Tiny garden

身の丈に合う初恋(1)

「――それで結局、二人って付き合ってるの?」
 黒川のずばりな問いに、俺は悩みながら答えた。
「んー……そういう訳じゃない、なあ。多分」
「多分?」
 途端、小首を傾げる黒川。その視線が横にずれて、すぐ隣に座る牧井へと向けられる。
 その時、牧井はストロベリーシェイクを飲んでいるところだった。早速頭が痛くなってきたのか、手の甲でおでこを押さえている。相変わらず前髪は短い。
「八重ちゃんと同じこと言ってる」
 納得がいかない様子で黒川が唸れば、ストローから口を離した牧井がぽつりと応じた。
「だって、その通りだもの」
「その通りって言うけど、夏祭りでちゃんとデートしたんだよね?」
 問われて、牧井は頷いている。
「うん」
「上手くいったんでしょ?」
「うん」
 続けて彼女が頷いてくれて、内心ほっとしている俺。――違うって言われたらどうしようかと思った。いや実際、上手くいったとしか言いようないんだけどな!
「じゃあどうして、そこで付き合うとか何とかってことにならないの?」
 黒川はまるで子どもみたいに疑問をぶつけてくる。俺たちに文句をつけたいという訳でもないらしく、純粋に謎だと思っているらしい。
「どうしてかなあ」
 牧井が、考えるようなそぶりを見せる。
 それからふっとはにかんで、
「きっと、そういうことがどうでもよくなっちゃうくらい、楽しいデートだったからだと思うよ」
 と言ってくれたから、俺はものすごくにやにやしたし、俺の隣では大和がチキンナゲットを齧りながら呟く。
「……やっぱり、聞いてるこっちが照れる」
 そんなこと言ったって事実なんだからしょうがない。

 七月の終わり頃。俺たち四人は駅前のファーストフード店にいた。
 夏祭りは終わってしまったけど、夏休みはまだまだ続いている。牧井との『次の機会』の計画を立て始めていた俺に、大和から誘いがあったのは今朝のこと。黒川と牧井が俺たちに会いたがっているそうだから、まずは一緒に昼飯でもどうかと言われて、二つ返事で飛び出した。
 今日は本物の、本当のダブルデートだ。
 狭くてがたつくテーブルを挟み、俺の真向かいには牧井がいる。シェイクの冷たさに頭を押さえたり、黒川とポテトを半分こしたりしている。時々目が合うと、ちょっとだけ恥ずかしそうに笑ってくれる。それがもう、やばいくらい可愛い。着ている生成り色のブラウスもよく似合う。夏祭りの晩以来会っていなかったせいで、何だか感動的な可愛さに見えた。
 もっとも、俺に用があったのは黒川の方だったのかもしれない。席に着くなりさっきみたいな質問をぶつけてきたから。

