幼なじみ、ふたたび(2)

 入ってみたカラオケの部屋はそれほど広くなかった。
 きっと五、六人用の部屋なんだろうとは思う。人気曲ランキングを映すテレビモニターの前には大理石っぽい模様のついたテーブルが置かれていて、三人掛けとおぼしき黒いソファーが二脚、テーブルを挟んで向き合っている。
 そのうち片方のソファーには、モニター側から順に栄永さん、黒川さん、上渡さんが並んで座っている。三人は肩を寄せ合うようにして、デンモクではなく、お店のフードメニュー表に見入っていた。
「とりあえずポテトでしょ。あと甘いもの系も何か食べたいなあ」
「俺はたこ焼きとー、揚げたこ焼きとー、あ、イカ焼きもいいな」
「テーブルの面積も考慮に入れて注文してくれ。今日は五人で来てるんだから」
 三人掛けらしいソファーも実際に三人で座っているのを見たら少し窮屈そうだったけど、それ以上にテーブルが手狭な印象だった。デンモク、歌本、マイク二本が載ったらもう余裕ないサイズだから、ここに人数分のコップとフードメニューを並べたらどうなるだろうと思う。
 ところで、もう一脚のソファーには大地が一人で座っていた。ちゃんと私の分のスペースを空けておいてくれて、早く座れと言いたげに座面をぼすぼす叩いてる。ドアを後ろ手で閉めた私は、急いでそこへ腰を下ろした。
 それからはメニュー表をテーブルの上に置いて、五人で覗き込む。
「こういうの、写真がいいと見てるだけで腹減ってくるよな」
 大地もすごくお腹が空いてるみたいだ。六時間授業の後じゃしょうがない。
 もちろん私も何かつまみたい気分だったから、かぶりつきでメニューを眺めた。
 せっかく大勢で来てるんだから皆で食べられるものがいいかなって思うけど、甘いものも確かに捨てがたい。でも最初にアイス食べちゃったら、終盤のくたびれてきた辺りで食べるものがなくなっちゃうし、一日にアイス二回は、さすがによろしくない気もするし……カロリー的な意味で。
「お、ラーメンあるぞラーメン。萩子はこれにしろよ」
 きれいな写真の並ぶメニューの一角、二つ並んだ丼を発見して、大地が私をつっついてくる。
 チャーシュー一枚にメンマに焼き海苔の載った細麺仕立てで、味は醤油と塩の二種類。でも元祖しびれラーメンより具が寂しいなと思っていたら、そのうちお値段に目が行って、六百円超えてた時点でちょっと遠慮したくなる。
「ラーメンだったら、おじさんの作ったのがいいもん」
 私はそう応じた。家から歩いて何分もしないところに美味しくて、しかも安いお店があるから、わざわざよそで食べなくてもいいよね。
 このカラオケには友達と何度か来たけど、そんなわけでラーメンは一度も頼んだことない。こういうところで食べたらそれはそれで美味しいのかな。そもそもカラオケ中、のびないうちに食べきるのは結構大変そうだけどな。歌うどころか拍手もできない。
「お前さ、それってちっちゃい頃から食ってるから、単に刷り込まれてるだけじゃねえの」
 笑いながらそんなことを言う大地を、私は可愛くないなあと思う。そこは、おじさんが誉められたら自分も嬉しいって思うところじゃないのかな。
「そんなんじゃないよ。本当に美味しいから言ってるのに」
「美味くないとは言わねえけど、たまに豚骨とかも食いたくならねえ?」
「ううん。私、鶏がらの方が好き。だからラーメンならおじさんのがいい」
 徹底的に主張してやったら、大地は鼻で笑ってきた。
「うわ。親父が聞いたら泣いて喜びそうな台詞だな」
 どうしてこう、馬鹿にしたみたいな言い方なんだろう。照れ隠しなのかな。
 反応に困ってとりあえず黙る私に、その後で思いついた顔をした大地が、
「あ、けどそこまで好きとか言うんだったら、お前、今日こそうちで晩飯食ってけば? 帰り結構遅くなるしさ、帰ってからおばさんに何か用意してもらうよりいいだろ」
 いきなり早口になって持ちかけてきた。
 今日こそって言われたとおり、前に誘ってもらった時には断っていた。その時も気を遣わなくていいよって言っといたんだけど、大地も割と義理堅いって言うか、多分一度くらい私にご馳走しないと気が済まないんだろうな。
