Tiny garden

単調な日々(5)

 夏祭りの『リハーサル』は、結果として上手くいったみたいだ。
 あれからでかい紙袋を提げた大和と、その大和の隣を歩く黒川とが戻ってきて、二人のことを牧井と一緒にそれとなくからかった。大和はむっつりしていたし、黒川は照れていたけど、そういうのがむしろ羨ましかった。冷やかされるのってどんな気持ちなんだろうな。一度でいいからされてみたいもんだ。
 その後は地階のフードコードで紙コップのジュースを飲んで、来た時と同じくエントランスで解散して、黒川と牧井は歩いて帰り、俺と大和はそれぞれの愛車で家路に着いた。二人になってから普段通りの言い合いもしたし、黒川のことをネタにして睨まれたりもした。あくまで普段通りだった。
 特にトラブルはなかった。
 総合的に見ると楽しかった。
 四人でいるのも悪くないと思った。
 ――でも、何となく浮かない気分でいた。

 次の日もからっと晴れて、朝からむちゃくちゃ気温が高かった。
 昨日の浮かない気分を引きずっていた俺は、顔を合わせるなり大和から突っ込まれた。
「どした、颯太。何か元気ないな」
「べっつにー……」
 だらだら答えてから、だらだらハーレーを漕ぎ出す俺。少し遅れて大和がついてくる。家の近所は車通りがあまりないので、通行量の多い道路に出るまでは横並びで走る。だから大和の横顔が視界の隅に見えていた。
「別にって感じじゃないな」
 その大和が、ちらと目の端で俺を見る。
「まさかと思うけど、夏ばてか? さてはアイス食い過ぎたな」
 幼馴染みと言えど読めないこともあるらしい。っつうか見当外れにも程がある。そんなにそんなにアイスばかり食ってねーよ。
「違うよ。つか昨日は食ってない」
 昨日はそんな気分にもならなかった。俺は正直に答える。
 とは言え、
「じゃあ何だよ」
 気にするそぶりで追及されても、さすがにちょっと言いにくい。
「んー……」
 唸って、俺はハーレーのペダルをがちゃがちゃ漕ぐ。口に出来そうな答えも嘘も思いつかない。でも正直に答えるのは抵抗がある。言える訳がない。
 俺が、ここまで浴衣大好きだったなんて。
 まさか牧井が浴衣着てこないってだけで、ここまで落ち込まされるとは思わなかった。そりゃまあ好きだけど。女の子の浴衣なんて無敵になるスターくらいの効果があると思ってるけど。だからって落ち込むこともないのにな、そもそも最初から、着ると言ってもらった訳でもないのに。
 ただ、黒川は浴衣を着てくる。昨日買った奴を。あの藍色の生地に鞠の模様の浴衣を、大和の為に着てくるんだ。そんな黒川を無関係の俺がしげしげ眺めるって訳にはいかない。『彼氏』に睨まれちゃうからな。
 すぐ傍に浴衣の女の子がいるのに、眺めることも出来ない。かと言って俺の為に着てくれるような子がいる訳でもない。俺が一緒に過ごすのは幼馴染みとその彼女と、それから二人の冷やかし役を引き受けたもう一人の子だけだ。その子だって、もしかすると夏祭りには来ないかもしれない。彼氏が出来たらそいつの為に浴衣を着るんだと言っていたから、もし当日までに間に合ってしまったら、俺は本当の一人ぼっちだ。
 寂しいって言うのとは違うと思う。
 だけど、それなら、何なんだろう。
「颯太」
 大和が俺の名前を呼ぶ。隣でがちゃがちゃ自転車を漕いでいる。
「しっかりしろよ、夏休みボケには早過ぎるぞ」
 奴は奴なりに心配してくれてるらしい。
 それはうれしい。うれしいけど。
「んー」
 やっぱり俺は上手く答えられない。

 大和には黒川がいる。可愛くて、背丈がちょうどよくて、放課後になったら違うクラスの教室まで迎えに来てくれて、人目も気にせず『飯塚くんっ』なんて呼んでくれて、出て行ったらにっこにこしながら出迎えてくれて、帰り道は自転車で二人乗りしてくれる彼女が。初めての夏祭りに備えて浴衣を買っておいてくれて、しかもその浴衣も大和の好みを尊重したやつで、夏祭りにも絶対着てきてくれるであろう彼女がいる。
 羨ましい。
 俺にはいない。少なくとも、俺の為に浴衣を着てくれるような女の子はいない。そういう子はいつになったら現れるのか。むしろ、いつか現れるのか。一生現れないとかそういうオチが俺の人生には待ってたりしないか。そんな考えがもやもやと巣食っている。
 つまるところ僻みとか妬みとかそういう感情な訳だ。
 今までならそんなこと考えもしなかったのに。彼女が欲しいとか、カップルが羨ましいとか、大和が黒川と付き合うまではちっとも考えなかったのに。何だか取り残されたような気分でいる。俺だけがずっと、置いてけぼりを食らってるような気がする。

