Tiny garden

目撃者かく語りき(5)

 しばらくすると、読み通り少し遅めにサラダと揚げ出し豆腐が運ばれてきた。
 平謝りの店員に笑みを返しつつ、届いた皿を伊都の前へ置く。
「ここの揚げ出し、美味いんだ。伊都にも食べさせたかった」
 たちまち彼女は目を輝かせ、俺に向かって手を合わせてきた。
「ありがとう、巡くん。いただきまーす」
 店員にビールのお替わりを注文すると、伊都は張り切って揚げ出し豆腐に挑みかかった。箸で大きめに豆腐を切り取り、あんが垂れないよう素早く口に運ぶと、すぐに彼女が嬉しそうに顔を緩ませる。どうやら期待通りの味だったらしい。
「うん、美味しい!」
 喜んでもらえてよかった。思わず俺も嬉しくなる。
 飲みに行くと当たり前のように豆腐を注文するようになってから大分経つが、どうやら俺の舌も肥えてきたようだ。彼女を満足させるだけの豆腐を選別できるようになったことが誇らしい。俺もいい気分で豆腐を堪能する伊都の様子を見守っていた。
「しっかしまあ、仲良いよなお前ら」
 石田がそんな俺達を、珍しいものでも見るように眺めている。
 どうせまた冷やかしてくるつもりなのだろうし、隙あらば突っついてやろうと思って俺達を見ていたのだろう。
「それは当たり前だろ。仲良くなきゃ一緒にいる意味もない」
 俺がかわそうとすると、石田は離すまいとするみたいに言葉をかぶせてきた。
「そりゃそうだ。でもお前らの場合、順当なところでくっついたなって感じがするだろ」
「順当ってどういうことだよ、石田」
 そんなことを他人に言われたのは初めてだ。
 付き合っていたことはもちろん、今の同棲でさえほとんどの人間には打ち明けていなかったから当然なのだが、俺達の関係を今日知ったはずの石田に『順当』などと揶揄されるのは妙だった。
 石田は鯵の開きをつつきながら得意げに続けた。
「昔から怪しいとは思ってたんだよ。結局尻尾は掴めなかったがな」
「怪しいって何が?」
 むしろ俺の方が、石田の言動を怪しんで聞き返した。

 石田の奴、負け惜しみでも言い出したか。そうとしか思えなかった。
 しつこいようだが石田は俺と伊都の関係を今日まで知らなかったのだし、それ以前に何か怪しむようなことを言われた覚えはない。せいぜい、例の見合い話の時くらいだ。
 あの時の会話だけで怪しむというのもこじつけめいている気がする。

「今言うと負け惜しみみたいに聞こえるだろうが」
 俺の心を読んだみたいに、石田がそう前置きした。
「俺は結構前からお前らが付き合ってんじゃねえかって思ってたんだ」
 石田のその疑念も事実ではあり、伊都から奴に疑われたという話を聞かされてもいたのだが。
「割と上手く隠してたつもりだったんだけどな。どうして、いつそう思った?」
 尚も突っ込んで尋ねると、石田は記憶を手繰り寄せる為にか腕組みをして目を伏せる。
「いつかっつったら、結構前だな。それこそ例の、お前らが付き合うきっかけになった合コンが流れた直後だ」
 更に意表を突く答えが返ってきた。
 前も前、随分と昔の話じゃないか。五年も前から感づいていたなんて、石田には悪いがどう考えても吹かしだ。負け惜しみだ。
 そう思い、俺は苦笑した。
「お前に感づかれるようなぼろを出した覚えはないけどな」
「ところがそうでもない」
 だが石田はやけに自信たっぷりだった。唇の片側だけを上げて笑うと、
「安井、お前が髪の毛ばっさり切って、今みたいな短髪で出社してきた時のこと覚えてるか?」
 俺に水を向けてきた。

