Tiny garden

ふたりで等分(4)

 お互いにアイスを食べ終えたタイミングで、牧井が口を開いた。
「進藤くん、夏祭りの話は聞いてた?」
 夏祭りの話。
 ――ってのはつまり、今日の帰りに大和が言いかけてたことだろうか。大和が、黒川と二人きりで行くんじゃなくて、それに俺と牧井も誘おうと思ってるって話。
 思い当たるふしは他になく、問い返してみる。
「四人で行こうって話?」
「うん。進藤くんも聞いてたんだね」
 牧井は頷く。それで俺は肩を竦めて、
「聞いてたと言うか、まだ詳しいことまでは話してもらってないんだ。もう本決まりなのか?」
 更に尋ねると、少し複雑そうな顔をされた。
「本決まり……ではないかな。それこそ私と、進藤くん次第ってところ」
「へえ」
「美月も飯塚くんも、私に気を遣ってるみたい」
 表情を和らげた牧井が、膝の上の鞄を抱きかかえる。夕方の温い風に交じって、溜息も一つ、聞こえた。
 言葉が続く。
「去年まではずっと、美月と二人で出かけてたの。夏祭り」
 ああやっぱり。牧井もそうだったんだ。そうじゃないかと思ってた。
 だって俺も同じだ。去年まではずっと、大和と一緒だった。
「そのことにルールがあった訳じゃないけど……でも特別に約束をしなくても、当たり前になってた。私にとっての夏祭りは、美月と二人で一緒に行くものだった」
 そこも同じだ。特に約束なんてしたことはなかった。一緒に行くのが当たり前で、俺にとっての夏祭りは、大和と桜子ちゃんと三人で夜店を見て回ったり、美味しいものを食べたり、花火を見たりするものだった。
 今年からはそうじゃなくなるんだろうか。単に、桜子ちゃんが黒川と牧井に取って代わるだけなのかもしれないし、本当に何もかも違ってしまうのかもしれない。そういう未来に現実味がないから何とも言えない。
「だから美月は、私を心配してるんだと思う。美月がいないと、私はお祭りには行かないから。私を一人ぼっちにしてしまうから。今年も連れて行かないと悪いなって思って、それで飯塚くんに頼んでくれたんだと思う」
「大和に?」
 思わず口を挟めば、牧井はちらと意味ありげな笑みを浮かべてきた。
「だって、本当は二人きりで行きたかったはずだと思うの。二人にとっては、付き合って初めての夏祭りだから」
 そんなもんかなあ。
 恋人同士ってそういう、初めてのなんちゃらとか、なんとか記念日とか好きだよな。あの二人もそうなんだろうか。俺には全然わからない。
「それで、美月が私に言ったの。『今年の夏祭りは四人で行こう』って。美月は私を誘って、飯塚くんは進藤くんを誘うんだって。そうしたら私もお祭りに行けるし、直接は二人の邪魔をすることにもならないし、何より寂しくないだろうからって」
 牧井が淡々と語る。横顔は生真面目そうで、語りながらも他のことを考えているみたいに映った。きっとその誘いですら、牧井からすれば不本意なんだろう。
 俺からすれば……やっぱり、不本意だけどな。
「その話って、いつ頃からしてた?」
 気になって確かめてみたら、牧井は意外な答えを口にした。
「今月に入ってすぐ、かな」
 昨日じゃないのか。そんなに前からか。
「何だそれ。俺と牧井は、昨日まともに話したばかりなのに」
 勝手に決めんなよ、と俺は内心で大和を恨んだ。そういうことはせめてもっと早くに言ってくれればいいのに。早くに言われたところで、どうせ間違いなく断ってただろうけど。クラスメイトとは言え、ろくに話したこともない子を含めてダブルデートなんて難易度高過ぎる。
 でも今は、ろくにと言うほどでもなく話している。牧井と。
 牧井はどう思っているんだろう。この件について。真面目な顔つきをして、俺の方をじっと見ているけど。
 相変わらず同じ高さ、真っ直ぐな目線。
 だからそうやって見られるとどぎまぎしてくるんだってば。
 自白を促されるような空気の中、俺はぼそりと語を継いだ。
「大和も、気を遣う方だからな」
 俺と一緒で。がさつなようで案外と神経質だった。
「あいつなりに俺と、牧井たちに気を遣ったんだと思う。俺を誘えば俺に寂しい思いをさせなくても済むし、牧井も、大和と黒川と三人でいるよりは居心地いいとでも思ったんだろうな」
「そうなんだろうね」
 牧井も頷く。俺が苦笑すると、つられるように弱く笑ってみせた。
 それから口々に言い合った。
「あの二人も似た者同士みたいだな」
「本当。すごくお似合いだと思うよ」
「だよな。まさに、付き合うべくして付き合ったってとこか」
「付き合いたてなのにすごく仲いいもんね。ベストカップルって感じ」
 へえ。牧井もなかなか言うな、と場違いに感心してしまった。優等生のイメージとはまた別の、からかうような物言いが面白い。
 俺の感心をよそに、ぱっつん前髪の優等生は息をつく。
「だから私は、断ろうと思ってたの。せっかくのデートに割って入るつもりなんてなかったし、飯塚くんにも、美月にだって、私のことでは気を遣って欲しくなかった。その上、進藤くんに来てもらったら、進藤くんにまで気を遣わせることになっちゃうだろうし」
 じゃあ牧井は行かないのか。それなら、俺の答えだって決まりだ。
 そう思った矢先、
「――って、昨日までは思ってた」
 牧井が、自分の発言を引っ繰り返した。
「え?」
 戸惑う俺に笑顔を見せる。
「昨日と今日で、考え方が変わったの。私、進藤くんが行くなら、行く」
「……俺?」
 間の抜けた確認には、元気のいい頷きが返ってきた。
「うん。進藤くんとなら楽しいから、夏祭り、一緒に行くのも平気」
「え……本気で?」
「うん」

