Tiny garden

甘いケーキとガールズトーク

『藍子ちゃん。お暇でしたら一緒にケーキを食べに行きませんか?』
 ゆきのさんから連絡があったのは、土曜日の午前のことだった。
 いいタイミングで、私は今日、とても暇だった。というのも隆宏さんが出張明けで大変お疲れのようなので、今日会ってもあまり相手ができないだろうから今度にしよう、と言われていたからだ。
 私としては隆宏さんと会えるだけで十分楽しいし、もしよければ掃除や洗濯を手伝いますよと言ったんだけど、隆宏さんにはあっさり笑い飛ばされた。そんなことをさせる為に呼ぶつもりはないから、って。
 そういうわけで本日の私は暇を持て余していて、でも一人でぱーっと遊びに行くような気分でもなかった。そこへ来てゆきのさんから嬉しいお誘いをいただけたものだから、かぶりつきで返事をした。
「暇です! すごく暇でした!」
『よかった。藍子ちゃんが捕まらなかったら、一人で行こうかと思ってたんです』
 そう語るゆきのさんも、今日はお暇だったのだそうだ。
『ケーキ屋さんのクーポン券が今日までなんですけど、映さんは昨日飲み会で帰りが遅かったから、少し寝かせておいてあげないとと思って。藍子ちゃんさえ差し支えなければ、ちょっとお茶でもどうかな』
 確かに昨日、営業課内にあるホワイトボードのスケジュール欄には、霧島さんが取引先の飲み会に出席することが記されていた。飲み会の後直帰、と水性マーカーで書いてから、直帰と言っても何時になるやら……と哀愁たっぷりに呟いていた霧島さんの姿も記憶に新しい。社外の飲み会ではなかなかお酒を断りにくいし、新婚さんだからと言って早く帰してもらえるということもないそうだ。この辺りは私にもものすごく共感できる。
 かく言う私も今週は週半ばにやはり取引先との飲み会が入っていたし、仕事もちょこちょこ忙しい時期で、全く疲れていないといえば嘘になる。
 だからこそ、こういう時こそ甘い物を積極的に摂取すべきだ。
「是非お供させてください!」
 私は力いっぱい答えて、ゆきのさんと待ち合わせの約束をした。

 そして現在、私たちはケーキ屋さんのイートインスペースにいる。
 甘い匂いの漂う店内で、ショーケースに並んだ見るからに美味しそうなケーキをいくつか選んだ。
「どれがお勧めなんですか、ゆきのさん」
「ここは絶対タルトフレーズです。タルトが香ばしくて美味しいんですから」
「じゃあタルトフレーズ行きます!」
「あとフランボワーズのムースも程よく甘酸っぱくていいですよ」
「ではそれも!」
 ケーキを決めてから、飲み物も一緒に注文して席に着く。
 しばらくしてから店員さんがケーキとお茶を運んできてくれて、私とゆきのさんは顔を見合わせて笑う。
「まるで楽園のようですね」
「本当ですね。こんな楽園なら住みたいです、私」
 小さなテーブルの上に並んだそうそうたる顔ぶれのケーキたちを眺めれば、つい笑いだって零れてしまう。どれもこれも美味しそうだし、まるで美術品のようになめらかでつややかで完璧な仕上がりだった。もっともそんな美術品たちを、私たちはこれからためらいもなくいただいてしまうんだけど。
「ではいただきましょうか」
「はい。いただきまーす」
「いただきまーす」
 手を合わせてから私たちはケーキを食べ始める。
 ゆきのさんのお勧めだけあってタルトフレーズは絶品だった。アーモンドの香りがするタルト生地はさくさくしていて、そこにしっとりなめらかで香り高いクレームダマンドが敷き詰められている。これだけでも十分美味しいはずなのに、その上に隙間なく載せられた赤い苺がつやつやできれいで瑞々しくて、タルト生地やクリームと一緒に味わうと本当に楽園気分になれた。タルトフレーズの苺にはアプリコットジャムが塗られていて、そこに天井近くにある採光窓から昼下がりの日差しが射し当たると、さながら美術館に飾られてライトを一身に浴びている美しい宝飾品のような趣がある。
 でもそういう美しさを目だけで味わうのは非常にもったいないし我慢ならないので、私はやはりためらわずに口に運んだ。
