Tiny garden

テオは、テオドーラかもしれない

 テオの手は細くて小さいから、木登りには向いていない。
 町外れの丘に立つ百年樹は、幹はもちろん広げた枝もがっしりと立派に育っている。テオの手では上手く掴み切れない。
「わっ……」
 だがテオが落っこちそうになると、いつもルーディが助けてくれる。
 木の上から大きな手を差し伸べ、しっかりと掴んでくれる。
「ほら、上がってこいよ」
「ありがとう、ルーディ」
 ルーディの手は大きくて指も長く、握り返したテオの手がすっぽり隠れてしまうほどだ。
 彼を羨ましがりつつ、テオはいつもルーディの手を借りていた。

 テオとルーディは揃って十四歳だ。
 だがその背丈は、既に頭一つ分の差がついている。
 テオが劣っているのは手の大きさだけでなく、腕の力も走る速さもそうだった。同い年の他の少年たちと比べても一番小さく痩せていたし、変声期を迎えていないのも一人だけだ。ルーディの黒髪は針葉みたいに硬いのに、銀色のテオの髪は絹糸のように細くてさらさらで、女の子と間違われるのもしょっちゅうだった。
 もちろん、それには理由がある。
 銀色の髪に褐色の肌のテオは、この街でも数家族しかいない種族ヘルマスの生まれだった。

「ぼくの姉さんも、いとこも、十五になるまでは小さかったんだ」
 木の上に腰を下ろしたテオが溜息をつく。
 隣に座ったルーディは、物珍しそうに瞬きをした。
「それって、みんな同じなのか?」
「ヘルマスはね。子供のうちは背も伸びないし、筋肉もあまりつかない。理不尽な話だよね」
 テオの言葉に、ルーディは明るく笑う。
「けど、もうじきお前も十五になる」
 そして項垂れるテオを励ますように、ぎゅっと肩を組んできた。
「そしたら俺を追い越すぐらい大きくなるかもしれないな! うわ、負けんのかな俺。楽しみだな!」
 朗らかなルーディのお蔭で、テオも一緒に笑うことができた。
「ぼくはルーディみたいになりたいな」
「なればいいだろ。お祭りで丸太担げるくらいにさ」
 森を切り開いて作られた街でのお祭りは、男衆が丸太を担いで街中を練り歩くというそこそこ酔狂な代物だった。
 女たちの中には夫や息子が参加するのをよく思わない者もいるが、少年たちにとっては純粋な憧れの的だ。テオよりも体格のいいルーディも、まだ丸太を担ぐことはできない。
「大人になったら、君と一緒に担ぎたいな」
「俺たちならできるさ、テオ。だから諦めんなよ」
 頷き合う二人の頭上で、百年樹の葉がさらさらと優しい音を立てている。

 テオにとってルーディは、頼もしく優しい一番の親友だった。
 他の子供より身体能力で劣るテオを見捨てなかったのは彼だけだ。
 ルーディもやんちゃ盛りの他の少年たちより、穏やかなテオと過ごす方が性に合っていたようだった。こうして木登りをしては、他愛ないおしゃべりに興じるのが日課となっていた。

 それから二月ほど過ぎた頃、テオはルーディより少し早く十五歳になった。
 テオはこの日の為に仕立てたお祝い用の服を着て、銀髪をきれいに梳いた。だが出がけに家族から抱き締められ、顔中にキスされと散々揉みくちゃにされたので、結局くしゃくしゃの髪で町外れの丘に向かった。
 母が焼いた大きなクッキーを、しっかり二枚持っていった。
 ルーディと分け合って食べる為だ。

 ルーディは先に来ていて、百年樹の上でテオを待っていた。
「誕生日おめでとう、テオ」
 そしてテオの髪に気づくと声を立てて笑う。
「テオ、何だよその頭。ぐしゃぐしゃじゃないか」
「父さんと母さんと姉さんにやられた」
「ははは、祝われたな」
 ルーディは笑った後、今度はテオの服を見て訝そうにした。
「その服も変だな。まるで女の服みたいだ」
 言われてテオは、木の上からでもよく見えるように両腕を広げてみせる。
「ちょっと違う。これは男でも女でも着られる服だ」
「ふうん……?」
「ヘルマスの伝統の衣裳らしい」

