暑いでしょう。入って、麦茶を入れるから」
「はーい、お邪魔しまーす!」
月子の声を聴きながら、私はスケッチブックを静かに閉じた。
私は今年で四十八になる。
世間的に言えば『アラフィフ』という分類になるらしい。
十年ほど前までは、独身でいることを暗に、あるいは表立って責められたりもした。お嫁に行く様子のない私を両親はずいぶんと心配していたし、月子の父――つまり私の兄も、私に異性を紹介しようと躍起になっていたこともある。だけど私はいくつかの縁談、あるいはもっとフランクな交際の申し込みも、この三十年間ことごとく拒んできた。
今は両親も共に他界し、遺してくれた家に私だけで暮らしている。
兄夫婦は近所に住んでいて、相変わらず独り身の私を気にかけてくれていた。それは姪の月子も同じのようで、結婚して家を出た今でもこうして訪ねてくる。
「佳也子叔母さんは私のお姉ちゃんみたいなものだから」
月子は昔から、そんなふうに言う。
「お姉ちゃんだなんて歳でもないでしょう」
まだ二十代の月子とは、姉妹というより母娘ほどの歳の差がある。もしも結婚をしていれば、私にも彼女のような娘がいたかもしれないのだ。
「何言ってんの! 佳也子叔母さんはまだ若いよ」
月子が笑い飛ばすから、私は肩を竦めた。
「兄さん曰く、『気持ちだけ少女のまま』らしいけど」
「いいことじゃない。まず気持ちが若くないとね」
明るく言って、月子が麦茶を一口飲む。
ソファーに座る彼女の隣では、かなでが小さな手で絵本をめくっている。我が家の居間の本棚にいっぱい詰まった絵本たちを、彼女は早くも気に入り始めているようだ。ここに来る度に読みたいとしぐさでせがむ。
「叔母さんの絵本、大好きなんだもんね」
娘を見る月子の目はすっかり母親らしく柔らかい。この子が生まれた頃を覚えている私としては、時の流れの速さを実感するひとときでもある。
アラフィフにもなるはずだ、と思う。
「よかったら、いくつか持ち帰ったら?」
私は二人にそう告げた。
「いいの?」
「ええ。月子さえよければ、将来的には全て譲りたいと思ってるの」
「全部!?」
月子が麦茶のコップを倒しかけ、慌ててコースターの上に直す。
「全部なんて……叔母さんの大切な財産でしょ?」
もちろん、大切な本ばかりだ。
家にある絵本は、私がこれまでの生涯で手掛けてきた作品たちだった。
子供の頃から絵を描くのが好きだった私が、十八を過ぎた頃から描き始めたのが異世界の風景だ。
睡蓮の池の中につくられた都、蝶や甲虫の羽で空を行き交う人々、蜜が流れる川を照らす二つの月、うっそうとした森のように大きな花畑――私が描くその風景は思いがけない評価を受け、今では生業になっていた。
「本当にこんな世界を旅してきたみたいだ」
私の絵を見た人の中には、そんな称賛をくれる人までいた。
だけどこの風景が、実際に私の目で見たものだと知る人はいない。
そしてフォルのことだけは――彼の絵だけはスケッチブックの中に閉じ込めて、誰にも見せるつもりはなかった。
「まだ早いって言われそうだけど、将来のことを見据えてね」
「やだ、叔母さん。身辺整理ってこと?」
私の言葉に、月子はとんでもないと眉をひそめる。
「早いなんてもんじゃない、縁起でもないよ」
「でも独り身だから。ちゃんと備えておきたいの」
「やめてよもう……何かあったら、ちゃんと私が面倒見るから!」
月子はそう言ってくれるけど、既にお嫁に行った身で、それも子供を抱えてでは無理があるだろう。
身の振り方を考えるのに早すぎることもないはずだった。
「人生、何が起きるかわからないもの。身軽な方がいいじゃない」
私はそれを身に染みて実感している。
何が起きるかわからない。備えておくに越したことはない。
「だからって、そんな先々のことまで考えなくても……」
月子は納得がいかないようだ。汗に濡れたかなでの額を拭きながら、不服そうな顔をしている。
それから目を瞬かせた後、言いにくそうに切り出してきた。
「叔母さんって……その、どうして結婚しなかったの?」
「相手がいなかったからね」
「……本当に?」
心当たりでもあるのか、月子はハンカチを持つ手を止める。
「お父さんが言ってたんだけど……昔、駆け落ちしたって聞いたよ。高三の夏休みに、でも泣きながら帰ってきたって……」
兄の中で、あの夏の出来事はそういうふうに変換されているようだ。
