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鑑賞品としてのパフェ(2)

 瀬良さんとは現地で待ち合わせをしている。
 あのパフェが食べられるお店は駅前デパートの上に入っているそうで、待ち合わせ場所はそのデパート前だ。会社を出た私が急ぎ足で向かえば、瀬良さんの姿は既にそこにあった。

 春の装いとなったショーウインドウの前に佇んでいる彼は、社名入りブルゾンにスラックスというよく見る格好をしている。長い前髪のせいで顔は見えないものの、手元でスマホを弄っているはわかった。
 帰宅ラッシュのこの時分はデパートのお客さんも出入りが激しく、誰かが脇を通る度に面を上げて確かめているようだったから――それに気づいた私は大慌てで駆け寄った。
「瀬良さん! お待たせしました!」
 声を掛けるとすぐさまこちらを向いて、その表情がふっと和らぐ。
 それからスマホをポケットにしまったかと思うと、おずおずと、妙に控えめに手を上げてくれた。
「ど、どうも……」
 駆け寄る足音に描き消えそうな、小さな小さな挨拶だった。
 私も笑って応じる。
「すみません、遅くなっちゃって。だいぶ待ちましたよね?」
「いえ全然。スマホ見てたらあっという間でした」
 きっぱり言った瀬良さんは、その後でぎこちなく微笑む。
「それに、この辺りは俺にとってのホームなんです。たとえひとりでもキョドらずに済みます」
「ホーム?」
 相変わらず独特な表現を使う人だ。怪訝に思う私に、瀬良さんが説明してくれる。
「休みの日によく来るんですよ、買い物とかで。特にここのデパート」
 親指で背後のデパートを指差し、
「五階に手芸用品店が入ってるでしょう? ここには大変お世話になってまして、趣味の材料を揃えたり、ウインドウショッピングでインスピレーションをもらったりしてます」
「へえ、そうなんですね」
 瀬良さんと手芸用品店。すごくしっくりくる組み合わせだ。
「ご趣味って、やっぱりサンプル作りとか?」
 私が問うと、なぜか照れ隠しみたいな難しい表情をされた。
「それもありますし、模型も作ったりしますよ。物を作るのが好きなんです」
「瀬良さんらしいですね!」
 趣味が仕事に結びついているなんて、すごくうらやましい。瀬良さんが趣味で作った模型も見てみたいな。
「そういうわけで、例の店までは問題なく道案内できます」
 瀬良さんは胸を張ってみせる。
「ですが、ああいうシャレオツなカフェ的なものは初めてなので、入店後に不審な行動を取ったらすみません。事前に謝っときますね」
「不審な行動って、例えばなんですか」
「店員さんの問いかけに声が上擦ったり目が泳いだり、注文の際に噛んだりするかもしれません」
 そのくらいなら別に、不審ってほどではない気がするけど。
「じゃあオーダーは私がしますよ。行きましょう!」
 私が促すと瀬良さんは安心したのか、ほんのちょっと笑ってみせた。

 デパートの三階にある件のカフェは少し混んでいて、私たちが入るとちょうど満席になった。
 入り口にほど近い席に向かい合わせで座り、まずはメニューを確認する。事前にプレゼンされていた通り、今現在の『季節のパフェ』はイチゴパフェと桜のパフェ。メニュー写真でも美しい二種だけど、私はどちらにするかをここに来る前から決めていた。
「私、イチゴパフェにします」
「じゃあ、俺は桜で」
 瀬良さんが間髪入れずに続いたので、私は店員さんを呼び、二人分のオーダーを済ませた。
 お辞儀をした店員さんが立ち去った後、瀬良さんが胸を撫で下ろす。
「さすがスムーズな注文ですね。青戸さん、ありがとうございます」
「そんな、どうってことないですよ」
 こんなことで褒められるのも照れるので、私は笑い飛ばした。
 でも、瀬良さんは実際すごく緊張しているようだ。座り心地のいいソファー席でも肩身狭そうに縮こまっているし、視線はお客さんでいっぱいの店内をうろうろと彷徨っている。お店の中は暖かいのに、社名入りのブルゾンも着たままだった。
「な、なんか俺、浮いてません? 女性客ばかりだし……」
 落ち着かない様子で周囲をきょろきょろしている様子は宣言通りだ。
「全然浮いてないです。堂々としてましょうよ」
 実際、他のお客さんは八割がた女性だった。男性客だけというテーブルは見当たらず、瀬良さんが一人で来にくいと言ったのもちょっとわかる。
「リラックスしてください。とりあえずほら、上着脱いで」
 私が勧めた時、瀬良さんはようやくブルゾンを着たままだったという事実に気づいたようだ。
「あ、そうですね」
 それで一旦立ち上がると、毎日着ているブルゾンを脱ぎ始める。

