Tiny garden

確率は五分五分(3)

 どうやらはっきりしてきたみたいだ。
 五分五分くらいの確率だと思ってたのが、いつの間にやら十割の域に達しつつあった。
 恐らく間違いなく、俺の初恋の相手は牧井八重なんだろう。

「やっぱり、そうなんだろうな」
 呟いた後で笑いが込み上げてくる。
 そっかー、初恋ってこういう感じなんだな。まあ相手が牧井なら言うことなしってとこじゃないか。いい子だし、頭もいいし、可愛いし、身長が同じな点だけが気になるけど、そこを省けば言うことなしだ。何だかうれしくてしょうがないのはどうしてだろう。
 もっとも、声に出すとまた惚気だって突っ込まれそうなので、止めておく。
 口元を引き締めた俺に、大和が溜息をついてくる。
「惚気るのはちゃんと付き合ってからにしろよ」
 全くだ。
 彼女でもないのに惚気るのはおかしい。
 でも、それだけ牧井がいい子なんだからしょうがない。
「それで? どうするんだ」
 大和の問いを、俺は瞬きしながら受け止める。
「どうするって何が?」
「だから、牧井のことだよ。告白するんだろ」
「え?」
「俺に話したのだって、そういう目的があったからじゃないのか」
 告白。
 いや、わかってるよ。好きな子が出来たらそうするもんなんだよな。好きです付き合ってくださいって、正直に打ち明けないと駄目なんだよな。それでなくても相手は可愛い牧井、いつ他の男に分捕られるかわかったもんじゃないし、牧井自身は彼氏を作るのだってやぶさかじゃないと来ている。これは可及的速やかに先手を打つべきだろう。
 ただ何と言うか。
 ――俺のガラじゃないよなとも思う。好きです、とか。付き合ってください、とか。そういうすかした台詞はキャラじゃない。言ってる途中で吹き出しちゃいそうで、困る。
「その方がいいんだろうけどなあ」
 空になったシャーベットのカップを、木のへらでかちかち叩く。縁の辺りは軽い音がした。
「でもまだ、自信ないんだよな」
「牧井を好きかどうかってことか」
「好きは好きだけど。告白してから『やっぱ恋愛感情じゃありませんでした』ってなったら悪いし」
 恐らく間違いなく、これは初恋なんだろうけど。
 初めてのことなんだから扱いには細心の注意を払いたい。いい加減で適当なふるまいはしたくない。牧井の関わることなら尚更だ。
「あれだけ盛大に惚気といてよく言う」
 大和には冷ややかな目を向けられたので、さくっとスルーしておく。
「それはそれ、これはこれだよ」
「何がだ」
「とにかくな。告白より先に、俺の気持ちが本物かどうかしっかり確かめときたいんだ」
 俺はそう思う。曖昧ではっきりしないままなんて嫌だ。せっかくの初恋なんだから、せめてちゃんとした奴がいい。
「ついでに牧井にも、俺の気持ちを知っててもらいたい。どういう意味の好きなのかはまだあやふやだけど、でも、一緒にいたいんだってこと」
 この気持ちが恋愛感情だろうと、そうでなかろうと、ただ『好き』って伝えるのは相応しくないと思う。『付き合ってください』もまだ違う。そうなる以前に、俺はまだ牧井のことをよく知らないし、それほど一緒にいたこともない。
 これからはまず、一緒にいたい。何を差し置いても。事あるごとに。
 牧井が寂しい時は俺がいるようにする。黒川の代わりなんて到底務まりそうにはないけど、でも俺にだって出来ることはある。寄り道に付き合ったり、話を聞いてやったり、俺の方からくだらない話を振ったりすることくらいは出来る。『進藤くんと一緒なら寂しくない』って言ったのは彼女だ。だったらずっと、俺と一緒にいればいいんだ。
「だから、それを告白って言うんだろ」
 呆れた様子の大和は、もしかすると告白をしたことがあるのかもしれない。それがどんなことで、どうすればいいのかって言うのも既に習得済みなのかもしれない。黒川に告白された時、逆にし返してたとかな。あり得る。
 俺は初めてだから、そういうことはまるっきりわからない。わかってることから確実に、一つずつ一つずつ学んでいくより他ない。
「とにかく俺、決めたからな」
 空のカップをベンチの上に置き、俺はすっくと立ち上がる。
 それから振り向けば、ミルクバーだった棒切れを手にした大和が、訝しそうにこっちを見上げていた。いつもは見下ろされるばかりの幼馴染みを見下ろす瞬間。悪くない。