「美味しいでしょう? ここのタルトは本当に最高なんです」
 ゆきのさんが私の顔を見て、得意げに胸を張る。どうやら私の表情だけでタルトに対する満足度が伝わってしまったみたいだ。ちょっと恥ずかしいけど、嘘じゃないからいいかな。
 もちろんゆきのさんも私と同じくタルトフレーズを注文して、そして同じように真っ先にそれから食べ始めていた。私としてもお勧めされたのが納得の味わいでした。
「誘ってくださってありがとうございます。おかげでとっても幸せです!」
 私がお礼を述べると、ゆきのさんはふふっと笑い声を立てる。
「こちらこそ。一緒に来てもらえて嬉しかったですよ」
 その微かな笑い方とか、ケーキを食べる時の上品な仕種とか、ゆきのさんは大人の女性って感じがすごくする。それでいて可愛らしいところもあって、例えばティーカップを両手で持つところや湯気の立つお茶にふーふー息を吹きかける時の表情なんかは、私がちょっとどきっとしてしまうくらい可愛い。もちろん、もともときれいな人だからというのもあるだろうけど、大人っぽい女の人がみせる可愛さって不思議なときめきに満ちていると思う。
 こんな女性になりたいなあ、と心底から思う。こう、落ち着きと余裕と可愛らしさ瑞々しさが全部あるような!
 どうやったらなれるんだろう。私はケーキを食べながらゆきのさんの仕種を密かに観察していた。でも真似してカップを両手で持ってみたところで、何ら変化があったようには思えないし、近づけた気もしなかった。
「映さんともよく来るんですけど、やっぱり甘い物ばかりたくさん食べるっていうのは、女の子同士じゃないとできないですよね」
 ゆきのさんは受付のお仕事中に浮かべるのと同じような、明るい笑顔でそう語る。
「霧島さんは麺類が特別お好きですもんね」
 私は飲み会その他でご一緒した時の霧島さんを思い浮かべながら応じた。すぐにゆきのさんは笑った。
「そうなんですよね。だから二人で出かける時も、ご飯は麺類のお店を選ぶことが多いんです。映さんはどこでも付き合うって言ってくれるんですけど、ケーキ屋さんに誘うのはちょっと悪い気がして」
 確かに私も、隆宏さんをケーキ屋さんに誘うのは気が引ける。甘い物も食べる人なのは知ってるけど、そんなにたくさんは食べないだろうから。前に、晩ご飯の後にケーキを食べますって話をしたらびっくりされてしまったし、隆宏さんにとってケーキは疲れている時に食べたいメニューではないようだった。
 疲れてる時こそ甘い物だと、私は思うんだけどなあ。
「クリスマスケーキも、何だかんだで私がほとんど片づけちゃう感じですし」
 ゆきのさんがはにかんだので、ここぞとばかりに共感を示しておく。
「私もです。両親はあんまり食べないから、結局私一人で食べてます」
 妹が進学の為に家を出てからというもの、クリスマスケーキはほぼ私専用と化していた。
 藍子がお嫁に行ったらうちではケーキを買わなくなるな、とはうちのお父さんの弁だ。それが何年先かは明らかではないけど、そんな日がもしかしたらやってくるのかもしれない。
「だからクリスマスとか、誕生日って好きなんです。ケーキを合法的に食べられる日ですから!」
 私はタルトフレーズを食べ終えて、二つ目のフランボワーズムースにフォークを伸ばした。
 そこでゆきのさんが軽く吹き出した。
「合法的? 藍子ちゃんにとっては、普段のケーキは違法なんですか?」
「はい。私の中で制定されているダイエット法に反します」
 主に飲み会やその他外食の機会がある度ちょくちょく軽んじられる法令ではありますが、時々気まぐれに施行したりもするんです。目指せ恒久化。
 ゆきのさんははっとしたように目を瞠り、すぐに気まずげな顔をした。
「そうだ、私の中でも先日、ダイエット法案が成立していたような……」
 だけどやがて、きりっと真面目な表情になり、
「いえ、せっかく食べに来たんですから、成立はしたけど施行はまだだってことにします」
 と宣言していたから、私も大いに頷いておく。
