Tiny garden

お約束の搭乗拒否

 私は深呼吸をして、湧き起こる様々な思いを整理しようと試みた。
 だけど難しかった。

 考えてもみて欲しい。
 私は社会に出てたかだか三年目の、恐らくごく普通の市職員だ。ロボットなんて乗ったことない。そんな技術もなく、普通免許と教員免許しか持っていない。
 ご当地キャラの中の人というから、着ぐるみに入るのかと思っていた。
 まさかロボットに乗れだなんて意味がわからない。

「どうして……私なんですか?」
 息をつきながら、私は新宮さんに尋ねた。
 するとどういうわけか中川原さんと梶谷さんが揃って新宮さんを見る。
 当の新宮さんは力強く笑んで答えた。
「理由は三つある。一つは、上からの命令だ」
「上、ですか?」
「ああ。実を言えばこの計画、当初の予定では俺がタックスティーラーに乗る予定だった」
「新宮さんが!?」
 私は改めて、二本脚のダチョウみたいなロボットを見上げる。
 あのガラス窓つきの胴体部分が操縦席なんだろうけど、あそこに新宮さんが真面目くさった顔で座っている姿を想像してみて――残念ながら、想像しきれなかった。全くぴんと来ない。
 でも新宮さんは残念そうに続ける。
「だが上層部からNGが出た。俺では駄目だと」
「なぜです?」
「男が乗るとむさ苦しいというのが主な理由だそうだ。実戦兵器のように見えて物騒だ、とも」
 常に身ぎれいな新宮さんを捕まえて、むさ苦しいとは暴言だと私は思う。

 そして同時に気づく。
 なぜ私が中の人として選ばれ、ここへ連れてこられたかということを。

「それで私、なんですか?」
 私の言葉に新宮さんが顎を引く。
「そうだ。タックスティーラーに乗せても物騒に見えない、若くて美人な子を選べと言われた」
 美人と言われて喜ぶべきなのだろうか。
 お役所仕事らしい差別的発言だと憤るべきなのだろうか。
 私にはどちらの気持ちも持てなかった。ただひたすらに、乗り手を選考したどなたかの審美眼を呪った。
「二つめの理由はそこだ。平井、俺がお前を選んだ」
「新宮さんがですか!?」
 呪うべき人が目の前にいて、私は慌てた。
 しかし新宮さんは慌てず騒がず言い募る。
「お前は若さという点では申し分なく、俺が思うにとても可愛い。そしてロボットが似合う」
 そんなことを言われて照れていいのか戸惑っていいのか――というか、似合うって何?
「に、似合いますかね……」
「当然だ。自信を持て、平井」
 私の疑問を謙遜とでも思ったのだろうか。新宮さんはそこで胸を張った。
「俺はお前がタックスティーラーのコクピットに乗り込み、シートに座る様を何度も何度も想像してみた。どうだったと思う?」
「わかりません」
「最高だった……! お前こそ、高見市で一番ロボットが似合う女性だ」
 感激した様子で語る新宮さんに、私はそろそろついていけなくなってきた。

 さすがにこれまで『ロボットが似合う』なんて誉め言葉を貰ったことはない。
 当然ながら嬉しくもない。
 可愛いと言われた時はさすがにどきっとしたけど――でもそう思われた結果がこの状況だから、やっぱり喜んではいけないか。
 とりあえず、新宮さんがロボット大好きなのは十分伝わってきた。