 だったらお言葉に甘えておく方がいいのかもしれない、どうしようかな。うちのお母さんだったら私が何時に帰ってもご飯作っててくれそうだけど、楽できる方がいいに決まってるよね。でも帰り、本当に遅い時間だろうしなあ。
 私が迷っていたら、私よりも先に栄永さんが声を上げた。
「いいなー、私も行きたい!」
 そして大地が反応するより先に、黒川さんが思いっきり顔を顰めた。
「空気読め栄永!」
「読めませーん。せっかくだし一回くらい行ってみたくない? 大地先輩のお店!」
「俺は別に……って言うか、この流れで理解しような。誘われてんのは片野さんだけだろ」
 その言葉になぜか、大地が私を気まずげに見る。私はまだ考えてる。
「釘刺されなくたってもう十分わかってるもん」
 栄永さんはむくれていたけど、すぐに投げやりな口調で続けた。
「じゃあいいよ、黒川先輩でも。代わりに今度奢ってよ」
 途端、黒川さんは痛いところでも突かれたみたいにびくりとした。いつになくうろたえた様子で両手をぶんぶん振る。
「え? や、だから俺は行かないって。ほら、どうせなら上渡くんに頼めばいいじゃん」
「何でちょっと慌ててんの、先輩」
「あ、慌ててないし。ただ俺なんかが行って、稲多くん家の仕事を邪魔するのも悪いかなーみたいな?」
「お客さんで行くのに邪魔も何もないじゃん。……何かあるの?」
 眉根を寄せる栄永さんに、上渡さんも珍しいくらい明るく笑う。
「追及しないでやってくれ。黒川にもいろいろあるってことだよ」
 当の黒川さんは皆の疑問を振り切るようにメニュー表に没頭し始めた。今の優しそうな黒川さんからは、子供時代にあったっていう事件もちょっと想像できないかな。
 ともあれ、いくら大地のおじさんがカミナリ親父って知れ渡ってても、とびきり美味しいラーメンを作る人だとしても、町内のラーメン屋さんは雷光軒だけじゃない。栄永さんみたいに食べに来たことない人も案外たくさんいるのかもしれない。私はそろそろ雑誌に載ってもいいんじゃないかな、って思うくらいだけどな。
 大地も黒川さんの反応が不思議だったようだけど、追及しないでという言葉に従ったのか、私に視線を戻してきた。
「で、黒川先輩の言うとおりなんだけど、お前はどうすんの?」
 そうだった。まだ返事してなかった。
「うーん、どうしよっかな……」
 今更遠慮するような間柄でもないし、何より大地がそうしたいっていうんだから、大地を喜ばせてあげるべきだよね。でも、一個だけネックがあって――。
「食べたいけど、夜遅くにラーメン食べたら太っちゃわないかなって思って」
 私が正直に懸念を伝えると、大地にはまたしても鼻で笑われた。
「お前、太るとか気にする柄だったのかよ」
 柄って何だ。むっとした。
「するよ普通に。気にしない女の子なんていないと思うけど」
 大地のイメージする私は小学校時代で止まったままなんだろうか。私だってカロリーとか気にするし、来月から衣替え期間もプール授業も始まるし、この時期は特にいろいろ思いとどまっちゃったりするのに。
 何にせよ、大地からすれば私の懸念なんて呆れるようなものらしい。
「食べた分、次の日動くとかすればいい話だろ。そんな理由で悩むなよ」
 そう言われると、こんな理由でせっかくのお誘いを断るのは悪いなって気もしてくるけど。私も大地に笑われる程度には意志薄弱だった。やっぱりラーメンは食べたい。
 迷う私を見かねてか、上渡さんがテーブル越しに微笑んで、
「大丈夫。片野さんはそんなに重くなかったよ」
 と言ったら、やっぱり誰よりも早く黒川さんが面を、そして声を上げた。
「上渡くん! 君も大概空気読めないって言うか何て言うか!」
「え? いや、僕は単に、片野さんが気にしているのかと思って」
「いいから黙っといて! 天気のいいうちに帰りたくないのか!?」
 私もその間に、何で大丈夫って言われたんだっけって考えて――ああそっか、とすぐに思い当たる。思えばあの時も上渡さんは気を遣ってくれてたな。
 そうして複雑な気分になってたら、大地の方もちょっと複雑そうに、だけどいやに真剣な口調で言ってきた。
