Tiny garden

春にして物思い(1)

 五月の連休初日、よく晴れた午後に、私は東間さんと市内のホテルへ足を運んだ。
 このホテルの三階にあるダイニングでパーティが行われるからだ。

 会場入りして、まずは支払いと受付を済ませる。
 話に聞いていたエントリーシートもここで手渡されて、やけに詳しく記入させられた。
 年収を聞かれるのは教えられていた通りだったし、趣味や好みのタイプを事前告知するのもまあ想定内だった。
 でも喫煙や飲酒について聞かれるのはびっくりしたし、宗教なんて項目もあるのには困った。タバコは吸ったことないしお酒は好きだけど休みの日に飲む程度、お正月には神社に行くし実家に帰れば寺でお墓参りもします、と全部正直に書いたけど、これって模範解答とかあるのかな。

 パーティの出席者は男女がほぼ同数だった。
 年齢層は見ただけではわからないけど、私より若い人は二、三人もいるかどうかというところで、ほとんどが年上のようだった。
 特別ドレスコードがあったわけではないけど、服装は人それぞれだ。男性はスーツの人が目立つ一方でカジュアルなシャツにチノパンという人もちらほらいた。女性はワンピースが半数以上、あとの人もブラウスにスカートといった服装で、パンツルックの人はいなかった。
 かく言う私も東間さんの勧めに従い、珍しくワンピースを着てきた。膝丈の白いシャツワンピは下手すると通年クローゼットで眠らせる手持ち服で、久々に袖を通したら妙に気恥ずかしかった。ここ数年、休日を愛車と共に過ごしてきた私にとって、ワンピースやら可愛いスカートやらは自分の服なのに着慣れない。

「園田ちゃん、パーティ始まったら別行動になるけど大丈夫?」
 ワンピースの裾を気にする私に、東間さんが声をかけてくる。
 休日でもアップスタイルの東間さんは、すみれ色のカシュクールワンピースを着ていた。眼鏡もお休みの日にはかけ替えるものなのか、淡いピンクのフレームの眼鏡が優しげだった。
「何とか大丈夫です、緊張してますけど」
 私が答えると東間さんはにっこり微笑む。
「何かあったらいつでも声かけてね」
「ありがとうございます」
「帰りはどうなるかわからないから、終わったらまた連絡するね」
「はい。じゃあまた後で」
 そんな会話を交わした後、東間さんは一足先にダイニングへと入っていった。
 私もその後に続きつつ、さりげなく会場内を見回してみる。
 居合わせた大勢の人々――この中に運命の出会いはあるんだろうか。その顔を一つ一つよく見てみようとしたけど、緊張のせいか男の人は全員同じ顔に見えてきて、困った。

 パーティのプログラムは大まかに言って三つ。
 まずは顔合わせとして、異性の出席者と一人一人挨拶を交わす。
 それが済んだら食事をしながらのフリータイムで、立食形式の会場内で気になる人に話しかける。
 そしてパーティの最後には、気に入った出席者をカードに記入して主催者に手渡す。もしお互いに気に入った同士がいたらカップルとして発表し、更に歓談の席を設けるらしい。
 東間さんが『帰りはどうなるかわからない』と言ったのはこのシステムがあるからだ。気楽な合コンみたいなものかと思っていたから、意外と真面目と言うか、確実性を重視したやり方でちょっと驚いている。
 とは言え、初めてのパーティで緊張する私は出席者の顔を覚えるのも一苦労。全員と挨拶をした後は、どの人が印象よかったかなんて頭から吹っ飛んでいた。
 それでも何人かから声をかけられた。やっぱり二十代というのはそれなりの武器になるようで、何かと物珍しがられた。

 一人目はスーツを着たサラリーマン風の男性だった。髪の毛をきっちり後ろに流して、清潔感のある容貌だった。
「へえ、二十八歳なんですか? もっと若く見えますよ」
 エントリーシートとは別に、個人情報を記載したプロフィールカードを交換した後、そう言われた。
「そうなんですよ。よく大人になりきれてないって言われます」
 私が照れて笑うとその人も笑い、それから私が身につけた名札をしげしげと見ながら、
「伊都さんって珍しいお名前ですね」
「それもよく言われます。誕生日が一月十日だから伊都なんです」
「ああ……! 面白いですね、そういうの」
 ここでも名前でウケが取れた。お父さんお母さんありがとう。
 しかし途中まで笑顔で歓談していたその人は、私のプロフィールのある項目にふと目を留めた。
「ご趣味は自転車、なんですね」
「そうです。ロードバイクに乗るのに今すごくハマってて」
 せっかくだから趣味が同じ人と知り合えたらいいなと思っていた私は、その話題に触れたこの人も自転車乗りではないかと淡い期待を抱いたけど――現実はそこまで甘くなかった。
 たちまちその人の笑顔がワンランク陰り、
「え、それって結構高いやつですよね?」
 引き気味に言われた。
「そうですね、安くはないです。維持費もかかりますし……でもお金と愛情をかけた分だけ可愛く思えるって言うか、自分で心を込めて育てているように思えてきて、すごくいとおしくなるんですよね。だから気にしたことないです」
 私は愛車にかける情熱を語ったものの、それがむしろいけなかったようだ。ものの数分も語らぬうちに、じゃあそろそろ、と言って立ち去られた。
 つまり、趣味にお金をかけてる女は駄目ってことらしい。
 そうは言っても私が自分で稼いだお金、どう使おうと私の自由のはずだし、ボーナス一括購入だから借金もないのに――などと今更言い訳をしても始まらぬ。次だ次。