「ですよね! どうせなら合法的に食べたいですもん」
 かくして私たちは法令施行前の駆け込みとばかりにケーキを食べた。

 フランボワーズのムースもとても美味しかった。ムースの醍醐味、及び危険極まりない点は口の中でふわふわ溶けてしまうその軽さだ。おかげでするする食べ進めてしまってあっという間になくなってしまう。だけどボトム生地には存在感のあるスポンジがあって、染み込んだ木苺のリキュールがじわっと味わい深くて、食べごたえだってばっちりだ。
「さすがゆきのさんのお勧め、食べ終えるの惜しいくらいですよ……!」
 私は最後の一口が残ったお皿を見下ろし、溜息をついた。
「藍子ちゃんに喜んでもらえて、私も嬉しいです」
 ゆきのさんは可愛らしくにっこりした後、またティーカップを両手で持ち、紅茶の水面に息を吹きかけた。伏し目がちにすると睫毛の長さが際立って、やっぱりきれいな人だなあと思う。
「そういえば私も、こういうのは久々でした」
 更にそう続けたゆきのさんは、目を瞬かせる私をじっと見て、
「ガールズトークって言うか。女の子同士でケーキ食べて、他愛ない話して……っていうの、学生時代は何度もありましたけど、最近はあんまりなかったなあって」
「あ、そうですね。私もそうかも……」
 学生時代はこういうのが当たり前の日常だった。女の子同士で甘い物食べたりご飯食べたりお酒を飲んだりしながら、本当に他愛ない話だけして過ごした。どれだけ話しても飽きることはなくて、話題が尽きることもなかった。話の中身は最近流行のアーティストについてとか、映画の話とか、バイト代が入ったらこんな服が欲しいとか、好きな人についてとか――。
 でも、社会人になってからはそんな暇もなくなってしまった。営業は残業が当たり前みたいな仕事だし、飲み会に呼ばれる機会も少なくないから、土日はどうしてもお酒を控える傾向になった。学生時代の友人たちもそれぞれに就職して頑張っていて、休みが合うこともそうそうなくて、なかなか会えなくなってしまった。
 だから今、こうやってゆきのさんと二人でケーキを食べているのが、少し懐かしくも思えた。
「まあ、私はガールって歳でもないですけど」
 と、ゆきのさんは自分の言葉に恥じ入るみたいに照れ笑いを浮かべる。
 それを言うなら私だって、既に『ガール』じゃないんだなあ、とふと思う。もう二十四歳だから、女の子だなんて名乗ったらどこかからクレームが入るかもしれない。
「私もとっくにガールではないので、いっそ呼び方変えましょうか」
 私はそう持ちかけた。
 ゆきのさんがきょとんとする。
「いいですけど、何て呼びます?」
「じゃあ……ガールズならぬ、レディーストークというのはどうでしょう!」
 するとゆきのさんは笑い出したいのを堪えるような顔をして言った。
「……うん、ごめんね。何かちょっとだけ微妙かも」
 レディースは駄目でしたか。
 名案だと思ったんだけど、却下された以上何か別の呼び名をと考え始めた私に、今度はゆきのさんが思いついたように切り出してきた。
「だったらこうしましょう。この場に限っては私たちもガールとみなすということで」
「つまり、みなしガールズトークですね」
「そうです。私たちはみなしガールズです」
 うんうんと頷き合った後、私たちは揃って笑い出した。
 本当に他愛ない話だと思うけど、ガールズトークってきっと、古今東西こんなものだ。
「たまにはいいですよね、こういうノリも」
 ゆきのさんもタルトフレーズを食べ終え、二個目のケーキにフォークを入れている。二つ目にはサバランを選んだところがまた大人っぽい。このサバランにもアプリコットジャムが塗ってあるそうで、だからか生地はつやっつやだ。その上に飾りつけられた真っ白いクリームとオレンジのマーマレードがさながら黄色い宝石のブローチみたいに見えた。
「そうですよね。こういうお喋りに興じる楽しさを忘れちゃいけないと思います」
 私も三つ目のケーキに――これは自分チョイスで頼んだナポレオンパイに取りかかろうとした時、ゆきのさんは何気ない調子で口を開いた。