「俺だって全っ然、ちっとも重たくなかったからな!」
「う、うん……それならいいんだけど……」
 そりゃ大地は私の重さがどの程度か、昨日のあれですっかり知ってるだろうけど、面と向かって言われると昨日の出来事を思い出すから恥ずかしい。私が大地に力一杯抱きついたら、大地がこてんと倒れちゃったことも思い出して、二重の意味で恥ずかしくなる。――本当に私、重くないのかな。
 私がまごまごしてたら、それも大地にうつっちゃったのかもしれない。
「だったらいっそ、思いっきり歌ってカロリー消費しろよ!」
 何だか自棄気味に言った大地が、私の手を掴んだ。ゆっくり立ち上がらせながら、
「とりあえず萩子、歌え。遅くにラーメン食べても平気なくらい歌い尽くせ!」
 連れて行かれた先はカラオケボックスにつきものの、わずかに段差があるだけのステージ。
 すぐにマイクも手渡されて、だけど曲入れてないからモニターには延々とランキングが流れてるだけだ。戸惑う私の隣で大地がデンモクを持ち、手早く起動を始めている。
「お前、何なら歌える? 曲名言えよ、探してやるから」
「え? でも、まだ誰も歌ってないのに、私が最初でいいのかな」
 と言うか注文も済んでないし飲み物だって取ってきてないし、何よりこの個性溢れるメンバーの中で私がトップバッターなんて、番狂わせと言うか、地味すぎやしないだろうか。
 でもわずかな高さから見下ろす先、三人並んでるソファーからは、
「むしろ歓迎するよ。頑張ってくれ、片野さん」
「今日の主役は君たち二人なんだから、遠慮することないよー!」
「ラーメン一杯分歌いきるのって大変だよ、頑張ってね萩子先輩!」
 温かいご声援をいただいて、どうにも引くに引けない空気だ。
「俺も一緒に歌ってやるから、好きな曲選べよ」
 大地が嬉しそうにデンモクを差し出してくる。もう片方の手には、既にしっかりマイクが握られている。一方、私はばりばりに緊張し始めていて、デンモクを受け取りつつも言わずにはいられない。
「あのさ、大地。こういう時にこそ『柄でもない』って言ってほしかったんだけど」
 すると大地には、案の定笑われた。
「昨日の度胸はどこ行ったんだよ。そういう柄だろ、萩子は」
 そう言われたら、開き直らないわけにはいかなかった。

 度胸と歌唱力が比例するかって言ったらちっともそうではなく、最初に歌った曲は歌詞もリズムもところどころ頭から吹っ飛んでしまって、その度に大地に拾ってもらうような有様だった。きっと聞き苦しかったんじゃないかって思うけど、居合わせたのが優しい人ばかりだったのがありがたかった。
 そして開き直りが功を奏したところもあったようで、その後は割とリラックスして歌えたし、緊張も遠慮もだんだんと萎んでいった。カラオケ五時間って言っても五人だし、単純計算でも一人一時間だし、そんなに歌うこともないんじゃないかと思っていたけど、気づけば案外歌っていたみたいだ。

 楽しい時間は過ぎるのも速くて、あっという間に午後八時を回っていた。
 窓の外がとっぷり暮れてしまった頃、グラスが空になった私はちょうど歌の途切れた辺りで席を立つ。そうしたら大地が、俺も、とグラスを空けて立ち上がる。だから代わりに持ってきてあげようかと申し出たら、それはあっさり無視された。
「……この辺、暗くなると変な奴出てくるから。店の中だって一人では動くなって」
 部屋を出て、あちこちから歌声がこだまする廊下を歩きながら大地は言う。呆れ半分って物言いだった。
「何か萩子見てると、そりゃおばさんも心配するよなって思うよ」
「そうかなあ……」
 私からすれば承服しがたいところも多々ある言葉だったけど、大地の言葉そのものよりも、そう言った時のちょっとだけくたびれたような笑い方が気になった。
「大地、疲れた?」
 ドリンクバーはカラオケボックスの一階、受付カウンターのすぐ傍にある。並んで階段を下りている時に尋ねたら、すかさず首を竦められた。
「多少はな。初対面じゃねえけど、初めて遊ぶ相手ばかりだし」
 だけど直に笑んで、
