俺たちの戦いはこれからだ!
それからというもの、私の置かれている状況は一変した。高見市では世間での反響を踏まえ、タックスティーラーと私を大々的に売り出していくことに決定したようだ。早速、市内のいくつかのイベントに出席するスケジュールが組まれたし、何件か取材も受けることになった。
一部には私個人を取材したいという依頼もあったけど、タックスティーラーが絡まないものは丁重にお断りしている。
ご当地キャラなのはタックスティーラーであって、私自身ではないからだ。
だけどそう捉えている人は思った以上に少なかった。
例えばあの発表会の後、学生時代の友人からはたくさんの連絡があった。
ほとんどは私の置かれている状況を面白がったり、応援してくれたりするものだった。だけど中には友人の友人という人が会いたがっているとか、飲み会に顔を出して欲しいみたいな頼みもあって、残念ながらそういうものは忙しさを理由に断るようにしている。
「うちの学校でもすごいよ。お前の姉ちゃんパイロットかよって言われてさ!」
弟の武志は嬉しそうにしつつも、頼もしい口調で言ってくれた。
「写真くれとかいう奴もいるけど、全部断ってる。姉ちゃんは高見市のお仕事で忙しくなるし、俺が守んないとな!」
そう、私がタックスティーラーに乗るのはあくまでも高見市の為だ。
この街が注目されたら嬉しい。日本中の人にこの街のことを知ってもらいたい。そんな思いで乗っている。
それが伝わらなかった人もいるのは残念なことだけど、少なくとも家族にはちゃんと見てもらえたようだ。
「もともと、そういう気持ちで地方公務員希望したんだもんな」
あの日、発表会の後で、父が言ってくれた。
「それであんなに大きなロボットに乗っちゃうとはなあ」
「昔から、やると言ったら聞かない子だったもの」
母も頷いている。二人とも、私がタックスティーラーに乗る姿を見たら納得してくれたようだ。
「できればこれからも続けていきたいの」
そう告げた時も、両親は笑顔で賛成してくれた。
「茉莉がやりたいって言うなら止めはしないさ」
「でも、事故にだけは気をつけてね」
家族が温かく送り出してくれるから、私はどうにか頑張れそうだった。
ただ一方で、気がかりなこともある。
「……最近変じゃないですか? 新宮さん」
ある休日、着替えを済ませて梶谷鉄工所の倉庫に入ると、中川原さんの声が聞こえてきた。
見ればタックスティーラーの足元に、梶谷さんと声を潜め合う姿がある。二人は心配そうにタックスティーラーを見上げていて、私が入っていくとそのまま物憂げな顔を向けてきた。
「茉莉ちゃん、新宮さんの様子どうだい?」
「今もコクピット見てくるって上がったまま、戻ってこないんですよ。物音もしないし」
口々に言われた内容には心当たりも会って、私は正直に頷く。
「この頃、ちょっと元気ないみたいで……」
あの日以来、新宮さんはすっかりしぼんでいまっていた。
彼とは職場も同じだし、毎日のように顔を合わせている。
この頃は私を見物する為に地域振興課を訪ねてくる市民の方がいて、目の前で『なんだ、美人すぎるってほどじゃないな』なんて言われたことさえある。
そういう時は新宮さんが率先して対応に当たってくれ、あまりにも目に余る時にはきっぱりと諭してくれたりもした。生真面目で頼りがいのある先輩なのは何も変わっていない。
でもこうして現場に来る時、前みたいに表情を輝かせたり、はしゃいでみせたりすることはなくなった。
まるでロボットへの情熱ごと、あの日に置き忘れてきたみたいだった。
「きっとマスコミの扱いに失望したんですよ」
中川原さんはふんと鼻を鳴らす。
「平井さんばかり目立って、タックスティーラーはおまけ扱いじゃないですか。一番頑張ってきたのが新宮さんなのに、あれじゃ傷つきますって」
そう言われると私も責任を感じてしまう。
パイロットの話題ばかりが先行する状況を作り出したのは事実だからだ。
「顔出しなんかすべきじゃなかったんですよ」
更に中川原さんが言ったから、私はへこんで項垂れた。
「すみません……。ぺらぺら喋りすぎましたね」
でもそこで、彼は急に気まずげになる。
「いや、平井さんだけが悪いとは言ってないですからね! 悪いのはテレビの取り上げ方です」
「マスコミは話題になるもんを見つけるのが上手いからな。どっちが視聴者に受けるか、天秤にかけるのも仕事のうちだよ」