そうでもなければつじつまの合わない話だろう。高校生の妹がある日こつぜんと姿を消し、二週間も帰ってこなかった。携帯電話もない時代とは言え連絡一つよこさず、また書き置きなどもないとなれば、兄はもちろん両親もとても心配したに違いない。
厳密には駆け落ちでも何でもない。あれは、何と呼ぶのが正しいのだろうか。
私が異世界に招かれていた、たった二週間の出来事は。
『カヤは嘘がつけないな』
頭の中に響くフォルの声、今でも思い出すことができる。
『でもそれでいい。俺もカヤの気持ちは信じられる』
そう言ってくれた彼の存在を、彼と過ごした日々のことを、何と呼べばいいのだろうか。
私は嘘をつけない。
だから黙っていた。両親にも、兄にも、警察にも、仲のいい友達にも。
それから、私を案じてくれている姪にも。
「いろんなことがあるものなの、人生にはね」
月子に対し、私は笑ってそう答えた。
「そして私の人生はまだ四十八年。これからだって、何が起きるかわからない」
「そうだけど……」
一方、月子はまだ腑に落ちない様子だった。
だけど私に詳細を問いただすつもりもないようだ。しばらくしてから、ため息と共に微笑んだ。
「変なこと聞いてごめんなさい。結婚しない自由だってあるよね」
「気にしないで」
私はかぶりを振る。
「月子や兄さんが、私を心配してくれるのもわかるから。気にしてくれてありがとう」
本当は、何もかも忘れて身を固めてしまう方がよかったのだろう。
その方が両親も、兄も、姪たちだって安心できただろうし、私にも今とは違う幸せがあったかもしれない。
わかってはいたけど、私はその選択ができなかった。できないまま、三十年が過ぎていた。
月子とかなでは、特別気に入った数冊だけを持っていった。
全て譲りたいというこちらの申し出は、月子曰く当面保留だそうだ。まだそんなことを考えるのは早いとたしなめられ、私もひとまずはうなづいた。
一人になってから、私はアトリエに戻りスケッチブックを開いた。
思い出の中のフォルはみずみずしい青年だった。いつも朗らかで、よく私に話しかけては心を解きほぐしてくれた。彼の明るさと優しさだけが、あの時の私の支えだった――。
きっかけは落ちる夢だった。
高三の夏休み。いつものように眠りに就き、ありふれた朝を迎えるはずだった。背筋がぞくりとするような、果てのない浮遊感を味わった後に目が覚めて――気が付いた時、私にありふれた朝は訪れていなかった。
美しい、だけど地球上では見たこともないような大きさの水色の花の上、私は横たえられていた。
見上げる夜空には月が二つ浮かんでいる。呆然としながら身を起こせば、花の下に集っていた人々が一斉に声を上げた。
『人だ!』
『この度の導き手は人の姿をしているぞ!』
声とはいうものの、彼らの言葉は耳ではなく、頭の中に響いてきた。
どうやら彼らには声帯がないようで、精神感応――要はテレパシーで会話をする。地球上ではおよそありえないような髪の色、見慣れない二本の触覚、蝶や甲虫の羽を有し、中に複眼の者さえいた。それ以外は私とよく似た異世界人たちは、私を儀式によって召喚したとのことだった。
国が乱れた時、彼らは水色の花に祈り、多くの人の祈りによって導きがもたらされる。
与えられる導きは、過去には例えば石ころ一つだったり、棒切れだったり、異世界の文字を記した書物だったりしたそうだ。
『知性ある生き物が降ってきたのは初めてだと聞いた。すごいな、カヤ』
あとでフォルが、からかい半分でそう教えてくれた。
かくして導き手として招かれた私は、国の乱れを鎮める大役を任された。
声を持たずに精神感応で会話をする異世界人に、私の考えは全て筒抜けだ。彼らは心を読まれないように覆い隠す術に長けており、またそのために表情を動かすということをほとんどしない。それが疑心暗鬼を駆り立てて、やがて種族間の軋轢を引き起こすようになったという。嘘をつけない私の具体的な務めは種族間を繋ぐ使者。言伝に嘘や策略がないことを証明するため、私は常に矢面に立たされた。
それでなくてもたかだか十八の娘に、勝手もわからぬ異世界での暮らしが心地よいはずもなかった。勝手にお仕着せられた重圧、招き人としての疎外感、そして親許恋しさに私は泣いてばかりいた。
そんな私の元に現れたのが、侍従騎士に任命されたばかりのフォルだった。
『石ころか棒切れの護衛と思ったら、普通の女の子じゃないか』
初めて会った時、私を見たフォルは真っ先にそう言った。
表情は他の人たちと同様にぴくりとも変わらず、笑ってみせることもない。ただ彼は他の人たちよりも遥かに饒舌だった。私の傍にいる時は絶えず話しかけてくれた。