 朝の教室に辿り着いたら、牧井が声を掛けてきた。
「おはよう、進藤くんと飯塚くん」
 昨日のことがあったからだろうか。今まで牧井の方から挨拶してきたことはなかったから、声を掛けられて少し驚いた。その上、今朝の彼女は晴れやかな笑顔でいた。
 似た者同士のはずなのに、今朝の俺とは大違いだ。
「おはよう」
 大和が返事をしたから、俺も慌てて後に続く。
「おはよ、牧井」
 挨拶が終わると、大和はいそいそと自分の席に向かう。そして牧井は、俺にだけこっそりと言葉を継いでくる。
「進藤くん、彼女出来た?」
 それも、いつもなら俺の方から振る話題だ。
 おまけに昨日、そればっかりだねと駄目出しを食らっている。だから牧井の方から言われるとは思わなくって、とっさに答えられなかった。言葉に詰まった俺を見て、彼女は笑った。
「もしかして、当たり?」
「まさか。昨日出来てないって言ったばかりだろ」
 俺も苦笑いを返しつつ、だけど当たりだって言えたらどんなにいいかと思う。欲しいよ、俺だって。
「牧井こそどう? 彼氏出来た?」
「ううん、全然」
 芳しくない回答だと言うのに、牧井はやっぱり満面の笑顔でいる。何かいいことでもあったんだろうか。今朝はやけに楽しそうだ。羨ましい。
 俺は担ぎっ放しの鞄を抱えて、手の甲で汗を拭った。急勾配の坂を上ってくれば汗だって掻く。何せ俺のハーレーはペダルを漕がなきゃ駄目な奴だから。
「なあ、牧井」
 それから何となく、尋ねてみたくなる。
「え?」
 牧井が真っ直ぐに俺を見る。ぱっつん前髪に一つ結びの優等生は、本当に真面目そうで、頭の良さそうな顔をしている。だからつい、わからないことを質問してみたくなる。
「つまんないこと聞くけどさ」
「うん……?」
「彼女って、……どうやって作るのかな」
 大和みたいに、告白されるのを待ってるんじゃなくて。
 俺の方から動いて、彼女を作るのはどうしたらいいんだろう。ふと、そんな疑問が湧き起こった。
 ほんのちょっと眉根を寄せた牧井は、その後ではにかんだ。
 こう答えた。
「多分、恋をすればいいんじゃないかな」
「……恋?」
 ものすごいストレートな単語が来た。いつもならくすぐったかったり痒かったりするフレーズが、だけど今は重く聞こえた。
「そう。好きな人が出来たら、今度はその人に彼女になってもらいたくなる。きっとそういうものだと思うよ」
 牧井は笑って、だけど冗談ではない口調で語る。
 そんなもんなのか。やっぱり告白待ちってのは駄目なんだな。
 でも――それなら恋って奴は、一体どうやってすればいいんだろう。
 そもそも一度もしたことのない俺に出来るものなんだろうか。恋をしたらすぐに自分でわかるのか。ちゃんとわかって、その相手が誰かってことも気付けるんだろうか。実は俺自身が気付いてないだけで、もう既に好きな子がいたなんてことにはなってないよな。
「じゃあ、好きな子はどうやって作るんだ」
 ついでにもう一つ尋ねてみた。
 牧井には、そこで難しい表情をされてしまった。
「それは私が知りたいくらい」
「……だよな」
 俺も一緒になって難しい顔を作ろうとしたけど、結局笑ってしまった。つられてくれたのか、牧井もちょっとだけ笑ってくれた。
 やっぱり俺たちは似た者同士だ。そういうことさえちゃんとわかってないんだから。
 他にもわかってない奴がいるっていうのは、言っちゃ悪いが心強い。一人じゃないんだってほっとする。少なくとも今の俺はまだ一人ぼっちじゃない。牧井に彼氏が出来たら、その安心感もなくなってしまうんだろうけど――それまでに俺も、彼女が出来てたらいいな。

 当たり前だけど、一人でいるのは嫌だった。
 だから彼女が欲しいって、不純な動機かな。でも誰かに一緒にいて欲しい。出来れば浴衣の似合う子がいい。
 終業式までもう日がないのに、俺はそんなことをぼんやり考えていた。
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