menu

愛されているから

 愛されているからじゃない、と友人たちは口を揃えて言うけれど。
 あたしにはそんな認識、これっぽっちもありゃしなかった。

「上野、上野! 飯行くぞー!」
 教室のドアを開けるなり、鈴木はあたしに向かって叫んできた。よそのクラスに乗り込んできて、人の名前を呼びつける度胸は大したものだと思う。既に昼休みの恒例行事みたいになっているから、誰も驚いたりはしないけど。
「ほらほら上野ちゃん、彼氏が迎えに来たよ」
「そんなんじゃないってば」
 一応、あたしは異を唱えておく。皆が聞く耳持たず、なのも知っている。
「何言ってんの、満更でもないくせに」
「毎日お迎えご苦労様だよね、鈴木くんってば」
 クラスの友達に冷やかされつつ、あたしはお弁当袋片手に席を立つ。
 皆はそんなことを言うけど、別に鈴木は彼氏でも何でもない。中学の頃からの付き合いで、挨拶くらいはする知り合いの一人。高校に上がってからはクラスも違うし、話をするならともかく、昼休みに迎えに来て貰うような仲じゃないんだ、実のところ。
 だけど鈴木は毎日毎日あたしを誘いに来る。鈴木の威勢のよさに押されるように、あたしはそれに付き合ってあげている。確かに傍から見れば誤解されかねない関係だろう。それも鈴木の本心を聞けば、すぐにかすんでしまう誤解のはずだった。少なくともあたしは誤解なんてしてない。
 好奇の視線を浴びながら、あたしはのろのろと廊下へ出て行く。待ち構えていた鈴木はすぐにあたしの手を取る。屈託のない笑い顔がこっちを向く。
「じゃ、行くか! いつものとこ!」
「あのね鈴木、お願いだからもうちょい小さな声で――」
「走るぞー!」
 ぐいとあたしの腕が伸びる。走り出す鈴木に引っ張られ、ついつられて駆け足になる。廊下は走っちゃいけないのに、鈴木と来たら公園かどこかみたいな感覚でいるみたいだ。あたしを連れて、楽しそうに走る。

 鈴木の言う『いつものとこ』は中庭の隅の方。間隔をあけて三つ並んだベンチの、いつも左端に座っている。天気のいい日はここでお昼ご飯を食べるのが決まりだった。
 ――いや、誰も決めてないんだけどね。いつの間にかそういうことになってた。
「あー、腹減った」
 いそいそと菓子パンの袋を開ける鈴木。あたしを隣に座らせて、早くもランチタイムに突入している。でも噛り付く前に少しちぎって、あたしに差し出そうとするのは忘れない。
「食うか、上野」
「いいよ、お弁当あるから」
 あたしは一応そう答えるけど、笑顔の鈴木は引き下がらない。
「遠慮すんなって。お前好きだろ、クリームパン」
「……まあね」
 好きなものを覚えられてしまったのはまずかったかもしれない。お蔭で鈴木は、お昼ご飯に必ずクリームパンを用意するようになった。どこのメーカーのパンが好きかまできっちり把握されている。居心地の悪さったらない。
 受け取ったパンを一口、食べる。確かに美味しい。悔しい。にこりとも出来ずにパンを食べるあたしを、鈴木は満足そうに見つめている。
「美味いか、上野」
「うん」
「そっかー。お前のもの食ってるとこ、可愛いよなあ」
 鈴木の表情が緩む。
 男の子に面と向かってこんなことを言われて、普通なら照れるか動揺する場面なんだろう。でもあたしはすっかり慣れてしまったから、聞き流せる。本当に何でもない、どうってことない。
「可愛いって言われたってうれしくないし」
 率直に応じれば、鈴木は怪訝そうに瞬きをした。
「何で、マジで可愛いのに」
「あっそ」
「俺、お前のこと本当に好きなんだ」
 だって、そうは言われてもね。
「こうして見ると、やっぱ似てるよな、うちのウェンディに」
 しげしげと顔を覗き込んでくる鈴木。至近距離から見つめてきて、堪らないという表情を見せるから、むしろこっちが堪ったもんじゃない。
「……それ。それがうれしくないんだって」
 あたしはクリームパンを食べ終えて、ようやく自分のお弁当箱を開ける。鈴木がパンを寄越すことに慣れて、少なめに作ってくるようにしていた。
「何でうれしくないんだよ」
 とことんわかってない鈴木との、いつものやり取り。
「あんたのとこの飼い犬に似てるって言われて、喜ぶ女の子がいると思う?」
「喜べ。誉めてんだから」
「無理」
 かぶりを振って、撥ね付けた。

