Tiny garden

君しか、見えない

 有島くんは、他の人と違うものが見えているのかもしれない。
 私がそう言うと本人は決まって、
「荒牧の言う通りだったらいいんだけどな。今んとこ幽霊もアストラル体も見えねえよ」
 って答えるけど、そういうことじゃない。

 最初にそう思ったのは、一年生の頃、文芸部に入ってすぐのことだった。
 本を読むのが好きで、自分でもお話を作ってみたいと思っていた私は、深く考えず文芸部に入部届を出した。一年生の新入部員は私と有島くんだけで、当時は有島くんともほとんど喋ったことはなかった。
 文芸部には六人ほどの三年生と、二年生の先輩が一人だけいた。三年生はほとんど男子ばかりで何となく話しかけにくくて、私は二年生の柄沢先輩とばかり話していた。柄沢先輩は先輩だからって威張ったりしなくて、私たち新入部員にも初めからいろいろ声をかけてくれていつもすごく優しかった。なのに三年生の先輩がたは柄沢先輩に妙に冷たくて、ちょっと席を外した時に意味ありげに視線を交わし合ったり、邪険にするようなそぶりをするから、そういうのは嫌だなって思ってた。柄沢先輩のことは好きだけど、他の先輩がたは怖そうだから、部活は辞めちゃおうか迷い始めていた。
 そんなある日、三年生の先輩の一人が、私と有島くんに向かって言った。
「柄沢とは仲良くしない方いいよ。あいつ、すごい怖い彼氏持ちだから」
 その時、文芸部の部室には柄沢先輩はいなかった。進路指導があるから部活休むって聞いていた。三年生の先輩も柄沢先輩が絶対来ないのをわかってて、それで私たちに話を持ちかけたんだと思う。
 口調はあくまでも親切そうに、助言するみたいに言われた。でもすごく嫌な感じがした。
「去年までここにいた先輩なんだけどさ、性格最悪で誰彼構わずガン飛ばすような奴なんだよ。教師泣かしたりしたこともあったし、柄沢も脅されて付き合ってるって噂でさ、かわいそうだとも思うけど、関わりたくないだろ? そういうの」
 いきなりそんなこと言われたって信じられなかった。柄沢先輩がそういう怖い人と付き合うような人には見えなかったし、脅されて何にもできないような人だとも思えなかった。
 他の三年生たちもうんうん頷いたり、苦笑いを向けてきたりした。誰もがそう思ってる、って空気だった。
「だからお前らも柄沢とは距離置いた方いいって。怖ーい彼氏にお前らまで絡まれたら大変だぞ」
 話しかけてきた三年生の先輩は、私と有島くんに同意を、むしろ同調を求めてきた。
 私はどう答えていいのかわからなかった。
 心の中では、入部してからずっと優しくしてくれた先輩と、別に仲良くなってもいないのにいきなり変な噂話を吹き込んでくる先輩、どっちを信じればいいのかなんてわかっていた。でもはっきりそう言ったら怒られていじめられるんじゃないかって気がして、怖くて、すごく怖くて、私は黙って下を向いていた。
 すると同じように黙っていた有島くんが、急に顔を上げた。
 何か言う気なんだって思った。あんまり喋ったことないから何を言うのか想像もつかなかったけど、ちらっと見た顔が愛想よく笑っていたから、私もそうしなきゃいけないのかなって悲しくなった。
 でも有島くんが言い放ったのは、突拍子もない問いかけだった。
「先輩は、UFOって信じます?」
 声変わり前の透き通った声が部室の中によく響いた。
 話しかけてきた先輩はびっくりして目を剥いていたし、居合わせた他の先輩がたも当然ぎょっとしていた。もちろん私だって驚いた。何を言うんだろうこの人、って思った。
 ただ一人、当の有島くんだけが平然としていた。
「他のものでもいいです。幽霊でも宇宙人でも超能力者でも――いるって言う人もいるけど実在が証明されてないもののこと、その目で見たことなくても信じられますか?」