 上着の下は、案の定スーツだった。
 無地の黒スーツはややタイトめの無駄のないデザインで、それが細身の瀬良さんによく似合っている。ネクタイの色は臙脂に近い赤、ドット柄なのも少し意外だ。スーツの袖口からは白シャツと、骨ばった細い手首が覗いている。
 スタイルのいい人だとは思っていたけど、びっくりするほどスーツが似合っていた。

 普段、作業着の瀬良さんしか見ていなかった私は思わず息を呑む。
 当の本人はまだ落ち着かない様子で椅子に座った。
「一人で来なくて本当によかったです。圧倒的アウェイ感で死ぬとこだった」
 そうぼやきながら、大きな手でネクタイを直す。長い指は器用にネクタイの歪みを修正し、その慣れた感じがまた意外に、そして格好よく思えた。
「瀬良さんはスーツが似合いますね」
 思ったことを率直に告げたら、唐突すぎたんだろう。瀬良さんは目を丸くした。
「え、あ、どうも」
 もごもごと言ってから、我に返ったように卑屈な笑みを浮かべる。
「初めて言われましたよ、そんなの」
「えー、まさか! 本当にすごく似合ってますよ、格好いいです」
 これで一度も褒められたことない、なんてのは嘘だ。私は主張したけど、瀬良さんはきまりが悪そうだ。
「いいんですよ別に、無理に褒めてくれなくても」
「無理に褒めるってなんですか。お世辞じゃないですからね」
「はあ……」
 彼は困ったように唸った後、ふと眉を顰めてみせる。
「もしかして青戸さん、スーツフェチなんですか?」
「え?」
 急に変なこと聞いてくるから、一瞬言葉に詰まってしまった。
「フェチ……って観点で考えたことなかったです。どうなんだろ、確かに男性のスーツ姿は好きですけど、スーツ着てたらなんでもいいってわけでもないですし」
 とりあえず考えて答える。
 やっぱりそこは似合ってるかどうかが大事じゃないだろうか。とびきり顔のいい人が高級スーツ着てても、体型に合ってなかったら格好いいとは思えない。そこ行くと瀬良さんはちゃんと格好いい。
「瀬良さんはスタイルいいし、ちゃんと似合うと思ったから褒めたんですよ。信じてください」
 私が念を押すと、瀬良さんはますます困ったように癖のある前髪を弄りだす。
「あの、そんなに褒められると俺、成仏しそうです……」
 それは、どういう心境と捉えるのが正しいんだろう。
 私が再び考え込んだタイミングで、店員さんが二人分のパフェを運んできた。