 ウェンディというのは鈴木の家で飼ってる犬の名前だ。イングリッシュ・トイ・スパニエルとかいう犬種。写真を見せてもらったこともあるけど、緩くウェーブの掛かった毛並みは、癖っ毛気味のあたしに、そういえば似ていなくもなかった。
 でも写真で見る限り、鈴木ん家のウェンディは随分とずんぐりむっくりだ。そういう種類なのか、それとも鈴木があたしにしているように甘やかしているのかは知らないけど、もう少しほっそりした犬に例えて欲しいもんだと思う。いや、そもそも『犬に似て可愛い』なんて全く願い下げの誉め言葉だけど。

 高校に入ってすぐ、鈴木の家ではウェンディを飼い始めたらしい。そしてその頃から、あたしに対する妙なアピールが始まった。朝は生徒玄関で待ち構えていて、教室へ行くのについてくる。昼休みは勝手に迎えに来て一緒にご飯を食べて、教室移動の時にでも廊下で会うと、人目も気にせず声を掛けてくる。鈴木が部活をやってるのが幸いだった、一緒に帰ったりしなくて済むから。
 周りには冷やかされるし、中学の頃はそんなことちっともなかったから、あたしは思わず鈴木に言った。――何のつもりなの。皆に誤解されたくないから、止めてほしいんだけど。
 その時の鈴木の答えは、さっき聞いた言葉とほぼ一緒だった。
『お前が可愛くてしょうがないんだ。うちのウェンディがお前にそっくりでさ、めちゃくちゃ好きなんだ』
 初めてそう言われた時はさすがに動揺した。あたしも一応乙女ですから。
 だけど直に言われ慣れてしまった。だって所詮は犬だもん。犬に似てて可愛い、なんて額面通りの意味しかないでしょ。鈴木の言う『好き』には深い意味もないし、学校でウェンディに会えない間、代わりにあたしを可愛がっているだけなんだってわかったから。
 愛されている、のかもしれない。確かに友人たちの言うとおりかもしれない。でもそうだとしてもちっともうれしくはないし、あたしの方に愛されてるなんて実感が湧く訳でもない。いつになったら止めてくれるんだろう、と思いながら、ひたすら流されてるだけだ。
 そうこうしているうちに季節は夏。既に三ヶ月もこんなやり取りを繰り返して、そろそろ周りの目も気になり出した。皆には誤解されてるようだし、何とかした方がいいのかもしれないけど、何と言えば止めてくれるんだろう。