『自力じゃ帰れない遠くまで、無理やり連れてこられたようなものだもんな。辛いよな』
私は嘘がつけないから、ほんのちょっとでも思い浮かべたことは全て彼に知られてしまった。
『食事がまずい? なら食べられそうなもの見繕ってくるか』
『寝室が暗くて寂しいのか。寝つくまで傍にいてやるよ』
『表情が変わらなくて怖いって……俺たちからすると、いちいち顔が変わるカヤの方が不思議だ』
フォルは私の心を読んでは面白がるくせに、私の前で笑顔を見せることはない。
だから私が笑い方を教えてあげた――面白い時、楽しい時、幸せな時、私たちはこうやって笑うの。心を読む力がない分、気持ちが目に見えた方が、安心できるから。
それでフォルは私を真似て、笑うように唇を動かした。
『こうすることで、カヤが安心できるなら』
彼のその優しい笑顔は、今でも私の目に焼きついている。
導き手としての役目は、およそ二週間ほどで終わった。
何度か命からがらな目にも遭ったけど、私は使者としての務めを果たした。
これまで役目を終えた導き手たちは、あの水色の花の上で帰還の儀を執り行い、元の世界に帰すのが習わしだという。必要とされなくなった私が異世界に残る理由もなく、帰れるという事実には安堵していた。
一方で、フォルとの別れを寂しく思っていたのも事実だ。
帰還の儀の前夜、私はフォルと共に花の森を歩いた。
いつもは饒舌なフォルが、この夜だけは言葉少なだった。夜道を歩き慣れない私を気遣い、何度も手を貸してくれたけど、彼にしては不自然なくらいずっと黙っていた。
私は嘘がつけないから、本心は全て彼に知られていただろう。家に帰れるのがうれしいことも、だけどフォルとは別れがたいと思っていたことも、彼と過ごす最後の時間をとても貴く思っていたことも――。
夜空に向かってひときわ高く伸びている、水色の花の根元で足を止めた。私が呼ばれてきた祈りの花。翌日にはここから帰ることになっていた。
花びらの隙間からこぼれ落ちる月明かりの下、フォルはためらいがちに切り出した。
『帰らなくちゃ、いけないのか』
精神感応で伝えてきたとは思えないほど、ぎこちなく、不器用な物言いだった。
『もう会えないのか、カヤ』
――私は、もうこの世界に必要じゃないから。
私は心の中で答えた。
するとフォルは悔しそうに呻いた。
『カヤは無私の心で、この国のために働いたじゃないか。用が済んだら必要ないなんておかしい……!』
でも彼以外にとっては真実だったに違いない。正直すぎる私は、この国にはなじめない。多くの人にとって、触覚も羽もない私はただの異質な存在でしかなかった。
それにもし、まだここにいていいと言われても、私はきっと迷っただろう。
『ここにいていいと言われたら? カヤは、どうする?』
追いすがるようなフォルの問いかけに、私は黙った。
答えなくても彼にはわかったはずだ。家族には会いたい。日本が、生まれ育った街が恋しい。この国にも美味しいものはあったけど、白いご飯が食べたい。
だけど、フォルとは離れたくない。
彼のことが、好きだった。
『カヤは嘘がつけないな』
フォルはそう言うと、水色の花の根元で私を強く抱き締めた。
『でもそれでいい。俺もカヤの気持ちは信じられる』
そして私を抱いたまま、青い羽で二つの月が浮かぶ空に飛び立った。
残された時間を、私はフォルの腕の中で過ごした。
『俺も好きだ、カヤ。離したくない』
月下に聞いた彼の言葉を、あの頃の私はひたすら切なく感じていた。
彼との最後の思い出だった。
三十年が過ぎた今でも考える。
もし、あの世界にいていいと言われたら、私はどうしていただろう。
家族の元へ帰ることを選んだか、フォルの傍にいることを望んだか。暮らし慣れた日本を選んだか、慣れない異世界でもいいと望んだか。
考えても答えは出なかった。十八の娘に選べという方が難しいだろう。
そして私は四十八になり、あの頃の思い出を糧に生きている。
少しだけ寂しくて、だけど平穏で、ささやかながらも幸せな生活――。
その夜、落ちる夢を見た。
三十年前の夏と同じ夢を、見た。
背筋がぞくりとするような、果てしない浮遊感には覚えがあった。はっとして目を開くと、私の身体は柔らかい何かの上で一度、ぽうんと弾んだ。
「え……!?」
見上げる夜空には月が二つ。身を起こしてみれば、私は大きな水色の花の上にいた。
まさか。
まさか――また、呼ばれた?