 二人目はカジュアルなシャツ姿の、見るからに年上の男性。プロフィールによればまさに小野口課長と同世代で、その服装ともあいまって休日のお父さんって感じがした。
「二十八歳! いいですね、若々しくて。こんな若いお嬢さんと話す機会なんてないから、緊張します」
 はしゃぐような口調で言われたから、私も笑って応じておく。
「私もこういう席は初めてなので、緊張してます。よろしくお願いします」
「よろしく。伊都さんって言うんだ? 可愛い名前だね」
「ありがとうございます」
 名前を誉められるのは嬉しいけど、年の差のせいか親戚のおじさんとでも話している気分になる。こういう人と付き合うってどんな感じなんだろう。想像もつかないや。
 そう思っていたら向こうから尋ねてきた。
「ところで君、お料理はする? 包丁も持ったことない、なんて女の子もいるって聞くけど」
「料理くらいしますよ。一人暮らしなんで、私が作らないとご飯食べられませんし」
 若いっつったって私もアラサー、おまけに一人暮らし歴だって長いから料理くらい普通にする。当たり前のように答えたら相手はすかさず食いついてきた。
「へえ、若いのにえらいなあ。得意料理は何かある?」
「そうですね……豆腐が好きなんで、豆腐ぶっかけ丼とか厚揚げソテー丼とか、アボカドと一緒に照り焼きにしてご飯に載せたりとか、よく作ります」
 私は思いつく限りの得意料理を列挙する。
「洗い物も少なくて済むし、丼もの最高です!」
「……そ、そう。若い子の料理って、結構変わってるね」
 またしても引かれた。会話もそこで打ち切りになった。
 この場合の反省点は『得意料理は肉じゃがです!』っていうのが模範解答だったんじゃないか、ってところだろうか。丼ものばかり作る女は駄目みたいだ。美味しいのにな。
 ま、手料理は未来の旦那様にだけ喜んでもらえればいいか。ってことで次。

 三人目はスーツを着崩した茶髪の男性だった。この人は男性陣で唯一の二十代だったらしい。
「ようやく話せたー。ずっと話したいって思って狙ってたんだよね。二十代同士仲良くしようね、伊都ちゃん!」
 そしてめちゃくちゃノリが軽い人だった。と言うかむしろチャラい。
「う、うん。よろしくお願いします」
「よろしくー。ってか堅い堅い! もっと笑って、笑った方が可愛いよー!」
 いや、笑いたいのはやまやまなんだけどこのノリについてけない。
 この人は婚活に来てるんだよね。ナンパじゃないよね、って問い質したくなるくらいの軽さだ。
「あ、そうだ。俺ツボとか詳しいんだよね。リラックスするツボ押したげるから手貸して!」
 しかもツボ押しとか。ベタだよ。手握ろうとする魂胆見え見えだよ!
「よかったらこの後飲みに行かない? いい店知ってんだよーけど一人じゃ行きにくくってさあ」
 おまけにこの人、さっきから何だか知らないけど会話の合間に私の脚ばかり見てる。ちらちらと落ち着きなく無遠慮に見てる。
 あんまり感じよくないなと思っていたら、ふと目が合った拍子に尋ねられた。
「伊都ちゃん、何かスポーツやってる?」
 それは私の脚が太いとでも言いたいのか。
 何なのこいつ。私の脚が太いとあんたに何か迷惑かかるの? この鍛え上げた脚から繰り出される強烈な唐竹蹴りでもお見舞いしてやろうか!
 ――と思っても当然ながら実行には移せない。下手すれば警察沙汰だ。
 だから私は、にっこり笑ってこう答えた。
「趣味でロードバイクやってます。稼いだお金は全部愛車に注ぎ込む勢いです!」
「あ……そ、そう」
 若干大げさに言ってやったら、彼もまた趣味にお金を使う女は駄目だったらしく、そそくさと立ち去られた。
 いろいろ負けた気はしたけど、何となくすっとした。