「素直じゃないよなあ、上野」
 鈴木はクリームパンの残りを食べ始めている。あどけなさの残る顔は、あたしといる時はいつだって上機嫌だ。
「ま、そういうとこも可愛いんだけど」
 パンを食べながら、空いている方の手であたしの頭を撫でてくる。少し強めに、くしゃくしゃと。ウェンディにもこうしているんだろうなと思うと、妙に複雑だった。あたしは犬じゃない。
「髪乱れるから止めてくれない」
 手を払い除けようとすると、今度は軽く、頭ごと抱き締められた。大きな手、悔しいほどに温かい。
「鈴木!」
 とっさに声を上げてしまう。頭上では鈴木が笑っている。
「何だよもう、いい子にしてろよ」
「あのねえ、ご飯食べてる最中なんだけど! 髪乱れるって言ってるし!」
 訴えたらすぐに離してくれたけど、スキンシップが過剰過ぎる。人目、気にならないんだろうか。ていうかこれ、犬相手ならともかく女の子相手ならセクハラじゃない?
「髪くらい、俺が後で直してやるって」
「いいよ、自分で直す」
 あたしがどんなにぶっきらぼうな態度を取っても、鈴木はちっとも気にしない。元々楽天的な奴だったけど、あたしを犬扱いし始めてからはやけに距離を縮めてくるようになったし、おまけにちょっと強引になった。こっちが何を言っても聞きやしない、そのくせ甘過ぎるくらいに優しい。スキンシップも激しいから、傍目には恋人同士にでも見えてるんだろう。困る。
「なあ、今度うちにも来いよ。ウェンディに会わせてやるから」
「結構です。そっくりなの引き合わせてどうする気?」
 すると鈴木はでれでれしながら、
「もちろん、一緒になって愛でるに決まってんだろ」
 返す言葉もない。
 ここまで徹底されると手強い。だってどう言ったってわかってくれないし。何だかんだ言っても鈴木は優しいだけだし、クリームパンは美味しいし。餌付けされてる訳じゃないんだけどね。
 満更でもないなんてこと、絶対に、絶対にないんだけど。
「行かない」
 あたしは頑として突っ撥ねた。堪えるそぶりもない鈴木が、それでも少しだけ残念そうにしていた。
「じゃあ考えるだけ考えといてくれよ。俺ん家はいつでもオッケーだから」
 家なんか行ったら既成事実になってしまいそうだ。無理無理。
 この宙ぶらりんな関係をどうにかしなきゃと思っている。せめて、鈴木が何を考えてこんなことをしているのかわかればいいのに。一体どういうつもりなんだろう。
「どう見たって、あたしは犬じゃないでしょ」
「知ってるよ」
「だったら犬扱いなんて止めてくれない?」
「犬扱いなんてしてないだろ? 上野は上野、ウェンディはウェンディで可愛いんだよ」
 ――駄目だこりゃ。
 今日もあたしは匙を投げる。そうして何もかもがうやむやのまま、鈴木の勢いに任せる。噂を立てられるがまま、スキンシップもされるがままだ。
「飯食い終わったし、髪、直してやるよ」
「……いいったら」
 拒んでも無駄だった。鈴木は無遠慮にあたしの髪にも触れてくる。大きな温かい手に触れられて、あたしは身動きが取れなくなる。そんな自分がちょっと苛立たしい。
 鈴木は器用だ。あたしの髪もあっという間に直してしまう。聞くところによるとこんな風にウェンディの毛並みも手入れしてあげているらしい。やっぱ犬扱いじゃないの。
「おりこうさんにしてると、もっと可愛いんだけどな」
 あたしの髪を梳きながら、鈴木が笑う。
 満更でもない、はずがない、あたしはむっつりしたままだ。こんな毎日はいつまで続くのかな。訳がわからなくて、少し憂鬱にもなっていた。


 ところがその次の日になって、恒例行事が遂に途切れた。
 昼休みになっても鈴木は、うちの教室には現われなかった。

 さすがに多少びっくりはした。毎日続いていたから拍子抜けもしたし。だけどあたしは素知らぬふりで、友達とお弁当を囲むことにする。鈴木を待っててやる義理はない。
「今日は鈴木くん、来ないねー」
 にやにやとこっちの反応を探ってくる友達。別に何でもないし、どうってこともない。平然と答えてやる。
「さすがに飽きたんじゃないの? あたしを構うのに」
「まっさかあ! あれだけ上野ちゃんにべた惚れで、飽きるはずないって!」
「きっと遅くなってるだけだよ、すぐに駆け込んでくるから心配要らないって」
 心配なんてしてないんですけど。そもそも誰がフォローを求めたんだ。すっかりカップル認定されてしまっている現状に、あたしもいい加減辟易していた。
「あのさ、言っとくけど、本当に付き合ってるとかじゃないから」
 そう言えば、途端に皆がわかったような顔をする。
「はいはい。嘘つくほど照れなくていいから」
「っていうかあれで付き合ってないとかあり得ないでしょ!」
「鈴木くんも大変だよね、彼女が素っ気なくって!」
 ……だから。違うんだってば。
 鈴木の来ないうちに言って聞かせようと思ったのに、やはり一向に聞く耳持ってもらえません。どう言えばわかってもらえるのかなあ。鈴木本人をどうにかしないと駄目か? あの超ポジティブ、猫可愛がり男を――いや犬か。犬可愛がりだ。とにかく鈴木を何とかしなくちゃ駄目なんだろう。どうしようか。
 皆に言い聞かせることは諦めて、あたしは黙々とお弁当を食べた。少なめに作ってきてしまったから足りないかもしれない。それもこれも全部鈴木のせい。今、皆から好奇の視線を浴びている状況も鈴木のせいなんだ。