呆然とする私の視界の隅で、誰かの影が飛び上がり、花の上にそっと着地する。
薄紅色の髪と青い羽、二本の触覚を揺らしているのは――。
『カヤ!』
聞き覚えのある声が頭の中に響く。
私に駆け寄り、覗き込んでくる青年の顔には覚えがあった。
「フォル……!?」
三十年ぶりにもかかわらず、記憶の中の姿とさほど大きな違いはなかった。
髪を短く刈り込み、口元に古い傷跡がある。それと青い右羽の下端にわずかな欠けがある、その程度だ。人ほど老いないのだろうか、顔立ちには違いがなく、何よりも口元に浮かべた笑みでわかった。
間違いない。この世界でこうやって笑うのは彼くらいだ。
『やっぱりカヤだ! 何も変わってない!』
フォルが声を弾ませ飛びついてきたから、私は花の上に再び倒れた。
覆い被さるように抱きすくめる彼の顔を見上げ、心の中で異を唱える。
――変わってないはずない。あれから三十年も過ぎてるのに!
『いいや、全然変わってない。どう見てもお前はカヤだ!』
昔どおりの朗らかさでフォルは言い、私を抱いたまま花の上でぐるんと一回転してみせる。
彼の身体の重さ、温かさが懐かしく、急に胸が苦しくなった。
『俺もだ、カヤ。本当に会いたかった』
感極まっているのか、聞こえてくる彼の声は感情に揺れている。
『だからこうして、祈りの花に願ったんだ……毎日毎日、三十年もの間!』
だから、私はここにいるのだろうか。
導きは、多くの人の祈りによってここにもたらされる。私が初めて呼ばれた時もそうだった。
――でも、今はフォルが?
三十年、ずっと祈ってくれたから?
『ああ、そうだ! 俺の祈りがようやく通じた、お前にもう一度会いたいという祈りが!』
フォルは歓喜の声を上げ、それから私の頬を両手で挟む。
『カヤ、お前は何も変わってない。相変わらず嘘がつけないな!』
そう、私は嘘がつけない。
フォルが祈りを捧げてくれた三十年間、私も同じように彼を想っていた。
かつてはここに残ることを選べなかった。だけど今は、長い年月と別離を経た今ならば――。
会いたかった、フォル。
私は今も、あなたが好き。
『……カヤ、カヤ!』
私の名を呼ぶ彼には、私の心の何もかもが伝わっていることだろう。
今なら私は彼を選ぶ。何を引き換えにしても構わない。生まれ育ったあの国、あの街にもう帰れなくても、知っている人たちに会えなくなってもいい。
もう二度と会えないと思っていた人に、もう一度会えたのだから。
『もう会えないと思ってたって? カヤはひどいな』
フォルが愉快そうに言う。
『俺は会えると信じてた――思ってたより時間、かかったけどな』
そしてあの夜と同じように、私を抱き締めてから夜空に飛び立った。
『離したくないって言っただろ、カヤ』
彼の祈りの力は素晴らしい。
私もうれしくなって、彼の首元にぎゅっとしがみついた。
心残りがないわけではない。
兄たちは、月子は、かなでは、私の絵を気に入ってくれた人たちは――突然いなくなった私をどう思うだろう。心配するに違いない。彼らに伝える手段がないことは心苦しく思う。
だけどいつかはあのアトリエで、誰かがスケッチブックを見つけるだろう。
そこに描かれた三十年分の想いに気付いて、私の行方を知るかもしれない。
私はもう嘘をつけない。
フォルと一緒に、もう二度と離れることなく生きたいと思う。