「このノリに便乗して、藍子ちゃんには彼氏自慢でもしてもらおうかな」
「えっ! な、何でですか!」
 動揺のあまりフォークが斜めに入って、パイの先端を崖みたいに切り崩した。恐る恐る顔を上げれば、ゆきのさんは目を輝かせながら私を見つめている。
「聞いてみたいなって思っただけです。藍子ちゃんはあんまり惚気てくれないし」
「え、それはその、恥ずかしいですから……」
 人前で堂々と惚気るなんて、私には無理だ。恥ずかしい。そういう意味では隆宏さんって本当にすごいなと思う。
「石田さんはよく藍子ちゃんの自慢してますよ。映さんの前ではしょっちゅうです」
 ゆきのさんにも駄目押しのように言われて、私は急に熱が上がったような気分になった。自慢してもらえるほどの彼女でもないんだけどな、まだまだ未熟者だし。
 逆に言えば――隆宏さんは私にとって、まさに自慢できる彼氏だということでもある。
 でも隣にいるのが誇らしい、素敵な人だと思っていても、それをすんなり口にできるかと言えばそうでもなくて、私はその点からして未熟なんだと思う。
「隆宏さんは、すごいですよね」
 思ったことを口にしてみたら、ゆきのさんも微笑んだ。
「そうですね。あんなに真っ直ぐ言ってくれる人って、なかなかいないかも」
「私もそう思うんです。ああいうふうになれたらいいのになあって」
 視野が広くて、いつも私より二歩も三歩も先を見ているところも。
 誰にでも優しくて、誰かの為にって考えた上で動けるところも。
 言葉に嘘がなくて、本当に真っ直ぐなところも。
 私は隆宏さんのことがすごくすごく好きだけど、同時にああいう人になりたいとも思っている。あとは、具体的に、どうやったらなれるのか知りたいところだけど。ずっと一緒にいたら、そのうち自然と似てきたりしないかな。
 なんて、楽な方に考えが行くうちはなれっこないよね。
「私はいつか隆宏さんみたいな人になって、隆宏さんのことを胸を張って、堂々と自慢できるようになりたいです」
 そう答えると、ゆきのさんは眩しそうにするみたいに目を細めた。
「それ、十分惚気ですよ、藍子ちゃん」
「ええ!? そうかなあ……」
「でも私も、石田さんのことがいつも羨ましいって思うんです」
 ゆきのさんはそこで軽く首を竦め、
「映さんは、実は石田さんのことが大好きなんですよね」
「あ! それ、私も思います!」
「ですよね。口では素直じゃないこと言ってますけど」
 霧島さんの素直じゃない態度は、きっと照れ隠しなんだろうと私は思っている。もちろん隆宏さんが霧島さんをかまいたがるのだって同じだ。安井課長も含めて、あの三人が仲良くじゃれ合っている光景は、私にとっても羨ましくて微笑ましくてしょうがなかった。
「時々、妬けちゃうくらいです」
 拗ねたように微笑むゆきのさんの表情は、この時可愛さの最大瞬間風速を記録した。
 写真に撮って霧島さんに見せてあげたいくらいだったけど、何について話していたかを秘密にしなければいけないのが厄介だ。というわけで代わりに私が目に焼きつけておきます。
「ゆきのさんは、霧島さんの自慢はしないんですか?」
 私は逆に、ゆきのさんに向かって尋ねてみた。
 厳密に言えばゆきのさんも『霧島さん』だから、こういう聞き方はちょっと変だけど。『旦那さんの』って言うべきだったかな。
「私ですか? うーん……」
 ゆきのさんは私と違い、少しはにかんだくらいで後は落ち着き払っていた。大人っぽい仕種で頬杖をついた後、何かを思い出すみたいにゆっくりと言った。
「私にとって映さんは、日常を大切にしたくなる人、なんです」
「日常を……?」
「ええ」
 一度頷いて、クリームたっぷりのサバランを一口サイズに切り分け、上品な手つきで口に運ぶ。そしてしばらくしてからゆきのさんは続きを語った。
「昔の話なんですけど。まだ付き合ってから半年も経ってない頃、映さんと一緒に夜遅く、コンビニまで行ったんです。暗い夜道を二人で並んで歩いてて……」