 と。慌しい足音が近づいてきた。
 あ、と思って面を上げたけど、開けっ放しのドアに飛び込んできたのは違う子だった。鈴木と同じクラスの子。何か思うより先に、必死の形相が目に入った。
「上野ちゃん、大変大変!」
 彼女はあたしに向かって、いきなり叫んでみせた。
「鈴木くん、中庭で先輩に告白されてる!」
 ――告白。
 そんな言葉が耳から入ってきても、すぐには理解出来なかった。
 こくはく? 何が? 誰が?
「告白ぅ!?」
 すっとんきょうな声を誰かが上げた。駆け込んできた子は息を切らしながら、あたしを見据えて言ってくる。
「同じ部の先輩だって! 上野ちゃんがいること知ってて勝負に出たらしいよ。早く行かないと!」
 早く行くって――どこへ?
 鈴木のところへ?
 ちょっと驚いていた。鈴木ってもてるんだ、知らなかった。あんな性格だから女の子なんて寄り付かないんじゃないかと思ってた。ましてあたしと噂を立てられるようなこと、今までしてきた訳だし。
 だけど、鈴木のことを好きな人がいるんだって、知った。
「上野ちゃん……!」
 クラスの友達も皆が、あたしを見ている。皆はあたしの行くべきところを知っているみたいだ。
 でもあたしは。
 あたしは、知らなかった。だってそんな権利ない。あたしは鈴木の彼女でも何でもないから、割り込んでいくなんて出来っこなかった。鈴木のことを好きな人がいるなら、その人と一緒にいる方がいいに決まってる。
「上野ちゃん、急いで! 彼女の意地を見せてやろうよ!」
 彼女じゃない。別に、そういうのじゃない。
 ウェンディの代わりだもの。あたしは、鈴木の飼い犬のそっくりさん。それだけなのに、……どうして。
 どうして胸が苦しくなるんだろう。

 やっぱり、嫌だな。
 唐突に思った。嫌だ。
 あたしは鈴木の彼女じゃないけど、ペットに似てるなんて理由だけで可愛がられてただけだけど、それでも嫌。他の人が鈴木の彼女になるのは嫌だ。
 鈴木が手を引いていったり、でれでれしながらクリームパンをあげたり、頭を撫でたり、乱れた髪を直してくれたりするのは、他の人じゃ駄目。スキンシップだって他の女の子にはして欲しくない。他の子に、あたしとウェンディにするように優しくして欲しくない。あたしがいい。他の人にはしないで欲しい。
 犬扱いは嫌だけど。ちょっと複雑、だったけど。
 鈴木と一緒にいるのは、別に、嫌じゃなかったんだ。
「……行ってくる」
 知らず知らず、その言葉が口をついて出ていた。
 皆が頷く。励ましと、冷やかしの声が飛んでくる。好奇の視線もいつになく頼もしく感じられて、あたしは背を押されたように教室を飛び出した。
 行こう。鈴木のところへ。廊下を走って行ってやろう。
 そして言わなきゃ。――あたしのこと可愛いって思うなら、あたしだけを見て。他の人を傍に置いたりしないで。犬扱いでもいいから。ウェンディの代わりだっていいから!
 あたしは鈴木の優しさに馴らされたのかもしれなかった。でも、それでもよかった。今までどおり傍にいられたら。傍に、いたいの。


