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9:お仲間登場

「いただきまーす!」
 きちんと手を合わせた後、伊瀬は大盛りオムライスに挑みかかる。スプーンですくう一口も大きい豪快な食べっぷりだった。よっぽどお腹が空いていたのか、お皿の上のオムライスはみるみるうちに減っていく。
 ここのオムライスは大盛りにすると玉子をたっぷり三つも使ったサイズで出てくる。薄切りの豚肉とみじん切りの玉ねぎがおいしいチキンライスを包んだ玉子は厚みがあって食べ応え十分だ。さすがの私も大盛りにはチャレンジしたことない。
 というより、大好きなオムライスを目の前で食べられても一向に食欲が湧かない。手持ちぶさただからっていう理由で仕方なくアイスコーヒーを流し込んでいた。

 それでもじっと注視していたせいだろうか。
 ふと顔を上げた伊瀬が、いぶかしげに私を見た。
「キク、実は今『私も頼んどけばよかった!』って思ってる?」
「思ってないよ……」
 とてもじゃないけど思えない。こんな時に食欲ある人の方がどうかしてる。
「またまた、食いたいって目してんじゃん。じゃなかったらそんなにじっくり見てこないだろ」
 伊瀬はそこでにやにやしはじめる。
 私の何を見てそう確信したかは知らないけど、スプーンの上に一口分のオムライスを乗せると、静かに差し出してきた。
「ほら、ひと口やるよ。お前の大好物だぞ」
 目の前に突き出されたオムライスのかけらは、断面から湯気といい匂いを漂わせている。
 私は戸惑いながら聞き返す。
「欲しいなんて言ってないよね?」
「お前の目が言ってる」
「言ってない。私の目が私の意思に反してしゃべるはずないでしょ」
「しゃべるんだよ、キクは口より目の方が正直者だしな」
 その言葉には正直ぎくりとした。
 私の隠してきた本心に伊瀬が気づいているはずもないだろうけど――いや、オムライスのことじゃなくて。
「ほら、食わせてやるから口開けろ。あーんして」
 伊瀬がそんなことまで言い出したから、とりあえず正直な目で睨みつけておく。
「馬鹿みたいなこと言わないの」
「馬鹿って言うなよ、つれねえな」
「あのね、食欲ないのは本当だから。たしかにオムライスは好きだけどね」
 どうもずいぶんな食いしん坊みたいに思われているようだけど、今は本当に興味が向かなかった。その理由は伊瀬だってわかっているはずで、スプーンを引っ込めて自分で食べた後、柄にもなく神妙な顔をする。
「……俺のせい?」
 飲み込んでからそう聞かれて、私は首を横に振った。
「伊瀬のせいじゃないよ」
 じゃあ何のせいかって聞かれたら、答えに詰まってしまっただろう。伊瀬のせいではない、でも本当に原因がわからない。どうしたら彼を助けてあげられるのかも。
 伊瀬も柄にもなく神妙な顔をして、オムライスをまた食べはじめる。
 差し向かいに座るテーブルになんともいえない沈黙が落ちた。

