Tiny garden

単調な日々(4)

 デパートの階段には椅子がある。プラスチックの、ちょっと塗料が剥げかけてて、座るところが白っぽくなってるやつ。殺風景な踊り場に三つくらい並んでいるから、俺と牧井はそこへ腰を下ろした。
 古びた田舎のデパートとは言え、エレベーターも、エスカレーターだってちゃんとある。だから階段を使いたがる奴もほとんどいない。売り場からも少し離れているからか、踊り場はやけにしんとしていた。

 椅子に腰を下ろしてすぐ、牧井は鞄から携帯電話を取り出した。
 キーをカチカチ言わせて、どうやらメールを打っているようだ。片手打ちだった。優等生っぽいと思っていた彼女の手慣れた様子が新鮮で、ついつい横目で眺めてしまう。もちろん画面は見ないようにしていたけど。
 やがて送信を終えたのか、ぱちんと携帯を閉じてから言ってきた。
「美月にも、一応知らせておいたから」
「俺たちの居場所?」
「うん」
 頷いた牧井が苦笑いを浮かべる。
「本当は置いて帰ってあげた方がいいんだろうけどね」
 そりゃまあ、大和や黒川にとってはそうだろうな。デート用の買い物って言うなら、最初から二人で来ればよかったのに。変なところでシャイだから困るよ全く。二人乗りとかは普通にするくせになあ。
 あいつらのことはいい。
 黒川と多分久々に出かけたはずの、牧井はどうなんだろう。少し気になったから聞き返してみた。
「牧井は黒川と一緒で、楽しかったんだろ?」
「……もちろん」
 すぐに大きな頷きが返ってくる。
 それと、大人びた笑い方も。
「でも今日は、進藤くんがいてくれたお蔭で楽しかった」
「俺? 何かしたっけ」
「だって、私一人だったら寂しかったと思うから」
 プラスチックの椅子の上、牧井は脚を組んでいた。長めのスカートだと膝小僧も見えない。いや見ないけど。
 目を逸らそうと顔を上げたら、視線が真っ直ぐ衝突した。同じなんだよな、目線の高さも、肩の並ぶ高さも。
「ありがとう、進藤くん」
 お礼もちゃんと言える子だ、牧井は。
 もっともお礼を言われるようなことをした覚えはない。今日は単にあの二人をからかってただけだし。だからまあ、笑ってだけ否定しておく。
「いや、俺は何にもしてないよ。それにさ、俺だって牧井がいてくれて助かったとこあるし。一人ぼっちじゃあのカップルの間に割り込んでく気、持てないしさ」
 一息に打ち明けると、彼女は納得した様子で首を竦めた。
「本当、そうだよね。こうして傍で見てても、美月と飯塚くんは仲良さそう」
「だよな。買い物だって二人で来ればよかったのにな」
 口ではそんなことを言ってみたものの、俺だってこの買い物が楽しめなかった訳じゃない。大和を思いっきりからかってやれたし、なかなか貴重な顔をお目に掛かることができたし、黒川の可愛さだって堪能した。あれはいいカップルだ。
 それとだ、――牧井のことも結構、面白く見ていられた。
 黒川とは本当に仲が良いんだなあとか、でも何か友達って言うより姉妹っぽくてそういうのもまたいいなあとか、八重ちゃんって、ちゃん付けで呼ばれてんだなあとか、そんなことを思いながらほのぼのしていた。普段は女の子との接点があまりなく、可愛い女の子とのご縁もなかった俺なので、黒川と牧井のやり取りには大変和んだ。いいもん見せてもらいました。
「女の子同士の会話っていいよな」
 ふと思い浮かんだことを口にも出してみたら、当の牧井には不思議そうにされた。
「ええと……そう、かな?」
「何かさ、牧井がお姉さんで黒川が妹って感じがしたんだ」
「えー、そんなことないよ」
 おかしそうに吹き出されたけど、笑われるのもそれはそれでいいよなと思う。牧井の笑う顔は可愛い。そういう時は優等生っぽさも消えて、どこにでもいるような女の子に見えてくる。
 ひとしきり笑った後で、そっと牧井が言った。
「私と美月なら、美月の方が大人だと思うな」
「へえ、そうなのか」
「うん。絶対にそう」
 頷く彼女は、大切な秘密を打ち明けるような口調だった。
 短い前髪の下、両方の瞳はちっちゃな子みたいにくるくるしていて、いつものように真っ直ぐ俺を見ていた。
「ふ、ふーん……」
 相槌を打ちつつ、妙に落ち着かない気分になる。
 黒川も可愛いけど、牧井も可愛いよな、と思う。
 可愛いからどうしたって話ではあるんだけどな。最近よく話をするようになったクラスメイトで、他の接点もいくつかあるってだけで、別にどうなる訳でもないのに。可愛い女の子の隣にいたからって、俺にも可愛い彼女が出来るって訳じゃないのに。
