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私が私である理由(4)

 クラリッサはぽかんとしていた。
 訳がわからなかった。
 孤児院にいた何人かの十代少女のうち、自分が選ばれた理由はさほど大きなものではないと思っていた。孤児たちは総じて痩せ細っていたし、誰もが迫害の日々の中では陽気さを保つことができず、卑屈になっていくものだった。陰鬱さと誰かのお下がりらしい服を身にまとえば他の孤児たちとは見分けもつかず、当時のクラリッサの目立つ特徴と言えばぱさぱさした赤褐色の髪くらいのものだったはずだ。
「あの日、私の他に来ていた客のうち一人は、酷く横暴な紳士でね」
 バートラムは畳みかけるように話を続けた。
「お茶を出してくれた君を捕まえて、茶がまずいだの、砂糖をもっと寄越せだの、そのくせ目の前をうろつくなだのと文句ばかり口にしていた」
 思い出さないか、と彼が目で尋ねてくる。
 だがそういう客はあの孤児院では珍しくもなかったのだ。雇ってやるのだからと言わんばかりの態度を振りかざしてくる客の応対には慣れていたから、恐らくその時も言いなりになっていたに違いなかった。
「あまり目に余るようなら私が何か言ってやろうと思った。だが君があまりにも平然としているから、私には口を挟む隙がなかった」
 バートラムはそこで軽く笑った。
「あの頃から君は気が強かったな。彼の言葉に従うふりをしつつ、目は反抗心に溢れていた。気がついたら目が離せなくなっていたよ」
 そうだっただろうか。クラリッサは従順な孤児でいたつもりだったから、記憶との齟齬に眉を顰めた。
「そしてかの紳士は、しまいには孤児院の空気が悪すぎるからと、君に窓を開けるよう命じた。なぜだろうな、我々が通された応接室は鎧戸が下りていたのだ」
 恐らくそれは応接室のみすぼらしさを隠そうとした院長の考えによるものだろう。劣悪な環境で育った孤児たちがいい状態であるはずもなく、壁の染みや床の傷み、そして孤児たちの着衣の汚れを隠す為に孤児院内はいつも薄暗くされていた。
「今よりも小さく、そして痩せ細った君の腕が鎧戸を開けるのを、私は内心哀れみながら見ていた。きっと重かっただろうに、愚痴一つ零さず必死になって窓を開けた君が、差し込んでくる眩い陽光を背負って振り向くまでずっと見ていた」
 少しだけ、おぼろげにだが思い出せた。
 孤児院の応接室の窓は建てつけが悪く、鎧戸も重くて、発育の悪かったクラリッサが一人で開けるのは大変だった。しかし口喧しい客人に窓を開けろと偉そうに命じられ、聞くに堪えない罵詈雑言を投げつけられながら必死になって窓を開けたことがあった。軋んだ音を立てていたのは窓か自らの手首や腕か、わからなくなるほど力を込めて窓を開けると、たちまち眩しい日差しと涼しげな風が室内に入り込んできて、その時心地よさとやり遂げたという気持ちから少しだけほっとしたのだった。
「あの時、日差しを背負った君は微笑んでいた。日の光よりもずっと、君が見せてくれた堂々とした笑みの方が美しかった。私は君の笑顔に釘づけとなり、哀れみの情を一瞬でも抱いたことに恥じた」
 バートラムは目を細めた。
「そして私は思った。この美しいお嬢さんを連れ帰れば、私の屋敷勤めの日々は楽しいものになるだろうと」
 思い出し笑いの表情が整った面立ちに浮かんだかと思うと、彼は秘密を打ち明けるように声を落とし、
「有り体に言えば、あの時、私は君に惚れたのだ」
 と言った。
 彼の打ち明け話は、クラリッサの理解の範疇を超えていた。
 たった今仕立て上げた作り話だと言われた方がまだ信憑性があるような気さえした。