 それも五年前の話だった。
 もちろん覚えている。俺に髪を切るよう勧めてくれたのが他でもない伊都だったからだが、あの時――何か失言でもしただろうか。
 俺はこっそり、隣に座る伊都の顔を盗み見た。ちょうどその時彼女も俺を見ていたのでばっちり目が合ってしまった。伊都は怪訝そうに小首を傾げていて、それを見た俺は少々気まずい思いを抱いた。
 あの頃の俺は彼女が隠したがっていた秘密をかなり巧妙に守り抜いていたつもりだったのだが、それを石田が見抜いていたとはとてもじゃないが思えない。見抜いておきながら黙っているなんて奴らしくもないからだ。

「覚えてるけど、俺、何か言ったっけ」
 続けて石田に尋ねると、石田はドラマの名探偵のようなもったいぶった口調で言った。
「いきなりのイメチェンだからな。誰だって気になるだろ、何で切ったのか、何かあったのかってな。俺も当然聞いたよ、どんな心境の変化だって」
 聞かれた覚えはある。確かあの時石田が――そうだ、羅生門だ。髪を追い剥ぎに取られたのかみたいなことを言い出して、それで俺が若草物語を思い出してちょっと嫌な気分になった記憶がある。
 そう言えばあの時、伊都の名前を口にしたような気がした。
「その時、お前が言ったんだよ。『園田に絶対似合うって勧められたから、思いきって短くしたんだ』って」
 自分で思い出した直後だったから、石田の解答は正直、拍子抜けだった。
 単に彼女の名前を出したから疑っていたということか。確かに伊都の名前を出しはしたが、それだけで付き合ってると思うなんて言いがかりレベルの疑念じゃないか。
「それだけか? そんなことで勘繰ってたのか、俺達のことを」
 呆れる俺とは対照的に、石田の自信はまるで崩れない。
「いや、まだだ。どういう顔でそんなことぽろっと零したのか、聞いといた方がいいぜ」
「……どういう顔だよ」
 今度はぎくりとした。

 俺が顔に出るタイプだという指摘は当の石田から散々貰っている。
 そして自分の顔は鏡でも覗かない限りわからないものだ。あの時の会話は覚えていても、あの時自分がどんな顔をしていたかなんてわかるはずがない。俺は顔を顰めようとしたが、同時に照れから口元が緩むのを抑えきれなかった。

 直後、石田が獲物を見つけた狼のように目を細めた。
「そういう顔だよ」
 慌てて引き締めたが既に遅く、石田はしたり顔で説明を続けた。
「俺が髪を切った理由なんて聞いてくると思ってなかったのか、それともできたばかりの可愛い彼女に夢中で上の空だったのかは知らないがな。俺が聞いたらお前、最初はびっくりして、それから妙に照れながら園田の名前出したからさ。どうでもいい相手に言われたんだったらなんでそこで照れるって話だろ。ああ、こりゃ園田と付き合ってるか、さもなくば安井が哀れな片想いの相手に勧められるがまま髪を切ったなと踏んだわけだ」
 ただの負け惜しみかと思ったら意外といい読みをするじゃないか、石田め。
 ちょうどその時、水入りみたいなタイミングで伊都が注文した二杯目のビールが運ばれてきた。その隙に俺は深呼吸して、店員が立ち去ってすぐに反論した。
「まぐれだろ。いきなり予想もしてなかったこと聞かれたら、誰だってうろたえもする」
「普通に髪切ったってだけじゃうろたえねえよ」
 むしろ俺の方が負け惜しみみたいなことを口走ったからか、石田の返しは冷静だった。
「そこに誰か、お前が思いきった断髪するほど心変わりさせた相手がいたから動揺したんだろ」

 髪を切った後、しばらくはいろんな人に驚かれた。
 伊都が絶対似合うと保証してくれなければ踏み切れなかっただろうし、そもそもこんなに髪を短くするという考えにすら至らなかっただろう。そういう心境の変化の裏に女の影を察知した石田の読みは実に正しい、腹立たしいくらいに。
 自分でも思う。俺が学生時代からほとんど変えずに続けてきた髪型を急に変えるとしたら、それは誰か可愛い女の子に『そっちの方が似合うよ』などと勧められたから以外にはありえない。