 しんとするデパートの踊り場。ここが静か過ぎるのがいけないのか、それとも隣にいるのが女の子だからいけないのか、どちらにせよ牧井の目を見ているのが難しかった。
「あー……えっと」
 何気ないそぶりで顔を背けつつ、次の会話の取っ掛かりを探してみる。
 彼女との会話のきっかけと言えば、あれしかない。
「牧井、彼氏出来た?」
 落ち着かない気分を振り払って、切り出す。
 途端にまた吹き出された。
「進藤くんはそればっかりだね」
 ついでに痛いツッコミを食らった。慌てたくなる。
「い、いや、だって。気になるだろ、今後の予定にも関わってくるんだし」
「そうだけど。出来そうにないから、いつも同じ切り返し方になっちゃうんだもん。悪いかなって」
 牧井は困ったように笑うけど、俺なんていつも同じ話題ばかり振ってる。悪いとは思ってなかった。まずいかな。
 何か、別の話題があればいいんだけどな。夏祭りの為にも。実際四人で行くとなったら、俺と牧井が一緒にいる時間も相当長くなる。その為にももっといろいろ話せるようになっておかないと、お互いに楽しく過ごせまい。
 夏祭りの件を念頭に置き、とりあえず、考えてみた。
「そういえば、全然話変わるんだけどな」
 一つ思いついたので、言ってみた。
「牧井は、浴衣買わなくてよかったのか?」
 視線を戻す。
 すぐ隣に座った牧井は、やっぱり真っ直ぐ俺を見ている。その目がぱちぱちと瞬きをして、それから穏やかになる。
「私はいいの。今日は美月の買い物だからね」
「でも、牧井だって浴衣着るんだろ? 夏祭りでは」
 もしかしたらもう持ってるってだけかもしれない。だったら買わなくてもいいもんな。それなら、彼女の浴衣はどんな柄なのか聞いておこう。話題ゲット。
 ――そう思って尋ねた俺に、返ってきたのはあっさりした答えだった。
「ううん、着ないよ」
「……え?」
 当たり前じゃない、とばかりに言われて、うっかり顎が外れそうになった。
 え、着ないの。牧井は着てこないの、浴衣。
「何で?」
 絶対似合うに決まってるのに。思わず素早く問い返すと、逆に怪訝な顔をされた。
「どうして私が着るの?」
「だ、だって夏祭りだから、普通そうじゃないのか。黒川も着てくるんだろうし」
「それは美月がデートだからでしょう。私はそうじゃないし、要らないんじゃないかな」
 ものすごくあっさりと言われてしまった。
 そりゃまあ、おっしゃる通りですけど。黒川はデートだし、牧井は、もし俺たちと行くことになったら、デートじゃないってことに……なるよな。見かけはダブルデートかもしれない、でも中身はそうでもない。何と言うか、お互い冷やかし役同士ってところで。
「そ、っか」
 俺はやっとの思いで声を出すと、後には取り繕う言葉がついてきた。
「そうだよな、浴衣って歩きにくそうだし、案外暑そうだし、そういう理由でもないと着てこないよな」
「うん」
 こっちの驚きには気付かない様子で、牧井も頷く。
「美月は、だから浴衣を買ったんだと思うよ。好きな人の為に着てくるものだよね、あれは」
 そうなのかもしれない。今時浴衣なんて、デートで着てこそ意味のあるものであって、そうじゃないなら手間のかかる面倒くさい衣装でしかないのかもしれない。
 でも……何だろう。結構がっかりした。
 牧井も当然着てくるもんだと思ってたからかな。黒川も似合うだろうけど、牧井だって絶対に似合うと思った。普段口の悪い子でさえ着ると可愛くなれるというあの浴衣は、普段からおりこうさんの牧井が着たら更にいい子に見えてくるだろうから。
 見てみたかったな。
「似合いそうな気がするんだけどな、牧井なら」
「ありがとう、進藤くん」
 俺の言葉に、彼女はちゃんとお礼を言った。その後で冗談っぽく続ける。
「じゃあ、私も彼氏が出来たら着てみようかな」
 それだと、どっちにしても俺は見られないってことだよな。
 牧井に、夏祭りまでに彼氏が出来なかったら、牧井は浴衣を着ないんだろうし。もし上手いこと彼氏が出来て、そいつと一緒に祭りへ行くことになったら、俺たちとは一緒じゃなくなるんだろうし。

 俺、女の子の着る浴衣は好きなんだよな。
 だからだと思う、かなり、がっかりした。
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