 結構びびった。
 あっさり言うよな、牧井。俺とだと楽しいって。昨日と今日でそんなに楽しい思い、牧井にさせたっけ。ちっとも大したことはしてないのに。どうでもいい心配をしてしまった程度だ。
 もちろん、俺と二人でいるのが楽しいと言われた訳じゃない。当たり前だけどな。あくまでも、大和と黒川と一緒に夏祭りへ行くのに、四人目のメンツが俺なら支障はないってところだろう。いやわかってるとも。深い意味はなくて本当にそのままの、そういう意味だよな。誤解なんてしてない、しようもない。
 でもちょっと、かなり、どぎまぎした。

 真っ直ぐな眼差しは俺の答えを待っているらしい。
 表情は笑っているのに両方の目だけが生真面目だ。夏の陽射しみたいに。
 頭のてっぺんが熱くなる。直射日光を受けてるみたいに焦げつきそうになる。さっきアイスが通ってったばかりの喉が、ごくりと鳴った。喉が渇いたなとぼんやり思った。
「ええと、俺でよければ」
 気を遣ったのか。
 気が変わったのか。
「四人で行こっか、夏祭り」
 ともかく俺はそう言った。
 似たようなことは思ってたんだ。牧井が行かないなら大和の誘いも断ろうって。牧井が行くと言ったら、断れないだろうなとも思っていたけど――でもいいや。俺だって、牧井と話すのが嫌な訳じゃない。仲良くしときたいって思ってたはずだ。
「行ってさ、二人で、事あるごとにあいつらをからかってやろう」
 そう水を向けたら、牧井も楽しげに声を弾ませた。
「いいね。そうしようよ、思いっきり」
 同意を得たらこっちまで愉快になってきた。
 これはいい機会だ。黒川とのことをあまり話してくれない大和を、めちゃめちゃにからかってやる絶好のチャンスだ。誘われたからにはキューピッドらしくあれこれやってやろう。普段見られない幼馴染みの顔をじっくりたっぷり拝んでやろう。
「よし。何か俺、俄然楽しみになってきた」
「私も」
 ふふっと、女の子らしい笑い声が零れる。
「美月から飯塚くんの話はよく聞くけど、二人が一緒にいるところをちゃんと見たことはなかったの。だから楽しみ」
「へえ。黒川は、そういう話はするのか」
 大和とはえらい違いだ。やっぱ女の子同士だとそういう話をするもんなのかね。俺の呟きに、ふと牧井が目を瞬かせる。
「飯塚くんは進藤くんに、美月のこと、あまり話さないの?」
「あまりって言うか、ちっとも話さない。無駄に口堅いんだ」
「ふうん。何か、意外な感じ」
「そっか?」
 聞き返すと牧井はうん、と顎を引いて、
「進藤くんたちはすごく仲がいいから、そういうことでも話してるのかと思ってた」
「いや。大和の奴、あれで結構照れ屋でさ。黒川のことを教えてくれたのも付き合い出してからだったし」
 だからあいつら二人のことは、実はあんまりよく知らない。普段どんな会話をしてるのかとか、どんな経緯で自転車二人乗りをするようになったのかとか、あの大和がどうやって黒川を名前で呼べるようになったのかとか、何も知らなかった。
 どうにかして聞き出そうと試みたこともあったけど、あいつはあれで頑固なとこあるし、へそを曲げられると面倒だ。こっちも直に諦めて、よく知らないまま今に至る。
「だから牧井も、よかったら教えてくれよ。黒川と大和がどんな感じで付き合ってるのかとか」
 俺の言葉に牧井は、少し考えてからこう答えた。
「言える範囲でよければ、いいよ」
「……あ、何か秘密の話とかもあるんだな?」
「それはね。女の子同士のことだから、男の子には内緒」
 短い前髪を揺らして、くすくす笑い声を立てる牧井。
 その笑い方と物言いがすごく女の子らしく見えて、黒川も可愛いけど、牧井も結構可愛いよな、なんて思ってしまった。
 やっぱり牧井なら、頑張ればすぐにでも彼氏が出来ちゃいそうだ。

 そんなことも思ったから、別れ際に聞いてみた。
「もし牧井に、夏祭りまでに彼氏が出来たら、やっぱそいつと行く?」
 俺の質問に軽く吹き出した牧井は、その後で答えた。
「進藤くんに彼女が出来てなかったら、進藤くんたちと行く」
「本気で?」
「うん。だってそっちが先約だもん」
 言い切ってから更に続ける。
「もっとも、今からじゃ夏祭りまで間に合うはずないよ」
 そんなのはわからない。夏休みまではあと二週間弱、夏祭りまではもう数日だけ猶予がある。牧井みたいないい子に彼氏が出来ないとも限らないし、俺だって――わからないよな、きっと。
「進藤くんは、彼女が出来たらその子の方を優先する?」
 逆に尋ねられると答えは迷う。結局、こう言った。
「出来てみないとわかんない」
 だって恋愛したことないし、なってみなけりゃわかるもんか。
 正直に答えたつもりだったけど、
「それもそうだね。私も、そうかも」
 牧井には、なぜかちょっとだけ笑われた。
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