 クラリッサは瞬きを繰り返し、どうにか現実に立ち返ろうと深く息をついた。だが頭は混乱の極みにあり、彼に尋ねたいことも山ほどあり、そして先程まで茶を飲んでいたことも忘れたように喉がからからになっている。
 彼の目に留まったことを幸運だと思うべきなのか。あの時窓を開けなければ彼の目に留まることもなく、今のこの時間すら存在しなかったことに恐怖を覚えるべきなのか。彼が一様にみすぼらしい孤児たちの中からたった一人、自分を選んでくれたことに感謝すべきなのか。それともみすぼらしかった自分を一瞬だけ、魔法のように美しく見せてくれたらしい陽光にこそ、感謝すべきなのか。
「それから八年間、私は君と、至極真っ当な恋愛を楽しんできた」
 バートラムはそこまで語ると、肩を竦めた。
「逢い引きに漕ぎつけるまで八年と思うと、長すぎたようにも思うがね。しかし思った通り楽しかったからよしとしよう」
 その八年の間、クラリッサは自分がなぜレスターとメイベルに雇われたのか、何も知らずにいたのだ。
 自分を雇い入れ、そして孤児院時代は考えられなかったほどの幸福と平穏、そして希望に満ち満ちた日々をくれたのはあの二人だった。だがそのきっかけになるものをくれたのは、陰鬱な日々を過ごす自分に手を差し伸べ、救い出してくれたのは――。
「……どうして」
 クラリッサはようやく、口を開いた。
 ともすれば混乱して整理のつかない考えがそのまま溢れ出てきそうだった。どうにか堰き止めて、最大の疑問だけを彼に尋ねた。
「どうしてその話を、今の今まで、わたくしに教えてくださらなかったのですか」
 そうしたら、彼に対してはもう少し別の感情を持つようになっていたかもしれない。
 少なくとも自分を救ってくれた人を捕まえて、恩知らずな真似をすることもなかっただろう。
「君にも、楽しい恋をして欲しかったからかな」
 彼はカップを口元まで運びつつ、当たり前のようにそう語った。
「私を恩人だと思うようでは、君は私を尊敬するだけで、同じように惚れてはくれなかったはずだ。そんな事実は知らずにいてくれた方が、私としてはよかったのだ」
 だからと言ってクラリッサはこの八年間、彼が言うような楽しい恋をしてきたつもりはない。
 むしろ彼が意図的に真実を隠してきたことで、角突き合わせる日々ばかり送ってきたように思う。屋敷の外へ出て、メイベルと三人だけで旅をすることがなければ、こうして二人で共に食卓を囲み、茶を飲む機会すらなかったかもしれない。あのまま何も失われず、平穏な日々だけが続いていたら。
「では、なぜ今、その話をわたくしにしてくださったのですか」
 もう一つ、クラリッサは浮かんだ疑問を投げかける。
 するとバートラムは傾けていたカップを受け皿へ戻し、何もかも見通したような顔つきで答えた。
「今なら君に話してもいい。そう思えたからだ」
 彼が何を見通したか、当のクラリッサにはわからない。自分ではまだ何も見えず、何もわからなかった。

 食事を終えた後、二人は港町を少し歩くことにした。
 クラリッサの頭はまだ混乱の只中にあり、とてもではないがこのまま宿へ帰る気になれなかったのだ。緑のドレスの裾を気にしながら、次から次へと浮かぶやり場のない感情を持て余しながら、クラリッサはバートラムに連れられるまま無言で歩いた。バートラムも足を止めるまでは何も語らず、沈黙と思索の猶予をくれた。
 そうして気がつけば二人は街を一望できる高台におり、傾きかけてきた日が照らす銀色の海をぼんやり眺めているところだった。高台は膝ほどまである野草に一面覆われていて、風が吹くと笑いさざめきあうような音を立てて揺れた。波打つ緑の草原と、寄せては返す銀色の海が、クラリッサの視界の中で絶えず揺れ動いている。まるで生きているようだとさえ思う。
「少しは落ち着いたかな」
 風が止むのを待ったように、静寂の中でバートラムが切り出した。