 複雑な模様が刺繍された貫頭衣はわざとぶかぶかにできていて、着る者の胸や腕、脚などを隠すつくりになっていた。
 背の低いテオが着ると、まるで毛布に包まったように身体の線が見えなくなる。

 釈然としない顔のルーディに手を借り、裾を何度か木の枝に引っかけつつ、テオはどうにか木の上に登った。
 お礼にとクッキーを分けた後、それにかじりつくルーディに告げる。
「話したいことがあるんだ、ルーディ」
 幼なじみの改まった様子に、ルーディは吹き出した。
「今日は何から何まで変だな。その真面目な顔、前にイルゼもしてたぜ」
「イルゼが? 彼女を怒らせたりしたの?」
「いや、違う。この間呼び出されてさ」
 イルゼは二人の級友で、気の強さにかけては右に出る者がいない。
 テオはどうしてかしょっちゅう怒られているのだが、ルーディに対しては違う態度を取る。
「あいつ俺のこと好きなんだって。まあ、断ったけど」
 そう語って、ルーディは大げさに肩を竦めた。
「俺はテオといる方が気楽でいいからな」

 十四、五の少年少女たちの中には、年頃らしく色気づいては恋をする者もいる。
 テオとルーディは二人揃ってそういうものに興味がなかった。
 ルーディは、女の子といるよりテオといる方がいいと言う。
 だがテオは、もっと違う理由で恋をしたことがない。

「愛の告白じゃない。でも大事な話なのは確かだ」
 テオがそう前置きすると、ルーディはごくりとクッキーを飲み込んだ。
 その後で彼は唇を引き結び、それを受けてテオは静かに切り出す。
「さっき、伝統って言っただろ。ヘルマスはちょっと変わってて、十五歳になったら決めなければいけないことがある」
「決めなければいけないこと?」
「性別だ」
 答えたテオに、ルーディが青い瞳を見開いた。
「何だって?」
「気づいてなかったようだから言うけど、ぼくは男でも女でもないんだ、ルーディ」
「どっちでもないって……おい、冗談だろ?」
 衝撃の事実を突きつけられたルーディは、記憶を手繰るようにこめかみを揉みほぐす。
「いや、でも待ってくれ。俺たち一緒に水浴びしたこともあるじゃないか!」
「その時、くまなく全部は見なかっただろ?」
 テオの問いかけにルーディはうろたえ、押し黙る。
「……み、見てない」
 幼なじみの狼狽ぶりを宥めるように、テオは穏やかに告げた。
「ぼくは隠すつもりはなかった。でも、君がそういう紳士的な人だってことも知ってたよ」

 いかに仲のいい幼なじみでも、互いの裸をじろじろ観察するほど無遠慮ではない。
 少なくともルーディはそういう少年だった。
 お蔭でテオは、仲良しのルーディに気づかれないまま十五の誕生日を迎えた。
 そして今日、改めて打ち明けることにしたのだ。

「十五になるまでは中性という扱いなんだ。そこから男か、女に分岐する」
 男にも、女にもなりうる人間。それがヘルマスだ。
 子供の頃はどちらでもない存在として育てられるが、十五になると成人とみなされ、どちらかの性を選ばなくてはならない。
 そして選んだ方の性に従い、数年かけて身体が徐々に変化していく――そうやってテオの父も、母も、姉も大人になったという。
「次はぼくの番だ。近いうちに決めなくちゃいけない」
 掻い摘んで説明しても、ルーディはまだ信じられないという顔をする。
「決めるって……自分で選ぶもんなのか?」
「ヘルマスはね。そういう掟なんだ」
 テオは頷き、肩を竦めた。
「十五のぼくに、そんな大事なこと決めろって理不尽だと思うけど。しょうがないんだ」
「結構、冷静なんだな。驚いたぜ」
 呑み込めていない様子のルーディが、まじまじとテオの顔を見る。
 それでテオは、幼なじみを真似るように明るく笑んだ。
「ずっと言い聞かされてきたことだからね。もしもぼくが女の子になるなら、名前もテオじゃなくて『テオドーラ』とするようにって言われたよ」
「テオドーラ……」
 ルーディがテオを見つめ、初めて聞く名前を繰り返す。
 やはり受け止めきれていないのか、そこで慌てて目を逸らした。
「聞き慣れないし、別人みたいで変な気分だ」
「ぼくもそう思うよ」
 テオは、顔を背けるルーディに対して続ける。
「だからぼくは、男になろうと思ってる」