「ま、俺もその後は尻尾掴めなくて、付き合ってるって確証には至れないままだったんだけどな」
 石田は鯵のほぐし身を美味そうに食べている。
 だがその表情が晴れやかなのは、鯵の美味さのせいだけではないだろう。
「最近になって――去年だったか? お前が『豆腐料理の美味い店を教えてくれ』って俺に問い合わせてきて、その後園田が豆腐好きって話を聞いたからな。ああ、そう言や昔、こいつら付き合ってんじゃねえのって思ったことあったなって思い出したんだよ」
 大した記憶力だ。どうせなら俺をやり込める為じゃなく、もっと有意義なことに使えばいいのに――なんていうのはそれこそ負け惜しみか。
 しかし素直に敗北を認めたくない。俺はお茶割りを飲みながら言い返した。
「そんな程度のことで見抜かれたとは思いたくないな。せっかく隠してたっていうのに、その甲斐なく石田にばれてたなんて癪だ。だよな、伊都」
 伊都にも同意を求めてはみたが、彼女はあっさり首を竦めた。
「私は、石田さんだったらしょうがないって思うかな。よく見てるもん」
「やめろよ。そんなこと言ったら石田がますます増長するぞ」
 認めたくない俺がすかさず咎めると、案の定石田は調子に乗って威張りだす。
「俺の慧眼の前には安井の小手先の誤魔化しなんて通用しないってことだよ」
「ほら見ろ、石田はすぐ調子に乗るんだからこういうのは認めちゃ駄目だ」
「安井は往生際悪すぎ。いい加減、人のこと言えねえくらいだだ漏れだって認めろ」
「そんなに漏れてない! その髪切った時一回きりだろ、お前が怪しんだのは」
 だだ漏れのパイオニア、隠す気ない男の日本代表みたいな石田に言われるのは大変な屈辱である。
 とは言え今の俺が何を言おうと悔し紛れの負け惜しみにしかならないのもまた事実だ。
「これからはもっと漏らすようになる。もう隠すつもりもないんだろ、どうせ」
 石田は俺が悔しがるのが楽しくて仕方がないようだ。そう言ってから伊都に目を向けて、
「なあ、園田がここに来る前、安井がどんだけ惚気たか教えてやろうか」
 身を乗り出さん勢いで持ちかけてきた。
 あれだけ俺が散々『言うな』と言ったのに――まさか本気でフラグだと思っているんじゃあるまいな。
「えっ……いやいいよ、そういうのは。照れるし」
 伊都は戸惑い気味に片手を振った。
 聞きたい聞きたいと食いつかれたらどうしようかと思ったが、これなら一安心だ。俺もすかさず石田に釘を刺した。
「変なこと言うなよ。伊都が困ってるだろ」
「いいから聞けよ、すごいぜ」
 しかし石田は一切聞く耳など持たず、立て板に水の勢いで続けた。
「『園田可愛い笑顔が堪らん、昔から笑う時はめちゃくちゃ素直に、全開で笑ってくれるから、胸がきゅんとして幸せになる。俺みたいな見栄っ張りの格好つけには園田の素直さが眩しいんだ』――なーんてなことをだな」
 それはどちらかと言うと石田の言いそうな台詞だ。俺の惚気話を石田語で機械翻訳したみたいな台詞回しだった。
 それがわざとなのか酔いのせいの誤訳かは判断つきかねたが、相手は石田だ。わざとと考える方が自然だろう。
「馬鹿、でたらめ言うなよ。俺は絶対そういう言い方はしてない」
 当然のように俺は否定した。
「そんな恥ずかしい台詞、言うのは石田くらいのものだろ。俺は他人にそんなこと語れないよ。と言うかお前、俺のことを見栄っ張りの格好つけだと思ってたのか」
 実際、見栄っ張りの格好つけだったという自覚はあるのだが、あったとしても事実だとしても他人に言われるとかちんと来るものだった。
「じゃあお前が事実の通りに言ってみろよ」
 石田は俺のクレームすらも聞き流す気なのか、意地悪く笑って言った。
「俺の適当な記憶より、言った本人の記憶の方が忠実に再現できるだろ」