 クラリッサは深呼吸をしてから答えた。
「よくわかりません」
「そうか。ではもう少し待っていようか」
 彼はそう言ってくれたが、クラリッサはこれ以上一人で考えたところでどうしようもないとわかっていた。知らなかった事実に驚き、打ちのめされているだけでは前に進めない。
「お気遣いに感謝いたします。ですが、もう平気です」
 再び大きく息をつき、クラリッサは帽子のひさし越しに傍らのバートラムを見上げる。
 風は彼の短い黒髪を揺らしている。磁器人形のような彼の顔に浮かんだ表情は穏やかで、何の憂いもないようだった。透き通った青い瞳は相変わらず底知れぬ深さでクラリッサを見つめている。
 見慣れたその顔の主が自分の未来を変えてくれた人であることを、頭はまだ受け入れられない。
「わたくしをそういう理由で雇い入れたこと、旦那様はお怒りにならなかったのですか」
「お怒りになるも何も、旦那様はご存じないはずだ。私の態度から見抜いてはいたかもしれないが」
 バートラムは平然と微笑む。
 クラリッサはその顔を軽く睨んだ。
「では旦那様に黙って、独断でそんなことを?」
「誤解をしてもらっては困る。私は旦那様の命令には背いていない。ちゃんと健康で正直な娘を見つけてきただろう。それがたまたま私の惚れた娘でもあった、というだけだ」
 彼はそう言うが、傍から見ればそれは公私混同と呼ばれる振る舞いなのではないだろうか。もっともバートラムの場合、公私混同だの職権濫用だのは今に始まった話ではない。いちいち指摘するのも意味のないことだとクラリッサは思い、そしてまた今日明らかになった事実に打ちのめされて目を伏せる。
 自分には彼を批判する資格などない。彼のその振る舞いがなければ、自分はここにはいなかった。こんなに美しいドレスを着て街を歩くこともなければ、街の食堂で胸を張って食事を取ることもなかった。
「クラリッサ」
 不意にバートラムが呼びかけてきたので、クラリッサは目を開けた。
 彼は海に真っ直ぐ目を向けながら、横顔で尋ねてくる。
「一度聞いてみたいと思っていた。――君のその可愛らしい名は、誰が?」
 クラリッサは何の感情もなく問いに答えた。
「わたくしの名は、恐らく親がつけてくれたものでございます。産着に縫いつけてあったと、孤児院の院長が言っておりました」
 生まれてすぐに孤児院の前に捨てられたクラリッサが、唯一親から与えられたと思しきもの。それが名前だった。名前をつけてくれたことを親の愛だと思い込み、いつか迎えに来てくれるのではないかと夢見ていた頃もあった。
「そうか」
 バートラムは短く息を吐き出してから、語を継いだ。
「私の名は旦那様がつけてくださったものだ。私にとっては、二つ目の名だ」
 今日は、一体何度驚かされればいいのだろう。クラリッサは目を瞠り、バートラムは心乱れたそぶりもなく続けた。
「私も幼い頃、親を亡くしている。いや、失くしたものはそれだけではない。きょうだいも、家も、土地も、身分も何もかも失くした。おかげで何年か放浪の日々を過ごしたよ。本当に、酷い目に遭った」
 彼の言葉に嘘はないようだったが、そのくせ淡々としていた。しすぎていた。
「自分が本当はいくつなのかさえ、今となっては定かでないのだ。恐らく三十は過ぎているはずだが」
「お歳を……ご存知でないと?」
「ああ。旦那様に拾っていただいたのも少年期の終わり頃の話だ。それまで何年さまよっていたのかわからない」
 それでも彼は愉快そうに喉を鳴らして笑う。
「縁あって旦那様に出会い、新たな人生を歩むよう新しい名をいただいた後、私は先代の執事の下で執務について学んだ。そして先代が引退した後は私が執事として旦那様にお仕えしたというわけだ」