 はっとしたルーディが、テオに視線を戻した。
 それを真っ直ぐに受け止め、テオは大きく頷く。
 ずいぶん前から考えていたことだったから、答えはすぐに出た。

「もう決めたのか?」
「決めた。だってぼくは、ルーディみたいになりたい」
「俺!?」
 いつも言っていることなのに、ルーディは大声を上げて驚いた。
「そう。ぼくの憧れなんだ」
 テオは少し照れながらも淀みなく語る。
「だってルーディは背が高いし、手も大きいし、腕や脚もしっかりしてるし、それに男の子の中で一番格好いいし、優しいし、頼りになるし――」
「わ、わかった。その辺にしてくれ」
 ルーディもまた照れたのか、手をぶんぶん振って遮った。耳が赤くなっている。
「ぼくが男になれば君みたいに背が伸びるかもしれない。そうしたら木登りだって上手くなれる」
 もはやテオに迷いはなかった。
 ルーディはずっと羨み、憧れ続けてきた対象だ。彼のようになれるものならなりたい。
「でも……」
 一方のルーディは、どこか歯切れが悪い。
「お前、本当に決められるのか?」
「もちろん。どうしてそんなこと聞くの?」
「ずっと、どっちでもなかったんだろ。なのに今から男か女にならなきゃいけないって、どんな気持ちなのか想像もつかなくてさ」
 彼の言うことにも一理ある。
 それも含めて、理不尽なことだとテオは思っている。
「しょうがないんだ。ヘルマスの掟だから」
「そうか……しょうがないのか」
 ルーディは呟くと、ようやくぎこちなく笑った。
「決めたんならいいや。大変だろうけど、頑張れよ」
 一番の仲良しからの励ましの言葉は、もちろん嬉しい。
 だが、それを言ったルーディ自身はどこか煮え切らない顔つきでいる。そのせいかテオも何となくもやもやした。何にもやもやしたのかは、自分でもわからない。
 それでも時は待ってくれない。テオはもう十五歳だ。
「決めたからにはうんと大きくなるよ。そして君と丸太を担ぐんだ」
 テオは吹っ切れたように、百年樹の上で気炎を上げた。

 誕生日の翌日は学校があった。
 テオはいつもルーディと一緒に通っている。ルーディの方がテオの家まで迎えに来て、そこから二人で登校していた。
 ただその日、テオの前に現れたルーディは様子が変だった。
「……おはよ」
 妙にそわそわして、テオと目を合わせようとしない。
「どうかしたの?」
 テオは心配になって尋ねた。
 よく見ればルーディの目は充血していて、あまり寝ていないようにも見える。
「何でもない、気にするなよ」
 ルーディは素っ気なく答えた後、居心地悪そうにテオを急き立てた。
「ほら、行こうぜ。遅れたらどやされるぞ」
「……うん」
 よくわからないまま、テオはルーディの後に続く。
 だが学校へ行く道すがら、ルーディはほとんど口を利かなかった。ずっと物思いに耽っているようで、テオは気になって仕方がなかった。

 一方、学校では教師がテオを呼び出し、わざわざみんなの前で教壇に立たせた。
 そしてヘルマスの掟について説明した後、これからがテオにとって大事な時期なので優しく接してあげましょう、みんなと違うところをからかったり、笑ったりしてはいけません――などとお説教をした。
 もちろん十代半ばの子供たちにそんな指導で行き届くはずもない。テオは何人かの悪たれにはしっかりとからかわれたし、訳知り顔の級友からは興味本位の質問攻めにあったりもした。
 そういう時、必ずルーディが飛んできてくれた。
「お前ら、テオに近づくな!」
 そう言って他の子らを蹴散らしてくれる反面、テオがお礼を言えば目を逸らされる。
「ありがとう、ルーディ」
「別に……このくらい」
 もごもごと応じると、ルーディは逃げるように立ち去った。
 それが数回続けば、さしものテオも避けられていると気がついてしまう。