 呆気に取られている先輩がたに向かって、有島くんはからかうふうでもなく、到底冗談には聞こえない口ぶりで言った。
「俺はそういうの、自分の目で見るまでは信じられないんです。なのですみませんけどその噂も、俺が自分で確かめるまでは信じません」
 有島くんの言葉は部室の空気を一変させた。
 私たちに噂を吹き込もうとした先輩はたちまち鼻白んで、椅子を蹴っ飛ばしてから部室を出て行った。他の先輩たちもあからさまに嫌な顔をして舌打ちしたり、後で『謝った方がいいよ』なんて言ってきたりしたけど、有島くんはそうすべきだと思わなかったみたいだ。
 あとで、私だけに教えてくれた。
「俺は真実の探求者として公平な態度を取ったつもりだったんだけどな、何か怒らせたっぽい」
 私からすればどう考えても喧嘩売ってるようにしか聞こえなかったけど、臆病な私が言えなかったことを、その時有島くんは言ってくれた。
 私はその場の空気とか、もし逆らったら自分がどういう扱いを受けるかっていう予想ばかり見てて、一人でびくびくしているだけだった。
 でも有島くんは、私とは違うものを見ていた。あの先輩たちすら見つけられなかったものを、冷静に見ていたんだと思う。

 今はあの怖い先輩たちもいない。去年卒業してしまった。
 そして柄沢先輩ももうすぐ卒業してしまう。文芸部には結局部活を辞めなかった私と、有島くんだけが残っている。
 柄沢先輩の彼氏には、それより前に何度か会った。噂が本当じゃなかったことも知っている。それどころかすごく優しい人だった。そして柄沢先輩は、その人が通う大学を受験するそうだ。

 三学期が始まって一ヶ月もしないうちに、三年生は自由登校期間を迎えた。
 おかげで校内は一気に人口が減り、ほんの少しだけど静かになったように思う。
 もっとも、自由登校が始まるよりもずっと前から柄沢先輩は部活に来なくなっていた。そうなると校内で顔を合わせる機会も全くなくなってしまい、急に遠い人になってしまったみたいだった。同じ学校にいるのに廊下ですれ違ったり、登下校時に生徒玄関で見かけたりということもなかなかなくて、自由登校が始まると教室にすらいなくなって、もうずっと顔を合わせていないように思えてくる。
 ほんの数ヶ月前までは部室のドアを開けたら柄沢先輩がいてにこっと笑いかけてくれたのに、今ではあのドアは私か有島くんが自分で鍵を開けないと永遠に閉ざされたままだ。中に誰かが待っててくれるということもない。
 こうして見ると三学期って寂しい時期だ。三年生は忙しそうだしちらほら学校にも来なくなるしそのうち本当に卒業していなくなってしまう。おまけに季節は冬で、窓の外の景色も葉を落とした木々や風に震える電線や時々ちらつく粉雪といった寒そうなものばかりで、東高校の古い校舎は隙間風も酷いから本当に寒くて、そういう環境もまた寂しさに拍車をかけた。
「どうにかして新入部員確保しないとな」
 私が感傷と戦っている間も、有島くんは既に来年度のことを考えている。
 考え込む時の有島くんは普段より少し大人っぽくて、まるで今だけモノクロ写真にして撮影したような渋さがある。それだけならすごく格好いいと思うんだけど、そうやって考えてる時、有島くんの頭の中にあるのは幽霊とか宇宙人とか超能力者とか、あるいはもっとへんてこで怖いものの存在ばかりだ。何だかもったいない。
「勧誘ポスターを雑誌の後ろに載ってるインチキ広告風に描いたら釣れねえかな。文芸部に入ったら背も伸びて金も貯まって彼女もできるぜ! みたいな」
 今も有島くんはへんてこなことを考えていたみたいだ。と言うか、自分でインチキって言っちゃってる。