 実に壮絶な生き様のように思えるが、バートラムの口ぶりは至って軽い。レスターがなぜ彼を拾い、執事としたのか、その軽い説明からは全く見えてこなかった。もしかするとわざと隠しているのかもしれない。
「そうして得た新しい人生を、私はどうせなら憂いなく、楽しんで過ごしたいと思った」
 バートラムが振り返り、クラリッサを見る。
「せっかく命拾いしたのだ、苦しみや悲しみしかない人生は二度とごめんだ。新しい名と共に、自由気ままに楽しんで生きてやろうと思った」
 そう語る彼の顔は、この瞬間すら楽しんでいるかのような充足感に満ちていた。
 クラリッサは彼が苦しんだり、悲しんでみせたりする顔を見たことがなかった。クラリッサがへとへとにくたびれている時でさえ、彼の顔には疲労の色すら浮かんでいなかった。思えばレスターがこの世を去った後ですら、彼は悲しみもせず、打ちひしがれもせず、当然のように執事としての職務を全うしていた――そしてその合間にクラリッサをからかい、口説くことも忘れはしなかった。
 それも全て、彼が新しい名と共に得た人生哲学に、忠実に生きている証なのかもしれない。
「そしてそういう人生に、楽しい恋があってもいいとふと思った。君と出会った時に」
 またも呆然とするクラリッサに、バートラムは片目をつむってみせる。
「八年に及ぶ君との恋は本当に楽しかったよ。おかげで片田舎のお屋敷勤めであっても退屈することはまるでなかった。しかし私としてはそろそろ、先に進みたいところだ」
「……あなたは、すごい方ですね」
 クラリッサはとてもではないが、そうとしか言えなかった。
 彼のことを知りたいと思っていた。謎めいていて、共に八年過ごしただけではまるでわからない男だった。彼の有能ぶりを見るにつけその疑問は膨れ上がる一方だったが、いざ聞いてみるとますますわからなくなった。
 わかったのは彼が自分を選んだという事実だけだ。そしてそれはクラリッサの心を今までになく掻き乱している。
「それは誉め言葉かな、クラリッサ」
 彼が聞き返してきたので首を傾げておく。
「わたくしにもわかりません。あなたに驚かされてばかりということだけは確かです」
「これからもっと驚くことになる。私と恋をすればな」
 そうは言っても、クラリッサは彼に恋をしている自覚などなかった。
 恩人だとは思っている。自分を救い上げてくれたことに感謝もしている。メイベルに共に仕える仲として、とても頼りにしている。一方でこれまで疎んできた感情をすぐさま捨てきれるものではなく、彼の気まますぎる振る舞いを全て肯定できるというわけでもない。
 そういう複雑怪奇な彼への感情が、いつか更なる変化を遂げることはあるのだろうか。
「あなたには、とても感謝しております。わたくしに明るく、幸せな日々をくださったことを」
 クラリッサは帽子を取ると胸に抱き、バートラムに正対して告げた。
 風が吹き、緑のドレスの裾をふくらませ、袖を揺らし、かぎ針編みの襟をはためかせた。足元では緑の草原が風に吹かれ、明るく笑いさざめきあうような音は一段と大きく響いた。
「わたくしに申し上げることができるのは、それだけです」
 バートラムはその返事すらわかっていたそぶりで、微笑みながら問い返す。
「それは、今は、ということだろう?」
 そうなのかもしれない。クラリッサは内心、彼の言葉を肯定した。
 屋敷を出るまではただのいけ好かない相手でしかなかったのに、いつしか彼に心を揺り動かされるようになっていた。その気持ちもまたいつしか、変わってしまうかもしれない。
 どういうふうに変わるかまでは、わからないが。
「正直なところ、気持ちの整理がつかないのです。わたくしはずっとあなたに無礼を働いてきたのに――」
 そう言いかけたクラリッサの唇に、バートラムが人差し指を置いて言葉を遮る。