「でも面白い連中だよな、あの三人。コントみたいで。一緒にいて退屈はしねえな」
 と言うから、私も頷いておく。
「うん。それにいい人たちだよね」
 利用時間は四時間を過ぎた辺り、私も体力的には疲れた。でもあの人たちといるのは楽しいし、大地もいるからちっとも飽きない。帰る頃には、五時間って思ったより短かったな、なんて感じてそうだ。
 ドリンクバー前は人気がなく、でも二階の廊下に負けず劣らず、どこかからの歌声が始終響いていた。もう順番待ちの行列はなく、ロビーはがらんとしていて、つけっぱなしの大画面が寂しげだ。
 サーバーの一つにグラスをセットした後、大地は思い出し笑いでもしたのか、短く声を立てて笑った。
「そういえば会長さん、本当にメジャーなところを歌ってたな」
「意外な選曲だったよね。ああいうの聴くんだっていうのがまずびっくり」
「だよなー。しかも普通に上手かったしな」
「格好よかったよね」
 上渡さんは普段と歌ってる時の印象がまるで違う人だなって思った。選曲のせいなのかもしれない。
 それと栄永さんはものすごく可愛い声で歌ってたし、しかも振りまで完璧だった。黒川さんも上手かったけど、でも歌ってる時よりも、見た目とは裏腹な食べっぷりの方が印象深かった。そんな風に見えないけど、お昼におにぎり四つ食べちゃう人なんだよね。
 空のグラスにウーロン茶を注ぎながら、大地は横目で私を見る。私もウーロン茶にしようと思ってたから隣で順番待ちしていたら、何か言いたげにされた。
「格好いいとかって……」
 言いたげにしてから、結局直後に切り出してくる。
「でも――それ言うなら、俺だってなかなかだったろ?」
「あ、そうだね。大地もすごく格好よかったよ」
 自分から切り出さなかったらもっとよかったんだけど――とは、へそを曲げそうだから言わないでおいてあげよう。
 実際、大地も歌が上手かったし、私のミスをフォローしてくれる機転もあるしで文句なく格好よかった。そういえば大地の歌を聴いたのも久しぶりだったし。いつ以来かな?
「そういうのは真っ先に言えよな」
 普通に誉めても文句は言われたけど、すぐに機嫌も直ったようで、今度はなぜかにやにやされた。
「だったらお前の歌ってるとこも、まあ……面白かったよ」
「お、面白かったって何!?」
「いや、お前の歌聴くのもすっげえ久々だし。それこそ、合唱とか抜いたら小学校以来じゃねえ?」
 くしくも、大地も私と似たようなことを考えてたみたいだ。
 そっか。そんなに久しぶりだったっけ。
「だから上手いとか下手とか、そういうのもあんまりわかんなかったな。お前ってこういうの歌うんだとか、歌う時ってああいう顔するのかとか、意外と何回も来てんだなとか、知らない相手みたいにいちいち驚いてた」
 話しながら注いでたせいか、大地のグラスはお茶がなみなみになっていた。それを立ったまま一口飲んで、それからやけにしおらしく、弁解するように言ってくる。
「だったら、面白いとしか表現のしようがねえだろ」
 そうかなあ、私は首を捻りながら大地が退いた後のサーバー前に立ち、自分のグラスにお茶を注ぐ。それにしてももっと言いようあるよねって思うんだけどな。例えば――あんまり違わないかもだけど、興味深かったとか。あるいは、新鮮だったとか。
 すると、
「萩子」
 背後から呼びかけられたので、手を止めて振り向く。
 お茶でいっぱいのグラスを持った大地が、曖昧な笑顔でこっちを見ている。
「次は、お前と二人で来たいんだけど」
 それからそんな風に言われたから、私は少し驚いて、言った当の本人はあたふたと言葉を継ぐ。
「あ、誤解すんなよ。あの人たちと来るのが嫌だってわけじゃねえからな」
「うん。それならいいんだけど」
 びっくりした。実は乗り気じゃなかったのを、勢いで連れてきちゃったのかなって思ったから。そうじゃないならよかった。
「ただ、次はお前の歌も驚かないで普通に、じっくり聴けたらって思っただけで」
 一度そう口にした後、大地は自分の言葉がよくわからないみたいに首を傾げた。
「いや、違う。――俺はこういうの、もうないだろうって思ってたんだよ」
 ないって、何が?