「詐欺になっちゃうよそれ。大体、文芸部じゃお金は貯まらないと思う」
 実際、私も有島くんも一年の頃と比べたら背は伸びた。有島くんに至っては声まで変わってきたけど、それはただの成長であって、文芸部以外の部活に入っていても得られたはずだった。
 ここでしか得られなかったのはもっと別のものだ。私にとっては、優しい柄沢先輩と、それから有島くん。それだけでも十分文芸部に入って、続けてきてよかったと思える。
 でもそのうち、柄沢先輩とはもうじき会えなくなる――と言うかもう既に会えなくなってしまった。二年間たくさんお世話になって、優しくしてもらって、なのに何のお礼もできていない気がしてもやもやしていた。
 だから今日、バレンタインデーに合わせて、私はチョコレートを用意した。柄沢先輩が来てたら渡そうと思って。ただ先輩が学校に来てるかどうかはわからなかったから、昼休み、チョコを持って三年生の教室まで行ってみることにした。
「事前にメールしときゃよかったんだ。十四日、学校来てくださいねって」
 有島くんは三年生の教室まで付き添ってくれたけど、ちょっと不機嫌そうだった。中肉中背って感じの有島くんはその体格以上によく食べる。毎日コンビニから大量の食糧を購入してきてはどこに消えていくんだろうという勢いで食べる。いっぱい食べた後は時々昼寝もする。だから今はちょっと眠いのかもしれない。
「柄沢先輩も忙しいだろうから、会えたらでいいかなって思って」
「そりゃ忙しいだろ。まして今日なんてバレンタインだし」
 がっしりした肩を竦めた有島くんが、その後思い出したように続けた。
「それに前期日程もう終わってるはずだし、部長も今日は鳴海先輩とのんびり過ごしてるんじゃねえの」
「かもしれないね。会えたらでいいんだ、私も」
 私は両手に提げた紙袋を見下ろす。今日の為に作ってきたチョコを詰めた紙袋は量が量だけにちょっと重いし、靴を買った時の大きな袋じゃないと入りきらなかった。本当はもっと可愛い袋に入れてこようと思ったんだけど。
「ってか、来てたとしてもそんなでかい袋渡したらかさばるだろ。作りすぎなんだよ」
 有島くんはじろじろと紙袋を睨んでくる。
 私が黙ると、有島くんはわざとらしく視線を外して口を尖らせた。
「大体、女子の先輩相手にチョコ作ってくるとか、バレンタインの常識ガン無視かよ」
「最近はそういうのも常識なんだよ。友達と交換したりとかね」
「女子のノリってやつはある意味オカルトだよな。常識すら捻じ曲げんだから」
 それを言ったらそもそもバレンタインデーの発祥は、って話になっちゃいそうだけどな。この日にチョコレートをあげることだって誰かが捻じ曲げた新しい常識に違いないのに、そういうことは何とも思わないんだろうか、有島くん。

 三年生の教室がある廊下は、昼休みにもかかわらず少し静かだった。
 全くの無人というわけじゃなくて、各教室に十人前後の先輩がたがいた。普段よりボリュームを抑えめにした話し声が廊下に響いていて、やっぱり人が少ないんだって歩いているだけでわかった。
 柄沢先輩のクラス、三年C組の教室を覗くと、ここは他のクラスよりも更に人が少なかった。男子ばかり五人ほどいるだけで、どうしてか女子の先輩の姿がない。
 つまり、柄沢先輩もいなかった。
「いないな」
 有島くんが声に出して呟く。
 C組の教室は五人程度じゃがらんとしていて広すぎた。戸口から覗いただけでも何だか寂しい光景に見えた。今日は誰にも使われていない机や椅子が午後の太陽にぼんやり照らされ、冷たく光っていた。
「今日は来てないのかな……」
「だから言ったろ。バレンタインなんだから、鳴海先輩のとこ行ってんだよ」
 溜息をついた有島くんは、それでも私の代わりにC組の先輩を呼んで、柄沢先輩のことを聞いてくれた。
