Tiny garden

悪夢が明けなくても

 夜、電子音で目が覚めた。
 携帯電話の画面が光ってて、気付く。――あ、メール。誰からだろう。

 覗いた画面の中、記されていたのは静司くんの名前。タイトルはなし。眩しい画面を目を凝らして、何と送られてきたのか見る。
『まだ起きてるか?』
 寝てたよ。思わず独り言を言ってしまう。
 だって今は真夜中だ。ちょうど日付が変わったとこ。いつも十時には眠くなっちゃうから、当然寝てた。起こされてちょっとむっとした。
 静司くんは寝てないのかな。メールしてきたからには起きてるんだろうけど。夏休みだから夜更かししてるのかな。悪い子。
 そうだ。返事、しないと。
 今日買ったばかりの携帯電話は、正直まだ使い方に慣れてなかった。結局静司くんに教わって、何とかメールを送れるようにはなったけど、変換とか記号とかはまだまだ苦手。予測変換も便利そうに見えて間違えた時に面倒だから、結局オフにしてしまった。痒いところに手が届きそうで届かないんだもん。
 寝起きのせいか指先がもたついた。何回か間違えてその度に消しながら、ようやく返信を送る。
『寝てたけど起きたよ、何か用』
 クエスチョンマークは打ち方がわからなかった。明日、静司くんに聞いてみよう。多分、説明書読めよって言われると思うけど。どうせ明日も会うんだし、聞いた方が早い。

 静司くんからの返事は素早かった。さすがだ。
 うとうとする間もなく電子音が鳴って――慌ててマナーモードにする。もうお父さんもお母さんも寝てる頃だから、静かにしないと。
『別に用はないけど、聞いてみただけ』
 メールを読んで呆れてしまった。……何、それ。変な静司くん。
 用もないのにメールしてきて、寝てる私を叩き起こしたの? しょうがないなあ。
 私はベッドの上で寝返りを打つ。あひるちゃん柄のタオルケットに包まって、顔を顰めつつ返信をしたためた。
『時間考えてほしいな、すっかり目さめちゃったよ』
 送る。
 しばらくすると画面の明かりが消えて、すぐにまた点る。ぶるると震えて、メールが表示された。
『悪かった』
 それだけ?
 変な静司くん。素直過ぎる。珍しい。
 それともやっぱりいつも通りに素直じゃないのかな。もしかして、何か、あったとか。でも私にはなかなか言いにくくて思わせぶりなメールを送ってきたとか。あり得る。
『どうかしたの』
 聞いてみる。相談があるなら乗ったげるよ、くらいの気持ちで。

 思えば、静司くんって受験生なんだよね。夏休みの間でも、勉強も頑張ってるらしいことは聞いていた。っていうか、うちのお母さんが言ってくる。静司くんはあんなに頑張ってるのに、あんたは、とか。
 でも私はまだ一年生だからいいんだ。二年後には今の静司くんみたいに勉強に追われてたりするのかもしれないけど。――二年後かあ。その頃には静司くんはきっと大学生だ。今よりも、同じ高校に通ってるよりもずっと、会いにくくなってるだろうな。
 その頃にも私たち、一緒にいられるかな。一緒にいたいなあ。

 ぼんやりしてたら携帯電話が震えて、どきっとした。
 静司くんから返事が来ていた。
『お前が昼間、変なこと言うからだろ』
 ――変なこと? 何だっけ。っていうか私のせい? 何でさ。
 ちょっとむかついたけど、昼間のことを思い起こしてみる。少し考えたら思い当たった。あれだ。私が、これからも仲良しでいられるかなって聞いた時のこと。多分そう。
 あのせいで、眠れなかったってこと、なのかな。
 だって、学校では話したことなかったから。せっかく同じ高校に入ったのに、登下校でも、校舎の中でも口も利かずにいた。私たちはずっとそういう幼馴染みだったんだ。
 今はそうじゃない。夏休みだからなのか、それとも本当に変わってしまえたからなのか、まだよくわからない。今の私たちが『ただの幼馴染み』とは言えないってことだけは、確か。
 何て返事しようか、迷った。
 少し考えて、それから返事を打った。
『ごめん』
 素直に、謝った。
 言い訳になっちゃうけど、……不安だったのは本当。だって夏休みが終わったらどうなるのか、ちっとも想像出来ないんだもん。変わるっていうのはうれしいことだけど、不安なことでもある。私、静司くんと一緒にいたい。だからこうして変われたのはいいけど、ここからは何も変わりたくない。
 ずっと今の、夏休みのままでいたい。そんなの無理だって、わかってるけど、でも。

 メールが来た。
『夢に見た』
 短く一言、そう書いてあった。
 夢って、どんな。私は瞬きをしてから返事を送る。
『何の夢見たの』
 静司くんの返信は素早い。
『言いたくない』
 何それ。もう。
 返信を考えて、また送る。
『こわい夢見たなら、なぐさめてあげようか』
 すぐに返事が来る。
『慰めはいらない』
 またこっちから返事をする。
『じゃあ、どうすればいいの』
 返事が来る。
『お前さ、疑問符打てないんだろ。記号で出すんだよ』
 あ、そうなんだ。勉強になった。
 試しに出してみる。おお、出た出た。さすがは静司くん。
『こう?』
『そうそう』
『覚えたよ、ありがとう』
『早く慣れろよな』
 私だって早く慣れたい。せっかく携帯電話持てたんだから。
『がんばる』
 そう送ったら、静司くんがすかさず返してきた。
『俺も頑張る、お前も頑張れ』
 静司くんは何を頑張るんだろう。疑問に思って、聞いてみた。
『せいじくんは何を頑張るの?』
 あ、静司くんって変換し忘れた。まあいいか。そのまま送る。
 返事が来た。
『受験と、あとお前のこと』

 私のこと、だって。
 その言葉を見たら、急に胸がどきどきし出した。こんな、味も素っ気もないようなメールなのに、どうしてなんだろう。静司くんがどういう顔をしてそのメールを打ったのか、無性に知りたくてしょうがなかった。
 ベッドから下りて、カーテンを開けてみる。静司くんの家は、私の部屋の窓から見える。だけど静司くんの部屋はここからじゃ見えない。
 距離だってごく近い。本当に目と鼻の先なのに、ここからは静司くんが見えない。今、静司くんがどんな顔をして、何を考えてるか、ちっともわからないんだ。
 やっぱり携帯電話、必要かもしれない。ごく近くに住んでても。あれば静司くんの気持ちがもっとよくわかるかもしれない。少なくとも今は、あってよかったと思った。

 私はカーテンの隙間明かりで、静司くんへのメールを打った。
『わたしもすごくがんばる。せいじくん、すきだよ』
 手が震えて、上手く打てなくて、結局変換もしなかった。でも漢字にしてたらきっと恥ずかしくて、送れなかったと思う。だからひらがなのままでいいと思った。
 送信。しばらく、静かだった。

 静司くんから返事があったのは、大分経ってからのことだった。
『バカ。そんなのメールで送ってくんな。口で言え』
 その文面と、返信されるまでの間で、静司くんの気持ちがちょっとだけわかった。ちょっとにやけてしまった。
 携帯電話があれば、きっと悪い夢を見ても大丈夫。こうして繋がっていられるもん。静司くんと繋がってさえいられたら、不安なことも、怖いこともない。
 きっと、夏休みが終わったって平気だ。
 頑張るから。私も、静司くんも。
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