「では、三つめの理由はなんですか?」
 断る口実を探そうと、私は続きを促す。
 新宮さんはすぐに答えてくれた。
「それはお前が持つ郷土愛だ」
「え……」
 その言葉には、一瞬心が揺らいだ。
「俺はお前がこの高見市に、どれほど愛着を抱いているか知っている」
 地域振興課の先輩が、私を熱っぽく見つめている。
「うちの課に配属されてきた時も語っていたな、地元の為に尽くしたいと。過疎の故郷に人を呼び込み、かつての賑わいを取り戻したいと」
「……はい」
 それは事実だった。
 私は生まれ育った高見市が好きだ。この街の為に働きたくて、市の地域振興課を希望した。社会に出てからというもの、公僕として尽くしてきたつもりだった。
 でも、できることには限界もある。過疎の問題は私一人、あるいは地域振興課全体でも太刀打ちできるようなものではない。忘れられていく『製鉄の街』としての歴史を、市民として寂しく思っているのも確かだ。
 タックスティーラーは、そんな高見市の救世主となるだろうか。
「お前がタックスティーラーに乗れば、日本全国の注目の的になるだろう」
 新宮さんは説き伏せるように言う。
「そうすれば高見市は脚光を浴びる、間違いなくな。この街がかつて製鉄の街であったこと、未だ衰えぬ鉄工技術とそれを活かす若い頭脳があること、そしてお前の郷土愛――全てを知らしめるまたとないチャンスだ」
 一理ある、とは思う。
 私としても、これがもしロボットじゃなければここで頷いていたかもしれない。
 それほど強い想いが高見市に対してはある。

 だけど――そもそも新宮さんたちは、なぜロボなんて造ってしまったのか。
 普通に着ぐるみにしておけばよかったではないか。ちょっといいデザイナーさんに依頼をすれば可愛く仕上げてもらえただろうし、それで全国区デビューして人気をかっさらうことだって不可能ではなかったはずだ。なぜロボにした。訳がわからない。

 もちろん、一同がこのロボットに並々ならぬ思い入れを持っていることがはわかる。
「頼む、平井。タックスティーラーに乗ってくれ」
 新宮さんが私を見つめる目は、勤務中のクールさが嘘のようにきらきらと輝いている。
 今までの熱い語りでもよくわかった。彼はよほどロボットが好きなのだろう。
「随分ごねますね、この人……。やる気あるんですか?」
 中川原さんが私に牙を剥くのは、大切にしてきたプロジェクトを門外漢の新参者にどかどかと踏み込んできてほしくないからだと思われる。
「まあまあ、こいつを見てびっくりするのもしょうがあるまいよ」
 たしなめる梶谷さんの表情も、控えめながらどことなく誇らしげだ。いいものができたという自負があるからに違いない。
 そういえばうちの弟も、子供の頃はロボットアニメに夢中になっていたな。ロボットにはある種の人間を惹きつける何かがあるのかもしれない。
 だからこそこの人たちは二年もの間、誰に誉められるでもなく知られもしないまま、ひっそりと、しかし情熱的にタックスティーラーの制作に打ち込んでこられたのかもしれない。

 私にはそのロマン、ちょっと理解できないけど。

 ともかくも、こんなのに乗るなんて絶対無理だという思いと、でもこれを高見市のご当地キャラとして公開したらすごいことになるかもしれないという期待が頭の中で交錯していた。
 これはすごい作品なのだろうし、これの為に新宮さんは、梶谷さんや中川原さん――サークルや会社ぐるみでということだから恐らくもっとたくさんの人々の尽力があったのだろうし、市民の皆様が納めた税金が使われている事実も無視してはいけない。
 ただ、冷静に考えるとどうしたって無理だ。