 それによると今日は柄沢先輩を含むC組女子の先輩がたは、全員学校に来ていないらしい。何でも女子皆で集まって、バレンタインのチョコレートを作る約束をしているのだそうだ。
「……クラス皆、仲いいんだね。いいなあ」
 C組を後にして、私は有島くんと自分の教室へと戻る。
 二年の教室がある廊下へ戻ると、いつもと同じ昼休みの喧騒も戻ってきた。有島くんがうるさそうに眉を顰めてから口を開く。
「卒業近いからな。クラスが今更ってタイミングで団結するのも風物詩みたいなもんだ」
「そうだね。名残りを惜しむ気持ちがそうさせるのかもしれない」
 卒業を控えて、もうすぐクラスメイトではいられなくなるとわかったら、今のうちに皆と思い出を作っておきたいって思うようになるんだろう。
 どうしたって時間は流れていくし、卒業式も必ずやってくる。
 私は柄沢先輩にチョコを渡せなかったことよりも、会えなかったことそのものに寂しさを感じている。このまま本当に遠い人になっちゃうんじゃないかって思えてならない。
「三学期って、寂しい季節だね」
 歩きながら私が言うと、有島くんが怪訝そうな顔をした。
「そっか? 俺は好きだけどな、あっという間に終わるし」
「でも別れの季節だよ。柄沢先輩は卒業しちゃうし、学校じゃ会えなくなる」
「だからって今生の別れでもないだろ」
 有島くんは呆れたような物言いで続ける。
「OG訪問するって言ってたし、文化祭にも来てもらう予定だし、案外船津さんとこで鳴海先輩と一緒にバイト始めるかもしれねえぞ」
 私はまだあの古本屋さんで鳴海先輩が働いているところを見たことがないんだけど、有島くんは何度か見ているらしい。てきぱきしてて格好いい、って絶賛していた。何か想像できそう。
 だから柄沢先輩が一緒にバイトするっていうのも、あるのかもしれないなって気はするけど。
「それに部長なら、むしろ急いで卒業したいって思ってるだろ」
 伸びかかった前髪を払うように頭を振りながら、有島くんがそう言った。
 私は思わず廊下に立ち止まって尋ねる。
「どうして?」
 急いで卒業したいなんてすごく寂しい言葉だと思う。だから私は驚いたけど、有島くんも一歩先で足を止めて、こっちを振り返った。その時の顔はいつぞやみたいに、平然と、愛想よく笑っていた。
「一刻も早く鳴海先輩のところへ飛んで行きたいって、絶対そう思ってるよ」
 すごく自信たっぷりに言われたから、私の方がびっくりした。
「……そう、なのかな」
「当たり前。見りゃわかるだろ」
 断言する有島くんには、やっぱり、私には見えないものが見えているのかもしれない。
 だったら柄沢先輩の三学期は、寂しいどころか希望に溢れてきらきらしてる、未来へと続く道なんだろう。
 私が全然会えないでいるのも、柄沢先輩が全速力で鳴海先輩のところへ駆け出しているから、すごく速すぎて目に留まらないだけなんだろう。そう思ったら妙に納得できて、仕方ないのかなって少し笑えた。

 その日の放課後、私は特別教室の掃除当番で、有島くんには先に部室に行ってもらった。
 そして当番を終えて部室へ駆け込んだ私を、唐突に現われたドーナツの箱と有島くんが待っていた。
「遅かったな荒牧。さっき柄沢先輩来てったんだぞ」
「ええっ!?」
 あまりのことに私は大声を上げてしまった。会えたらでいいと思ってたけど、ぎりぎり会えなかったとわかると何か筆舌に尽くしがたいレベルでショックだ。
「もう帰っちゃった?」
「二十分前くらいにな。予定あるって言うから引き止めなかったけど」
 そう言って有島くんは私にドーナツの箱を差し出してくる。
「これ、差し入れだって。チョコじゃないけどって言ってた」