「じゃあ、そのうちに付き合おうって考えてる感じ?」
 まだ黒川は食い下がってくる。愛嬌のある顔をして、目をくるくるさせながら畳み掛ける。
「ね、教えて。進藤くんは八重ちゃんと付き合いたいと思う?」
「美月、そんなに結論を急がなくても――」
 牧井が苦笑気味に割って入ろうとしたけど、黒川はまるで取り合わない。楽しそうに言葉を被せた。
「だって気になるんだもん。せっかくいい感じでデートも上手くいったらしいのに、どうしてなのって。もし進藤くんが、八重ちゃんの気持ちをわかってなくて足踏みしてるだけなら、すごーくもったいないよ」
 自分のことだとやたらめったら照れるくせに、友達のことには一生懸命。そんな黒川は、大和と案外似た者同士なのかもしれない。大和も自分のことには照れるくせに、俺にはよく突っ込んでくる。
「八重ちゃんはすごくいい子だよ。お買い得だよ、進藤くん」
 セールスマンばりに勧めてもくる。いい子なのは俺も知ってる。
 俺はまだ牧井の気持ちをはっきり聞いたことはないけど、まあ漠然とはわかっているし、それほど不安も抱いていない。でも初恋だから、何せ初めてのことだから、よくわかんないなと思うところもあったりする。告白っぽいことはしてない。でもデートには誘ったし、実際デートもした。あとは何が足りないのか。
「何て言うか、付き合うってことがいまいちぴんと来ないんだよな」
 俺もジュースを啜ってから、答える。
「前は結構『彼女が欲しい』って思ってたんだけどさ。いざ出来たらやりたいと思ってたこと、牧井となら普通に出来たから。だからまあ、こだわんなくてもいいのかなーって」
「彼女が出来たらやりたいこと、って何?」
 と黒川。その問いにも素直に答える。
「二人乗り」
「……八重ちゃんの言う通り。進藤くんって、可愛いね」
 黒川が笑うと、牧井もくすぐったそうに続いた。
「うん、すごく可愛いよ」
 え。それって俺のこと?
 いやいや、牧井の方が絶対可愛いと思うけどな。って言うか男を指して可愛いって言われてもな。女の子にそういう風に言われるのって、まあ、満更でもないんだけどさ。
 デートも二人乗りもアイスを食べるのだって、牧井がいてくれたら普通に出来るし、楽しい。よくわかんない『お付き合い』なんてステップは要らないんじゃないか、とも思ったりする。
 でも、
「俺は、颯太と牧井が付き合ってくれた方がいいけどな」
 そこで大和が口を開いた。
 ちらとこっちを見てきたから、思わず聞き返す。
「何で?」
 すると即答はせず、別のことを大和は言った。
「お前、桜子にばらしただろ」
「桜子ちゃん? ……って、あ!」
 心当たりありまくりだった。夏祭りの晩にすれ違った時、ついつい本当のことを言っちゃったんだよな。
「いや違うって、ばらしたんじゃなくてばれたの。桜子ちゃんが俺にお前のことを聞いてきたからとっさに――大体それを言うならお前、何で妹に『俺とお祭り行く』みたいな嘘ついたんだよ」
「正直に言ったらからかわれるから嫌だった」
 しかめっつらで嘘を肯定する幼馴染み。卑劣な野郎だと思ったけど、それを聞いた黒川は別に驚くでもなく笑っている。織り込み済みってことですか。
「だからお前と牧井が付き合ったら、俺もおばさん辺りにばらしてやる」
 大和がみみっちいことを言うから、こっちは男らしく堂々とふるまってみる。
「言えば? もしそうなったら、俺は嘘とかつかないし」
 多分、からかわれるだろうけど。
 母さんだって父さんだって、クラスの連中だって、幼馴染みにだって、俺のことをからかおうとしてくるかもしれない。でもそうなっても別にいい。俺は牧井さえいてくれれば、何でも楽しくてしょうがないから。
 だからまあ、言ってしまえば付き合わずにいる理由もないのかもな。
 ぐっと詰まった大和に対し、逆に質問をぶつけてみる。
「ばれて、桜子ちゃんにからかわれたのか?」
「あいつの性格考えりゃわかるだろ。口止め料まで要求された」
 むっつりと不機嫌そうな顔。でも頬が赤い、わかりやすい。また黒川がくすくす笑う。黒川は大和のことをよくわかっているんだと思う。もしかしたら既に、俺以上に。
「言わせときゃいいのに。黒川と付き合ってんのも今更だろ?」
 俺もからかってやろうとしたら、たちまち噛みつかれた。
「こっちの話はいいから。とにかく、お前と牧井のことだよ」
 話が戻ってくる。
 だから俺も、視線を牧井へと戻す。
 ファーストフード店の狭いテーブル越し、牧井も俺のことを見ていた。いつものように真っ直ぐ目が合う。彼女は柔らかく微笑み、つられて俺もへへへと笑いたくなる。
 付き合わずにいる理由もないんだよな。付き合うってどういうことかいまいちわかってないけど、牧井となら一緒にいたい。もし彼女になって貰えるなら、最高かもしれない。
 ずっと、大和が羨ましかった。
 黒川っていう彼女のいる幼馴染のことが。
 もし俺にとっての牧井が、大和にとっての黒川みたいになるんだったら、絶対に最高だと思う。
 そんな単純な気持ちで言ってみた。
「じゃあ牧井、俺と付き合ってくれる?」
 店内の有線放送がすっと遠ざかり、間を置かずに牧井は、
「うん。よろしくお願いします」
 と頷いた。
 目が合っている。お互いに笑っている。牧井が少し照れたようだからこっちも今更みたいに照れてきて、込み上げてくる笑みを幸せな気持ちともども噛み殺す。
 遂に、俺にも彼女が出来た。
 しかも相手が牧井だって言うんだからすごい、文句のつけようもない。
「本当に、こっちが照れるね」
 斜め向かいの席で、黒川が急にもじもじし始めた。
「キューピッドになろうとは思ってたけど、まさか目の前で告白されるとは思わなかった」
 大和は彼女の言葉を受けて曰く、
「お見合いの席みたいだよな。こいつら絶対バカップルになる、断言してもいい」
 ここぞとばかりに言いたい放題だ。
 けど、バカップル上等ってなもんだ。牧井と一緒にいてもいいってお墨付きが貰えるんなら、誰に何を言われたって構わない。
 お見合いっぽいことだってしたくなる。

 心を決めて。
 氷入りのジュースを一息で飲み干した。思いのほか熱くなっていたらしい頭にはよく効いた。冴えた気分で席を立つ。
 宣言してみた。
「それなら、あとは若い二人に任せてってことで!」
 三人がぽかんと俺を見上げる。でも、俺が見ているのは牧井だけだ。彼女に手を差し出す。
「行こう、牧井。この辺をドライブしよう」
 俺のハーレーダビッドソン、もしくは黒馬で。
 牧井は二度瞬きをしてから、シェイクのカップを持ち、もう片方の手で俺の手を取った。
「うん。そうしよっか」
 そうなればもう決まったようなもので、大和と黒川が何事か言ってくるのにも聞く耳持たず、俺たちは手を繋いだままファーストフード店を出る。

 二人っきりの方がいいのはお互い様のはずだ。
 ってことで、今回は実益を兼ねた大和たちへのサービスでもある。ほら、夏祭りの件では協力だってしてもらったしさ。
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