 授業が終わると、テオは真っ先にルーディのところへすっ飛んでいった。
「ルーディ、一緒に帰ろうよ」
 普段はそれも当たり前のことで、いちいち誘ったりはしない。
 だがルーディは気まずげに俯き、言った。
「ごめん。俺、急ぐから……」
 そそくさと学舎を出ていくルーディを、テオは呆然と見送った。背後では相変わらずの悪たれどもが振られた、振られたと囃し立ててきたが、それには一睨みで応じてやった。
 今日のルーディはやっぱり変だ。
 そして置いてけぼりを食らうのは寂しくてたまらない。テオは密かに胸を痛めた。

 仕方なく一人で帰ろうとすれば、急に背中を叩かれた。
「ちょっと、テオ!」
「いたっ」
 呻きながら振り向くと、立っていたのはイルゼだ。
 きつい目つきでテオを睨みつけていて、どうにも穏やかではない様子だった。
「何だよイルゼ、怒ってる?」
 テオが尋ねると、イルゼはますます柳眉を逆立てた。
「当たり前でしょ! あんたは今日から恋敵!」
「こ……恋敵?」
「男のふりしてルーディの傍にいたなんて卑怯よ!」
 そういえば昨日、イルゼがルーディに告白をしたと聞いていた。
 彼女からすれば、想い人に他の女が近づくのは我慢ならないのだろう。
「でも、ぼくは女の子じゃない」
 テオの反論も、イルゼの怒りに油を注ぐだけだった。
「女の子になれるんでしょ? だったら同じことよ!」
「ならないよ。ぼくは男になるって決めたんだ」
「じゃあどうしてルーディの態度が変わったの?」
 びし、と人差し指を突きつけてくる。
「それも今日、テオが女の子にもなれるってわかってからじゃない。あたしは一日中ずうっとルーディを見てたけど、彼ったらあんたのことお姫様みたいに守ってた。昨日までとは全然違ってた!」

 確かに、今日のルーディは常にテオを守ろうとしてくれていた。
 彼が優しく頼もしいのはいつものことだが、テオも身体の方はともかく、心までか弱いわけではない。
 囃す悪たれどもを睨みつけ、退けるくらいの気概はある。
 なのに――。

「ルーディは、ぼくが女の子だと思ってるのかな」
 困惑して呟くテオに、イルゼは歯ぎしりをした。
「なんであたしに聞くのよ、馬鹿じゃないの!」
 全くもってその通りだ。
 本人に聞かなければ、何もわかるはずがない。
「ありがとう、イルゼ。聞いてみるよ」
 テオは感謝を述べると、その場から駆け出した。
 だがご立腹のイルゼは、テオの背に脱いだ靴を投げつけてくる。それは見事に命中して、テオは危うく転びかけた。
「いたっ! 靴なんか投げないでよ」
「うるさい! あたし諦めてないんだから!」
 イルゼは完全に、テオを恋の好敵手と認めているようだ。
 逃げ去るテオを追うように叫んできた。
「こっちは初恋なんだからね! ばーか!」
 初恋。
 その言葉を少し苦く思いつつ、テオは幼なじみの元へ走る。

 テオはまだ、恋をしたことがない。
 それはヘルマスとしての掟を教え込まれてきたからだった。
 自分が中性のうちは誰を好きになることもないだろう、そう思って過ごしてきた。