 中庭の、隅の方。『いつものとこ』に鈴木はいた。
 間隔をあけて三つ並んだベンチの左端に座って、目の前に立つ女子生徒と向き合っていた。あの人が、先輩だろうか。
 天気のいい日だった。あたしが陽射しの下に躍り出ると、入れ替わりのように先輩と思しき女子が駆け出した。すれ違って中庭から出て行く。素早くて、横顔は見えなかった。
「上野」
 鈴木はベンチに座ったまま、あたしを見つけて、声を掛けてきた。
 ちょっと赤くなった頬っぺたと、苦笑い。立ち尽くすあたしに、隣に座るよう仕種で示す。
「お前、タイミング良過ぎ。座れよ」
「……ん」
 あたしは素直にそれに従う。
 腰を下ろした途端、断りもなく手を握られた。大きな、温かい鈴木の手。ぎゅっとされると身体が痺れるみたいだった。
 昼休みの賑やかな中庭。もちろん、人目はある。でもいつもみたいに突っ撥ねたりはしなかった。手を握ってもらえたのが無性にうれしかった。
 本当にあたし、犬みたい。
「告白された」
 ぼそり、鈴木が言った。
「聞いた」
 そう返せば、隣で笑う声が聞こえる。
「そっか。……まあ、すぐ断ったから、いいんだけどな」
「断ったの?」
 ほっとしたあたしは酷い奴かもしれない。あの先輩は鈴木のこと、ちゃんと好きだったに違いないのに。あたしは――好き、なのかな。そこはまだはっきりしていない。今の気持ち、好きってことでいいんだろうか。
「そりゃそうだろ」
 ごく当たり前のように鈴木は言い、更に続けた。
「俺にはお前がいるんだから。彼女持ちに告白してこられたってな」
「うん……――彼女持ち?」
 あれ、何か今、聞き捨てならない台詞を聞いたような。
 ぽかんとしていれば、鈴木はあたしの目をじっと見て、優しく笑った。
「お前と付き合ってんのに、他の子になびく訳ないだろ?」
「つ、付き……付き合ってたっけ?」
 え? え? いつの間に? あたしと鈴木って、やっぱそういう関係だった?
 いやいや待って。そんなんじゃないはず。だってあたし、付き合ってくれなんて言われたことなかったもの。彼女になれとかそういうことも言われたことなかったし、あったのは鈴木の愛犬ウェンディに似てるっていうことと――。
「は? 何言ってんの、お前」
 鈴木が怪訝そうにしている。怪訝なのはむしろこっちだ。
「俺、言ったろ。お前のこと好きだって」
「い、言ってたけど……でもあれって、ウェンディに似てるからじゃないの?」
「違うよ馬鹿。ウェンディがお前に似てるんだ」
「……意味わかんない」
 ますます混乱してきたあたしに、鈴木もちょっと困ったような顔をしてみせる。
「ペットショップであいつを見つけた時にさ、お前に似てるなって思って、……それがきっかけだったんだ」
 そんなの、初めて聞いた。
 何だよ馬鹿。真っ先に言って欲しかったのに、そういうことは!
「お前、まさか、俺と付き合ってるって思ってなかったとか?」
「思う訳ないでしょ! だって!」
「マジかよ。その割に満更でもないそぶりだったよな、上野」
 違うもん。こう見えても相当満更でした。そりゃあ今はそうでもないけど、昨日までは別にどうってことなかったっていうか、今思うといつから好きだったのか、いやまだ好きなんて思ってないけど、あれ、好きなのかな? あたし、鈴木のこと――ああもう、訳わかんなくなってきた。
「ま、いいか。だったら今から付き合えば」
 超ポジティブに言ってのけた鈴木は、繋いだあたしの手を両手で包み込むと、あっけらかんと続けてきた。
「好きだ、上野。今度こそ俺と付き合ってくれ」
 どうしてそんなに簡単に言えるの。
 こっちは、首をぎくしゃく動かすのがやっとなのに。
 好きだなんて実感さえ湧いていなくて、ただ鈴木の傍にいたいって思ってるだけなのに。
「……うん」
 あたしがほんのちょっと頷いて、答えた瞬間に、がばっと抱き締められた。
 や、ちょっと待って。ここ中庭だし人目あるし真昼間だし、鈴木!
「よしよし。おりこうさんだな、上野は」
 鈴木があたしの頭を撫でる。いつものように少し強く、くしゃくしゃと。
 そして耳元で、こう囁いてきた。
「今度こそ、うちに遊びに来いよ。ウェンディに会わせてやるから」
「え……」
「でもって、一緒に可愛がってやる。もうめちゃくちゃに構ってやるからな!」
 でれでれの口調で言われて、あたしは複雑な思いだった。結局、鈴木の中でのあたしの位置づけって、どの辺? 可愛がってやるって、一体どういう意味に捉えたらいいの?
 愛されてるのは確かなのかもしれないけど――こうして抱き締められて、あたしも満更でもないんだけど。
 でもやっぱり、複雑。
top