「君の態度を無礼だと思ったことはない。年頃のご婦人との戯れと思えば、そのすげない態度も口づけを拒まれたことも楽しかった」
 クラリッサが押し黙ると、彼の指はそっと唇から離れていった。
「ではもうしばらく、君の気持ちの整理がつくまでお互い待つことにしようか」
「お互い……?」
「奥様に我々の嘘を打ち明けるのは、もう少し先にしようということだよ。嘘ではなくなるかもしれないからな」
 バートラムの余裕綽々の態度が、クラリッサを一層戸惑わせる。
 もしかすると彼は予言者で、既に垣間見た未来を語っているのではないか。そんな思いさえ過ぎって背筋が震えた。その未来では自分はどう過ごしているのだろう。今よりも、幸せだろうか。
「クラリッサ。君はこれから、どう生きたい?」
 彼がふと手を伸ばし、クラリッサの頬に触れた。潮風に吹かれ続けた頬は思いのほか冷えていたようで、手のひらの温もりを直に感じる。
 クラリッサはその手を黙って受け入れ、目の前に立つバートラムの顔を見つめた。人生を楽しんでいるらしい彼の表情は、今も喜びと充足感に満ちている。
「君が明るく幸せな日々を得たというなら、もうそれを手放す必要はないだろう。この先の人生を私と、憂いなく、楽しく生きていこう」
 一瞬、それは素晴らしい生き方なのかもしれない、と思う。
 孤児院での日々は既に遠い記憶となりつつあった。自分は成長し、すっかり大人になってしまった。たとえこの先どんなことが起ころうとも、自分があの場所へ戻ることだけは二度とない。
 それならクラリッサもまた、人生を楽しんで生きていいのかもしれない。
「わたくしはご恩を受けた方々に尽くすような生き方をしたいです。それがわたくしにとって憂いなく楽しい人生となることでしょう」
 クラリッサがそう言うと、バートラムは軽く笑った。
「それは、奥様にということか?」
「ええ。……あなたのことも、恩人だと思っておりますが」
 頷いてからもごもごと言い添えたクラリッサに、彼は先程よりも柔らかく笑む。
「私のことは恋人候補と思ってくれるだけでいいよ、クラリッサ。それで生涯共にいてくれればいい」
 思わず言葉に詰まり、クラリッサは目を白黒させた。
 バートラムはそれを宥めるように軽く頬を撫でてきた後、楽しげな声でこう言った。
「ほら。今日は実に逢い引きらしい一日だっただろう? 君もさすがにこれを逢い引きでないとは言わないな?」
 言い返しようがない。否定したい気持ちも、朝ほど強くはない。彼に対する罪悪感がそうさせるのか、それとも他の理由からかは定かではないが。
 クラリッサは子供のように唇を尖らせ、彼に率直な思いを告げた。
「あなたは本当に……何もかもを楽しんでいらっしゃるのですね」
「そうとも。楽しみに満ち溢れた人生を歩んでこそ、私は私でいられるのだ」
 自分でも本当の年齢を知らないという彼は、少年のように瑞々しく、それでいて青年らしく余裕ありげに笑んだ。

 海の向こうでは日が沈み始めていた。
 クラリッサは買ってもらったばかりの帽子をしっかりと被り直すと、まだ迷いながら日の差す方へ眇めた目を向けた。
 かつて自分はこの光にも救われたのかもしれない。
 今は、どんなふうに自分を照らしているのだろう。
 気になって隣を盗み見ると、バートラムも目元を微笑ませてこちらを見ていた。飽きることもないというように、長い間、目も逸らさずに――。
 それでクラリッサも残照と今日の名残りを惜しむように、しばらくの間そうしていた。
 ドレスと彼が選んでくれた理由に、見合うだけの美しい自分でありたいと、少しだけ胸を張っておいた。
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