 つい一時間ほど前の記憶だ、酔いが回った頭でも覚えていないはずはない。
 言おうと思えば言えなくもないだろう。ただ、あれを全てありのままに打ち明けて、果たして伊都はどんな反応をするだろうか――。

 俺は彼女に視線を投げ、やはり俺の方を見た伊都と真正面から目が合う。アルコールのせいか目を少し潤ませた伊都は、頬を染めつつ慌てたように両手を振り回した。
「い、いいから本当に! こんなところでする話でもないし!」
 何と言われるか、彼女はわかっているのだろうか。
 それもそうか。他人に惚気られるくらいだ、本人にだってこれまで恥ずかしい台詞はいくらでも告げた。俺がよそで伊都のことをどう語るかなんて彼女はもうわかりきっているのかもしれない。
 しかし冷静になって考えてみると、石田には随分と包み隠さず打ち明けてしまった。あれだけの言葉は伊都にも想像しきれないのではないだろうか。
「……思い返せば、さっきは結構なことを言ったような気がする。確かにここでする話じゃないな」
 今更頭を抱える俺に、石田は深々と頷いてみせた。
「そうだな。言ってたぜ、それはもうすごいやつをな」
 失言だっただろうか、なんてそれこそ今更か。
 ただ一人、惚気話の全容を知らない伊都は釈然としない顔つきだったが、決して詳細を尋ねては来なかった。

 その後も俺達は順調に杯を重ね、大いに食べ、そして年甲斐もなく大騒ぎの宴会を繰り広げた。
 お盆休みの初日ということもあり、誰も酔うことを躊躇しなかった。そして三人とも浮かれていた。肩の荷が下りた今、幸せしか抱えていない俺と、いつも朗らかで楽しそうな伊都はもちろん、石田まで自分のことみたいに俺達を寿ぎ、酒を飲んでははしゃいでいた。
「石田さん、めちゃくちゃはしゃいでるね」
 伊都がそんな石田を見てくすくす笑うと、奴も愉快そうに声を弾ませる。
「おかげさまでな! 今夜はめでたい話も聞けたし、珍しいもんも見れたしで最高だよ」
 今夜の石田は珍しいくらい酔っ払っているようだった。いつになく上機嫌の口調で続ける。
「女にいい顔して格好つけるのが安井だと思ってたからな。格好つけるどころかみっともなくでれでれしてる安井なんて想像つかなかったけど、今まさに目の前にいるんだもんな。もう何か、家でもこんな調子なんだろうなって想像つくわ」
 その言葉には心当たりがあったので、俺は手のひらで自分の顔に触れてみた。酔いのせいで手のひらも顔もすっかり熱くなっていた。そして口元がほころぶのをどうしてか止められない。俺も今夜は飲みすぎたかもしれない。
「俺だって、自分がこんなに顔に出る人間だとは思わなかったよ」
 諦めた俺が思わずぼやくと、石田は脅かすように低い声で言った。
「覚悟しとけよ、安井。今日みたいな冷やかしを、これからいろんな人間から受けることになるんだからな。格好つけてる余裕もそのうちなくなる」
「経験者は語る、ってとこ?」
 石田の脅しが事実になることもわかっていたから、俺は悔し紛れに聞き返した。
「そういうこと。俺なんてもう、営業課じゃ悪者扱いだからな」
 来月に結婚を控えた石田がもっともらしい顔つきで答える。
 そんなことを言ってくる相手は主に霧島らしいが、それは石田が奴の結婚の際に散々からかった前提があるからだ。言わばかつての意趣返しをされているわけで――。
 となると俺も、いよいよ年貢の納め時なのかもしれない。
「それはお前の普段の行いのせいだろ。俺は――俺達はそんなことない」
 俺は口ではそう言い返したが、内心はある程度覚悟し始めていた。
 伊都を巻き込む形になってしまうのが申し訳ないが、いや、霧島も石田も女には優しいから標的は俺だけか。
「いやいや、どうしたってお前もああだこうだ言われるぜ。悪者扱いじゃなけりゃ、祝福って名の下に散々冷やかされるだろうな。それはもう、お約束みたいなもんだ」
 石田はグラスの中に残っていたお茶割りを一気に飲み干すと、深く息をつく。
「俺もお前も、もちろん園田も、今のところはまだ『始まりの終わり』にいるんだってことだよ」
 その指摘が事実なら、肩の荷が下りたなんて思うのもまだ早いということか。