「イチゴパフェのお客様」
 店員さんの呼びかけに、私は軽く手を上げながら応じる。
「はい」
 目の前にそっと置かれたイチゴパフェは、画像で見るよりも更においしそうだった。パフェのてっぺんを飾るイチゴは真っ赤に熟して見るからに甘酸っぱそうだったし、薄いピンクのアイスはまるい球面に赤い果肉の筋が入っていて、さながら木星のような美しさだ。生クリームはふわっふわに泡立ててあるし、グラスの中で層を作るスポンジケーキやイチゴソースも実物の方がずっときれいで、芸術的だ。
「こちらは桜パフェでございます」
 店員さんが、緊張気味の瀬良さんの前にもパフェを置く。
 桜パフェはその名の通り桜をモチーフにしたパフェで、まずてっぺんには小さな三色だんごと桜アイス、それに桜の花をかたどったピンクの最中が飾られている。その下には和パフェらしい粒あんと抹茶寒天、こちらもふわふわの生クリーム、それに白くてしゃりしゃりのシャーベット――これはメニューによると甘酒シャーベットらしい。こっちもすごくおいしそうで、そしてやっぱりきれいだった。
「わあ……これが鑑賞品としてのパフェですね!」
 店員さんが立ち去った後、私は感嘆を思わず口にする。
 それに瀬良さんがうなづいてみせた。
「実物は一層素晴らしいですね。食べる前に撮影してもいいですか?」
「どうぞどうぞ。私も撮りたいです」
 早速、瀬良さんがスマホを取り出し構えてみせる。まず桜パフェのほうを、正面から一度、角度を変えてもう一度、さらに両側面からも丁寧に撮影していた。
 それからちらりと私を見たので、私は席を立つ。
「イチゴパフェも撮りますよね? 退きますよ」
「あ、いや……」
 何か言いかけた瀬良さんが、すぐに言い直した。
「すみません、すぐ済ませます」
「ゆっくりどうぞ。溶けない程度に」
 私は瀬良さんが座っていた席に腰を下ろし、彼がイチゴパフェを、こちらも丁寧に撮影するのを眺めていた。あの『瀬良ゾーン』での作業中と同じくらい真剣に、そして熱い眼差しでパフェを撮っている。本物の職人、という感じがする。
「お待たせしました」
 瀬良さんの撮影が終わったので、私もパフェを、こっちは記念として撮らせてもらって――それからようやくお互いの席に戻り、パフェを食べはじめる。
 たっぷり焦らされた後だからか、イチゴパフェは一口めから最高の味がした。
「おいしい!」
 思わず声を上げる私に、瀬良さんもちょっとだけ口元をゆるませる。
「確かに、味も素晴らしいです」
「食べに来てよかったです。誘ってくださってありがとうございます!」
「お礼を言うのはこっちです」
 長い指で細いスプーンを支える瀬良さんが、そこで考え込むように目を伏せた。
「実は、来年度の社内コンペに何を出そうか悩んでいるところで」
「コンペのテーマ、この時期から考えてるんですね」
「ええ。普通のサンプル作りとは違うので、アイディアのストックが必要なんです」

 我が社では毎年度行われている社内コンペでは、製品として出される食品サンプルとは趣の違うものが求められている。食品サンプルは本物に忠実が基本で、食欲を刺激する程度の誇張しか許されないものだけど、コンペ作品においてはそうではなかった。
 例えば今年度、瀬良さんが出品したのは『モーニングルーティン』というタイトルで、広げた新聞紙の記事から朝食が立体化して現れる作品だった。小麦の輸入に関する記事から焼きたてのトーストが、野菜の生育状況を伝える記事からはグリーンサラダが、そして鶏卵の広告からはオムレツがというように、新聞記事と食卓が密接に結びついていることを表現している作品だ。もちろんサンプルとしての出来映えも素晴らしく、今年度は準グランプリを獲得していたはずだった。