 それからも何人かと話はしたけど、あいにく結果には結びつかなかった。
 パーティの最後に行われたカップリング発表では、私は誰の名前も書けずに投票し、そして当たり前のことながら誰ともカップルにはなれなかった。何せ誰とも会話が弾まなかったのだ。いい印象を持てた相手なんて見つからなかった。
 とは言えそれらの原因が私自身にあることはわかっている。今回ので痛いほど実感した。

「やっぱり、お金のかかる趣味って駄目なんですね……」
 帰りは、同じようにカップル成立しなかった東間さんと一緒だった。
 カフェに寄って反省会しようとお誘いを受け、女二人で連れ立って寄り道をした。その席で私が反省点を口にすると、東間さんが怪訝そうに尋ねてくる。
「園田ちゃんの趣味って自転車だよね、あの通勤で乗ってるの」
「そうですよ。何か引かれっ放しだったんですよね」
「あれって高い自転車なの? ハンドルもペダルも変わってるよね」
 東間さんがドロップハンドルの我が愛車を気にかけてくれたので、私は正直にそのお値段を打ち明けた。
 そうしたら絶句された。
「そ、そんなにするんだ……。自転車なんて一万円あれば買えるものだと思ってた」
「すみません。何かこう昔から、好きになると一直線なんです」
 私は笑ったけど、そういう趣味への投資が男性には理解されないということを今日知ったわけで、そうなると今後は何か考えなくてはならないだろう。
 何と言うか、自分の売り、アピールになるようなものを。
「やっぱりお金の使い方とかって、男の人は結構見てくるよ」
 東間さんも私の為に考えてくれたようで、熱心に助言してくれた。
「極端な話、貯金がある人は男でも女でもモテるからね」
「堅実な人の方がいいってことですか」
「そうそう。将来設計しっかりしてるって、それだけで強みだもの」
 確かにその点では私はダメダメだ。将来のことなんてまるで考えずに生きてきた。
 貯金かあ。今も全くしてないってわけじゃないけど、ちょっと本腰入れて始めてみようかな。
 あとは料理かな。丼ものへの反応はいまいちだったし、ある程度作れるようになっておかないと駄目かもしれない。
「でも、園田ちゃんだっていいと思った人いなかったんでしょ? 今回はご縁がなかっただけとも言えるよ」
 私が考え込んでいると、東間さんが慰めるみたいに言ってくれた。
「連絡先交換したのも一人だけだったって言うし」
「はは……その一人もあの人だけですしね」

 今回のパーティでは、フリータイムの段階で連絡先の交換が許可されていた。
 しかし交換にまで至ったのは一人だけ、例のチャラそうな男性だけだった。
 おまけに彼は東間さんとも連絡先を交換していたらしく、間違いなく連絡なんて来ないだろうと思われた。来ても会うつもりないけど。
 言われてみれば今回、いい印象を持って、もっと話してみたいと思えた相手もいなかった。
 もちろん、先に向こうに引かれるパターンが大半だったから追う気にならなかっただけとも言える。だけどそれを差し引いても、私好みのタイプは見つからなかった。

「優しい人が好きって言ってたっけ」
 東間さんの言葉に、私はなぜかびくりとした。
 この前、安井さんに言われたことを思い出したせいかもしれない。
 ――優しい人ってだけじゃ無理だ。そう言われた。
「そう、なんですけどね。それだけだと漠然としすぎてますよね」
「かもしれないね。もっと確固たるイメージ持っておいてもいいかも。優しいにしても皆に優しいとか、自分にだけ優しいとか、いろいろあるでしょ」
 優しさにしたって、好みの優しさ具合ってものもある。それは考えてみてもいいかなと思う。
 それはもちろん、皆に優しい人の方が格好いい気がするけどな。安井さんみたいに。
「これに懲りず、よかったらまた一緒に行こうよ。何でも相談に乗るからね」
 東間さんはすごく優しい人だ。
 落ち込むというほどではなかったけど、ぱっとしない一日にこうして寄り添ってくれる人がいるのは、幸せなことだった。
 その心遣いに感激しつつ、私は言った。
「ありがとうございます! 東間さんが男の人だったら今ので落ちてましたよ!」
 すると東間さんはびっくりしていたけど、少ししてからくすくす笑って、
「私も園田ちゃんが男の子だったら、今ので惚れてたかもしれないな」
 と言ってくれた。
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