 だがテオも遂に十五になった。
 近いうちに性別を選ばなければならないし、その選択は、これからするであろう恋に多大な影響を及ぼすはずだ。
 あるいは――。

 ルーディの家を訪ねたが、彼はまだ帰っていなかった。
 他の行き先で思いつくのはあの百年樹の丘しかない。テオは息を切らして必死に走り、町外れの丘を目指した。

 丘まで辿り着いた時、テオはもうくたびれきっていて、息も絶え絶えだった。
 それでも百年樹の上にルーディの姿を見つけ、嬉しさに声を上げる。
「ルーディ……ルーディ!」
「……テオ?」
 木の上にいたルーディは、テオを認めるなり後ろめたそうな顔をした。
 それでも登ろうと幹にしがみついたテオに手を差し伸べ、上まで引き上げてくれる。
「学校から走ってきたのか?」
「うん……ご、ごめん、ちょっと待って」
 ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しつつ、テオはルーディの隣に座った。
 ルーディはそんなテオの背をさすろうとして、慌てて引っ込める。きまり悪そうに姿勢を正した。
「今日、ごめんな。いろいろと」
 ぼそりと詫びる声がした。
 テオは息を整えながら応じる。
「君が、今日一日ぼくを守ってくれたことには感謝してる。君は紳士的な人だって、改めて思ったよ」
「そんなんじゃない」
 ルーディがかぶりを振ったので、テオは苦笑を浮かべた。
「謙遜することないだろ。でも、気持ちだけで十分だよ」
 丘には夕暮れの風が吹き、沈みかけの太陽が眩しく輝いている。
 二人の髪は風に揺れ、いつもと違う色に染まっていた。
「ぼくは女の子じゃない。君に守ってもらう必要はないんだ」
 テオはきっぱりと告げた。
 ルーディは気まずげに膝を抱える。
「それは、わかってる」
「わかってるなら……」
「でも、違う。俺がそうしたかった――そうせずにはいられなかったんだ」
 彼はそう続けると、一度大きく溜息をついた。
 それから横目で窺うようにテオを見る。
「テオ、お前が俺を紳士と呼ぶから、正直に打ち明けとく」
「聞くよ」
「俺は……夢を見たんだ」
 酷く言いにくそうに、苦しそうにルーディは言った。
「お前の夢だ」
「ぼくの?」
「ああ。お前が、女になってる夢だ」

 その言葉にテオは黙って目を見開いた。
 ルーディはと言えば、罪の告白でもしたように沈痛な面持ちをしている。
 それでいて、耳はほんのりと赤い。

「夢の中のお前は、髪が少し伸びてた」
 ルーディは全て懺悔しなければ気が済まないのか、尚も続けた。
「間違いなくお前で、でも確かに女の子だった。テオドーラって、俺は呼んでた。それで銀色の髪を撫でてやったり、手を繋いだり、ほっぺたを触ったりして――」
 そこで言葉を詰まらせた後、何度か深呼吸をする。
 しばらくしてから、更に続けた。
「わかってる。こんな夢見るなんて酷い話だ。友達のお前を汚したようなものだ。でも――」
 でも、ルーディは考えたのだろう。
「テオは、テオドーラかもしれない。そのことを俺は夢で想像したんだ。もしお前が女の子になったらどんなふうだろうって。どんなに、可愛いだろうって」
 それから罪に堪えかねたのか、頭を抱えてうずくまる。
 テオはそんな幼なじみの背を、代わりにさすってあげた。
「正直に話してくれてありがとう」
「礼なんか言うな。聞きたくなかっただろ」
「それが、そんなことないんだ」
 可愛いと言われて抵抗がないわけではない。
 だがテオは否定し、それでルーディがそろそろと面を上げる。
 こちらを窺う切なげな目に、テオは笑った。
「ここに来るまでに考えた。ぼくは確かに女の子じゃない。でも、男の子でもない」

 背が高くなりたかった。
 身体ももっと強くなって、木登りが上手くなりたかった。
 そして、ルーディみたいになりたかった。

「ぼくは君に憧れている。君みたいになりたかった。でも、男になりたいのかはよくわからない」
 テオがそこまで語ると、ルーディは怪訝そうにする。
「丸太を担ぎたいんじゃなかったのか?」
「担ぎたい。でも、女にもできないことはないのかもしれない」
「女が担いでるところは見たことないぜ」
「イルゼの力はすごいよ。彼女ならできそうだ」
 走り出したテオの背中に靴を投げ、見事命中させるくらいだ。
 彼女を見ていたら思う。女だからできない、なんてこともないのかもしれない。
「それにさ」
 テオは思う。
「ぼくがどちらの性を選ぶかで、これからする恋の相手が決まるのかもしれない。そう思ったら軽々しくは選べなくなったよ」