「決めたって、何を」
 大和が問う。俺は答える。
「俺、牧井を夏祭りに誘う!」
「は?」
「デートだよデート! 牧井と二人でお祭り見に行くんだ!」
「え、いや、おい、二人ってな――」
「そういう訳だから!」
 俺は思いきり腕を伸ばし、大和の肩をばしっと叩いた。
「大和は黒川と二人で行ってくれよな。四人で行くのはキャンセルってことで!」
「ちょ、ちょっと待てお前!」
 またしても慌てふためき始める大和。そんなに黒川とのツーショットが怖いか。いつも二人で帰ってるくせに。
 黒川は新調した浴衣で来るそうだから、怖いって言うならそっちの方か。いわゆるまんじゅう怖いって奴だ。
「ふ、二人って。俺が美月と……いや、そうじゃない。お前が牧井と二人で行くのか? 本気で?」
 最早何に慌ててるのかわかんない感じの幼馴染みへ、満面の笑みを向けてやる。
「当然! それで、俺が牧井をどう思ってるか確かめてくる!」
 デートだから、牧井には浴衣を着て貰おう。彼女なら絶対似合うと思う。絶対に可愛いと思う。そんな牧井を俺は、多分、今よりもっと好きになると思う。
 その時には俺の気持ちだって、今より鮮明になっているはずだ。
「でも、その、言いにくいけどな」
 まだ座ったままの大和は、実際言いづらそうに口を開いた。
「牧井にデートしてもらえる確率ってのは、大丈夫なんだろうな? 颯太があんまり舞い上がってるから、こっちが不安になる」
「そんなに舞い上がってないって!」
 俺が再び肩を叩くと、素早くツッコミを返された。
「いや、すごく舞い上がってる」
 そっかなあ。大和が言うならそうなのかもな。
 さておき牧井にオッケーを貰える確率は、そう低くないと思ってる。なぜってそりゃあ、彼女なら『大和と黒川を二人っきりにしてやろうぜ!』って言えばまず間違いなく賛成してくれるからだ。だから俺と二人でもいいって言ってくれるだろう。
 それだけじゃ駄目だ。黒川が大和と付き合ったから、しょうがなく俺といるんじゃなくて、俺と一緒がいいって思って欲しい。
 何を差し置いても、事あるごとに、一緒にいたいって。
 デートだから、俺の為に浴衣を着るんだって、そういう風に思って欲しい。
「正直に話したら、確率は五分五分くらいじゃないかな」
 今日の牧井にも彼氏は出来ていなかった。俺の入り込む隙はあるはず。それでも残りの五分で、俺とデートはしたくないって言われちゃうかもしれないけど。
 断られたら、それはその時考える。
 ってか今は考えられない。とにかく牧井を夏祭りに誘いたい、それだけ。
「ま、とりあえずはぶつかってみる」
 胸を張って宣言する。
 気合は十分、やる気満々だった。もう今すぐにでも牧井のところへすっ飛んでいきたいくらいだ。今日は黒川と一緒だから、さすがに邪魔をする気にはなれないけど。
「そっか」
 大和も息をついて、少し笑う。
「颯太の舞い上がり方見てると、こっちがはらはらするな」
「大丈夫だって、心配するなよ!」
「……もう決めたみたいだしな。なら俺も、出来る限り協力はするよ」
 協力してもらうことなんて特にないと思うけどな。せいぜい夏祭りの日に、黒川と二人でデートして、彼女を楽しませてくれればそれでいい。俺は牧井と二人がいいから、そこに邪魔が入らなければいいんだ。
「必要になったら頼むよ」
 きっぱり告げると、どうしてか不安そうな顔をされた。
「そう言うけど颯太。牧井を誘うにしても、連絡先は知ってるのか?」
「え? いや、知らないけど」
 学校で誘うからいいだろと思ったら、更に言われた。
「忘れてないよな? 明日から夏休みだぞ」
「あっ」
 すっかり忘れてた!
 そうか、今日は終業式だったんだよな。明日からは夏休み、牧井とは当然、会えなくなる。夏祭りは休みに入ってすぐにあるのに、どうやって彼女を誘う気なんだ。
「あー……」
 途端に萎れた俺は、恐る恐る幼馴染みに持ちかけた。
「大和。その、一つ頼みがあるんだけど」
「わかってる。最初からそのつもりで、俺に打ち明けたのかと思ってたよ」
 付き合いの長い幼馴染みが、そこで深い溜息をつく。
「何かすごく心配になってきた」

 いやもう、さすがにこれ以上の心配を掛ける事はないと思う。多分な。
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