 私は呆然としながらその箱を受け取り、代わりに提げてきた紙袋を部室のテーブルの上に置く。
 お礼代わりに、作ってきたチョコを渡せたらよかったんだけどな。つくづく私の目に、どこかへ走っていく柄沢先輩の姿は見えないみたいだ。
「柄沢先輩も、有島くんだけに見えてるってことはないよね」
 思わず口に出して零したら、有島くんはいかにも男の子っぽく笑った。
「何だよそれ。普通に柄沢先輩だったよ、間違ってもドッペルゲンガーじゃねえ」
「だって私、三学期はずっと会えてない気がするから……」
「そのうち会えるだろ。少なくとも俺ら、卒業式には出るんだし」
 それから有島くんは私を励ますみたいにもう一度笑って、ドーナツを見下ろし、
「ところで今日これ貰ったし、先輩にバレンタインのお返しがいるだろ? 用意しとかないとな」
 と言った。
 柄沢先輩が置いていってくれたドーナツはたっぷり十個も入っていた。きっとよく食べる有島くんの食欲を考慮してそうしたんだと思う。だから今日の部活はドーナツをいただきながら、柄沢先輩へのお返しを何にするか、話し合うことにした。
 途中から普通に雑談になっちゃったけど。
「柄沢先輩、元気だった?」
「まあまあ。ちょっと痩せてた、でもやり遂げた! って顔してたよ」
「そっか……試験、上手くいったのかな」
「かもな。ただ合否出るまでが辛いっつってた」
 私がドーナツを一つ食べ終える間に、有島くんは三つくらいぺろりと食べてしまう。男の子ってこんなもんなのかなっていつも思う。
 それでいて、ドーナツが粗方なくなってしまった後、少し言いにくそうに切り出してきた。
「あとさ、荒牧」
「なあに?」
「俺、甘い物平気だから。柄沢先輩の分のチョコ、食べてやってもいいけど」
 そう言って目を逸らしながら手を差し出してくるから、私はドーナツを食べる間ずっとテーブルに置きっぱなしだった紙袋に目をやった。
「でも、ドーナツいっぱい食べた後なのに大丈夫?」
「平気平気。何ならそっちは持って帰ってから食べる」
「先輩の分とは別に、有島くんの分もちゃんと作ってきたんだよ。だから結構量あるよ」
「え?」
 なぜか、有島くんがそこできょとんとする。
 有島くんがよく食べる人だから、柄沢先輩の分と合わせたら小さい紙袋には入りきらなかった。おかげでこんな大きい袋に入れてくるしかなかった。
「俺の分、あるの?」
「あるよ。何でないって思ったの?」
「いや、だって……お前何にも言わないし、だからてっきり俺の分はないもんかと……」
 目に見えてほっとしている有島くんが、次の瞬間とてもいい笑顔になったから、その変化が何だかちょっとおかしかった。
「つかあるならあるって最初に言えよ! 今日一日ちょっとやきもきしただろ!」
「してたの?」
「してたよ! 先輩の分しかねえのかと思ってたよ!」
「有島くんの分を忘れるはずないよ」
 私が言えば、苦笑気味に言い返されたけど。
「荒牧ならわかんねえなって思ってた。結構ぼんやりしてるし、鈍いし」
 これだけ大きい紙袋の中身を一人分だと思ってる時点で、有島くんも人のこと言えないと思うけどな。
 人には見えないものが見えてる有島くんでも、時々見落とすものがあるみたいだ。

 そもそも私が文芸部を今日まで続けてこられたのも、柄沢先輩と、そして有島くんがいたからだ。
 有島くんにだけ見えているものが、いつか私にも見えるようになったらいい。そう思って有島くんの隣にずっといた。
 だからチョコレートだって忘れたりはしない。忘れるはずがない。
 ものすごく簡単な真実を言ってしまえば、私はあの日からずっと――君しか、見えない。
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