梶谷さんが取り成すように言った。
それから私たちはタックスティーラーのコクピットを見上げる。
頭上にいるはずの新宮さんは、やっぱり何も言ってこない。私たちの声も聞こえていないのかもしれない。
コクピットで何をしているんだろう。
「私、様子見てきます」
そう告げると、梶谷さんはほっとしたように笑った。
「頼むよ。俺らが行くより、茉莉ちゃんが行った方が効きそうだ」
本当にその通りかは自信なかったけど、ともかく私はタックスティーラーの背後に回り、コクピット目指してタラップを上った。
コクピットのハッチは空いていた。
その中で、新宮さんはシートに浅く腰かけていた。
膝の上で頬杖をつき、黙って物思いに耽っているようだ。背面から上ってきた私には後ろ姿しか見えなかったけど、どこか物寂しげに見える。
「新宮さん」
それでも私が声をかけると、はっとしたように振り返る。
「平井、もう訓練の時間か?」
「いえ……新宮さんの様子を見に来たんです」
「俺の?」
彼は怪訝そうだった。
コクピットを後ろから覗き込んでみる。ちょうど初めてタックスティーラーに乗った時、新宮さんがそうしていたように。
あの時、新宮さんはレバーを掴む私の手を握ってくれた。
同じことをして新宮さんを励ませるなら、喜んでそうするのに。
「最近、元気ないですよね。中川原さんたちが心配してます」
私はコクピットの縁を掴み、シートに座る新宮さんへと身を乗り出す。
こうすると新宮さんが私を見上げてくるのが新鮮だった。真っ直ぐな眼差しがレンズを通さず私を見つめている。
「もちろん私だって心配です。やっぱり、この間の発表会が失敗だったからですよね?」
ストレートに尋ねると、彼はレンズ越しに目を丸くする。
「失敗だって? 俺がそんなふうに言ったことがあったか?」
その返答に、今度は私が怪訝に思った。
「ないですけど、私ばかり目立ってしまったようにも思いますし」
「むしろ最初の一歩として、注目を集めるのには十分だった。頑張ったな、平井」
新宮さんの声が優しくて、嬉しい一方で戸惑ってしまう。
気を遣わせてしまっただろうか。本当にそう思ってくれているなら、どうして元気がないんだろう。
「この間も言ったはずだ。タックスティーラーはあの日、ようやく世に出たばかりだ。お前が不十分だと思うことがあっても焦ることはない。これからじっくり見てもらえばいいし、伝えていけばいい」
新宮さんから逆に励まされ、私はぎくしゃく頷いた。
「はい……ありがとうございます」
元気づけに来たつもりだったのに、逆に元気を貰ってしまった。
それなら私も、新宮さんに何か返せるものがあればいいんだけど。
「じゃあ、新宮さんはどうして元気がないんですか?」
何かしたくて尋ねてみたら、彼はまた物思いに耽る顔になる。
「そういうふうに見えたか?」
「はい。私だけじゃなく、中川原さんも、梶谷さんも気にしてます」
「そうか……」
新宮さんの口から溜息が零れ、シートの背もたれに力なく寄りかかった。
そして覗き込む私を見上げ、少し笑った。
「実を言うとな、平井」
「はい」
「俺は初めて会った時から、お前をロボットに乗せたいと思っていた」
「……え?」
それはどう受け取るべき言葉なんだろう。
新宮さん的には誉め言葉なのか、それとも。
「お前は可愛いし、真面目だし、明るい子だろ。おまけに郷土愛に溢れてる。俺にとって理想のヒロインだ」
誉め言葉、だったみたいだ。
それにしても直球だったから、私は内心うろたえた。コクピットにしがみつく手のひらに汗が滲んで、つるりと滑りそうになる。
「そんな……」
「嘘じゃない。お前は地域振興課に来てから、飲み会の度に我が街について熱く語ってただろう。そういう姿を見る度に、どうしてお前はロボット乗りじゃないんだって惜しく思った」
タックスティーラーと関わるまで、私は新宮さんと業務以外で話をしたことがなかった。
飲み会での新宮さんはいつも隅の方に姿勢よく座り、まるで武士のように一人でちびちび飲んでいた。誰かと騒いでいる姿は見たことがないし、私が熱く語ったところで新宮さんが何か言ってくることもなかった。聞かれていたことさえたった今知ったくらいだ。
「だから、お前が有名になって、俺の審美眼は正しかったんだって思った。でも――」
新宮さんはそこで言葉を区切る。
一度溜息をついてから、続けた。
「どうしてだろうな、悔しくもあった」