「今年度の瀬良さんの作品、好きでした。来年度も期待してます!」
 私が言うと、彼ははずかしそうに首を竦める。
「はあ、どうも…次もぜひいいものを出したいです」
「なら、次のテーマはパフェなんですか?」
「候補の一つです。やっぱりアイディアが湧かないことにはどうしようもないんで」
 コンペに出すならただのパフェを作るというわけにもいかないんだろう。製品にはない誇張や想像、架空の食品が許される世界だからこそ、その自由さに悩まされるのかもしれない。
「ま、没でもパフェでは何か作ってみたいですけどね」
 瀬良さんは食べかけの桜パフェを見下ろして笑う。
「こんな素晴らしい造形美、ただ食べただけで形にしないのはもったいないです。コンペに出さないなら趣味で作るのもありかと思ってますよ」
 それはそれで、ちょっともったいない気もするけど。
「せっかくの瀬良さんの作品、公開しないなんて惜しい気がします」
 私が主張すると、彼はいやいやと手を振ってみせた。
「公開はしますよ。俺、模型垢やってるんで」
「もけいあか、って?」
「えっと、SNSで趣味の模型や食品サンプルを公開してるんです。仕事とは全く別に」
「――アカウント教えてください!」
 それは見たいぜひ見たい。前のめりになって食いつく私に、瀬良さんは逆に身体を引いた。
「え……あの、構わないんですが、その……」
 もごもごと言いにくそうにしている。
 さすがに出過ぎた申し出だったかな。
「ご迷惑でしたら、いいですよ」
 見てみたいのはやまやまで本当に本当に残念だけど、ただでさえ繊細な瀬良さんに無理強いはできない。そう思って告げたら、瀬良さんはますます気まずげに目を逸らす。
「迷惑じゃないんです。ただ、青戸さんに引かれないか心配で……」
「引いたりしません」
「や、違うんですよ。俺、SNSは本名じゃなくてハンネでやってて」
「ハンドルネーム、どんなのですか?」
 すると瀬良さんは少し震えながら、顔を真っ赤にしながら、絞り出すような声で、
「が……『贋作師ウォルフガング三世』、です……」
 と答えた。
 私は引きはしないものの、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ笑ってしまった。
「すみません! 厨二ですみません!」
 なぜか瀬良さんがぺこぺこ謝ってくる。
「全然いいですよ、なんか思ってたよりふつうに格好いいですし」
 厨二という点は否定できないけど、予想を裏切るハンドルネームはむしろかわいい印象だった。
 贋作師、か。瀬良さんにぴったりの名前だ。今着ている黒スーツにも似合う気がする。
「瀬良さんって自己評価低い人だから、もっと自虐的な名前を名乗ってるイメージでした」
「『底辺を這いつくばるゴミムシ野郎』とかですか?」
「そういうのすぐ出てくるんですね……私はいいと思いますよ、贋作師」
そう名乗ってるSNSでの瀬良さんがどんな感じなのか、見てみたくなった。あとで覗いてみよう。
 瀬良さんはまだ赤い顔をしつつ、どこか安堵しているようだった。
「……青戸さんが笑ってくれる人でよかったです」
 長い前髪越しに私をじっと見て、深い息をつく。
「気が向いたら模型垢、見てやってください。青戸さんに楽しんでもらえるものもあると思いますから」
「はい、絶対見ます」
 私がそう答えたら、その表情が一瞬うれしそうにほころび――すぐにあわてて引き締めていたようなのが、おかしかった。

 パフェを食べ終えてお店を出た後、瀬良さんは駅まで送ると言ってくれた。
「俺も電車で帰るんで」
「瀬良さんはどちらに帰られるんですか?」
 路線一緒ならホームまで、のつもりで尋ねたら、たちまち気づかわしげな顔をされる。
「それ聞いたら、俺も青戸さんに聞き返しますよ」
「え、いいですよ」
「俺に最寄駅知られるの、怖くないです? 信用のない顔してるじゃないですか」
「もう、そんな顔してないですって! 瀬良さんは信用できる人です」
 むしろそんなふうに聞き返してくる時点でびっくりするほど紳士だ。
 私が笑いながら最寄り駅を告げると、瀬良さんは驚いた様子ながら自分も答えてくれた。だけどあいにく、違う路線だった。
「じゃあ駅までですね」
 ちょっと残念、と思っている私がいて、自分でも少し意外に思う。駅前デパートから駅まではほんのわずかな距離だけで、エレベーターで下りて外へ出ればもう着いてしまうだろう。

 二人でエレベーターに乗り込んでから、私はぼんやり今夜を振り返る。
 瀬良さんと一緒に過ごすのは思っていた以上に楽しかった。
 振り返ってみればお店の中でも私はよく笑っていたし、瀬良さんも私ほどではないけど笑ってくれていたようだ。あくまでも会社の中にいる時よりは、という感じではあったものの。
 嫌いじゃないんだけどなあ。
 むしろ知れば知るほど、瀬良さんという人に興味が湧いてくる。いつも作業着なのに実はスーツがめちゃくちゃ似合うとか、細いのにパフェをぺろりと食べちゃえるとか、SNSのアカウント名が格好よすぎるとか、本当に味わい深い人だ。自己評価の低さは相変わらずだけど、そんなふうに思うことないのになとつくづく思う。
 この先も一緒に過ごしていたら、いつか好きになるのかな。
 あるいは、『お試し』で付き合ってみたりしたら意外とハマったりとか――いや、でも、そういうのはやっぱり、私には――。

