Tiny garden

傍に居るけれど

 校門前から校舎を眺めていると、続々と人が出てくる。
 うちの高校は大きい方なんだろうか。それとも普通? わからないけど、一学年八クラスあるから小さいって訳じゃないと思う。その生徒たちが続々と、途切れずに校門を通り抜けていく。改めて、たくさんいるんだなあって感じてしまう。
 時々、知ってる子が通っていった。手を振り合って挨拶をして、その子を見送ってからまた、静司くんを待つ。

 思えば、同じ校舎にいたんだよね、今日もずっと。
 距離的には傍にいるのに、何だかしばらく会ってなかったような気さえしてくる。今朝も一緒に登校したのに、私、贅沢かなあ。夏休み中はずっと会ってたんだからしょうがないか。早く慣れなきゃ。
 同じ校舎にいても、クラスも学年も違うから、校内ではあんまり会えない。三年生の教室まで行くのは、ちょっと怖い。教室移動の時に廊下ですれ違ったことはあったけど、あの頃はまだ疎遠になったままだったから、口も利けなかった。お互いに知らないふりしてた。
 せめてこれからは、廊下で会った時くらいは声を掛けてみたいな。静司くんは次の春には卒業しちゃうんだから。知らないふりなんてしないで仲良くしていたい。

 しばらくして静司くんが生徒玄関から現われた。私のところまで、小走りになってやってきた。
「悪い、かなり遅れた。大分待っただろ?」
 少し申し訳なさそうな顔をしていた。珍しい。
 だから私も、優しく言ってあげることにする。
「全然待ってないよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないって。時間計ってないからどのくらい待ったかなんてわかんないもん」
 正直に答えたら、静司くんは何か言いたそうな顔になった。でも結局、何も言わなかった。
 代わりに違うことを言ってきた。
「日陰にいるかと思ったら、普通に日光の下にいるんだもんな。帽子も被らないで」
「学校に帽子なんて被ってこないよ」
「日射病になるぞ」
 静司くんがぽんぽんと叩いた、頭のてっぺんが熱くなってる。今なら目玉焼きが焼けるかも。
「私、日射病になんてなったことない」
「そうやって油断してる奴がなるんだよ。明日から、天気のいい日は日陰で待ってろ」
 ごく普通に、何気ない感じで静司くんは言った。
 でもそれって、……明日も一緒に帰るってこと? 明日からはいつも一緒に帰るってことなのかなあ。
「明日も待ち合わせする?」
 私も何気ない感じで聞こうと思ったけど、無理だった。ちょっとにやけた。
 こっちを目の端っこで見て、静司くんもにやっとした。
「ま、当分はな。一緒に帰れるうちに帰っとこう」


 ゆらゆら揺らめくアスファルトの上、私と静司くんは歩いていく。
 蝉が鳴いている。陽射しが強い。風はない。夏とまるで変わらない景色の中を、制服姿で歩いていく。
 夏が終わっちゃったなんて信じられない。でも今は、終わっちゃってもいいかな、と思ってる。秋になってもいい。秋が終わって、冬になってもいい。冬の次は春で、春になったら静司くんは卒業しちゃうから、もうしばらく春は来なくてもいいけど――絶対来ちゃうって、わかってるんだけどね。
 大人になっても一緒にいられるなら、それでもいいや。静司くんの彼女でいられるなら。
 あ、そうだ。彼女って言えば。