「私、普免しか持ってないんです。動かせると思いますか?」
 どんな免許が要るのかはわからないけど、私は新宮さんに問いかける。
 新宮さんは至って冷静に答えた。
「免許のことは気にするな、公道は走らない」
「道交法の心配をしてるんじゃないんです!」
「それに、操作自体はごく簡単だ。俺にもできた」
「もう乗ったんですか!?」
 思わず声が裏返る。
「ああ。お披露目をしたとさっき言っただろう」
 造作もなく答える新宮さんは、私の驚きがむしろ意外なようだった。
「乗った上で、俺では駄目だとなったわけだ」
「はあ……」
 ぱっと見で動かし方もわからないようなこのロボットに、常識の塊みたいな外見の新宮さんが本当に乗ったなんて。
 やっぱり全然想像つかない。正直、見てみたかった気もする。
「簡単と言われても、やっぱり動かせる気がしないです」
 困惑しつつ、私はそう答えた。
 途端、中川原さんがわざと聞こえるような溜息をついた。
「お約束の搭乗拒否ですか。ベタだな」
 お約束って何。
「何の為に呼ばれたと思ってるんですか。乗らないなら帰れとしか――」
「この状況ではやむを得ないだろう。中川原、少し黙ってろ」
 新宮さんは彼にそう指示を飛ばすと、
「平井。お前が二の足を踏む気持ちはわかる」
 一向に煮え切らない私を見かねてか、こちらに歩み寄ってきた。

 立ち尽くす私を、新宮さんが眼鏡越しに見下ろす。
「聞いてくれ、平井」
 私の肩に両手を置き、じっと目を覗き込んでくる。
 その視線は縋るようでもあり、有無を言わさぬふうでもある。少なくとも一歩も譲るつもりはない意思が表情から読み取れた。
「タックスティーラーに関しては何度となくテストを繰り返した。安全性は確かだが、それでも操作を誤れば百パーセント転倒しないとは言えない」
 私は新宮さんの真剣な顔と、向こうで出番を待つタックスティーラーを見比べる。
 高さはゆうに三メートル超。
 操縦席に座ったらどんな気分だろうと思う。怖いだろうか、それとも。
「それでもバランスを崩すほどのスピードは出ないようになっているし、こちらとしても最大限のサポートをする」
 新宮さんはそこで一旦息をつき、
「何より、俺たちが二年間かけて作り上げた夢の結晶だ。ここまで来て頓挫するのは辛い」
 視線を梶谷さんと中川原さんへ走らせた。
 梶谷さんはうんうんと頷き、中川原さんは眉間に皺を寄せている。

 彼ら二年間でタックスティーラーの開発、製作に費やしてきた労力は測り知れない。
 私が乗らないと言えば新宮さんはまた別の候補者を探して声をかけるのだろうし、もしそれで該当者が現れなければ、このプロジェクトは本当に頓挫してしまうのだろう。
 誰かが乗らなくてはならない。
 そうでなければ本気で税金泥棒になってしまう。
 だけど私だって、ロボットなんて、当たり前だけど乗ったことないのに。

「俺たちの夢を継いでくれ、平井」
 駄目押しのような新宮さんの言葉に、彼の強い眼差しに、私はいよいよ追い詰められた。
 どちらにせよ答えは出さなくてはならない。
 乗るか、帰るか。
 このまま黙っていたところで他の誰かが代わりに答えを出してくれることはない。決めなくてはならない。
「この街を愛する、お前にこそ乗って欲しいんだ」
 新宮さんは私だけを見つめて告げてくる。

 私はごくごく平凡で、大したとりえもない普通の市職員だ。
 だけど高見市に生まれ育ち、この街を深く愛する者だ。

 ようやく、一つの決断が下せた。
「試し乗りしてから決めさせてください」
 私がそう答えると、三人が揃ってがっくりした。なぜだ。
「試乗って! 車屋じゃないんですよ!」
 真っ先に中川原さんが嫌味を言い、梶谷さんが彼を肘でつつく。
「噛みつくなって。お嬢ちゃんにも思うところあるんだろう」
 新宮さんは二人のやり取りを一瞥した後、私の肩をぽんと叩いた。
「俺も平井が乗ったところを見てみたいと思っていた!」
 誰より一番大はしゃぎの彼は、見たこともないような素晴らしい笑顔を浮かべる。
「どんどん試乗してくれ! 楽しいぞ!」
 新宮さん、こんな少年みたいな顔で笑うんだ。
 こういう状況下でなければ私も、見惚れていたかもしれない。

 こうして私は高見市のご当地キャラ、タックスティーラーに乗り込むこととなった。
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