 まだまだこれからだ。俺達の関係を明らかにし、そして誰かに打ち明けるのも。どういう馴れ初めでどういう付き合いをしているかって聞かれて逐一答えるのも。そして恐らく散々にからかわれ、冷やかされるのも。
 まさに経験者かく語りき。石田が辿ってきた道を、俺達もまたこれから辿っていくのだろう。今度は恋を見守る脇役ではなく、主役としてだ。

「楽しみにしてるよ」
 俺は見栄っ張りらしく虚勢を張って答えた。
 だが次の瞬間にはその見栄も置いていこうかという気になって、石田に言った。
「次に誰かに冷やかされたとしても、今夜のお前ほど手厳しい相手はいないだろ」
「どうかな」
 石田は意味ありげに俺を見て、声を潜めた。
「忘れんなよ安井、お前を冷やかしたがってる男がもう一人いるんだからな」
「……そうだった」
 かつての意趣返しというなら俺だって決して他人事ではないのだ。霧島にも報告したら奴はここぞとばかりに可愛げのない祝福を叩きつけてくるだろう。伊都の前で態度が違う俺を見て大笑いするところまで想像できてしまった。
「いや、あいつはいざとなれば先輩を立ててくれるだろ」
 願望を込めて俺は、この場にいない営業課時代の後輩に向けて呟く。
 それを石田は否定も肯定もしなかった。
「じゃ、次は六人でな。それまでせいぜい表情筋でも鍛えとけ」
 ただ俺達をしっかり脅かしていくことだけは決して忘れなかった。

 すっかり酔っ払った石田をタクシーに乗せた後、俺も伊都と二人で家路に着いた。
 タクシーの後部座席で指を絡めて手を繋ぐと、彼女は俺の肩に頭を乗せもたれかかってきた。
「石田さん、すごく幸せそうだったね」
 くすくす笑いながら伊都が言うから、俺もつられたように笑う。
「そうだな。何か……正直、もっと怒られたり責められたりするかと思ってたよ」
 俺はあいつに秘密にしていただけじゃない。心配までさせておきながら今の今まで打ち明けもせず不義理を働いてきたというのに、石田は大して怒らなかった。それどころか自分のことみたいに浮かれて、はしゃいで、喜んでいた。

 昔のことを思い出す。
 俺が人事課に移動すると決まった時、石田との縁もこれまでかと思っていた。だが石田はそんな俺の懸念を笑い飛ばしたし、実際『これまで』にはならなかった。しかもどうやら爺さんになるまでつるむ気でいるらしい。
 だから俺も、石田とはこれまで以上の長い付き合いになるだろうと思っている。
 とりあえずはお互い結婚相手を紹介しあうこともできたし、めでたしめでたしだ。

「仲いいよね、巡くんと石田さん」
 伊都がちらりと視線を上げ、少し羨ましそうに俺を見る。
 俺は返答に困り、空いた方の手で彼女の髪を梳きながら告げた。
「お前を紹介できる日が来て、幸せだよ。絶対自慢してやろうと思ってたんだ」
 すると伊都は恥ずかしそうに睫毛を伏せる。
「巡くん……次の機会には、惚気話は程々にね?」
 俺もそうしたいところなのだが、次の機会もそう遠くないうちにありそうだしどうしたものか。
 石田とはまた別の意味で手強いあの男に太刀打ちするには、やはり開き直って惚気てやるしかないかもしれない。
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