「悔しい、ですか?」
「俺の方がずっと前から平井を評価してたのに、横から掻っ攫われたみたいに思えた。大切にしてた宝物を取られたみたいにな」
そう言って、でも言い終えてから新宮さんはあたふたし始めた。
「いや、もともと俺のものじゃないな。それはわかってる、うん」
黒いセルフレームの中で彼の目が泳いでいる。自己完結みたいに呟いた後、私に向かって懇願してきた。
「今の、聞かなかったことにしてくれないか」
それは無理な注文だ。
聞いてしまった。
この上なくはっきりと、聞き間違いようもないくらい。
今の言葉はどんなふうに受け止めたらいいんだろう。
これまで新宮さんの言うことは、私にはちょっとわかりかねる場合が多かった。ロボットのこともアニメのことも詳しくないから当然だ。
でも今のはそういう次元の話じゃない。
もちろん聞かなかったふりはできない。でもその意味を知りたいような、聞き返すのは怖いような、聞かなかったことにしてあげた方がいいような、でもそんなことはできそうにもないような――。
私は、大きく息を吸いこんだ。
「あの、――」
そして返事をしようとして、それよりも早く汗ばむ手のひらがつるりと滑った。
「きゃあ!」
コクピットを背後から覗き込んでいた私は、支えを失いそのまま落下した。後ろに落ちたら一大事だったけど、身を乗り出していたお蔭で無事コクピットの中に落ちることができた。
「平井っ!」
いや、無事じゃなかった。
私が落ちたのはコクピットの中だ。
シートに座る新宮さんの真上だ。
しかも私がつるりと滑った時、新宮さんはとっさに立ち上がり、私を受け止めようとしてくれたらしい。両腕でがっちり抱えられて、でも勢いには耐えられずに二人でシートに倒れ込む。
つまり今、このコクピットの中で、私は新宮さんの腕の中にいる。
新宮さんはシートに座り、私をお姫様抱っこしている。
「――ご、ごめんなさい!」
私が謝る為に顔を上げると、新宮さんはずれた眼鏡の傾きを直そうとかぶりを振っているところだった。
何せ両手が塞がっている。私のせいで。
そして眼鏡が直ると、そこでようやくレンズ越しに私を見て、顔の近さにうろたえていた。
「うわ! び、びっくりした……」
「すみませんすみません、今すぐ降ります!」
うろたえたのは私だって同じだ。まさか新宮さんの膝の上に座ってしまうなんて――恥ずかしさと申し訳なさにどうにか抜け出そうともがけば、新宮さんが慌てたように抱き留める。
「お、落ち着け! 慌てなくていい!」
「慌てますよ新宮さんだって重いでしょうし!」
「重くないから平気だ!」
「それに、何て言うかご迷惑でしょう!」
「迷惑じゃない、むしろ嬉しい!」
びっくりするようなことを言った後、新宮さんは私をぎゅっとして、かすれた声で言う。
「いや、変な意味じゃなくてだな……とにかく、もうちょっとこのままでいてくれ。落ち着くまで」
そんなこと言われても、この体勢では落ち着くどころじゃない。
おまけにこちらはパイロットスーツ姿だから、お姫様抱っこで見下ろされていると余計に恥ずかしい!
「……考えてみれば、定番だな」
しばらくしてから、私を眺める新宮さんが呟いた。
「パイロットとオペレーター。どんな作品にも一組はいるお約束の組み合わせだ」
「え? 何ですか、それ」
「わからないなら今度また円盤を貸そう、見てみてくれ」
「はあ……そうします」
多分、ロボットアニメの話らしい。
そういう話ができるくらいには、新宮さんも元気になったんだろうか。
「拗ねてる場合じゃないな、俺も」
彼はそう言うと、腕の中の私に微笑みかける。
「これからもよろしく頼むぞ、俺のヒロイン」
「は、はい! こちらこそ!」
添えられた言葉にどぎまぎしつつ、私は精一杯頷いた。
タックスティーラーの足元から大きな声がする。
「おーい、話は一段落ついたかい?」
梶谷さんだ。
「って言うかさっきの悲鳴、何です?」
中川原さんの声もする。
私と新宮さんは思わず顔を見合わせ、距離の近さにお互い慌てて目を逸らした。
それから新宮さんは私をシートに下ろし、自らは身軽にコクピットから抜け出すと、私に向かって手を差し伸べる。
「心配かけたな、そろそろ戻るか」
「いえ――はい、行きましょう」
私がその手を取ると、新宮さんはいつものいい笑顔を見せてくれた。
「行こう、平井。俺たちの戦いはこれからだ!」