「ね、静司くん」
 私は、隣を歩く静司くんに切り出してみる。
「私のこと、彼女にしてくれるの?」
「……またその話かよ」
 と、しかめっつらになる静司くん。今朝もずっと不機嫌にさせてばっかりだったっけ。
 だけど確認しておきたいことがあるんだもん、しょうがないじゃん。
「だって、そう言うけど私たちって」
 家まで帰る道には、あんまり人気がない。田舎だからそんなものだ。お蔭でこういう話も出来た。それでも恥ずかしくない訳じゃなかったけど。
「恋人同士って感じはまだ、しないよね?」
 そう聞いたら、静司くんは片方の眉毛をひょいと上げた。
「そうか? どの辺が?」
「どの辺って言われると難しいけど……何て言うかさ、自覚の問題」
「自覚の問題? 希の口からそんな言葉が出るとはな」
 何? 私が言っちゃおかしい?
 私だって二字熟語くらい知ってるもん。馬鹿にしないで欲しいなあ。
 むっとしつつ、続ける。
「もう幼馴染みじゃないんだっていうのはわかるんだ。ちゃんとわかってる。でも、恋人って言うと、何かそれも違うなって感じがする。もう子どもじゃないけど、まだ大人でもないのと同じように」
 何かが足りないのかな。それとも、慣れてないだけなのかな。
 夏休みの間、ずっと静司くんといたのに、まだ慣れないのかな。
 時間を掛けたらちゃんと、自覚出来るようになるかもしれない。時間が過ぎれば季節も変わって、あんなに嫌だった夏の終わりもちゃんと受け止められて、こうして秋を迎えようとしているんだから。それと同じように、時間が経てば慣れられる、ほんの些細な違和感なのかもしれない。
 ただ、やっぱり、恋人っていうのは――もうちょっと先の話かなって。
「そりゃ、あれだろ」
 静司くんは肩を竦めた。
「段階踏んでないからだよ。いろいろ、やってないこともあるし」
「やってないことって?」
 何かあったっけ。汗を掻き掻き考え込む私に、
「キスの続きとか」
 ごく普通に、平然と、静司くんが言ったから。

 私は、平然とはしていられなかった。思わず立ち止まってしまって、ぎょっとする思いで言い返す。
「そういうことじゃなくって!」
「……何が?」
 あくまでも、どうってことなさそうな静司くん。一緒に足を止めて、またにやっとしてみせた。
「希、お前、キスの続きって何だか知ってるのかよ」
「し……知らないもんっ」
「じゃあ何でそんなに慌ててんだ」
「慌ててないっ」
 静司くんの意地悪。陰険。
 やっぱ静司くんを恋人と呼ぶにはまだ早い。恋人はもっと優しい人じゃないと駄目だもん。意地悪なこと言う人は、まだ彼氏とは呼んであげない!
 置いていくつもりで歩き出したら、しばらくして静司くんもついてきた。
「まあ、やってないことって言ったら他にもあるんだけどさ」
 私の心の声なんか知らないはずの静司くん。でも、急に神妙な顔になった。溜息までついてる。お蔭でなかなか私に追いつかなくて、私がスピードを緩めてあげる羽目になった。
 やってないことって、何だろう。キスの続きとかそういうことじゃなくて、他に何かあるのかな。恋人同士になる為に必要な段階。
 結局、しばらく考え込むようにしていた静司くんは、その後で思い出したように口を開いた。
「そうだ、希」
「なあに?」
「お前、昼飯何食うの?」
 何だ、ご飯の話かあ。
 今日はお母さんいないから、家にあるもので適当に、と思っていた。
「多分そうめん」
 私が答えると、静司くんは鼻で笑った。
「お前、手抜きすんなよ。料理くらいしろって」
「そうめん茹でるのだって料理でしょ!」
「どうだかな」
 意地悪な静司くんはそう言いつつも、
「……うちに来る気あるなら、チャーハンごちそうしてやるよ」
 と続けたから、私はすぐに食いついた。
「行く! 食べる!」
「いい返事だ。思いっきり食べ物に釣られてるけどな」
 静司くんは、おばさんのいない時はいつも自分でご飯を作ってる。小学校の頃から。昔、静司くんの作ったご飯をごちそうになったこともあった。うちのお母さんが絶賛してて、私に『見習いなさい』って繰り返し言ってたっけ。
 久しぶりだなあ。静司くんのご飯、ごちそうになるの。

「着替えたらすぐ来いよ」
「うん!」
 そんな言葉を交わして、斜向かいのお互いの家の、ちょうど間で一旦別れた。
 それから家に入って、――ふと気付く。
 静司くんの家に行くのも、そういえば久しぶりだった。近くに住んでいるのに、こんなに傍にいるのに、すごく久しぶりだってことに気付いた。
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