 私はその情景を想像してみる。人通りの全くない、水銀灯がぽつぽつと続く夜道を、同じ速さで歩いていくお二人の姿が何となくイメージできた。
「道の向こうにコンビニの眩しい明かりが浮かび上がるように見えてきた時、ふと思ったんです」
 ゆきのさんはその時、くすっと笑い声を立てた。
「この人とだったら夜道を歩いたって怖くないし、コンビニに行くのでさえ楽しくなるんだって。この人とだったら、どんな日常も優しく過ごすことができるだろうって。そう思ったら、映さんと一緒にいるのが何よりも自然なことだって感じられたんです」
「わあ……」
 思わず、私の口からは感嘆の声が漏れる。
 何だかすごく、ロマンチックだ。もちろんゆきのさんが言った通り、日常に普通にある一場面ではあるんだろうけど、でも記憶に残るほどの情景でもあったわけだ。これをロマンチックと呼ばずして、一体何と呼ぶだろうか。
「本当に素敵です。そういうの、憧れちゃいます!」
 私が我ながら陳腐な、だけど偽りなき本音を伝えると、ゆきのさんは暑がるみたいに片手を頬に当てた。
「自分で言うのは結構恥ずかしいものですね。暑くなっちゃった」
 ガールズトークには往々にして恥ずかしい話題も含まれる。それが楽しいというのも事実だし、でも昔のように浮かれていろんなことをおおっぴらに話せなくなってしまったという辺り、私たちはもうガールズではないんだろうという気がした。

 楽しいみなしガールズトークと美味しいケーキの時間が終わり、私とゆきのさんはお店の前で別れた。
 ゆきのさんはお店を出る前にケーキ屋さんで果物ゼリーをいくつか購入していた。これは霧島さんへのお土産だそうだ。
「喉越しのいいものの方が、二日酔いの人には適していると思うんです」
 そう話すゆきのさんの表情は優しくて、素敵な奥様だなあとしみじみ思った。
 小さな紙袋を提げて歩き出すゆきのさんを見送った後、私はふと、隆宏さんの声が聞きたくなった。別に素敵なご夫婦の姿に当てられたというわけではないんだけど、ガールズトークの余韻を引きずっていたせいかもしれない。
 電話をかけてみたら、隆宏さんは意外と早く出てくれた。
『どうした藍子、そんなに俺の声が聞きたかったか』
「えっ、何でわかったんですか!」
 隆宏さんは私のことなら何でもお見通しなんだろうか。びっくりして聞き返すと、愉快そうな笑い声が電話越しに響いた。
『何だ、当たりか。そこまで俺が恋しいなら、今から来るか?』
「いいんですか? でも、出張明けでお疲れなんじゃ……」
『気にすんな。洗濯ももう済んだし、あとはお前とのんびりすればいいだけだ』
 そこまで言ってもらったら、駆けつけないわけにはいかない。電話をかけておいて何だけど、私はそう言ってもらうのを心のどこかで期待していたような気がする。
 そして何より、私は隆宏さんに会いたかった。
「じゃあ今から伺います!」
『おお、来い来い。玄関で待ち伏せてやるよ』
「わかりました。実は私、出先にいるんですけど――」
 言いかけて、さっきまでゆきのさんといたケーキ屋さんに目を向ける。
 果物ゼリーは、出張明けでお疲れの人にも適していそうな気がした。
「ついでなんでお土産買っていきますね。ゼリーなんてどうですか?」
 私が問うと、隆宏さんはまた笑ったようだった。
『俺はお前だけで十分……まあ、疲れてるなら甘い物ってのもありか』
「ありだと思います。じゃあお土産持って、すぐ行きますから!」
 通話を終えると私は、すぐさまケーキ屋さんに飛び込んだ。そうして二人分の果物ゼリーを買って、その後はわき目も振らずに隆宏さんの部屋を目指す。急ぎ足で歩いていたら胸がどきどきしてきて、到着前からすでに幸せな気持ちになっていた。

 もうとっくに『ガール』ではない私だけど、隆宏さんのことを胸張って自慢できるようになりたいと思っている。
 この日の記憶がいつか、ゆきのさんが話してくれた思い出みたいに、ガールズトークの話題になったりするだろうか。
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