 怪訝に思う私に、更にぽつぽつと打ち明けてくれる。
「お前と遊びに行ったりとか、どっか出かけたりとか、できねえんじゃないかって……そう思いたくなかったけど、でも前からうすうすは思ってた。普通の幼なじみだったらできることが、俺たちにはできなくなったんじゃねえかって。あのままだったら絶対無理だったんだろうなって、今は確信してる」
 手にしていたグラスの縁ぎりぎりの水面に波が立ち、大地の視線がそこへ落ちる。何となく寂しげに見える。
「だから……きっかけはあれだけど、これからはそういうの、取り返すとこから始めたい。今までできなかったことやって、行けなかったとこにも行って……」
 顔を上げると、大地は私を真っ直ぐに見た。
 今度はきれいな二重の目をふっと細めて、しっかり笑った。
「カラオケだって、お前の得意な曲知ってるくらいにはなりたいし。ボウリングも俺が教えたらもっと上手くなると思うし。あとは……とにかく、今まで無駄にしてた何年間かを一気に取り返さなきゃ、時間がもったいねえだろ。だから二人であちこち行こうぜ」
「うん」
 異論なんてあるはずないから、私もしっかりと、深く頷く。
 本当に、もったいなかったって思うよ。こんなに一緒にいるだけで楽しくて、幸せな気持ちにもなれる相手なんてそうそういるはずがないのに。幼なじみって言葉で言うのは簡単だけど、その言葉にふさわしい関係でいられたかどうかはちょっと自信がない。まるで他人みたいな顔でいた頃も、つい最近まではあったんだから。
 私も取り返したい。空っぽだった――私が自分で空っぽにしてた時間を、これからは忘れられないような楽しい記憶でいっぱいにしたい。
「でも二人で来るなら、さすがに五時間はいられないよね」
 改めてグラスにお茶を注ぎつつ、私は笑う。
「何でだよ、五時間くらい余裕だろ。試してみるか?」
 不服そうな声が背中に聞こえる。
「え、でも二人でだよ? 五時間だよ? 歌える曲なくなっちゃわない?」
 そこでちょうどグラスがいっぱいになったから、サーバーから外した。
 それから振り向いたら、すごく嬉しそうな大地の顔が見えて、
「お前と二人でいるんだったら、歌ってばかりってのももったいねえし。半分くらい喋り倒す時間とかでもいいじゃん」
 大地も、私といるのが楽しいって思ってるんだってわかったら、私まですごく嬉しくなった。そっか。話すだけでもいいって思ってくれてるんだ。
 でもって、笑いを噛み殺してたら、すぐに目ざとく指摘された。
「……だから、にやにやすんなって」
「見なきゃいいじゃん。見たら私のがうつっちゃうよ」
「もうとっくにうつった。……お前こそこっち見んなよ恥ずかしいから」
 お互い見るなと言いつつ、次の瞬間にはばっちり目が合って、本当に恥ずかしげな大地が言う。
「じゃ、戻ってまた歌わないとな。ラーメン分のカロリー消費しねえと」
「もういけたんじゃないかな。そうでもない?」
「俺はもうちょい歌いたい気分。何かこう、テンション上がってきた」
 そう話す大地は、さっきまでのくたびれた様子がどこかに消えて、なくなっていた。まだ上がるテンションなんてすごいなって思ったけど、私も結構、いい気分かもしれない。これからはカラオケに来る回数もぐんと増えそうだから、もっとしっかり歌えるようになっとかないと。とりあえず時間に余裕がありそうだったら、もう一曲くらい歌っとこう。

 いっぱいのグラスを持って、二人でにやにやしながら部屋に戻る。
 部屋では待ち構えていた栄永さんが、私たちが入って言った途端に、
「本当に仲いいよねー、幼なじみ」
 羨ましそうにそう言った。
「そりゃそうだろ。この人たちは歴史ある幼なじみなんだから」
 黒川さんが諭す口調で言うと、そこでどう思ったのか、大地が口を開く。
「そうでもねえよ。まだまだこれからってとこ」
 答えた時の顔が幸せそうだったから、私も、頑張って取り返したいなって思う。

 あの日から起きたことの何もかもを、二人一緒に、よかったって思えるようになりたい。
 私は既にそう思ってるんだけど、大地はどうかな。

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