 男だろうと、女だろうと。
 この先の人生で、テオも恋をするだろう。
 その時に自らの選択を悔やむことだけはしたくない。

「恋、か……」
 どこかくすぐったそうに、ルーディもその言葉を口にする。
 その後で息苦しくなったのか、目を伏せてしまった。
「俺はお前が、男でも女でもいいと思ってる。嘘じゃない。どっち選んだってお前は俺の親友、一番の仲良しだ」
「ありがとう、ルーディ」
「でも、夢は好きに選べるものじゃない。俺はまたテオドーラの夢を見るかもしれない」
 ルーディはあくまでも、テオの前では嘘偽りなくありたいようだ。
 夕日を浴びた彼の表情は真剣で、テオの目には少し眩しい。
「見ればいいじゃないか」
「テオ、お前……」
「ぼくはただ、君がどう思ってるかを知りたい」
 口にした瞬間に気づいた。
 それはどうやら、まごうことなきテオの本音だったようだ。
 昨日、もやもやした理由がようやくわかった。自分はルーディの気持ちを知りたかったのだ。
「君の意見……希望、かな。そういうものも、聞いてみたい」
 言っているうちに恥ずかしくなってきて、テオは首を竦める。
 ルーディの方も落ち着かない様子で、もぞもぞと座り直した。
「希望、言っていいのかよ」
「是非聞かせて欲しい」
「俺の答えなんて一つしかないぞ。それでも聞きたいか?」
「うん」
 テオは大きく顎を引く。

 それでも、ルーディは答えなかった。
 唇を結び、黙ってテオを見つめてきた。
 揺るぎない真っ直ぐな眼差しは、何よりの答えだと、テオは思う。

「……わかったよ」
 やがてテオはそう答えた。
 ルーディはまだ苦悩するように眉を顰める。
「何も言ってないだろ」
「だけど、わかったんだ」
「俺の思う通りにする必要はないからな。ちゃんとお前が決めろ」
「わかってる。考えて、答えを出すつもりだ」
 丘から見下ろす街並みの向こうに、ゆっくりと日が沈んでいく。
 テオはそちらに目を細めながら、打ち明けた。
「ヘルマスはね、まだ研究途中で、その身体の仕組みがちゃんとわかってるわけじゃないんだ」
「そうなのか?」
「ああ。望めばその通りに身体が変化し、成長する――そう言われてはいるけど、その理由は姉さんにも、父さんにも母さんにも、もっと前の世代にもわからないんだって」
 そう告げると、ルーディは困惑したようだ。
「はっきりしないのも厄介だな」
「そうだね。それも含めて、なんて理不尽なんだろうって思ってた」

 理由もよくわからないまま、たった十五歳で自らの運命を決めなくてはならない。
 そしてその選択はとても難しい。
 ずっと決めていたはずのテオでさえ、今日一日で酷く心を揺り動かされた。きっともうしばらくは悩み、迷う時間が続くのだろう。

「でも、一つだけ気づいたことがある」
 テオは言う。
 残照でまだほんのりと赤い、ルーディの顔を見つめ返しながら言う。
「今のこの気持ちがぼくを変えるのなら、何が起きても後悔はしない。ぼくを変えるのは何となくの決断や単純な夢じゃなくて、もっとはっきりした気持ちなんだろうって」
「それって、何だ?」
 ルーディが尋ねた。
 その表情はやはり、幼なじみの答えをわかっているようにも見える。
 だからテオははにかんで、そっと答えを告げた。
「それはね。初恋だよ、ルーディ」

 ルーディは何も言わず、どこか大人びた微笑を返す。
 見つめ合う二人の頭上で、百年樹の葉はさらさらと優しい音を立てていた。

 街並みの向こうに日が沈んでしまうと、夜色の空に星が浮かぶ。
 テオとルーディは手を取り合い、百年樹から大地に下りた。そして手は繋いだまま、星明かりの下の家路を辿り始めた。
 二人で歩く帰り道は、温かくて幸せだった。思えば手を繋いで歩くのはこれが初めてだった。今まではそんなことを考えもしなかったが――二人は当たり前のようにそうして、肩を並べて歩いていた。

 テオはまだ答えを出してはいない。
 だが繋いだ手の温かさが、ほのかな予感を抱かせた。
 自分がどんな大人になるのか、どうにか想像できそうだった。それがルーディの想像と同じかはわからないが、同じだといい。今は、そう思う。

 だからこの先の未来において、テオは、テオドーラかもしれない。
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