「――俺は」
 私の思案に被せるようなタイミングで、ふと瀬良さんが口を開いた。
 隣を見上げると、社名入りブルゾンを着込んだ彼はエレベーターパネルを睨んでいる。ゆっくりと下りていくエレベーターは、あと数秒で一階に着くだろう。
「青戸さんを笑わせられる人間でありたい、って思うんです」
 そう続けた瀬良さんは、一階で停まったエレベーターから私を先に降ろしてくれた。
 そして自らも降りた後、相変わらずこちらは見ずに語を継ぐ。
「なんでもいいんです。俺の作品見て喜んでくれるのでも、一緒においしいもの食べてうれしそうにしてくれるのでも、いっそ俺が変で気持ち悪い奴なのを面白がってくれるだけでもいいんです」
 瀬良さんは気持ち悪くないです。
 という言葉を、口にするのが一瞬遅れた。
「青戸さんが笑ってくれるのを見ているのが、好きで」
 瀬良さんが、そんなふうに言ったからだ。
 そのくせ彼はようやくこちらを見たかと思うと、急に卑屈な苦笑を浮かべる。
「いや、俺なんかがこんなこと言うの本当柄じゃないし、やっぱあざといですよね。自分でも気持ち悪いって思うんですよ。発言だけで告白テロ、黙ってるほうがいっそ健全だって」
 急に早口になってまくし立てた後、今度はうつむいた。
「でも……青戸さんといると、言いたくなるんです。引かれそうなくらいあざとい言葉を、迷惑顧みずにぶつけたくなるんです。自己矛盾の塊です、俺は」

 瀬良さんは、本当に自分に自信がない人なんだろう。
 そんな人が、それでも、彼が言うところの『あざとい言葉』を私にぶつけたいと思ってくれるようになった。それはきっと、彼にとっても珍しくて、もしかしたら今までになかったような変化なのかもしれない。
 瀬良さんは変わっていくかもしれない。
 そんな予感がしていた。
 これから先、彼が自分らしくないということをして、口にして、私と一緒にいるうちに――これまでとは違う瀬良さんを見られるようになるかもしれない。
 私はそれを、見てみたいと不意に思った。

 ちょうどエレベーターホールに人が来たから、私は瀬良さんの袖を引いて歩き出す。
 そして、戸惑ったようについてきた彼に向かって告げた。
「今夜、すごく楽しかったです。また一緒にお出かけしませんか?」
 途端に瀬良さんが目を丸くする。
 すぐには声が出なかったのか、唇を震わせてからぎこちなく聞き返された。
「いいんですか!?」
「もちろんです!」
「俺、勘違いしますよ! よからぬ期待をしながら諦め悪く青戸さんにつきまといますよ!?」
 いや言い方。そこまでひどい言い方しなくても。
「嫌だったらそもそもご一緒してないですから!」
 私は笑う。
 自分でも思った通り、それに彼が望む通り、瀬良さんといるとよく笑う。楽しいのも、うれしいのも、彼の言動がおかしいのもあるけど――どれにしたって悪い気はしてない。だから、また一緒に出かけたい。
 私の顔を見た瀬良さんが、次の瞬間、面を伏せた。
「……かわいい」
 そうつぶやいた後、ずいぶん苦しげに息をつく。
「なんか、あざとい通り越して気持ち悪い褒め言葉しか浮かんでこないので黙りますが、今すごく俺、喜んでます。うれしいです」
 目も合わせずに言われてしまったけど、私はその直前の言葉の方が、気になってしょうがなかった。

 贋作師さんだっていうのに、瀬良さんは不思議と正直な人だ。
 そういうところがいいのかもしれないな、と今夜思いはじめた私がいる。
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