 その時だ。 
「あれ、キクじゃない?」
 聞き覚えのある女の子の声が私を呼んだ。
 声のした方を向くと、私たちのテーブルの横には華奢な姿が立っていた。青いキャミワンピが似合う彼女は知ってる顔で、私を見てにんまりする。
「柳!」
 専門学校の友達、柳だ。
 明日のキャンプの立案者にして幹事役。社交的で行動力もあって何よりすごくいい子だ。四月に知り合ったばかりだけど私もすぐ好きになっちゃって、今ではすっかり友達だった。
 こんな日に会うとは思わなかったけど――とりあえず高校の友達とかじゃなくてよかったかも。そう思ったところで私は、柳の隣に立つ大柄な男の子を見つけて、あわてて言い添える。
「……と、棚井くん」
 名前を呼びつつも、彼とは目を合わせられない。
「偶然だね! 私もふたりでご飯食べに来たとこなんだ」
 にっこり笑う柳の隣で、棚井くんは微笑すら浮かべずに会釈をした。線の細い柳とは、並んでいるとまるで対照的だ。
「どうも」
「……ど、どうも」
 私も気まずい思いで頭を下げる。
 棚井くんも同じ専門学校の子で、柳の幼なじみでもある。そういう縁で学校ではよく顔を合わせるし、柳と一緒に何度かお茶したこともあるけど、私はどうも苦手なタイプだった。いつもむっつりと無愛想で、話しかけてもそっけない返事しかなくて、ちょっと怖そうに見える。
 付き合いの長い柳は、棚井くんのことを『あれで結構ピュアなんだよー?』なんて言って笑ってみせる。でもそういう一面を私は見たこともないし、今の今まで上手く話せずにいる。棚井くんも私に話し掛けてこようとはしないから、もしかすると向こうにも苦手だと思われているのかもしれない。
「明日の準備してる?」
 挨拶の後で黙り込んだ棚井くんを脇に押しやり、柳は私に尋ねてきた。
「うん、ばっちりだよ。買い物も済ませたし、私の担当分は明日持っていくからね」
「さっすがキク! 頼もしー!」
 私の答えに喜んでみせた後、ふいに柳の視線が横にずれる。そうしてたった今気づいたように目をみはった。
「あ、ごめん。キクも連れがいたんだね」
 と言った柳は、この時初めて伊瀬の存在に気づいたようだった。
 柔らかく笑んだ柳に対し、伊瀬はオムライスを食べる手を止めて、やっぱり笑みながら会釈をした。
「どうも、こんにちは。キクのお友達?」
 その聞き方で、柳は伊瀬が年上だと察したんだろう。すっと背筋を伸ばして応じた。
「はい。私、キクの学校の友達で、柳と申します」
 初対面の人が相手でもきちんと挨拶ができるところがまた柳らしい。
 かと思えば、すすっと私の傍に寄ってきて囁いた。
「……えっと、彼氏?」
「ち、違うよ。そういうんじゃないから!」
 私は大慌てで否定する。そんな私を柳は不思議そうに、伊瀬はいぶかしそうに見つめてくる。

 ――あ、でも、この場合どう説明すればいいんだろう。
 もちろん正直に言うわけにはいかないし、年上の友達とか? どうやって知り合ったのか突っ込まれたら困るな。ええと――。

 返答に窮した私が視線で救いを求めると、伊瀬は待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「俺は伊瀬って言います。苗字は違うけどキクのいとこ。よろしくな」
 いとこという設定で行くつもりらしい。
 私と伊瀬はそもそも歳が違うから、そう言い訳しておくのが一番適当ではあるのかもしれない。いとこを名字で呼ぶのも不自然かも知れないけど、まあいろんな親戚づきあいがあるということで押し通そう。
「へえ、いとこなんだ。そう言われると似てる……かな?」
 感心したように頷く柳の横で、棚井くんも細い目をみはっていた。
 実際は私と伊瀬に似たところなんてない。でもどうにかごまかせるならそれで行こう。私は設定を頭に叩き込みつつ、ひとまず話題を変える。
「あ、そうだ。今日電話しようと思ってたの。よかったら座ってよ」
 私は柳を誘った。
 当然、柳はきょとんとしている。
「相席しちゃっていいの?」
「大丈夫。伊瀬はそういうの、気にしないから。ね?」
 と水を向ければ、伊瀬もいい笑顔でうなづいた。
「もちろん。俺もキクのお友達とは話してみたいしな」
 そう、話しておかなくちゃいけなかった。
 明日のキャンプに伊瀬を連れて行きたいって、まずは柳に相談しないと。ひとり増えたところで誰も嫌がったりはしないだろうけど、一応根回しもお願いしておきたい。
「じゃあお邪魔しよっか、棚井?」
 柳は後ろに控えていた棚井くんに尋ね、棚井くんは仏頂面のまま、ぎこちなくうなづいた。
 棚井くんは相席嫌だったのかな。それならそうと言ってくれたら――言えるわけないか。何にせよ彼とはいつもながら気まずい。

 柳たちに片側のソファーを譲り、伊瀬は食べかけのオムライスごと私の隣に腰を下ろす。
 その間、棚井くんのことをこっそりうかがうように観察していて、伊瀬も彼の態度が気になるんだろうなと思った。
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